+  あなたとカモミールティを。  +       2016カミツレデート記念SS(だいぶ遅刻)

 

 

 

 

 

 

もうそんな時期か。

自室で一人、缶ビールを煽りながら『了解』とだけ入力したメールを返す。

年に一度のことだが、今年に限ってはタイミングが悪かった。著書『原発危機』になぞられたテロ事件だと難癖をつけられた作家の当麻蔵人を図書隊が保護するという体制が続き、公休日であっても遠出は難しい。

 

 

隊員の名前が並ぶホワイトボードに『吉祥寺』と記入すると、そのペンを貸してくれと小牧がアイコンタクトで訴えてきた。

「お前もか」

書かれた同じ地名に堂上がそう返すと

「毬江ちゃんは春休みだから、飯くらいは」

「そうだな」

何事もなく、ゆっくりできるといいな、そんな気持ちで肩をぽんと叩く。

「お疲れ」

「ああ」

軽く手を上げて小牧が先に事務所を後にすると、入れ替わりで郁が入ってきた。

 

「堂上教官も、小牧教官も吉祥寺なんだぁ」

ぽつりと郁がつぶやいた。もしかして一緒にお出かけ?なんて考えたのはダダ漏れだったらしく

「んな訳あるか、たまたまだ。あっちはデート。こっちは買い物だ」

「そうですよね、いくら遠出は、と言われてもいつも日用品の買い物だけ、っていう行きませんよね」

郁はそう返した後、自席で日報に向かって「いいなぁ」呟いた。それは誰にも聞こえないような小さな声だったはずだが、堂上の耳には届いていた。

 

公認のカップルでも逢瀬が難しい厳戒態勢と特別シフトだ。

それに比べて、ほぼ毎日顔を合わせ、言葉を交しているがあくまでも「図書隊員」同士で「上官と部下」の域を未だ超えられない。

どっちがいいんだろうな。

なんて馬鹿な事を考えるのは、疲れているからか。

 

一つだけ言えることは、たぶん何週間も郁の姿を見ることはない、という生活はちょっと想像し難い自分がいるらしい、ということだ。

 

自分がその辺りの感情に関して不器用だ、という自覚は少々あるが、その相手となる女も聞く限りの経験値と性格からして決して器用そうではない。とすれば、今はそのタイミングではないのだろうと自分に言い聞かせつつも、つらつらとそんな事を考えた自分に頭を抱えて机にうつ伏せた。

 

「堂上教官?」

日報を手に堂上の真横に立った郁が不思議そうに声を掛けた。

「ああすまん」

そんな姿を部下に見せることはめったにない。素早く上半身を起こし受け取った書類に目を落とした後「よし、お疲れ。ゆっくり休め」と声かけた。

「教官も。ゆっくりお買い物できるといいですね」

精一杯の笑顔を向けた郁の背に「ゆっくりなんてできないけどな」と小さくため息をついた。

 

 

 

 

「遅いーっ!」

「スマン、寝坊した。でも5分だぞ」

「遅刻は遅刻。お昼奢ってもらうからね!」

「遅刻しなくてもそのつもりだろうが」

「バレたか」

ジョーク半分の意で軽く小突く。待ち合わせ場所は吉祥寺駅の改札出てすぐなので、遅刻だと責められても急ぐことすらできない距離だった。

「買い物先にする?腹ごしらえする?」

「悪いがあんまりゆっくりはしてられない、買い物が先でいいか?」

「今厳戒態勢なんだっけ?わかった」

じゃあ行こうか、と静佳はスルリと堂上の腕に自らの腕を巻きつけた。

「おいやめろよ」

「たまにはいいでしょ?って兄貴、もうこういう感覚忘れちゃってるんじゃないかと思って」

「アホか」

年に一度きりの妹との買い物デートってのが、堂上が社会人になってからもう何年も続いている。

その目的は父親の誕生日プレゼントの購入だ。

『もー、お父さんの欲しい物なんてわかんないよ!兄貴も社会人になったんだから、プレゼントする方になってもいいんじゃない?!』

図書隊に入った年に学生だった静佳から愚痴をこぼされ以来、兄妹間の恒例行事となっている。最初は二人であれこれ悩んで、男性物なら兄貴の方がわかるでしょ?なんて理由つけられながらメンズショップを回ったのだが・・・。結局何年か続けてきて、親父が何が欲しいかなんて、家も出てから何年も経つ堂上に解る訳がなく、静佳にしてみても、あたしだって一人暮らし始めちゃったし、オジさんの欲しい物なんてわからないよ!って事になり、ここ数年は本好きの親父が読みそうな『書籍』をそれぞれ選んでプレゼントしよう、っていう事に落ち着いている。

