+ Benevolent night + 2014堂上篤生誕突発SS 上官部下(一年目)期間
12月にしてはヤケに冷え込む、と思ったら雨が雪に変わっていた。
まあ、この様子では積もることはないだろうが、東京も雪か、と思うと一際寒さが身にしみる。
お役所暦で言えば明日で仕事納めだ。
図書館は土日も開館しているので、明明後日まで通常運転だが、その後は年末年始の休館となる。通常一ヶ月に8日の休日を取るシフトで組まれているため、祝日分などは大概この年末年始休暇と夏休みに取得する形になる。
といっても防衛方は一部交代制なのでまるまる一週間休みという者は少ないが、それでもここでまとまった休みを取るために通常の書類業務などは前倒しで納めていかなければならない。
つまり、自分の誕生日だというのに残業せざる得ない状況だった。
まあこの歳になると、Xmasだろうが誕生日だろうが、普段の日とたいして変わらない。強いて言えば、お袋と妹から「お誕生日おめでとう」のメールが届くくらいか。俺の誕生日は同時に母が俺を産む苦しみを味わった日でもあるからと、まあ夜にはそのメールのお礼として電話をする。
そんなことを実家を出てから十年近く、ずっと続けている。その程度の日だ。
今ならまだ寮の食堂に間に合うか、とも思ったが、時間的にはおばちゃん達が片付けに勤しむその横で慌ただしく夕飯をとる事になる、と思ったら雪が降る中だが外にでも行くか、という気になった。
寮に鞄を置きに行くか一瞬迷ったが、一度入ると出るのが面倒になりそうだからと、そのまま通用門へ向かった。
「あ、堂上教官、お疲れ様です」
聞き慣れた声に傘を上げると、ジャージに首掛けタオルにダウンコートというラフなスタイルで傘もささずに直属の女性隊員が歩いてきた。
「お前、傘はどうした?」
「さっきは殆ど降ってなかったので傘なしでトレーニングルームに行ってきたんですけど・・・。雪に変わったからそんなに濡れずに済んでよかったなあと」
「て、なあ」
とりあえず自分の傘に入るよう傘を傾むけて郁の方へと少し差し出した。すみません、と小さく頭を下げてその傘の下に辛うじて入ってきた。
「最近図書館業務が多くて、身体が鈍りそうだなぁ、って思ったので少し汗流してきたんです」
出たときは寒いと思わなかったんですけど、今頃冷えてきましたー、雪が降るくらいですもんねぇ、と笑って話す。
「アホか、汗が冷えて風邪引くだろうが。お前飯はどうしたんだ?」
「これからです。今なら食堂にギリギリ間に合うかなぁ、って思ってちょっと慌ててるんですけど。教官も今からですか?」
「・・・いや、今日は諦めて外に行こうかと」
堂上は一瞬、言葉を止めて考えた。
「飯、未だなら外行くぞ、一緒に来い」
「ええっ、教官あたしジャージなんですけど!」
「そのダウンの前をきっちり締めてくれば寒くないだろう」
「いやそういう問題じゃなくて!そんな体育会みたいな格好の女と、ビシっと決まったスーツの教官とご飯とか?!」
「・・・別にビシっとは決めてないが、俺がいいって言ってるんだ。だいたい俺と逆方向に行ったら傘が無いだろうが」
「ゆ、雪だから平気ですってば」
「積もりもしないような雪じゃ濡れるぞ、上官命令だと思ってついてこい」
「うわっ、教官横暴!」
「うるさい」
そういうと、ダウンコートの肘を堂上に取られて無理矢理基地の外へと連れて行かれた。
