+ ご褒美 +    堂郁革命中(上下部下期間)






もしもあの時、2人の携帯がならなかったら。




「たら、れば」な話なんて思い始めたらキリがない。
「上官とデート」とさんざん柴崎にからかわれたけれど。待ち合わせして電車に乗って2人でランチとカミツレのお茶を楽しんだ。
あの時あたしに向けられた堂上教官の顔は本当にいつもと違っていて。
「あたしが好きなだけだし!170cm戦闘職種の女の子だし!」と飛び出してきそうになる乙女心に対して何度も首を横に振った、心の中で。映画でも見るか、と言われるまでカミツレのお茶の先があるなんて夢にも思わず、まるでデートみたいだ、と意識してしまったら気持ちが昂ぶってしまい、自分の気持ちを伝えてみようかなんて大胆な事まで考えた。


「想いを寄せる人」とのデートらしきものは結局幻に終わったけど、当麻蔵人先生の警護で稲嶺顧問の自宅へ出向く車の中で。周りを警戒しながらの移動だから、教官の厳しい表情が緩むことはないのだけれど、ちょっとした会話のやりとりの中で言葉の端にほんの少し垣間見る気遣いのようなものに、少しだけ胸を高鳴らせる。
「内勤と警備の両方のシフトだからキツいだろう、大丈夫か?」
「はい、訓練がないので、ちょっと体が鈍っちゃいそうですけど」
短い時間でも内勤に出ているのは、堂上班は通常業務に就いていると図書隊内の人間に思わせるためだ。特殊部隊の中でも目立つメンバーが不在で「最近図書基地内で見かけないよね」と風潮されないために。
「教官こそ、警備の合間に事務仕事されてて」
「まあ、はっきりいって稲嶺邸でする方が気が楽だ、書類の山が増えることがないからな」
堂上はそう軽口で応えたけど、実は事務所に戻るとまた山が増えていることを郁は知っていた。それでいて深夜警備の合間に郁に仮眠を取らせる。堂上と交代でというのは建前で、実際には少し横になった後はまた書類とパソコンを広げていることが多いのだ。

この人はどれだけ優秀で自分に厳しいのだろう。

それなのにあたしは1人カミツレのお茶の時の事を思い起こして飛び出しそうな乙女心と格闘しているとかって!

「稲嶺邸まで2人きりの時はドライブデートみたいなもんね」
「そんなんじゃないったら!」

自室で柴崎にからかわれると、紅潮した頬をごまかせない自分がいるのがわかった。
時には褒めて、時には励ましてくれていた教官の手のひらが頭で跳ねるのはあたしにとって何よりも嬉しいご褒美だった。だけどあれ以来、ご褒美が自分の膝に置かれた手の上に重ねられることがあるのだ、車の中限定で。
ぽんぽん、と同じでほんの僅かな時間なのだが。

どきん、とその瞬間心臓が高鳴る。運転中に頭の上まで左手を持ち上げるとかは無理だから、きっと手の甲を代わりにしているだけなんだと思う。
だけど褒めて励ましてくれるために重ねられる掌に柴崎の言葉を思い出して、勘違いも甚だしい乙女心が飛び出してしまうのだ。


あたし、堂上教官が好きです。
任務中だとはいえ、こんな風に移動中の車に2人並んで揺られていると、狭い空間にあたしの想いが溢れてしまいそうで怖いです-----------------。






◆◆◇






「ちょっと寄り道するぞ」
「あ、はい」
稲嶺邸へ警備の交代要員として出向く途中でそう言われてたときは、買い出しでも頼まれたのかな、位にしか思わなかった。
車が着いた先はいつもの道から少し外れた川沿いの河川敷だった。


「今日は道が空いてて、いつもよりだいぶ早く着きそうだったからな」
どうやら「なんで?」という顔を無自覚でしていたらしく、堂上は車を駐めた後に答えをくれた。
「公休も雑用で終わる程度しかとれてないだろう?だから、がんばっている部下に気分転換のご褒美だ。それに--------」
当分映画にも連れて行ってやれそうにないからな。

そう言うと郁の反応も聞かずに、堂上は車のドアを開けて外へ出てしまった。

教官----------!?