 

「本屋なら丸の内か、せめて新宿ぐらいまでは行きたかったのに」

「今年はここで妥協してくれ。どうせ親父も専門書なんぞは読まん。話題の本とか、親父の好きな作家とか・・・」

「お父さんが好きな作家だと、買っているかもしれないじゃん」

「親父の小遣いじゃ、買っても月に数冊であとは図書館だろう。お前が興味持ったもの、とかでいいんじゃないか?」

「じゃあ恋愛物」

「即刻図書館の寄付に回るかもしれないな」

「あ、ひど!」

堂上が本好きなのは、多分父親の影響だ。

母は活字を好む方じゃなかったが、父は通勤のお供には本を、というタイプで。休みの日に連れて行かれた先が図書館だったことも何度かあったというのも、堂上が図書隊に興味を持った要因の一つだろう。

「いいんだよ、親父はきっとお前が選んだ本、ってだけで喜ぶ」

その本も含めて、出資するのは堂上だけだが。

「え、あたしちゃんとこのプレゼントとケーキ買ってお父さんところに届けに行くもん。兄貴みたいに仕事仕事じゃないし」

そこは『あたしはケーキに出資してます』と主張したかったのだろう。

「そこは納得済みだから、さっさと良さそうなの選んでこい」

駅ビルの中の本屋では少々物足りないのは承知しているが、公休をゆったり満喫して妹とのデートを楽しむという事に100%の気持ちを持っていけないのは・・・。

 

 

 

 小一時間でプレゼントを買い終え、昼飯となったところで『新しいできた商業ビルのレストランがいい』という静佳の希望を採択した。『ここドルチェが美味しいって雑誌で見た』というレストランに15分ほど並んだ後、中へと促された。

 

種類の違うランチのコースを頼み『食後のお飲み物は』と聞かれたところで、静佳は再びメニューを広げた。どうやら選び忘れていたらしい。堂上は普段どおり『コーヒー』と口にしようとして、少し躊躇した。

「ここハーブティの種類がたくさんあって」

どうやらドリンクメニューが豊富らしいので、堂上も再びメニューを広げてページを捲る。

 

――カモミールティ

 

幾つか並んだハーブティのリストの中に、その言葉を見つけた。

ここでも飲めるのか、と俯きながら口元を緩め、初めて口にしたその味と案内してくれた部下の笑顔を思い出す。このビルはオープンして一ヶ月ぐらいのはずなので、まだ来たことはないだろう、とも。

 

「――き、兄貴ってば」

「ああ」

「飲み物何すんの?」

「お前は?」

「ローズヒップティ」

「エスプレッソでいい」

じゃあそれで、と店の女性に告げた静佳に、ご注文を繰り返します、に続く言葉の確認は任せた。

 

「なんだ、兄貴もハーブティのところ熱心に見てたから、てっきりそっちかと。何、好きなの?」

「いや、ほとんど飲んだことが無いが、ちょっと興味持っただけだ」

「ふうん」

 

メインディッシュが来るまではとりとめのない静佳の言葉に耳を傾けた。年に一度の妹とのデートも悪く無い。だが次は、そしてカミツレのお茶は、あいつと。

お茶を大事にする、っていうのも不思議なもんだが、今はもう、そんな風にしか思えないのだ。少々自分で自分が恥ずかしい、という気持ちがあることも否定はしないが。

 

ハーブティに興味持つ、なんて女性の影響かしらねぇ。

 

「なんか言ったか?」

「いや、独り言。このチキンカツも凄い柔らかくてハーブ風味なのが美味しいよ」

「そりゃ良かったな」

「何それー、次に誰かと来るときのために味のインプレッション教えてあげてるのに!」

「誰がまた連れてくるって言った?」

「一年後は違う店にするもん」

「そうしとけ」

「なんか意味深ー」

来年はもっと高い店にするー!とむくれた顔を見せた後にぷくりと笑った愛妹の笑顔につられて、堂上も微笑んだ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 今日は何処のケーキにしよう?

