+ fellows +    Beginners 設定での番外編 郁査問期間中

 

 

 

 

 

郁の身に突然降って湧いてきた査問。
しかもその内容は身に覚えの無い濡れ衣な内容で。
一時間の間、質問攻めと発言の揚げ足取りのやりとりの攻防が続く。
数回経験し、気がつけば初めて査問に掛けられてから1ヶ月が経つ。

でも本当に辛いのは一時間の査問時間や、そのための対策の勉強などではなかった。

寮生活を送る郁にとって、関東図書基地に身を置き、勤務と寮との往復で日々をすごしていたのだから、寮での冷たい視線や聞こえるように囁く非難の言葉は針のむしろ以上のものがあった。
知らない人間に、あれこれ噂されたり中傷されることは、自分の耳にさえ入らなければまだ耐えられた。
だが、何処へ行くにも、何処で過ごすにも、冷たい視線を浴び、誰とも目を合わせることもない、普通の挨拶やねぎらいなどの日常のやりとりもない、
自分がそこに居る意味を否定され、もしくは無視され続ける。

冷たい目線を向けられるのが嫌ならば、誰の目の触れないところに居るしかない。
洗濯室で誰かと一緒になるのも嫌で、基地外のコインランドリーにでも行こうかとも思っていた。
一度、そんな事を柴崎に話したら、夜ひとりでコインランドリーに行くなんてダメだから、堂上か小牧にでも連れて行ってもらえ、と言われた。
教官達にそんな迷惑掛けるわけにはいかないから!と押し問答になり、結局コインランドリーはあきらめた。

そうしたら柴崎が上官に口をきいてくれたらしく、寮監から消灯後に鍵を借りて、1人洗濯室を使わせて貰う許可をもらった。
そして消灯後に部屋を出入りするのもいやだから、洗濯室で1人ぽつんと雑誌などをめくる。

パラパラと柴崎から借りた雑誌をめくりコンビニスイーツ特集を眺めるが、いつものように食指が動かない。
ただ洗濯機が回る音だけが響く室内。おおっぴらに使う訳にはいかないからと、遠慮して一列だけつけた照明が、寂しさを助長する。
そして、ふと、あたしはこんな時間にこんなところで、1人、何やってるんだろう、と自分を自嘲する。

つらいです・・・王子様。

つらいです・・・教官。

学生時代に、不登校なクラスメイトとかいた。
親しい子じゃなかったから、詳しい理由は知らなかった。登校してきた時は、挨拶を交わしたりたわいないことを話しかけてみたりした。
それでも、どう接してあげればよいかわからず、自分では温かい目を向けていたつもりだったけど、やはりその子とは距離を取ってしまった。

あたしもあの時していたことは、今の寮の子達と同じか。
自嘲もいいところだ。上っ面だけその子の事を心配してた風だなんて、買いかぶりも良いところだ。
情けなくて、辛くて、誰もいない事にこの時間と空間に感謝しながら、郁は声を上げて泣いた。






◇◇◇





「よし、2人ずつ交代で休憩を取ろう、笠原と手塚先に行ってこい」
昼になって、班長の堂上はそう3人に声を掛けた。
「はい」

郁はそう言うと、すぐに踵を返してその場から消える、誰かが一緒にお昼に行こうと声を掛ける前にだ。
もうそんな事が3週間位続いていた。

「また1人でどこか行っちゃったんだ、笠原さん」
「はい・・・」
「班員の俺たちにまで気を遣う必要はないのにね」

郁の事だから、一緒にいると回りの人間まで余計な中傷をいわれかねない、とでも思っているんだろう。
休憩だという言葉を聞けば、自分のミニバッグをもって、いつもさっと居なくなる。
堂上をはじめ、小牧も手塚もそれが一番やりきれない。
寮では男女別だから、なかなかカバーしてやることができない。
せめて勤務日くらいは、と誰もが思っているのに、郁は何もかも1人で抱えて乗り越えようとしていた。その姿が痛々しい。

「朝のうちに一緒に食事に行く、と言っておくべきでした」
今からメールを送っても、郁はきっと応じないだろう。
「気を遣わせてすまん、手塚」
「・・・あいつのせいでも、堂上二正のせいでもありません」
謝らないでください、とでも言いたげだ。

「夕食とかもコンビニのご飯とかで済ませているらしいしね、笠原さん」
精神的にも、だけど体力的にももたないよ、あれじゃあ、と小牧が言った。
「・・・・・・明日は公休日だから、今夜は班で飯行くぞ、小牧、手塚」
班長命令だ、と言わんばかりに眉間の皺を深く寄せながら堂上が言い放った。






◇◇◇





査問対策の話もしたいから、と小牧に言われ、郁はしぶしぶながらも班での飲み会に同行した。
査問に掛けられているのに、なんで飲み会とかに参加してるの?とでも思われないだろうか、と不安になりながら郁はとぼとぼと3人の後ろを歩く。
「柴崎も呼んでやれば良かったな」
「いえ、柴崎は今日業務部で飲みに行くって言ってましたから」
ごめんね、夕飯は一緒に食堂行けなくて、そう今朝言われていた。食堂に行く気はなかったからちょうど良かった、とその時は思ったけど。

その時堂上の携帯が鳴った。
上着の胸ポケットから携帯を取りだし話し始めた。そしてまた眉間に皺が寄っていくのが見て取れた。
「すまん、今日出した書類の事で隊長に呼び戻された、先に行っててくれ」
「わかった」
小牧はあとでメールすると伝えると、堂上は小走りで基地へと戻っていった。

