+ Cinderella Express +       堂上篤生誕祭2012に掲載 : 夫婦期SS

 

 

 

 

どうして俺たちがこんな目に遭うのか、と業務だとはいえ愚痴を言いたいのが本音だった。


郁が関西図書基地図書特殊部隊への女性隊員抜擢の為の手本として貸し出された期間は当初2週間だったのに。
堂上としてはそんなに長い期間貸し出すこと自体に最初から納得できていなかった上に、候補の女性隊員への訓練も引き受けて欲しいと言われ、郁はこちらでいうところの奥多摩的な訓練施設へも同行する事になり、出張日程が延びてもう1ヶ月になる。

そのため、元々予定されていた東北図書基地への郁貸し出しまで全く関東に居る期間がなくなり、移動日一日を挟んで関西から東北への連続長期出張となってしまった。

これじゃあ、出張というより完全に単身赴任だな、しかも郁が。
まだ新婚ニヶ月だというのにこの仕打ちとは酷いと思う。
しかも堂上も新人の教育隊を受け持っているので、自分の予定も特殊部隊だけのスケジュール管理とは違う為普段のように調整もできない。
だから公休日を連休にして郁に会いに行くことも叶わなければ、郁の方が連休をとって戻ってくることもできずに月日が経ってしまった。




「もう篤さんはあたしの顔を忘れちゃったんじゃないかと思って」
「馬鹿、それはお前の方じゃないのか?王子様の顔も覚えてなかったんだろ」
言うかな!?そんな恥ずかしい台詞自分で!
と郁の声高なツッコミが入って電話越しでも自分の心が解かされて温かい気持ちになれる。こうして離れていても郁は身も心も、法的にも自分の妻なんだな、と思えたり。だからこそ声だけじゃなくて本当はすぐ側にいて欲しいのにそれができない状況はもどかしい。

『あたしも出張中は一人部屋だから、どんなに遅くなっても必ず電話して』
それが新婚早々離れて暮らすことになった2人の間で交わした約束だった。
堂上はメールで事務連絡的な事を送ってくる以外はいろいろ書いてくるのが得意じゃないと言うことが郁にはわかっていたから。




結局、唯一会えそうなのは郁が関西から東北へ移動する日しかなかった。
その日の堂上は公休日だと聴いた。郁の出張移動日と考えれば、当然飛行機を使って大阪から仙台へ向かえば早いのだが、どうしても東京に寄りたい、少しでいいから堂上に会いたい。
郁は大阪で最終日の夜に開かれた送別会を一次会で切り上げて夜行バスに飛び乗った。
朝になれば堂上に会えるから。

郁は久しぶりに官舎へ戻るつもりでしたが、堂上はそうさせなかった。
官舎に帰ってくれば、きっと郁は家の家事を気にしてしまう。せっかく新婚夫婦が一ヶ月ぶりに会うのに、長く空けていた家の事を気にするなんて冗談じゃない、と。
だから夜行バスが到着する八重洲口からそう遠くない場所にホテルの部屋を取った。郁と少しでも長い時間過ごせるようにと二泊分の料金を払って。




早朝6時前に到着した高速バスから、眠気を必死で覚ましましたという感じの人々が次々と降りてきた。
小振りな旅行鞄を手にして郁も前の客に続いてバスのステップを踏んだ。
「郁」
アスファルトを踏みしめたところで、聞き慣れた声が耳に届いた。
着いたら電話しろ、って言ってたから到着予定時刻前に着いたバスより早く堂上が待っててくれているとは思ってもみなかった。
「篤さん」
声のした方へ顔を向けると緩んだ顔をした堂上のその姿が近づいてきた。その姿を捉えた瞬間に郁ははち切れそうな笑顔全開で駆け寄った。
そして映画のワンシーンの様に互いがぎゅっと抱きついた。その存在を確かめあるようにぎゅっと、長く。

―――こんなときって、公衆の面前だとか、恥ずかしいとか、見られているかもとか、って関係なくなるんだ      

バスから降りた人々がちりぢりになって気配が無くなる頃、ようやく二人は体を離して顔を見合わせた。
「元気だったか?」
「うん、篤さんは?」
「俺は郁に会えなかったから元気じゃなかったな」
やっと元気になれた、と郁の耳元で小さく言ってからこめかみに軽くキスを落とした。

「お腹空いたか?」
「うん」
「じゃあ部屋に荷物おいたら朝食に行くか」
そう言って郁の手から旅行鞄を奪った。昔の自分ならこれくらい持てます!なんて言ったかもしれないが、大人しくその行為に甘える事ができるくらいには成長したと思う、女性として。そして郁の空いた手を取ってすぐ近くに建つホテルへ向かった。




