+ カモミールティ +   革命中(革命のつばさバージョン)

 

 

 

 

作家の当麻蔵人の著作「原発危機」を模倣したのではないかとされるテロ事件が勃発後、彼の身柄はすぐさま図書隊で保護された。
ついに「表現の自由」に対する是非を問う形に近い裁判が始まり、その内容からして当然最高裁までの長期化が予想された。


先生は関東図書基地の寮内で生活をしていたが、「図書館未来企画」の図書隊員が当麻蔵人を拉致しようとした事を受けて、彼は稲嶺顧問の日野の自宅にて保護されることになった。
寮内よりは快適な生活が送れるだろうし、稲嶺の経歴と立場からセキュリティは最高レベルだ。

そして館内勤務もこなしながら、堂上班は身辺警護を交代で行っていた。



警備とはいうが、日中は稲嶺邸で普通に過ごす二人のために、その家の手伝いに従ずることが殆どだ。
片付けやお茶入れ、庭の手入れなど。
買い物こそ、お手伝いさんのふくさんが出向くが、滞在人が増えて家事が増えた分、郁達は率先して家事手伝いをしていた。


「いつ見ても、稲嶺司令のお庭は素敵だなぁ」

一面がカミツレで埋められている庭に郁は立っていた。
今日は天気もよく、庭の手入れをするには少し暑いくらいかもしれない。
それでも雨が降って、気持ちが沈んでしまうよりはずっといい。


「さて、草むしりがんばらなきゃ」
郁は軍手をはめ、庭に腰を下ろして作業を始めた。
カミツレの香りが充満するその庭で、郁はこの、当麻先生の事件が起こった日の事に少しだけ心を巡らせていた。






◆◆◆






「あのー、堂上教官...」
「なんだ」
「お茶の時間にしようとおもうです」
「ああ、先に先生や司令に差し上げてくれ」

警備の合間をみて、稲嶺邸で書類仕事を片付けるのが、堂上の通常業務となっていた。
当麻先生も稲嶺も与えられた自室で過ごしている事が多いので、午後のお茶はたいがいそれぞれの部屋へお茶やコーヒーなどを届ける。

「今日は、ハーブティにしましたので、皆さんリビングに集まって頂いたんです」



リビングでは車いすの稲嶺と当麻先生が先に談笑を始めていた。
軽く会釈してから堂上もソファーに腰掛けた。


「昔は妻が煎れてくれたの時々楽しみましたが、ふくさんと二人になってからは、もっぱらコーヒーばかりで」
稲嶺がリビングの壁にかけられた妻の肖像画にほんの少し目を向けた。亡き妻の思い出をまた少しかみしめたようだ。

「久々のカミツレ茶、きっと妻もよろこぶでしょう、ありがとう笠原さん」
「いえ、そんな!!実は、自分で煎れるのは初めてなんです。
いままでティーパックばかりで...初めて煎れるのをお二人に召し上がって頂くなんて失礼だとは思ったのですが...」


先日の警備の時に、稲嶺にお願いして、カモミールの花を少し摘んで、ざるの上に天日干しさせてもらった。
天候がよかったせいか、綺麗に乾燥してくれたので、ネットで調べておいたカモミールティの煎れ方を実践していると言う訳だ。


「こうして笠原さん達とこちらで過ごしてなかったら、ハーブティなんて飲むことはなかったかもしれません」
いろいろ勉強になります、などと笑いながら当麻は言った。
「いや先生、それは飲まれてからおっしゃった方がいいです、なにせこいつはうっかり成分満載ですからね」
「ちょっと、教官!!」
そんな最近よく耳にするやりとりに、稲嶺邸のティータイムは和んだ。



「教官、もう一杯いかがですか?」
初めて煎れたカミツレ茶はなんとか及第点をとれたと思う。蒸らし時間を間違えないようにタイマー使った。
稲嶺はにっこり微笑み、当麻は「中国茶で、似たような感じの物を飲んだことがある気がします、でも香りはこちらのほうが断然いい」と気に入ってくれた。


カミツレ茶とふくさんの買ってきてくれたクッキーを食したあと、それぞれが自室へ戻っていった。
堂上はリビングからダイニングへ席を移して、また書類仕事に手をかけようとしていたところだ。

「ああ、まだあるならもらうか」
「はい、私ももう一杯飲みたかったので煎れますね」

ティーポットにお湯を入れてから5分ほど蒸らす。
堂上は、テーブルに置かれた書類に目線を下ろしたままだ。
郁はその俯く堂上の端正な横顔に、しばし見惚れていた。


二人でカミツレのお茶を飲みに行ったときは、ダウンコート着てたんだよね...