確かに降りる間際に映画って言った。
普通のデートみたいに、ランチして、お茶して、二人で映画を観に行く---------。
あの時果たせなかったそれは、まだ約束として効力があるんですか?
それはカミツレのお茶を案内する約束の次に二人で出かける約束だと、デートみたいな事の続きだと勘違いしちゃってもいいんですか?-----------

土手沿いに車を駐めたので、川岸へ行くには急な土手を降りなければならない。階段もあったが数百メートル以上向こうだ。
先に車を降りた堂上はゆっくりと土手を降り始めていた。戦闘靴なら滑ることも無いだろうけど、今日は私服警備だ。郁はパンツスタイルに合わせて低いパンプスを履いていたから。

「教官、あの---------」
「なんだ」
土手の途中で堂上が振り返った。
「----------思ったより急なので、手を、貸してもらえませんか」
それは予想外に大きな声で郁の口から飛び出した。気分転換だから業務外だというのであれば、手を貸して欲しいとお願いしたことを堂上が受け入れてくれるかどうか、をみたかったから。それくらいなら許してもらえる立場にあたしはいるんだろうか?って。
「ああ」
そういうと堂上は笑って郁の方へ数歩戻ってきた。ゆっくりと差し伸べられた手に、郁もゆっくりと自分の腕を伸ばした。
重なった掌を軽く掴むと、堂上の方から少し強く握り直してくれた。

「滑らないようにゆっくり来い」
言葉に軽く頷いて郁は言われたとおりに土手を降りた。降りきると思ったところで、斜面がさらに急になったので足が速まって勢いづいた。
最後のところで勢いが余りそうなところを、今度は逆に堂上に腕を引かれてぐっと戻された。
-----------その到着先は、堂上の腕の中だった。

「バカ。足挫くぞ」
「す、すみません」
「ここで怪我したら寄り道がバレバレだぞ」

何が誰にバレて、どう問題になるのか?
そんな事までもう考えつかなかった、腕の中に包まれているこの状況だけでいっぱいいっぱいだから!!

ふわりと男の人の匂いがしてどきっとした。
堂上教官の匂い。
それは何かの化粧品的なものや、整髪料みたいな感じでもない、男の人の匂い。
好きだと思う。嫌じゃない。
もし、この恋が実ることがあったら、あたしは堂上教官の匂いに包まれることができるのかな。

そこまでで郁を支えた腕はゆっくり離された。
何事もなかったように教官は黙って、郁の手をとって川岸へと向かった。

え、あたし手を掴まれてる?!

腕の中から解放された後、気がつけば自然に手を引かれていた。
た、確かに河川敷は丸くなった河原石が多くて歩きにくいけど!
歩きにくい上にパンプスだったからだろう、気を遣ってゆっくりと歩いてくれているのがわかった。
足場の悪いそこを行けば、体が左右に振れるから、手を取ってくれるのは正直ありがたい。
そのまま甘えて手を繋がれたまま、川岸まで二人で歩いた。






◆◇◆






肌にあたる風はまだ冷たいけれど春の薄い日差しは午後の川岸を暖かく照らしていた。
目的地に到達しても手は繋がれたままだ。郁も抗うことなくされるままにしていた。あたりに響くのは流れる水の音だけ。

「水辺が好きなんだよ。流れを見るのも音を聴くのも」
質問を投げかけた訳ではなかったけど、堂上はぽつりと郁に言って聞かせた。水の音を聴くと心が穏やかになる。
そこは殺風景なだだっ広い川の中流だから上流の緑溢れる風景に比べれば、正直何の感動も無いような場所だ。癒しという意味で言えば、武蔵野第一図書館から歩いて行ける範囲にある玉川上水の方が緑が多くてヒーリングには向いているだろう。
「あたしも好きです。何にもないし魚も見えないけど、橋とか渡ってると嬉しくなってつい川を眺めちゃいます」
「ああそうだったな、お前はいつも橋の上を走ってるときは外をみてたな」
そう言うと優しく笑って郁の方を向いた。そ、その笑顔、教官反則ですってば!
あの日に自分に向けられていた笑顔を同じ物を目の前で見せつけられて、心臓が跳ね上がる。
繋がれた手から、自分の鼓動が伝わってしまうのではないかということばかりが気になった。
「あ、でも実際には土手でツクシとかゼンマイとか探している方が多かったかも...」
「やっぱりお前は食べ物優先なんだな」
「ひどいっ、ちょうど季節だからあるかもしれないですよ」
柔らかいままの堂上の表情にどきりとしながらも、いつもの様にやり取りを交わす。土手の方に戻ってみてもいいですか?と伝えて、さりげなく繋がれた手を離して行ってみようとしたら、先読みされてたのか
「慌てるな、俺にも教えてくれるか?草花に堪能な先生」
と手を離すことなく、堂上は戻ろうとする郁と一緒に歩き始めていた。
「は、はいっ...」