徒歩5分ほどで目的のホテルに到着しロビーで荷物を預けて、そのままレストランフロアまでエレベータで上がった。荷物が無くなると、堂上はぴたりと寄り添って郁の腰に手を回した。
「あ、篤さん...朝だから、ね」
今日は平日だしビジネストリップと思われるビジネスマンや外国人がロビーをうろうろする姿も見受けられたから。
「俺たちは公休だろ」
そう言われては何も返せない。すぐレストランに着くし...と郁は黙ってされるままになった。




「ホテルのバイキング久しぶりですねー」
和洋中すべてが取りそろえられた朝食バイキングのボリュームに郁はご満悦で笑顔全開だった。
美味しいモノを美味しそうな顔をして食べる姿をみているとこっちまで幸せのごちそうをいただいている気分になる。
「篤さんは食べてますか?」
「お前ほどじゃないけどな」
「そんなことないでしょう?結構よそってきてるくせに、あたしばっかり大食漢みたいな言い方するーっ」
「お前が美味しそうに食べているところ見るだけで腹一杯になりそうだからな」
「ちゃんと食べないと後でお腹空きますよ」
バイキングなんだし、と次はデザートへ行くんだと言って席を立つ。
こんな風に会話ができるだけでも幸せだと思う。離れているとこんな事すら愛おしい時間だと。




荷物を部屋に運んで貰うように頼んであったので、食事の後一旦部屋へと戻った。
正しく言えば戻ったのは堂上だけで、郁は初めて部屋に入ったのだが。
「うわぁ、都心にあるのにずいぶん素敵な部屋ですね」
ビジネスホテルを想像していたようで、それからするとずいぶん洒落ていて居心地の良い部屋だった。
「疲れてたら少し休むか、シャワー浴びてきてもいいぞ」
「ううん」
ひとしきり部屋の造りを眺めた郁は堂上の元に近づいてきて、額を軽く堂上の肩に乗せた。
「あたし.......篤さんに触って貰うのがいいな」
少し恥ずかしそうに俯いたまま、郁は確かにそう堂上に伝えた。
「もちろん俺もそれがいい」
そう答えると同時に、郁を抱きしめて激しく唇を重ねた。
それを合図にしたかのように、二人で互いを求め合い、互いをすぐ側に感じて、同じ時を過ごす喜びを分かちあった      




どれほどの時間愛し合ったのかも、眠っていたのかも感覚的にわからなくなっていて、気がついて時計を眺めたらもう夕刻と言っていいほどの時間だった。
腕の中で眠る郁の寝顔を見ることも久しぶりで、例え眠っていて郁の瞳が自分を映していなくても、こんな風に過ごす時間があることすら愛おしく感じた。
「......ん...」
堂上の起きた気配を感じたのか、郁も体を動かし、無意識の内にぼんやりした脳内を回復させ始めていた。

「篤さん...」
まだはっきりと声が出ないような甘く掠れた声で郁は名前を呼ぶと、そのまま腕を伸ばして、再び堂上にしがみついた。
何も身につけないまま眠っていたので、肌と肌が一ミリの膜も無く触れあった。

回した腕をギュ、っと強く抱きしめる度に、郁は堂上の体とその匂いを自分の脳裏に刻みつけていた。
「こんな時間になっちまったな」
丸の内や銀座のショッピング街も近いので、二人でデートらしくぶらぶらしても良いか、と考えていたが結局こうしてホテルでほぼ一日を過ごしてしまった。




そういえば恋人時代にもこんなことはあったなあと、堂上と郁は顔を見合わせて思い出し笑いをした。
「久しぶりのデートもしたかったけど、今日は篤さんの補充の方が大事かな」
と可愛いことをいう。
一ヶ月逢えなくて、またこの先二週間逢えないかもしれない。
そう思ったら一秒でも長く、一ミリでも近く、側にいたいから、お互いがそんな風におもっていたからこうしているんだと。
「そういえば昼抜きだったよな、いくらバイキングでたっぷり食べたと言っても腹が減っただろう」
「ん、そうだけど...」
郁はちらりと時計を覗いた。仙台行きの新幹線の時間は20時過ぎだ。向こうの寮に着く時間に東京を出ることにすれば当然堂上と過ごす時間は殆どとれないとわかっていたから、今夜はビジネスホテルに泊まって明日朝一番で東北図書基地に赴く予定にしていた。だから     

「もう少し、篤さんとこうしてたい」
小声でそうねだってから、郁は目の前にある堂上の鍛え上げられた胸にちゅ、っと唇を落とした。その仕草に煽られすぐに形勢は逆転して郁の胸元には何十倍も堂上の唇が落とされ、翻弄させられた。