着いた先は、格好を気にするような洒落たレストランでもなんでもなく、個人がやっている居酒屋のような食堂。
ダウン、脱がないとまずいよね、と仕方なく郁は濡れかかった上着を脱いで、壁際にあったハンガーにダウンコートを掛けた。
ほぼすっぴんに近いジャージの上下のまま汗臭い女と、決まったスーツのちょっと仏頂面だけど端正な顔立ちの男。
何の嫌がらせですか!と正直思う。
だが、郁は「上官命令」という言葉には非常に弱く。
「悪かったな、寒い中付き合わせて」
「悪いと思っているなら、妙齢の女性をジャージのまま外に連れ出さないでくださいよ」
「別に、その格好で来れないような場所につきあわせるつもりは無かったからな」
着替えてこい、っていう程の場所でもないしな、と付け加えると、
「そういう問題じゃないですっ。まあ、堂上教官があたしのことを、女だと認識してないことはよくわかりましたけど!」
「ああ悪かった、もちろん奢るから好きなの頼め」
「と、当然ですっ。あたし財布持ってきてませんから!」
ほんと酷いです教官、と零す。なにせポケットに携帯電話しか入ってない。一銭も持ってないのに基地外に出るとか・・・。
目の前に差し出されたメニューと取り上げ、郁はじっくりと考え始めている間に、堂上はさっさとビールを頼んでいた。
せわしなく店員に持ってこられた瓶ビール二本と二つのグラス。
堂上は瓶を手にすると、郁のグラスに半分ほど、自分のグラスにはなみなみとビールを注いだ。
「お前が酒が得意じゃないのはわかっているが、今夜は一口くらい付き合ってくれ」
そういってグラスを片手にして、郁の目の前に持ち上げて乾杯を促す。
アルコールの中でもビールは苦いので、宴会でも最初の一杯しか口にしない。少しふて腐れながらも、堂上のグラスと杯を交わすためにグラスを持ち上げた。
「乾杯」
そう言って、グラスを重ねたとき、ほんの少し嬉しそうな顔をした堂上に郁は驚いた。
「今日は、なんかあるんですか?」
半ば強引に連れ出された感があったので、含んだようにほっと笑った堂上に聞いてみた。
「ああ、まあな・・・。たいしたことないが、俺の生まれた日、だったんでな」
ギリギリに食堂でせき立てられて飯を食うのもなんだし、と思ったらお前がいたから。
「・・・ついで、ですか?」
「馬鹿、察しろ。俺だって人の子だぞ。三十路間近な男の誕生日なんて、どうでもいいっちゃいいんだが、どうせなら、1人じゃない方がいい」
―――1人じゃない方が。
「そ、そりゃそうですよ!なんで早く言ってくれなかったんですか!」
知らなかった、鬼教官の誕生日なんて。
「わざわざ、お前に誕生日だから付き合ってください、なんて言うか馬鹿」
「そういう意味じゃなくて!」
知らなかった事もだけど、急に自分の姿やらなんらやが、恥ずかしくなる。
「・・・お誕生日なのに、あたしジャージ上下だし、無一文だし。そもそも、堂上教官があたしに祝って貰って嬉しいかどうかなんて」
「嬉しい」
郁の言葉を遮るように、堂上はそう漏らした。
「司令を護る、という立派な任を果たした部下に祝って貰えるんだ、嬉しいに決まってる」
そ、そんなこと!ふ、普段は怒ってばかりで、じゃなくて、あたしが怒られてばかりで、祝って欲しいとか、嬉しいとか面と向かって言われているこの状況が!