そして気がつけば、二人で日当たりのよい土手を歩き回ってツクシ採りに夢中になっていた。
「東京でも結構取れますね、フクさんと一緒に何か作りますよ」
白いハンカチにそっと包んだツクシを堂上に見せて反応を伺えば、食べたことないから夕飯の楽しみにしておく、と微笑まれる。
もうっ...
任務前とはいえこんなに乙女心を刺激する笑顔を見せつけられたら、あたし仕事モードに戻れなくなりますってば!

そろそろ行くぞ、と言われてまた土手を上るために手を差し出された。
迷うことなくその掌の上に自分の手を重ねて軽く握ると、まるで答えをくれたようにぎゅっとホールドされた。

今ここで好きだと告げたら、教官はどんな風に応えてくれるだろうか?

口から飛び出しそうな一言をぎゅっと胸の奥にしまい込む。
だってこれはただのご褒美だから。カモフラージュの通常業務と当麻先生警護の特別業務の両方をになっているあたし達への、ううん、あたしへのご褒美。
もしかしたら堂上教官の気まぐれかもしれないし。


車の助手席に乗り込むと、すぐに出発した。
さりげなく目を向けた教官の横顔は、もう図書隊員としてのものでしかなかった。
出来る上官はきちんとオンオフを切り替えていたのに、あたしはまだ少し前まで繋がれていた掌へ視線を落としてしまう。今までだって何度でも手を伸ばされたことはあった。堂上教官は部下のあたしに手を差し伸べて、いろいろ救い出してくれた。その掌は自分の頭の上で跳ねて励ましてくれものでもあった。

なのに今日は。

甘い笑顔と掌の熱さが脳裏に焼き付いてなかなか乙女モードが切り替わらない。坂の下で受け止められた時の教官の匂いが忘れられない。
稲嶺邸まではもう5分もかからないだろうから、早く仕事モードにならないとなのに!

あ、仕事の話しでもすれば!

「当麻先生の裁判ってどれくらい掛かるんでしょうか?」
「裁判が一回で済めばそう長くはないんだろうが...どっちにとっても納得いく判決になることはあり得ないから、最高裁まで行くだろうな」
突然振った話だったが、堂上はきちんと答えてくれた。それは半年どころではなく、一年近くになるのだろうか?
「今は制度が変わって、スピードアップされているから、まあ一年まではかからんはずだが、逆にそれまで良化隊が当麻先生を確保しに来ないという方がおかしいだろうな」
だから警戒を怠るなよ、そう堂上は郁にもわかりやすい言葉で説明をしてくれた。
「はい」
どれくらい警備体制が続くのかはわからないけれど、稲嶺邸で穏やかな時間が流れているように見えても、外の世界はやっぱり動いてるんだ、と郁なりに理解できた。
裁判とか利権とか情報操作とか難しい事は折口さんや柴崎達がやっていることだから、あたしは今目の前にいる当麻先生を守る、堂上教官と一緒に、それでいいんだ、とやっと仕事モードに戻れた。


「ああ、寄り道は内緒だからな、日報に書くなよ」
「書きませんよ!でもツクシをおみやげに持って行ったら河原にいったのバレちゃうかも?!」
「じゃあ、稲嶺顧問への賄賂ってことにしておくか」
そういって堂上は珍しく声を上げて笑った。郁もつられて笑う。

教官。
やっぱり、こんなドキドキのご褒美、心臓に悪いです!
柴崎には「ドライブデートじゃない」って啖呵切ったけど、こんなやりとりが嬉しくてやっぱり道中はプチデートなのかもしれない、と郁は1人心の中で思った------------隣に座る人の意が其処に在ることも知らずに。





fin

(from 20130305)