+ 偽装デート +  堂郁革命時期









作家の当麻蔵人先生の身柄保護場所を関東図書基地から稲嶺顧問私邸へと極秘に変更してから数週間。
特殊部隊の中で限られた隊員のみが二人一組で警備に就いた。同時に良化特務機関が当麻先生の身柄拘束ありきと昼夜図書基地廻りに見張りがたれられ、防衛部員と見受けられる隊員の動向には特に目を光らせていた。そのため警備の人員交代の方法や時間も毎日不規則な状態で行われていた。
例えば稲嶺顧問の登庁時に専用車に同乗したり、出入りクリーニング業者を装ったり。男子隊員1人で公休を装い、喫茶店でわざと時間をつぶしてから日野の警備に電車で向かったりと。





「笠原、携帯のライト光ってるわよ、メールじゃない?」
柴崎と一緒に共同浴場から戻って荷物を片付けをしている時に柴崎が気づいた。
「やばっ、教官かも」
点滅していたライトは特殊部隊関係者専用のと郁が設定した色だった。
たぶん明日の警備のことだろうとが業務関係の伝達事項ならなおさら早く返信しないと、急いで画面を開く。

『明日は1時間だけ閲覧室業務に就け。11時に寮のロビー集合。スカートで動きやすい私服着用の事。それと眼鏡な』

たった1時間でも閲覧室に行くのは図書隊内の人間にも『笠原は通常任務についている』を思わせるためだと知らされている。その後、稲嶺邸警備の交代要員として堂上と出向くため、おそらく途中で昼食を外でとって私用と見せかけるのだと思った。だけど警備なのにスカート着用?!

とりあえず堂上のメールに『了解です、おやすみなさい』と返信した。
どうやら内容に首を傾げている郁の様子に柴崎が気がつき、何かあった?と声をかけてきた。

「ん、いや明日警備行くからその指示で。私服着用は良いんだけどスカートって書かれてるからさぁ」
「・・・ふうん」
柴崎は意味ありげに返答してクスリと笑った。郁の方は警備にふさわしいスカートってなぁ、とクローゼットを開けて思案し始めていた。
「何?」
「ううん、まあカモフラージュもいろいろ楽しまないとねぇ」
「いろいろ?」
堂上の指示に続いて柴崎の言葉にもますます首を傾げる。いったい何を着ていけば・・・
「まあ囮捜査ばりの私服を要求されてるんじゃないんだから、自分で選べるでしょ」
「う、まあ・・・ね」
長いスカートではいざという時に走れない。この時期ならコートも着ているし、動きやすさでいえば短い方がいい。タイツ着用すればそれほど露出感も少ないし、と明日の服を数着合わせてからクローゼット扉を閉めた。明日の準備もできたし、と郁はこたつに入り込んで雑誌をパラパラめくり始めた。








翌日。
予定通り閲覧室業務を終えた後、事務所経由で寮に戻った。特に変更の指示はないので私服に着替えて、11時5分前にはロビーを目指す。着いたときには、バディである堂上はコートを着たままロビーの隅で新聞を広げていた。
「お、お待たせしてすみませんっ」
「いや、予定時間前だ。行くか」
新聞をラックに掛けて、その場にあったシンプルで上品なバッグを肩に掛けた。チノスタイルにジャケットとコートという珍しい堂上のスタイルをみて少し驚いた。
公休時に見かける堂上の私服は品の良いジーンズスタイルでもっとカジュアルな感じだったから、スーツでもジーンズでもない姿に見慣れないけれど、自分の知らない堂上を見つけたみたいでちょっと嬉しかったのは内緒だ。


寮の玄関を出て通用門へと辿り着く前に、堂上に右手を取られてそのままコートのポケットにつっこまれた。

こ、これって、あの、その・・・!

