+ Lesson room +   恋人期(原作逸脱注意?) 

 

 

 

 

当麻事件で太腿を撃たれてから約2ヶ月。

その事件を機に想いを繋げた恋人は、公休日はもちろんのこと、終業後でもなるべく時間を作って俺に会いに来てくれる。

 

 

コンコン。

時間から言っても、そのドアノックの仕方から言っても郁が来たのだと気づく。

平日のこんな時間には誰も来やしない、と普段から言っているのに、郁は数十センチほどドアを開けたところで手を止め、必ず首をひょこっと出して病室内を覗き込む。

そんな姿まで「可愛い」と思ってしまう俺は、相当この恋人にやられてると思う。

 

「こんばんは」

「ああ、入れ」

 

もうこんなやりとりを何度してきたのだろう?

郁の柔らかい毛色の頭とその笑顔をみると、自分も破顔していくのがわかる、恥ずかしながら。

俺は読みかけの本を閉じて枕元に置いた。軽く掛け布団を掛けて寄りかかって座っていたが、そこから腰を動かし足をベッドサイドへと放り出した。

「遅くなってすみません」

「いやいい、急いできてくれたんだろう?」

郁は、病院へ来る途中にある手作りパン店の袋をベッドサイドのテーブルの上に置き、自分のかばんはその横にある椅子に置いた。

 

郁の手が空いた瞬間、俺はその華奢な手を取ってベッドの方へ引き寄せる。少し驚いた顔をした郁をみると嬉しくなって悪戯心に火がついた。

そのまま細腰を反対の手に取って体ごと手繰り寄せて柔らかく抱きしめてから、郁の肩に自らの頭を預けてその白い項の方へと顔を寄せた。

「・・・きょう、かん?」

郁はキスでもされると思っていたのか?予想と違う堂上の行動に、疑問符の声を上げる。

「ああ・・・今、郁の匂いを補充してる」

いつもなら唇で触れるそこを、敢えて鼻で堪能する。

 

掌で、唇で、舌で、全身で堪能したい郁自身を、たった一つ、嗅覚だけで感じ取る。

 

「あの、今日は午前の訓練のあとにシャワー浴びたきりで、その・・・」

もう汗ばむ事はない季節に成り掛かっているが、郁はここまで走ってきたのだから気になる。そんな風に思っているのだろう。

 

「このままの郁の匂いがいい」

 

そしてようやく郁の髪先に触れ、ゆっくりと髪を梳くように掌をこめかみから耳の後ろへと這わせる。

やわらかい髪を優しく撫でたときに郁の新たな香りに包まれた。使っているシャンプーの匂いだろう。

「あっ、その、シャンプーの匂いとか・・・好き、ですか?」

たどたどしく俺に訊く郁の言葉が、ちょうど俺の首元に届いてくすぐったい。

「ああ」

いつの頃からだろうか、郁から香る愛用のシャンプーの匂いが郁の匂いだと認知したのは。諄いものでも高級なものでもないというのに、こうして抱きしめる権利を得る何年も前から好きな女の匂いだと気づいたのは。

郁の肩に頭をうずめていた俺の首元に、郁は同じように自分の鼻を擦り寄せた。

「あたしも、教官の匂いも好きです」

匂いも、と紡ぎ出した郁にも安堵の気持ちが広がっていた。嬉しくて、こうして触れ合うことにどきどきするけど――どこか安心する。

二人で互いの匂いに包まれて、愛しさと安らぎを感じる気持ちを嗅覚から補充し尽くしてから、ようやく顔を間近につきあわせた。

ふれあう寸前の距離でお互い見つめてから――二人の長いキスが始まった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

入院してから2ヶ月ほどでほぼ松葉杖なしで歩けるまで回復した。

時々痙ってしまう場所があるのか伸ばし方によっては痛みがあるので、完全回復ではなかったが日常生活なら問題は無い程度まで。

 

そこで退院して復帰しても構わないと思って上官に相談したら「労災だから、しっかり治してこい。業務部ならともかく、特殊部隊隊員なんだから検閲抗争に参加できるようになるまでゆっくりしろ」とあっさり言われた。

「それとも愛する部下が心配で早く復帰したいか?」

ニヤリとしなながら、そう言った隊長の笑い声が病室内外に響いたことは忘れられない。

「いえ、俺が育てた部下ですから問題は無いはずです」

しらっと冷静に上官としての言葉を返した。

「まあ、いろいろと隊の奴らに突っ込まれてボロがでないうちに、早く鳥の籠に収めたいってところか」

またガハハと笑うと、堂上の肩をポンポンと叩いた。

「まだお前ら蜜月なんだろうから、ここでゆっくりしておけ。どうせ実家には戻らんだろうし、寮に居たって面倒見てやれる奴はいないからな」

そう言い捨てて、玄田はその体を預けるには不向きな椅子から立上り、そのまま手を振って病室を後にした。

 