どうしても買いたいものがあって公休日の朝から洗濯を掃除を済ませて吉祥寺まで出向いてきた。買い物を終えて時計を覗くと時間は昼少し過ぎたところ。堂上が怪我の療養で入院している病院の面会開始時刻は14時からだから、ランチしてケーキを買って移動すればちょうどいいくらいだろう、と吉祥寺で腹ごしらえをすることに決定した。

 

来てみたかったんだよね、この商業ビルのレストランフロア。

当麻事件の間は遠出の自由がなかったので、ぶらりとウインドーショッピングをするということもなく、オープンから半年以上経っているのに初めて来たのだ。

ぐるりと一周してどんなお店があるのか眺めてから、イタリアンのランチコースがある店の中へと入った。

 

 

 

 

 

コンコン。

今日のリハビリは午前中だと言っていたので、この時間は在室のはずだし、公休日だから早めに来ると解っているだろうが、それでも病室のドアを開けるこの瞬間は緊張する。

「はい」

どうぞ、の意だと解っているのでゆっくりとドアをスライドさせて顔を覗かせる。

「早いな」

「買い物のあとそのままここへ来たので」

「そうか」

入って早くここへ座れ、とベッドの上に座る堂上の視線がそう訴えてくるが、ケーキの箱をチラリと見せて冷蔵庫に入れておきます、と微笑んで、胸の鼓動を整える時間稼ぎをする。静まれ、あたしの心臓。

「いつもと違う店のか?」

「あ、吉祥寺に寄ってきたんです、だから」

いつも基地から病院までの間にある店や駅前で手土産を調達するので、そろそろバリエーションに困り果てていたところなのだ。そもそも、堂上は甘いものに目がない、というタイプでもないし。

 

ハンガーを借りて、着てた上着を掛けたりお見舞いの花の水を換えたりして時間稼ぎをした後、ようやくベッドの隣に置かれた椅子にちょこんと座ると、手を取られて指を絡められた。

「そういえば昨日は射撃訓練だったな、少しはスコア上がったか?」

と、顔を赤らめてしまうような状況なのに聞かれたことは、仕事のことで。な、なんか、プライベートモードなのに話の内容が!と変にドキドキしてしまう。

「もっとギュッと顎を引け、って言われるのでやってるつもりなんですが、撃った瞬間に顔が上がっちゃうみたいで」

「まあ固くなりすぎるのもだが、顔の固定は意識したほうがいいな。他に変わったことはないのか?」

「そ、そんな毎日来てるのに、変わった報告とか、っていつも失敗やら事件があるみたいな聞き方ー!」

「違うのか?」

「違いますってば」

「じゃあ今度小牧に日報見せてもらおうな」

「ずるい教官っ」

二人で顔を見合わせてクスリと笑うと、空いていたもう片方の手が郁の髪を梳いて頬に触れる。

 

「郁」

堂上が愛おしそうな声で名を呼ぶと、僅かな経験ながらももっと触れられると察知して、瞼を閉じる。

このくらいまでは、拙いながらもわかるようになった。キスが、来るんだ、と――

 

ほんの数ミリ、かすめるように唇が触れて。

もっと来るのかなと、思ったらその距離は縮まず吐息だけが重なってジレジレする。

「きょう、かん?」

なんで、なんでだろう?ドキドキしながら、目を空けてしまおうかと悩む。でもその距離は変わっていないと気配が教えてくれる。

「――今日は、時間がたっぷりあるからな」

ゆっくりと味わう、と告げた唇は再び郁の濡れた唇に触れる。柔らかいスタッカートのように、愛しそうに触れる。

 

この人は今、どんな顔してるんだろう?

そしてあたし、どんな顔してるんだろう?

 

こんな風に触れる距離では、互いの表情なんて見えるはずもない。でも緊張して固くなっているあたしはすごく見られている気がするのだ。

優しく触れられるのは続けられながら、絡まった指先は郁の手の甲を撫でる。そして頬に触れてた掌はゆるりゆるりと髪を撫でる。

 

「きょう、・・・っかん」

 

ついばまれる間に、やっと思いで呼びかける。撫でられる手の甲が、髪が、郁の緊張の糸をほどいていく。

「郁」

二度目に呼ばれると、唇は離れなくなり、ゆっくりと貪られ始めた。舌先が歯列をノックしてするりと郁の中へと入り込む。重なるだけだった吐息は絡まり、新鮮な空気を求めれば自然と声が上がる。

「はぁ・・・ん・・・んぅ」

いつの間にか体ごと引き寄せられ、されるがままに堂上に体重を預けていた。

「軽いなお前は」

細腰に腕をまかれてひょいと持ち上げられた。え、ちょっ、ベッドの上っていうか教官と一緒にお布団の上なんですけど!

