+ KissとCinemaと +   恋人期:5/23キスの日遅刻SS



 

 

 事の渦中、堂上が呟いた『次』は、結局二人の関係が変わってだいぶ時が経ってからとなった。 

 

初めての『リベンジ』映画デートは互いの趣味にあった『ハリウッド諜報アクション物』だった。映画好き、というほどでもないが話題になるものは観てみたいと思う。

何しろ同じ班なのだから、公休日も互いの用事が入らなければ基本的には二人で出かけられる。待ち合わせしてから、その日の二人の体調や気分でブラッと行き先を決められるのも平日休みならではとも言えるが、なんとなくデートコースとして選びやすいのか、ほぼ一ヶ月に一度の頻度でシネマコンプレックスに足を運んでいた。


 何度目かの映画デートで二人が選んだのは人気コミックスが原作のラブストーリー。郁はこれが観てみたい、と提案したときは渋い顔をされるのではないかと思ったが、あっさりと「じゃあそれにするか」と言ってチケットブースで係員と座席の選択していた。上映開始時間まで20分ほどとちょうどタイミングも良く、飲み物とお約束のポップコーンは、チケットは教官に出して貰ったから、と郁が用意した。

 

 

 

 平日の日中に上映されるラブストーリーなんて、館内に座っているのは主婦層と思しき女性ばかりで。

予想はしていたが、思っていた以上にホール内には殆ど女性の姿しか無かった事に堂上は苦笑した。いいんですか、ホントに?の意味で少し立ち止まり、繋がれた手の先の堂上の様子を上目遣いで伺うと、「構わん、行くぞ」と郁を後列の席へと促した。二人とも視力は良いし、郁はこの中の女性達よりも背が高い方に入るだろうから、後ろからゆっくり鑑賞するのがちょうどいいと、何度か出掛けた映画デートで学んでいた。

 

 

 その映画は学生時代の淡い回想シーンから始まった。

 

 主人公の二人は互いが気になる存在であるのに、気がつけば犬猿の仲。その奥に淡い恋心を募らせていたのに、卒業と同時にそれらも思い出になった。

大学、就職と違う環境でそれぞれの道を歩んでいるはずだったのに、思いも知らないところで再会した二人。

その場所は--------留置所。

一人は立派な警察官に、そしてもう一人は、道を踏み外して結婚詐欺師となっていた。

 

 同級生だったという二人。彼女をそこまで貶めたのは何なのか、放っておいて欲しいのに、なぜ彼は自分に構うのか。

 

 証拠不十分で釈放された彼女は、心配顔で近づくかつての同級生すら罠にかけようとした。

そして『騙されるかも知れない』と解っていて彼女を愛し始める彼。

 

 

スクリーンの中の主人公は決して美人でも、アイドルのように愛らしいわけでもない普通の女だ。

 

 ”『葛西くんは、あたしなんかに関わっちゃだめ』踵を返し、立ち去ろうとする彼女の腕を彼が掴んで強く引き寄せる。

腕の中に捉えると『泣くなら俺の目の前で泣け』と囁き、激しく口づけを交わし始めた--------

 

 

 ラヴシーンなら、洋画アクション物にだってある。ハリウッド女優が演じる女スパイとアクションヒーローのベッドシーンがさらっと映し出されることだってあった。そんなシーンでも隣に座る恋人は、顔色一つ変えずに鑑賞を続ける様は大人の体裁なのだろうと思った。郁の方は、動揺を隠すためにきゅっと口を閉じ、少しだけ俯きつつもそっとスクリーンを上目遣いで伺うのが精一杯だというのに。そしてそんな事も堂上に見透かされているのではないかと心配でならない。恋人同士で映画に来る人は、どんな風にこの数十秒を過ごしているのかと、密かな悩みになっている位なのに。

 

 

 目の前の大スクリーンで激しく繰り広げられたそのラヴシーンは、何故かドキリと心臓が跳ねた。

主人公の年齢も自分に重ねやすかったのかも知れない。邦画だという事でよりリアルに映るキスシーンに、郁は今までより強く動揺してしまった。

 

ど、どうしよう。

 

 動揺しなければ、隣の恋人のようにしれっと見続けることもできたのかもしれないが、二人の感情にのめり込み過ぎて「あ・・・」と、息継ぎの中で隣にしか聞こえないくらい小さな声が出てしまったのだ。

 

どうしよう、どうしよう。

 