「気にしなくて良いから行こう、笠原さん」
そう言われたが、郁はどう答えて良いかわからなかった。




連れて行かれたのは武蔵野の駅の反対側にある飲み処だった。
比較的小さな店で、よく隊長や副隊長が好きで来るらしい、と郁は後から聞いた。
食事も美味しく、酒もこだわりがある、らしいが、郁は一滴も飲まず、食事だけはなんとか手を付けた。

結局堂上から電話があった時にはいい時間になっていて、そろそろ帰ろうか、という話も出ていたので、お開きにすることにした。
小牧は実家に泊まるから、と駅まで戻ったところで別れ、結局郁と手塚の二人がとぼとぼと基地への道を並んで歩いていた。

飲み屋で査問の話は少しだけして、あとは毬江ちゃんの話を聞いたり、隊の先輩の話などをしてから笑いをしていた。
ご飯は美味しかったし、いつもより食べれたけど、やはり基地へ戻ると思うと足取りが少し重く、郁は自然と俯き加減になっていた。

「笠原」
「・・・ん」
郁は顔を上げて、横に並んでいた手塚を見上げた。何もなかったような顔をわざと作っていることぐらい、朴念仁と言われる手塚にもわかった。
「こっち行くぞ」
手塚は郁の手首を掴み、公園の入り口へと向かった。
郁を公園内のベンチに座るように言い、自分は側にある自販機でコーヒーを2本買った。
缶のプルトップに指をかけ、カチンと開けてから郁に渡した。
消え入りそうな声でありがと、と郁が言った。

自分の分のプルトップもあけ、郁の隣に座ってからコーヒーを口にした。

「お前さ」
「ん?」
「なんで誰にも迷惑掛けたくないとか思ってるんだ?」
「えっ?」
「堂上二正も小牧二正もだけど、誰かがお前と居ると迷惑だとかいったか?」
郁は俯き加減だった顔をあげ、手塚を見た。
堂上ほどではないが、眉間に皺がよりそうな表情で郁を見ていた、その目は真剣だ。
「女子寮までフォローはできないけど、勤務の時ぐらい、俺たちを遠ざけるな」
手塚は俺たち、と上官も含めて断言した。二人の気持ちは、間違っていないはずだ。
「お前はいつも、戦闘職種の大女だから、と否定するけど.....やっぱりお前は女なんだよ」
手塚は言葉を切って、一度缶コーヒーを口にした。
「・・・・・・俺たちが頼りにならない、というのでなければ、お前を守らせろ、笠原」
郁はまさか手塚にそんな風に言われるとは思わず、きょとんと手塚の顔みた。
「お前の王子様にはなれないが、騎士(ナイト)くらいにはならせろ」
ちなみに、騎士は1人じゃなくていいんだぞ。

「だ、誰がナイトよ!」
小牧教官は毬江ちゃんの王子様だし、て、手塚や堂上教官をナイトなんて言ったら、ファンの子に怒鳴られてさらに非道い目に遭いそうじゃない!
「莫迦かお前」
そう言う意味じゃない。
「・・・・・・もっと俺たちに甘えろ。上官に甘えるのが嫌なら--------俺に甘えろ」
「ばっ、莫迦、あんたに甘えるとか!」
ありえないってば!同期の友達みたいなものなのに!

「だから甘えろって言ってるんだ」
そういって手塚は突然、郁の後頭部へ手をやり、自分の胸へと強引に引き寄せた。
「ハンカチにでも、雑巾にでもしろ」
あんたのファンに怒鳴り込まれるわよ、などと返してやろうと、手塚の胸に手を置いて離れようと試みたが、強く頭から抱きしめられて......動けなかった。
「・・・泣けないなら、こうしてるだけでいい」
冬の澄んだ空にだんだん近づいてきた夜。手塚の胸の暖かさが郁の頬にじんわりと伝わり、氷を張り巡らせていた郁の心が融ける気がした。
「・・・なんで・・・・・・あんたの前で・・・泣くとか・・・・・って・・・」
融かされ始めた心は、何故か目の端に涙となって溜まっていった...
ぽろり、とそれが手塚のスーツに落ちたあと、繋がるようにしてまた次々とこぼれはじめた。

「・・・・・・くやしいよ、手塚・・・」
「ああ」
・・・・・・つらいよ、手塚・・・
「わかってる」

お前の作り笑顔も、心のない冗談をとばすのも、みんなわかってるから。
そしてお前は、女、なんだから。
お前1人でがんばって欲しいんじゃない、つっぱっていて欲しい訳じゃないんだ。
上官も、先輩も--------俺も。

「・・・・・・たくさん泣いたから、大丈夫だよ、手塚」
そういって鼻をすする郁の頭に掛けた手を、ようやくゆるめて、離した。
「・・・・・・あんたの言いたいこと、わかった。ありがとう」
郁は涙を拭きながら、手塚に礼を言う。こんなの、今日だけだから・・・、そう思いながら。

「じゃあ、帰るか」
「うん」
班で飲みに行く、って言ってなかったから、柴崎帰ったら心配するかもだし。
飲み干した空き缶を回収して、手塚は自販機のゴミ箱に捨てた。

「・・・ねぇ。堂上教官達には・・・泣いたこと言わないで」
「・・・わざわざは言わない」
だが。
「覚えておけ、男は頼られてナンボなんだ、笠原」
そういって照れくさいのか、手塚は郁の背中をぽんぽん、と軽く叩いた。
「こんどから飯の時逃げるなよ、一緒に堂々としてろ」
郁は、わかった、の代わりに、手塚の背中をぽん、と一つ叩いた。





fin


(from 20120909)