+ Beginners 2 +  戦争時期

 

 

 

約束の日は少しどんよりとした曇り空だった。5分前にロビーに出向くと、手塚は朝刊を読んでいた。
郁の気配に気づいたのか、ソファーから立上り新聞を元へ戻した。
「行くか」

ちょ、ちょっと、どこへ行くのよ?

そう言おうと思ったが郁は思い留まった。今この場でそれを言えば...ケンカの掛け合いになりそうな直感があった。
いくらなんでも寮のロビーでは目立ちすぎる。
おとなしく黙って玄関を出る手塚の後に続いた。



基地の門を出て二人の足は駅の方へ向かっていた。
「お前、腹はどうだ?」
「ん、え、あ調子いいよ」
「そうじゃないだろう、腹は減ってるか、ってことだ馬鹿」
「馬鹿っていうなっ」

この会話のどこが付き合おうか、って言っている男と女の会話なのか。
お互い短い沈黙のあと、手塚が先に降参した。
「あのなぁ....その、戦闘態勢なところ、どうにかしろ」
手塚はあきらかに怪訝そうな顔をした。

「・・・う・・・ごめん」
郁は素直に謝った。たしかにせっかくの公休にケンカ腰はないだろう。

二人は沈黙のまま、デートにそぐわない訓練速度で駅へ向かう。

「お前、どこか行きたいところとか考えたか?」
そんな余裕あったわけないじゃない!!人生での初デートみたいなもんなのに!!
って、まだ付き合ってないけど。
郁は無言で頭を振った。

「無難なのは、映画とかか?・・・・・・お前なら、動物園とか遊園地とか行きたい、って言いそうだな」
あ、動物園とか、もう何年も行ってないからおもしろいかも、と思ったことは内緒だ。
でも、手塚と動物園・・・。
ちょっと思案してしまった。天気も少し怪しいしなぁ。
「行きたいところあった、いい?」




郁が手塚と降り立ったのは国分寺駅だった。
「俺、初めて来た、この駅」
「そう?」
大学時代に交流のあった陸上チームの練習場があってね、終わった後に先輩達とよく来たんだよね。
郁が懐かしそうに話した。


駅から5分と少し歩いたところに合ったのは、古びたボーリング場。
「ボーリングなんて何年もやってないな、俺」
「そう?たまにすると楽しいよ、
あたしだって、学生時代以来だけどね」

せっかく遊びに来たんだから、楽しむかな。
ようやっとそんな気になってきた。


受付を済ませてそれぞれ準備する。
「手塚はボーリング上手い?」
「さあな、普通なんじゃないか?」
「じゃあさ、ゲーム代賭けようよ」
負けた方が、そのゲームの1ゲーム分払うの。勝った方は無料ボーリング、って事。
「ああ」
「ちょっとはやる気になってきたでしょ」
郁がにっこり微笑んだ。




結局2人で5ゲームもPlayした。
3勝2敗で手塚の勝ち。
「あんた、ボーリングまで優秀で、なんか悔しいっ」
同期のエリートはこんな事まで上手だったなんて。
「お前だってアベレージで170越えてれば立派じゃないか?」
「そう?」
ちょっと学生時代を思い出して、ゲーム代賭けボーリングに燃えてしまった。
もちろん、相手がそれだけの実力者だったというのも大きい。


「んー、悔しくてお腹が空いた!」
「悔しくなくても腹は減っただろう?」
昼も食べずにボーリングに熱中していたのだ。
「ね、お昼は焼肉ランチにしよう!!食べ放題の」
「昼から焼肉かよ!」
「だって、お腹空いたし、スポーツもしたし」

第一、柴崎と買い物じゃあ絶対行かないもん、焼肉ランチ。
結局手塚もお腹が空いていたので、異論はなかった。




課業中も班員一緒に昼食をとることはよくあることだ。
従って、郁の豪快でおいしそうに食べる姿も、見慣れない訳じゃない。

「・・・お前、本当に幸せそうに食べるのな・・・・・・」
「あたりまえじゃん、おいしいもの食べてるとき、って幸せじゃない?」
バイキング形式で、今までに取り皿に持ってきた分はあらかた平らげてしまった。