 俯いてしまったら、目を逸らしてしまったら、隣の堂上に狼狽がバレてしまう。

 

熱く激しい口づけを交わすスクリーンの中の二人は突然の雨に降られ、濡れ姿のまま雨をしのいだ軒下で絡み合う。

 

ザァァーっという雨音の効果音の中に小さくぴちゃっと舌と唾液が絡まる音と吐息が溢れる音が劇場のスピーカーを揺らす。

 

 ----------耳に残る水音が、昨晩の記憶と呼び起こす。

唇を何度も重ね、吐息を重ね、舌先を捕らわれる。溢れる唾液を飲み込めず、漏らした息の隙間から嬌声が零れて二人の思考を震撼させる。やがて抱いた細い肩から堂上の掌がゆらりと郁の細腰をなぞるように滑り落ち、形の良い双丘を丁寧に撫でる。

 

 キスは激しい、でも触れる手は優しい。

 

上映開始直後からそっと手摺りに置いた手に重ねられた恋人の掌から、郁の火照る熱が堂上に伝わってしまいそうで。

静まれ静まれ、と自らの心臓に唱えていると----------

 

 スクリーンの中の二人は絡みあいながら古戸を開けて、軒下から建物の中へ滑り込んだ。

彼女はそのまま壁に背を預け、彼と視線を交わす。その刹那が合図だったかのように、再び二人は唇を重ね始める。角度を変え互いに噛み付くように絡めながら舌先が、やがて首筋をたどり彼女の鎖骨へ滑る。ブラウスのボタンを巧みに外し、肩先を外気に晒すように露わにするとそのまま掌を胸へと這わせて貪り始めた---------

 

 

 惹かれ合い、想い合う二人が交わす接吻の先に何があるのか、本当は分かっている。それを望まれるのも自然なことで、きっと大事なことなのだろうと思えるのに。

 

その先の自分がどうなってしまうのか、郁は知らない。それが怖い。

情熱的なキスを与えられているときは、もっと、もっと堂上が欲しいと思っているのに。欲しい、と思う気持ちのまま堂上が与えてくれる心地よさと熱を、素直に受け入れればいいのに。

 

 ----------あたしがいけないんだ。強くあれ、と図書隊の誇りを胸に日々鍛錬しているのに、どうしてこんなところであたしは竦んでしまうのか。

 

こんなに堂上の事が好きなのに、ただ「知らない」事に怯える自分の情けなさに、好きな人に我慢を強いている事に、泣きそうになる。

 

 

 思わず目を閉じた瞬間、ずっと重ねられていた堂上の掌が手から離れて郁の肩へと回された。そのまま手摺りの距離だけ残してぐっと引き寄せられると、堂上の顔が近づき、郁のこめかみにふわりと唇を当てた。

「俺はこうして、いつでもお前に触れたい」

小さく低く響いた声に体中が熱くなる。耳元に、耳裏に、軽くゆっくりと唇を落とし、郁を柔らかく包むようなキスを与えられた。心が、熱が、すべて堂上に囚われて静かに浄化していくようで。目の前で激しく繰り広げられる男女の愛歓がスクリーンの奥へ遠ざかっていくように感じた。

「だから、俺を欲しいと思うまでは、ずっと、な」

額に、頬に、こめかみに、と何度も堂上の唇は郁に触れる。公ではあんなに厳しいこの人は、こんなに優しく自分を包んでくれる、溶かしてくれる。さらさらと流れる想いが向かう先は一つで。

 

不意に顔の向きを変え、郁は自ら堂上の唇を捉えて触れた。堂上に触れられていたよりも少しだけ強く。

「・・・あたしだって、教官に、触れたいです」

小さく伝えると、映写の光にわずかに照らされた堂上の表情が、驚愕から穏やかな笑みへと変わった。きっと堂上には、動揺も、困惑も、蟠りも全て見抜かれている。

「ああ、いくらでも」

キス初心者からは卒業したと思うのに、二度目の郁からのキスも余裕はなくて。解っているとばかりに、堂上に余裕の顔をされたのが少し悔しい。でもラヴシーンで動揺してしまったときに、優しくキスを降らせてくれたことが、『ゆっくりでいい』と言ってくれているようで。

郁は少し甘えるように首を傾げて、堂上の胸元へコトン、と頭をそっと預けた。

 

 

 

 

 

fin

(from 20140530)

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