列車の予定の三時間前にはホテルをチェックアウトしてイタリア料理の店でゆっくりと二人きりの食事を楽しんだ。
話題は、もっぱら郁の出張話だ。関西の特殊部隊には堂上も出向いたことがあるから、郁が名を上げる内の何人かは聞き覚えがあった。うちの特殊部隊ほどじゃないけど、あちらもみんな大酒飲みなんだよーとか、防衛部の女子隊員とは特に親しくなったようで、公休日は何人かと一緒に美味しい物を食べに連れて行ったとか。その様子を聴いて水戸の県展警備の時も防衛部の女子隊員にずいぶんと頼られていた事を思い出し、自分とは違った親しまれ方だったりリーダーシップの取り方を郁なりに持ち合わせて居るんだな、とあらためて部下としても頼もしく、そんな仕事ができる女性になっていく姿を妻としては改めていい女だと思った。きっとそんな事を言ったら柴崎とでも比べて、そんなことあり得ない、位の否定はしそうだが。




ワインを一杯半ほど飲んで、少しだけほろ酔いの郁の手をしっかりと握って駅のホームへと上がっていく。

「料理もお酒も美味しかったね」
「郁も酒の味が判るようになったか」
「うん、篤さんと一緒だったからだと思うよ」
大好きな人と一緒に食べるご飯とお酒は美味しい、そんな風に言ってくれる妻が本当に可愛い。
だがホームを歩いているということは同時にまたしばらく離ればなれになる時が近づいているという事だ。

郁も同じ事を思ったのだろう。繋いでいた手をぎゅっと強く握り直した。
離れたくない。こんなに二人で過ごせることが嬉しくて、自然で、幸せなんだと実感してしまったら。それを今日一日味わってしまった後にまた二週間も離れてしまうなんて。

「......遠距離恋愛のカップルは、毎回こんな思いしてるんですね」
それに比べたらたまたま長期出張が続いただけで、これが終わればまた一緒に住めるのだからこれくらいのこと我慢しないと。
ぽつりと郁が呟く。
「ね、篤さん」
最後にそう付け加えて、郁は立ち止まる。ホームの一番端に近い其処は寒さのせいもあって人気もまばらだ。
郁は堂上の正面に体を向けると、額を堂上の肩にこつんと乗せた。
それに答えるように堂上は握っていた手をゆっくりと離し、郁を丸ごと包み込むように抱きしめた。
「......あたしの事、忘れないでね」
「忘れるかバカ」
郁も背中に手を回してぎゅっとしがみつくように堂上を抱きしめた。

今日、たくさん篤さんを補充したから大丈夫!

ほんとはそんな風に別れ際に言おうと思っていた。泣いてしまったら離れた後が辛い、だから手を振って笑顔で『行ってきます』と言うつもりだった。
でも暗いホームに静かに停車している新幹線をみたら『ここからまた1人なんだ』という思いが飛び出してしまった。
「行ける時があったら俺が行くから」
「大丈夫。関西の半分だもん」
そう、大丈夫、大丈夫。郁は自分に言い聞かせる。これが仕事ならぱぁんっと自らの両頬を叩いて気合いを入れ直すところだが......今日は代わりに堂上の肩に置いてた額をこつんこつんと、二度打ち付けた。

「郁」
穏やかな低い声で堂上がそっと名前を呼ぶ。大好きな声に誘われて郁は顔を上げて堂上を見つめる。どちらともなく瞼を伏せて唇を近づけてお互いの想いを交わした。


何かのドラマや映画の中の事の様に思っていたプラットホームでの抱擁と熱いキス。
誰かに見られてしまうとしても、そんな風に二人の絆を確かめ合う別れ際の恋人達の気持ちがようやくわかった。


やがて発車を知らせるメロディが静かに流れ始めて、二人の唇はゆっくりと離れた。
「篤さん、行ってきます」
「ああ」
ドアまで郁の旅行鞄を持っていき、列車に乗りこんだところで手渡した。
メロディが鳴り止んで数秒秒後に、戸口のギリギリに立つ郁の目の前にドアがシューという音の後に滑ってきた。

だいすき。

声こそ堂上に届くことは無かったけれど、たしかに郁の唇はそう動いた。動き始めた列車のドアガラスに張り付くようにして堂上の顔をずっと追えるだけ追って見つめていた。
やがて姿も、ホームも遠く小さくなってから、郁は頬を一筋伝った涙をぬぐって、自分の席についた。
窓の外を流れる景色を見ようと視線を向けると窓に泣きブスな自分が映って、情けない顔だなぁと、苦笑いしてしまった。一晩寝たらまた仕事だ。
そのとき携帯が震えてメールの着信を知らせた。
画面を開くとそこには堂上らしい一言が。

無理するなよ。

夫モードなのか、上官モードなのか。どちらも自分の大好きな堂上だと思えて、お守りを大事にするように携帯をぎゅっと胸元で握りしめた。



Fin

(from 20121228)

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