+ ――だけが知っている +  2016堂郁出会いの日(遅刻)SS  1年目のこの日は戦争期で手塚の提案のあとで、両親からの手紙あたり

 

 

 

 

 

――今年の夏は、随分蒸し暑かったなぁ。

 

暑い日も多かったがよく雨も降った。それを繰り返す日々はいつの間にか季節を秋に変えていた。

見上げる空が、少しだけ高くなった――

一年前、「愛を胸に本を守る」という図書隊のキャッチコピーどおり、銃を手にして「本を読む自由」のために自慢の脚で守り抜こう、と図書隊入隊を志願した。

そして、叶うことなら、あの日、あの時、本と、あたしを守ってくれたあの人に会ってお礼を言いたい――

すべての思いを抱えて、今、あたしは関東図書基地ここにいる。

 

 

 

午前中は小牧と館内巡回業務に就いていた。

「お昼行こうか」

休憩シフトになって小牧には食堂へと誘われたが、

「すみません、今日は天気もいいのでベンチで食べようかなって」

「そう、じゃあ後で」

人当たりのよい笑顔に送り出されて、基地外のコンビニで食料調達すると足早に特等席のベンチへと急いだ。

 

今日はどうしても此処で、この本を手にしながら休憩を取りたかった。

『あの人』に守ってもらった『はじまりの国さいごの話』。

もう何度も手にし、何度も開いているので、見た目は随分ボロボロだが、あたしを此処へ導いてくれた、大事な大事な本。

 

五年前の今日この日に、この本と出会い、あの人に出会った。

 

もしかしたら、あの人は、この日のことなんて覚えていないかもしれない。

田舎の小さな書店であった出来事だ。大きな図書隊の組織の中ではたわいもない小さな事件だったかもしれない。

 

でもあたしにとっては大切な日。

 

 

入隊すれば、もっと簡単にあの人に逢えるような気がしていた。みつけられると思っていた。

だが、それらしき人の噂を聞くことはなく、現在に至る。

もしかしたら、あの日と同じ今日に、この本をみれば思い出すかもしれない。

『もしかして君はあの時の?』なんて話しかけてくれるかもしれない。

 

――万が一の機会にかけるために、一人で本を胸に抱いて座っていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

食堂で先に食事を始めていた堂上と手塚を見つけて、隣の空き席へとトレイを下ろす。

「おう、お疲れ」

「小牧二正お一人ですか?」

「そ、笠原さんはベンチでコンビニランチするって」

問いかけたのは手塚だったが、小牧は意味ありげに堂上に向かって答えた。

「……なんだ?」

「別にー。一人で外行く、ってきいて、そういえばあれって今日だったよなぁって思い出しただけ」

「……なんだあれって」

不機嫌そうに堂上は聞いた。

「今日の日付ってさ、昔、何度も何度も書かされた覚えがない?報告書とか――始末書とか」

「……何が言いたい」

腹減ってたからカツカレーでよかったー、と堂上の言葉をしれっと受け流しながら小牧はほくそ笑む。

「――忘れはしないが、特別いい日でもない」

「ふうん」

堂上はお茶を飲み干すと、隣の手塚に「先に戻る、ゆっくり休め」とだけ声をかけて一人で食堂を出ていった。

「今日は、何か特別な日なのですか?」

やり取りを不思議そうにみていた手塚は、堂上の姿が見えなくなってから小牧に聞いた。堂上の様子からその場で聞けない雰囲気は察したらしい。

「どうかな、当事者にとっては大事な日、だと思うんだけどね」

――何を思っているかは、当人達しかわからない、か。

「カツカレー旨いね、手塚。笠原さんも食べればよかったのにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「午後は訓練なのに、コンビニ飯で持つのか?カツカレー旨かったぞ」

図書館棟に続く小道の脇に置かれているベンチで一人、パックジュースのストローを咥えている部下に声かけた。

「堂上教官っ、お疲れ様です」

郁はあわててベンチから腰を上げ、敬礼で返すと「バカっ、今は休憩中だ」とたしなめられた。

膝に置いていたらしき本のタイトルをちらりと見て、堂上は一瞬苦虫を噛んだような顔をした後「読書の邪魔して悪かったな」と背を向けると、

「読書はしてませんっ」

と慌てた声がして、踏み出した足を止められた。振り向くと、

「――ちょっと、いろいろ考えてただけです」

だから邪魔されたとか思ってません、と来た。

 

郁は手にしてた本にはもちろん覚えがある。

 

――なんで、そんな、後生大事に……。

 

今日がどんな日だったか、忘れるはずはない。

あれから自分を二度律した。

一度目はあの日、自分の行動が原則派全体の立場を危うくしたとき。

自分の後先考えない軽率さと感情に流される脆弱さを欠点と自覚した。

 

二度目は――こいつが、あのときの俺を追って、図書隊へ入隊してきたとき。

図書隊の現実を知って、正義の味方になれないことを知って、自分の前で傷つく前にリタイアして欲しいと願っていた自分は、あらゆる意味で公平ではなかった。

 

「――奴はもういない」

自らこう告げるのは、非情だろうか。

 

 

 

「でも、憧れてるんです。あたし、ここへ来たことを後悔していないし、ちゃんと一人前になって、ちゃんとお礼を言いたい」

この日がなければ、ここへは来なかったし、ここへ来なければ『超えたい』と思う背中を見せるこの人にも会えなかったから。

この人は、厳しくて容赦ない。新人の時に頬を叩かれた痛みも覚えているし、扱きも人一倍に感じる。

だけと、なにかあると決まって堂上に助けられる。急に優しくなったりする。

 

おっかないのに優しい。

堂上のそれがどういう意味を持つのか、まだ郁にはわかっていない。

だからこそ、この人の背を追いかけて、その意味を知りたいと思う。そんな目標をくれた『王子様』に会ってお礼を言いたい――

 

 

「あそこの自販機でコーヒー買って来てくれ。それとお前の好きなのも」

堂上はそういうとポケットから出した小銭入れをポーンと郁に投げ渡した。

そして一人、郁が座っていたベンチの横へと腰を下ろして、足と腕をそれぞれ組んだ。

「は、はいっ」

「五分前行動だから、あと十分で戻るぞ。早く行け」

少し強めの声色に、郁は急いで命令を実行に移した。

 

「ごちそうさまです」

小銭入れと缶コーヒーを堂上に手渡すと「座れ」と小さく言われて「失礼します」と隣りに座った。

カチっとそれぞれの缶を開ける音がその場に響いた以外、何の言葉もなく、ただ同じ方向を向いて、無言で缶を傾けた。

 

 

 向いている方向も、思いを馳せることも、時間も共有できるはずなのに――言葉は交わさない。

 

 

 あの日に出会った二人の思いは――ベンチに置かれた本だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

Fin

(from 20161004遅刻...)

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