+ あけおめ +      郁ちゃん査問&昇進試験後の2年目のお正月

 

 

 

あーぁ、今年もいよいよ終わりかぁ。

郁は柴崎と共同購入したコタツに入りながら、年末の風物詩であるの紅白歌合戦を見ていた。
勝負が決まって最後の歌が終わると、一気に静かな各地の年越し風景が現れるのは決まり事だ。

柴崎は今年も年末の館内業務が終わった夜に帰省したので去年同様郁は1人、寮で年越しをする。
他にも寮に残っている隊員はいたが、一緒にこたつに入って紅白を見るほど親しい人間はいなかったから。

そうだ、あけおめメール準備しなきゃ。

それは学生時代からの恒例ごとで、未だに仲の良かった友達からは新年になったと同時か、それ以降にポツポツとメールが届く。
通信の集中とかで返信を返してもなかなか送信完了、にならないのが『あけおめ』メールの難点だけど、なんとなく毎年やってしまうのだ。

友人には同じ文面でちょっとしたデコレーションがついた物を送ればいいから、テンプレート的なものをささっと打ち込んだ。
同じ仲間ならメアドもオープンだから一斉に送るのでもいい。
準備のために携帯の連絡帳をくるくる動かして閲覧する。

その時目に留まったのが直属の上官である『堂上篤』の文字。    

堂上教官は31日から帰省する、って言ってたなぁ。
近くだから顔見せというか親孝行みたいなもんだ、とも。
お前は今年も帰らないのか?と訊かれたが、やはりまだ帰ってあの母親に顔をあわせるのは、気が重いというか...実家に長居すれば当然仕事の事も訊かれそうで、「戦闘職種がばれるわけに行きませんから!」と堂上には答えた。そして親には館内業務はサービス業だし、すぐ仕事は始まるから忙しいんだ、位の嘘をついて帰省しないと伝えておいた。
「いい加減一度くらいは顔出せ」
と兄からメールを貰ったが、やっぱり正月は気が重いから、別の機会に日帰りとかで行くよ、と返事をしたのは今日の午前中の事だ。




今年も1人の年越し。
それを選んだのは自分だから仕方ない。テレビから聞こえる除夜の鐘の『ボーン』という音が年の瀬の寂しさを引き出す。
いやいや、そんな落ち込んでいる場合じゃない、メールメール!

そして気がつく。
そういえば上官に年賀状とかって出さないなぁ、うちの部署のみんな。
そんなやりとりをしているとかもほとんど耳にしない。
もっとも家族持ちは官舎、独身者だってみんな寮住まいだから、そこへ年賀状ってのもおかしな話かぁ、と郁も思った。

上官にあけおめメールとか、ってどうなんだろう?

そりゃあ年明け初出勤日になって最初に顔を合わせれば「明けましておめでとうございます、今年もよろしくご指導お願いします」ぐらいな事はいうつもりだ。
でも、堂上班として勤務に当たるのは3が日明けだから堂上教官に挨拶するのはまだまだ先だし。

手塚慧の手紙で堂上が郁の王子様だと言われたものの.......自分の中での堂上への気持ちを見定めるのは難しい。
だけと、堂上に嫌われてるとすれば、避けられるようなことになるのは辛い、と判ったら、これは好き、という気持ち何じゃないかな、と思えた。
それからはこれ以上嫌われることがないように、堂上の部下として側にいたい、そのために一人前になりたい、と思うようになっていた。

仕事で認められる人間になりたいのは当然だったが、その中に時々こうして女心が飛び出してくるときがある。

『一番最初に、堂上教官に"あけましておめでとうございます"って言いたいな』

そんな4日も先じゃなくて。
しばし悩んでから、郁は白い画面に上官への年始の挨拶を打ち込む。

『明けましておめでとうございます。本年もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。』

いや、これじゃあ固すぎるか!
だいたいこんな固い文章送るような上官宛なら、そもそもメールっていう手段が失礼か!と気づく。

『明けましておめでとうございます。ご実家でおせちやお餅を食べ過ぎないようにしてくださいね!』

いや、これじゃあ「アホか貴様!お前と一緒にするな」とか返ってきそうだよ...
そしてまた途中から消去した。ああ、時間無いじゃん!

『明けましておめでとうございます。今年は初日の出が拝めそうですね』

年明けが間近に迫っていたので、これでいい!と郁は送信ボタンに手を掛けて時計とにらめっこした。
少しフライング気味にボタンを押すのがいい、と以前友達が言っていたから。
1分前だったけど、えいや!とボタンを押したら、1回で送信済みが出た。

---------送れちゃった。

ありきたりな一言。
あけおめメールが終わったら少し寝て、せっかくだから初日の出がみれる時間に起きようと目覚ましを準備してあった。
今年の元旦は天気がいいというし。ご来光に新年のお願い事をしたら、叶いそうな気がして。
帰省中の教官と一緒に見る事は叶わないけど--------せめて、朝日が上る瞬間に、堂上教官も同じ新年の陽の光をみているんだな、って思えたら嬉しいかな、って思えそうだったから。


そのあと、友人への「あけおめメール」を数通送信した。例年通り混雑していてなかなか送信できず、全部おわるまでに30分ぐらいかかってしまった。
その間、堂上からの返信は無かった。
教官は寝ちゃっていてメールは見ていないのかもしれない.......

堂上が年末年始をどう過ごす習慣なのかなんて訊いたこともないし話題に上がったこともなかった。初詣に夜中にでかける家もあるだろうし、普通に就寝してしまう家もあるだろう。
ならない携帯を握りしめて、ちょっと自分を嘲笑った。やっぱり慣れないことするもんじゃなかったな、と。
賑やかなお笑い芸人がでている番組も耳障りに感じたのでテレビを消してベッドに入り込んだ。
もう眠ってしまおう、と掛け布団を深く被ったときに短いメール着信音が鳴り、あわてて画面を覗き込んだ。

『明けましておめでとう。特殊部隊庁舎の屋上ならよく見えるが開いてないな。非常階段でも綺麗に見えるだろう。俺は実家の2階で見るしかない』

堂上の返事を読んで思わずにやけるのが自分でもわかった。
メールをみていてくれたのが嬉しかった。返事もくれた。教官と同じものを同じ時間に見れるかも、と思ったらなんだかきゅん、っとなった。
郁はすぐに返信ボタンを押して入力を始めた。

『教えていただいてありがとうございます。行ってみます。笠原』
今回はすぐに返事が返ってきた、あけおめメールのピーク時間が過ぎたのかもしれない。
『新年の抱負でも願い事しておけよ。堂上』

郁が最後に名前を入れて送ったら、堂上も同じようにして返してくれた。
堂上教官からのメールだと判っているのに、あらためて最後に『堂上』と書いてくれていたのが妙に嬉しかった。なんとなく、メールに込めた気持ちが通じたような気がして。

郁はその携帯を胸に抱えて、寝坊しないようにしなきゃ、とまた布団を深く被り直して少し丸まって眠った。堂上教官と同じご来光を同じ時間に見なくちゃ、と心に誓いながら。






fin

(from 20130101)

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