からかい半分で言っているのかと思いつつも、妙に的を得ている玄田の捨て台詞は、結局堂上に復職間近まで病院で過ごす選択を取らせることとなった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

しばらく柔らかい唇を啄んだあと、郁を中腰の状態のままにさせていたと気づき、一度郁の体を離して自分の膝の上へと誘うために、ぽんぽんと叩いて合図をした。

「で、でも教官・・・」

「軽いお前が乗っても痛みがないかどうか知るためだ」

それも少しある、でもそれだけじゃない。郁もわかっているだろうが、さすがに傷ついた方の太腿に乗るのは、と躊躇した。

そんな郁の様子を余所に堂上はゆっくりと立ち上がって、郁の膝裏に腕を当てて、ゆっくりと抱き上げた。

「ちょっ?!」

郁の抗議の言葉は無視して、そのまま膝に乗せるようにしてゆっくりとまたベッドサイドに腰掛けた。

「――痛くないですか?」

抱っこのような形になったのを強引だと捉えたのか、郁は幾分か不満そうな顔をした。

「ああ、お前の軽さぐらいなんでもない」

そういってやると、ようやく安心したのか、郁は横抱きされながら嬉しそうに俺の首へと腕を回して来た。

「堂上教官――」

好き、と言いたそうな唇を敢えて塞いだ。そんな事はとうに知っている。

こんな風に誰にもじゃまされず、好きな女を抱きかかえ、その唇から紡ぎ出される甘い吐息と、その先の息も絶え耐えに溢れる郁の官能的な声を堪能できるのは自分だけで・・・

 

そして、今この空間は傷ついた堂上の療養のためではなく、二人の心を繋げる場所となる――

 

 

 

 

 

 

「んっ・・・あっ・・・ん、ふうっ・・・」

 

キスの合間に漏れる郁のその声に、俺のすべての感覚が刺激される。

郁は未だにその長く深いキスに必死で、その甘い声すら無意識に紡ぎ出される。男を、俺を無意識に煽るその声に、俺の掌は郁を抱きしめるだけでは収まらなくなる。

 

片手で郁を抱きかかえたまま、ゆっくりともう片方の掌は郁の背を撫でる。

ゆっくりと、最大限に優しく。郁の背にある下着の線に触れたときわずかに郁の体が動いたが、気づかない振りをしてそのままライン通りに指を横滑りさせる。

 

病室に響くのは、郁の甘い声と、吐息と、交わすキスから漏れる水音。

服の上から撫でる掌がその下に隠れる白い絹肌を想像させる。

 

しばらくラインを撫でてからゆっくりと下へと移動する。腰から少し脇へと這わせたとき、瞬時で唇が離れ、郁から「ひゃっ」と声が上がった。

「そ、そこだめですっ・・・くすぐったいからっ」

抗議の涙目で俺を見つめるが、そんな表情を見せても俺を煽るだけだと言う事に、恋愛初心者の郁は気づいていない。

「じゃあ他はいいのか?」

郁の一言を逆手にとって、少し意地悪な言い方をしてやった。

郁がどんな表情をみせてくれるか、そんな下心を持ちながら掌を郁の胸の上に優しく置いてみた。

「え・・・あっ、だ、ダメですっ、ここ病室です!」

「そうだな」

あわてる郁の様子がまた可愛くて再び口を塞いだ。郁は首に回していた腕を少し下ろして俺の背中へと場所を変えた。ぎゅっとパジャマ代わりのTシャツをしばらく握りしめていたが、やがて長いキスの慣れてきたのか、俺の真似をするように掌をゆっくり動かし始めた。本当に拙く、ゆっくりだったが。

「んふっ...」

また漏れ始めた郁の艶やかな声に、俺の脳内が翻弄される。

宙にあった掌を細い太腿へと乗せて、再びゆるゆると動かす。

 

こうして『郁は俺の物だ』とすべての感覚で知り尽くしたいが、そうしてしまうわけにはいかない。

このままこの掌を郁の内股へと沈めていく訳にはいかない。

そして腕一歩で支えている郁の背中を、やさしくベッドの上に横たえるわけにはいかない。

 

辛うじて繋げていた理性を総動員して、そして初心者だと再び思い出させる優しさもプラスして、最後はちゅっと音を立てて郁の唇を解放した。

解放された郁は、しばらく俺の肩に自らの頭を預けてから、上目遣いで俺の瞳を覗いた。

 

「・・・教官、ずるい」

激し、すぎ・・・

 

だだ漏れなつぶやきが耳に届いた。

 

毎日お前が来るのを待つ日々だというのに、来てからも待ち続けるのはゴメンだ。

始まって2ヶ月だ、恋愛初心者扱いするには長すぎるだろう?他の誰に見咎められることの無いうちに、お前の言うところの『戦闘職種の大女』ではなく『艶やかに咲き誇る俺だけの女』に変えるのだから。

そして復帰したときにはお前のには俺以外映ることの無いように、今から身も心もしがみつけておきたい。

 

 

こんな風に、二人だけの空間を使えるのもあとわずかだと、郁は気づいているだろうか?