季節は巡って、今はそのカミツレの花が満開の時期。
「次の映画」も予定は立ちそうにない。そもそも、堂上は覚えていてくれているだろうか?
柴崎にデートだ!なんてからかわれたけど、あれから何も進展していないのに、自分の気持ちばかりが膨らんでいく。
そして任務中だというのに、こうして堂上と行動する時間が増えていることを、むしろうれしいと思ってしまっている自分がいる。

不謹慎なのはわかっているけど。

こうして教官のそばにいる自分は幸せ者だな、と思う。恋する女にとって、ほんのささやかな幸せ。

ピピピピピピ...


腕時計の小さなアラームがなって現実に引き戻される。
ティーカップを暖めるために煎れておいた白湯を手早く捨てにいき、ポットからお茶を煎れる。
その瞬間カミツレの香りが広がっていき、鼻腔から癒される感覚が全身に伝わる。


「どうぞ、教官」
「あ、ああ」


声を掛けられて初めて気づいた風を装ったが、堂上は郁にずっと見つめられていることに気づいていた。
....そして、なぜか顔を上げるタイミングを失ってしまってたのだ。


「...ああ、うまいな。煎れるのが難しいからお店で飲む、と言ってたが、お前の煎れてくれたカミツレも十分美味しい」
そう言った後、もう一度ティーカップに口を付ける。
「ほんとですか?よかった」


そのとき、その場で初めて視線があった。
さっきまで眺めていた難しい表情の堂上ではなく、穏やかな優しいその笑顔にどきりと胸が鳴った。
うわっ、きっと今あたし顔真っ赤だ。


「ここでまたお前と二人でカミツレ茶が飲めるとはな。ありがとう」

そ、そんなストレートな言葉が堂上から飛び出るとは。
ささやかな胸のどきどきが止まらない。


任務中なのに...あたし...
頭に浮かぶのは、中断されたカミツレデートのあとに柴崎がお膳立てした、二人で出かけた買い物の時のこと。
握られた手をポケットに入れられた時の汗ばむような感覚まで蘇ってきて頭が沸騰しそうだった。



そんな郁の状態を知ってか知らずか、堂上は苦笑しておもむろに席を立った。
そして郁の柔らかい髪の上に、堂上の掌が乗った。そのまま----


「今は特別に許してやるから、飲み終わったら任務に戻れよ」

堂上の低い声が郁の耳元でやさしく響いた。その瞬間、体全身がぞくりと震えた、一瞬。
堂上はそのまま飲み終えたティーカップをキッチンへと運んでいった。


うわぁ、もしかして、あたし、いろいろバレバレ?!


ささやかな胸に大きく膨らんだ堂上への気持ちをいつか伝えなければ、きっと何も変わらない。
むしろずっとこのままでいられるなんて思ったらダメなんだと思う。
ずっと、堂上のそばにいたい。部下でいることで、それが叶うなら、それを堂上が認めてくれるならそれでもいいと思ってた。


上官としての堂上が好きで、男性としても好きでいたい。
今までの恋は、ずっと心の中でわだかまるのが嫌で、自分からぶつかって行ってた。
玉砕しても、それがあたしらしいと思っていた。


でも今の恋は、玉砕するのが怖い。それは上官と部下という、一番大事な関係すら玉砕しそうで...怖い。
今のまま、今の恋情を心に閉じこめておくことで、この関係が持続するならそれでいい。


郁は冷めかけたティーカップを両掌で包むようにしてぎゅっと握った。


-------きっと、何があっても「好き」という気持ちは変わらない。




fin
                                                                                                            (from 20120703)

珍しくあとがき。

ムッツリ教官が続いたので(笑)、ちょっとカッコいい教官(そうでもないか、スマートぐらいにしておきますっ)を目指しました♪そして、ふと女の子モードになっちゃう可愛い郁ちゃん。デートじゃなくても好きな人と一緒、なだけで幸せだと思える恋愛も、本人にはこの上ないんだよね、というのが伝わっていれば幸いです(#^.^#)

 

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