少し柔らかな表情をした、見慣れない堂上を目の前にしたら、なんだか色々が恥ずかしく思えて急に頬が熱を帯びてきた。
とりあえず、冷ますために冷えたビールをぐっと飲んで空にした。
「おまっ、大丈夫か?」
「だって運動した後で喉が渇いてたんです!」
「じゃあもう少し飲めるか?」
当然無理して飲んだ。だが喉を潤したかったのも事実で、思わず頷いてしまった。そんな郁を見てまた堂上が嬉しそうな顔をしながらビールをグラスに注いでくれた。
「教官」
少し姿勢を正してから、郁は再びグラスを掲げた。
「お、お誕生日、おめでとうございます」
改めて、乾杯のグラスを交わすように堂上に視線で促すと、おう、と照れた様子を見せながら軽くグラスをぶつけてくれた。郁の方は、今日は酔っ払って寝落ちだけはするまいと、出されたお通しの佃煮を箸でつつきながら、お酒の方は少しずつ口を付ける程度に飲み始めた。
「日頃お世話になってますし、もっと早く言ってくれれば、ちゃんとお祝いしたのに・・・」
ジャージの女と二人で誕生日祝い。どう考えても嬉しいシチュエーションには思えない。
それに、誕生日の人にご馳走して貰う、っていうのも・・・と、なんだか食べ物のオーダーをするのが申し訳ない気持ちになってきた。
「今更遠慮してどうする?お前が目の前で美味しい、って食ってくれる方がずっといい。じゃあ適当に頼むからな」
「あっ、じゃあホッケだけは頼んでください!」
「おう、ここのは美味いぞ」
嬉しそうな教官とか、ちょっとどころか充分レアだ。なかなか仕事ではそんな表情をみせてもらえるような成果は出せそうにない。そう思ったら、これも一種の上官孝行かも?と思って、遠慮することをやめて祝いの酒に付き合うことにした。
◆◆◆
上官と部下の二人きりの誕生日祝いを終えて店の外に出ると、うっすらと雪が降った様子はあったが、雪も雨も止んでいて傘は堂上に手に畳まれたままになった。
「無理に付き合わせて悪かったな」
「いえ、無一文とはいえすっかりご馳走になりました、教官の誕生日なのに」
お祝いの言葉こそ掛けたけれど、それ以上に今の郁は何も持っていないし、何も出来ない。今、あたしに出来ることって・・・
「あ、そうだ、教官!28歳の誕生日は今日しかないですから、記念に!」
手にしたのは、ダウンコートのポケットに入っていた携帯電話。
すぐさま開き、カメラを堂上に向けると予告無しにカシャリ、とフラッシュをたいた。
「あとで教官に送りますね」
「ばーか、お前記念写真ってのは、一人でとってもしょうがねぇだろう、貸せ」
珍しくほろ酔いな様子の堂上が郁の手からさっと携帯電話をかっさらうと、反対の手にしていた傘をその場に放棄して郁の肩に手を伸ばした。
「記念写真、ってのは一緒に撮るもんだ、ほら」
強引に郁の肩をぐっと自分の身体に引き寄せて、フレームに入るように顔を傾け、手を伸ばして「自撮り」のボタンを押した。
「え!?きょ、教官!?」
酔った勢いなのか、強引な突然の至近距離に戸惑っているうちにフラッシュが光った。そのまま人の携帯で保存ボタンを押し、満足そうな顔をした。
「ありがとう」
「い、いえ」
何が起こったのか鬼教官に素直に礼を言われて、郁としては調子が狂う。
「酒、もう平気か?」
あの後は烏龍茶しか飲んでない。居酒屋メニューを嬉しそうに頬張る郁を酒の肴にして、日本酒に手を出していたのは堂上の方だ。
「あたしは大して飲んでませんから・・・ちゃんと教官を寮まで送ってあげます、ご馳走していただいたお礼に」
「ああ、頼む」
そういうと、堂上は自分の腕を郁の肩に掛けて身体を寄り添うようにしてきた。えっ、ちょっ!?
「送ってくれるんだろう?」
そう言ったのは自分だ。
「はい。送りますけど!ちゃんと自分の足で歩いてくださいね!」
「馬鹿、そこまで酔ってない。気分が良いだけだ」
「そりゃ良かったですっ」
ああ、こんな状況、誰にも見られたくないけど!ちょっとレアな、いや相当レアな堂上教官に遭遇できた、っていうことで・・・。
寒空の中、ゆっくりとした歩調の堂上に寄り添い、基地までの僅かな道のりを二人で歩いた。
―――なんとなく、なんとなく思っただけなんだけど!
これが他の女の人だったら、きっと肩預けるとか、頼まないよね?だって華奢で女の子らしい人じゃ支えきれないし。
それが女として喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、と少しだけ悩んだが、尊敬する上官に頼られることは悪くない、むしろ・・・。
・・・堂上の大事な日に二人だけの秘密のようなものができたのは、ちょっぴり嬉しい気がした事はまだ内緒にしておきたい、そんな気分だった。
fin
web拍手
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