「郁にもっと触れたいけど、これ以上はしない」

「と、当然です、だって教官、けが人じゃないですか!」

「じゃあ、この先は完治したらな」

それまでに、もう少しここでいろいろ慣れさせておきたいけどな、という一言はまだ郁には言わない――

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

堂上教官が当麻事件で太腿を撃たれてから2ヶ月半。

 

公休日以外でも、なるべく時間をつくってほぼ毎日この病室に通う。今のあたしにはそれがご褒美だ。

長いお見舞い生活の間に、あたしは少しずつ恋人になった教官に恋愛の手ほどきをうけていた。

触れるだけのキスでもどきどきして、どうすればいいかわからなかった。そして教官はゆっくりとあたしに合わせるように、恋人のキスを教えていってくれた。

 

 

「でも気持ちよかっただろ?」

そんな風に囁かれたら恋愛初心者なあたしは、はい、とも言えずにただ頷くしかなかった、恥ずかしくて。

堂上教官からのキスは気持ちいい。抱きしめられるのも、ゆるゆると撫でられるのも、実はすごく気持ちよくて堪らない。

でも、気づけば自然に漏れる自分の声が、自分の知る声ではないようで...その先には何があるのか、それほど声を荒げるほどの気持ちよさを、知りたいけど――怖い。

堂上の復帰予定まであと一ヶ月弱。

上官であった頃には見ることの無かった色気のある漆黒の瞳、優しく柔らかい笑顔、その深い瞳に見つめられてドキドキする感覚。初めての恋の成就に、初めての恋人、初めて与えられた深いキスから沸き上がる初めて体験する感覚。そして堂上の掌によって与えられる快感...

少しずつ、あたしの様子を見ながら与えられたそれに、慣れることが出来るだろうか?

 

 

「ゆっくりでいい、時間はたっぷりある」

あるとき、堂上から与えらえるものでいっぱいいっぱいになっていたら、堂上がそう囁いて抱きしめてくれた。

ゆっくり・・・

その言葉を胸の中で繰り返したら、ほんの少し落ち着いてきた。

 

 

「もうすぐ退院ですね、教官」

退院したらすぐ復職だ。そうしたら、甘い恋人の堂上だけじゃなくて、厳しい上官の堂上にも会えるんだ、と思うとふいにクスリと笑みが漏れた。

「どうした?」

そう訊く表情はめいいっぱい恋人モードで柔らかい。

「いえ、復帰したらまたここに皺が寄るのかなって」

あたしはからかい調子で答えて優しく眉間に触れてみた。

「それは部下の出来次第だな」

堂上はそういって微笑むとは郁の眉間にも唇を軽く落とした。

「もうしばらくは彼氏の俺だけでいいだろう?」

耳元で囁かれて再び郁の唇は堂上に塞がれた。だが、軽く啄まれてすぐに解放された。

「パン、食べるか?」

「はいっ」

実はもうすぐお腹が鳴りそうなくらい空いてんだけど――それが言い出せなくて困っていたのだ。

教官はそんな事もわかってくれてる、と思ったら、違う意味で嬉しくなった。

お前のことはお見通しだ、とでも言っているかのように、あたしの頭をくしゃっと撫でてくれた。

 

こんな事が嬉しい。

 

恋人のキスだけじゃなくて、今までみたことも無いような優しい顔やその仕草に、その先にある堂上教官があたしを想ってくれる気持ちがにじみ出る。

 

こんな経験は初めてだから――もっともっと、こうして教えて欲しい。

二人だけで過ごす時間、二人だけで過ごす部屋。教官は怪我で入院しているのに不謹慎だと思ったけど・・・この部屋とももうすぐお別れだ。

少しだけ寂しい気持ちない、といえば嘘になるけど。

でも同時に「堂上教官」が特殊部隊に帰ってきてくれるのが、凄く嬉しい。

 

「退院したら、どこに行きたいか考えておけよ」

やっと食事にありつけた、そんな気持ちでパンに夢中になっていたら教官にそう言われた。

「はい」

入院デートもいいけど、やっぱり二人で楽しいことを共有したいな。

あと少し先の未来に、郁は思いを馳せて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

                                         (from 20120929・20150326改)

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