「おかわりしてくるー」
「お前、食べられる量考えろよ」
「当たり前でしょ、もったいない。なんか肉以外もたくさんあるんだよ、サラダとかカレーとかって」
うれしそうに語る口調は、子どもと変わらない。
「デザートも一口サイズでたくさんあるんだ。絶対全種類食べるっ」

勝手にしろ。
そう思ったが口からは出なかった。そんなことで満面の笑みを浮かべる20代の女ってどんなだよ?!


・・・ちょっと待て。
俺、今こいつの事、20代の女とか思ったか?!



「手塚はもういいの?」
デザートコンプリートを終えたらしい郁が、食後のコーヒーを摂っている手塚に聞いた。
「ああ、お前の甘いのは別腹とは違うからな、女はどうせそんなこと言うんだろ」
「ふうん、女だと思ってるんだ」
「馬鹿」

思うか!と続けようとして止めた。じゃあなんで俺はこいつを誘って出かけてるんだ?


「じゃあ、お腹も満足したし、もう一運動どう?」
「またボーリングか?」
「そんな訳ない!!」


そういって連れて行かれたのは、焼肉店の入ったビルの一階にあったゲーセンだった。



◆◆◆




ゲーセンなんて何年ぶりだ?


郁に引き連れられて、奥へ入っていく。
ずいぶん知らないゲーム機がたくさんあった。

コインゲームは嵌っちゃうからあんまりやらないんだけど、と郁が言う。
せっかく手塚とだから、勝負したいよねー。
何故勝負なんだ?どれもこれも。
ドライビングテクニック物、格闘技物、そしてシューティング物。

「くやしいっ、どれも手塚に負け越しなんてっ」
本当に子どものようにふくれっ面をした。
「現実だって、お前俺に勝てないだろう?」
「なによっ、陸上競技とかってゲーセンにないんだもん」

あるわけ無いだろう、聞いたこともない。


「あっ、これならどう?」
郁がそう言って指さしたのは入り口にあった、いわゆるUFOキャッチャーだった。


「あたし、コレが欲しいっ。こういうのはさ、上限決めていくらまでで取る、ってしないと際限なく使っちゃう」
二人で1000円までにしようっ。


郁はそう言って小銭を機械へ投入する。ずいぶん大物を狙うらしい。
ボタン操作をみていると手慣れているようではあったが、なにせ目玉商品を狙っているのだから、そうそう簡単ではない。
「くやしいなぁ」
あたしこれでも昔は結構得意だったんだけどなぁ、UFOキャッチャー。

「俺に言うなよ」
俺はろくにやったこと無いぞ。

「リミット1000円使っちゃったし、あきらめかぁ」
欲しかったのに、ほほえみウサギのぬいぐるみ。限定品なんだよー!!


「あきらめろ、おい帰るぞ」
二人は喧々囂々と言いながら、駅へ向かった。




基地の最寄り駅でもないのに、どこからかよく聞き覚えがある声が響いてくる気がした。しかも男女の。
自然と声の響いた方へ視線を向ける。
駅前通り沿いにある、ゲームセンターの方らしい。
店を出て、駅へ向かう見慣れた後ろ姿は、まさしく今一番の難題でもある部下達ものだった。


「笠原と付き合うことになるかもしれません」
手塚がそんな事をわざわざ俺に伝えてきたのはつい昨日の事だ。
あいつはOKした、と言うことか。


このまま、同じ電車に乗る事になるのも何だ。


堂上はその二人が出てきたゲーセンの前で立ち止まり、彼らが出てきた所を眉間に皺を寄せながらじっと見ていた。

 

 

 



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(from 20120620)