「そ、そんな風に言うのはタスクのみんなぐらいですっ。あたし背が高いし、細く見えても筋肉質だし!」

ペタリと体が触れた場所から熱を帯びていき、頬まであっという間に染め上げられた。恥ずかしさを隠すようにちょっと喧嘩腰に言葉を返したのに、堂上は楽しそう微笑んでいる。

「リハビリは歩行が中心だから腕が鈍るしな」

「あたしバーベルじゃありませんよ!」

「こんないい匂いのバーベル離したくないな」

ちょっ、ちょっと、ここにいるのは一体何処の誰ですか!?

慣れない恋人の堂上の言葉に、郁は心の中でしか意義を唱えられず小さく唸る。

「たしか、進藤一正が鉄アレイ持ってきてくれてましたよね?!」

「んなもんもらっても、持って帰るのが荷物だよな」

みんな堂上が居ないと寂しいのか、随分いろいろなものを見舞い品として持ってきてくれるらしい。以前、どんなもの差し入れてもらってるんですか?と聞いたら「お前は知らなくていい」と言われたのは、そういうことらしい(と柴崎に後で教えてもらった)。

 

結局、堂上のすぐ横にちょこんと座らされてそのまま腰を抱かれているので身動きが取れないまま。

えーと、これってお見舞いの人とか看護婦さんとか来ちゃったら・・・と、郁の方は嬉しいやら恥ずかしいやらだけどとにかく気が気じゃない。

 

「ケーキ!お茶いれますから、食べましょう!」

「なんだ、昼は食べなかったのか?」

「あ、甘い物は別腹なんです!吉祥寺で食べましたよ」

緩く拘束がほどけたところでスルリと足を伸ばして床に降りる。揃えたティーカップとソーサーを少し温めてから、ゆっくりを紅茶を入れる、ティーパックだけど。

 

あっさりとしたものならいける、と言っていた堂上のために選んだのはスポンジにブランデーが染みこんだモンブラン。それほど甘くない、と店員が言っていたので大丈夫だろう。

「少しお酒が入っているらしいので紅茶にしました」

「ああ」

郁は季節のフルーツタルトを。いただきます、と共に言い合って最初の一口を口にした後、お裾分けと称して、二口目を交換するのはお約束となっていた。

「それも美味いな」

「結構アルコール効いてますね、でもマロンクリーム美味しい」

「半分食べてもいいぞ」

「酔っ払いそうですよ」

お茶を飲み、スイーツを口にしながら恋人同士らしい会話を交わす。慣れたような、まだ慣れないような至福の時間に、病室とはいえ二人きりで過ごせる場所に少しだけ感謝した。

でも――

 

「吉祥寺にできた新しいビルのレストランに初めて行ったんです、ほら半年くらい前にオープンした」

「ああ、駅前の」

オープンした時に随分評判になっていたのだが、なにしろ当麻事件真っ只中で、オープンでごった返すビルに出向けず仕舞いだったのだ。

「そこにも、カミツレのお茶が飲めるお店があったので・・・教官が退院したら、」

一緒に行きたいです、というその先の言葉を飲み込む。

関係が変わる前に『デートらしきもの』でカミツレのお茶飲める店に案内した。あれから季節は三つも過ぎて、随分前の事だけど郁の中ではプライベートの堂上を垣間見た大事な思い出の日だった。

カミツレを、カミツレのお茶を特別に想うのは、あたしだけかもしれないし。

「そうだな。美味かったか?」

「いえ、飲んで来ませんでした・・・教官と一緒に、って思ったから」

また案内できるように飲んでみようか、と一瞬思ったが、他のお茶にした。

次にここへ来るときは、案内だ、なんて名目は要らないはずだから。

教官と一緒に、カミツレのお茶を飲みたい。図書隊のシンボルである、カミツレの花の。

 

「俺も、お前と行きたいと思ってとっておいてある。退院したら行こうな」

ぽんぽん、と柔らかい髪の上で跳ねた掌が、なんとなく堂上も大事にしてくれている、と伝えてくれた気がした。

もしかしたら、今までも言葉の代わりに触れられた掌にはいろいろな意味があったのかもしれない。

 

「早く退院してくださいね」

「ああ、その前にたっぷり味わっておこうな」

?と、頭に浮かぶと同時にほんのりお酒の香る甘いキスが降ってきた。

 

 

 

あなたと、

だからカモミールティを。

 

 

 

 

 fin

(from20160126)

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