郁の脳内にこの事態の幕開けの日の出来事が一瞬にして広がった。こうして手を繋がれて2度も出かけたあの日------
「今日はバカップルのデートにカモフラージュだな」
自ら『バカップル』などと口にしたせいか、他所を向いたままの堂上の顔が少し赤くなっていた事に、郁は言われた方も照れますとばかり俯いていたので気づくことなく、堂上に引かれてなぜか訓練速度で歩いていた。

通用門でIDをそれぞれが翳して基地外に出たところで堂上が立ち止まった。
「眼鏡持ってきたか?」
「あ、はい」
郁は鞄の中から取り出して眼鏡ケースのまま差し出してみせる。貸してみろ、と受け取ったケースから眼鏡を取り出し、空いている手で郁の耳元の髪を梳いてから優しく耳に掛けた。急に触られてドキドキするものの眼鏡を掛けてくれる仕草をされたら正面を向かざるおえない。
うわぁ・・・・・!なんか人に眼鏡を掛けて貰うっていうシチュエーションすら初めてなのに、こんなに近くで顔を付き合わされて眼鏡を通して瞳を覘かれている様で戸惑う。
「ん、似合うな」
満足そうな笑顔を至近距離で向けられて、郁は卒倒しそうだった。
うあぁ、落ち着けあたしっ!!!
「あ・・・アリガトゴザイマス・・・」
恥ずかしくて消え入りそうな声でしかお礼を言えなかった。クスリと微笑んでから堂上はまた郁の手をとって駅へと歩き出した、今度はさっきよりゆっくり目に。それは恋人同士の歩みに違いなかった。
慣れない事の連続でつい俯いてしまいながら器用な上目遣いでチラリと横を歩く人の顔を覗く。たしかにデートにカモフラージュしてますよね!!ど、どうせあたしは恋愛経験不足ですよ!だけど、どうやったら隣を歩く人のように、冷静を装えるのか。掛けてもらった眼鏡越しにみる堂上の横顔に胸が高鳴るのを、眼鏡が慣れないせいにでもしておこうと郁は自分に言い聞かせた。






◆◇◆






このところ良化隊のマークが厳しい。
当麻先生が基地外にいることに感づいているのか。柴崎が手塚慧とやりとりを始めたが、良化隊側がそこまで掴んでいるかは判らないらしい。逆にいえば図書隊に通じる情報源は一つではない可能性が高い。だから警備の交代手段や時間を毎回変更しているが、特殊部隊内でも一部の隊員しか稲嶺邸警備シフトについてないため相当な工夫が必要だった。
そんな状況にも少しは慣れて。
例えば小牧と手塚が交代要員であれば、手塚は私服で公休の私用を装って。小牧は前日にわざと実家に泊まってから稲嶺邸に向かうようにさせた。

堂上と笠原さんなら手っ取り早くバカップルだね、と小牧がいつも通り俺の部屋にビールを持ち込んで酌み交わしながら提案してきた。
「そうだな」
バカは余計だと思いながらも真顔で答えた。否定しなかったことが意外だったのが、意味ありげに小牧がふうん、とつぶやいた。小牧がからかいたくて仕方が無いのは重々承知だが、実際自分たちの年齢で男女で出かけるのであればデートを装うのが一番いい。
しかも尾行しているのがイヤになるほどの--------バカップル仕様にするべきで。小牧がニマニマしながら俺に送る視線を受けつつ、笠原に明日の指示メールを打った。





翌朝は事務室で稲嶺邸に常駐している隊員と状況連絡をとり、持ち出し可能な事務作業をモバイルPCに準備してから寮に戻った。
頭の中で組み立てていた私服をクローゼットから取り出して急いで着替えた。
『稲嶺顧問の家を訪問するカップルだから、結婚報告に出向く設定とかどう?』
服を考えながら、昨晩面白がった小牧がシチューエーションまで仕立てあげてたのを思い出した。いやスーツを選択する気はないが、上官の家に出向く設定には変わりないから笠原にはスカートで来いとは言ったがそこまでは、と思ったのであえてチノを選びきちんと感が出るような装いを意識した。

ロビーで新聞を広げながら笠原を待つ。
だが浮き足立つような心持ちで落ち着かないのは何故なんだ?それ以上に笠原の女の子仕様の装いを心のどこかで楽しみにしている自分に驚いた。

今までデートだと言われても、相手が何を着てくるかなんて気にしたことはなかった。
まあ今回はバカップルに見えるようにと、俺がスカート着用を指示したのだから服装を気にするのも通常の任務の範疇だと平静を装った。



寮を出た後は当然が如く無言で笠原の手をとり、自分のポケットの中へと引き寄せた。笠原が驚きで小さく息を飲んだのが聞こえてきたのでバカップルの偽装だ、と言い訳を与えてその場を逃げ出すように訓練速度で歩いた。『バカップル』と自分で口にしたことで羞恥心がどっと押し寄せてきたからだ。
通用門でIDをかざす際、守衛担当の防衛員に「どうだ?」と訊けば「いますよ」と返された。その視線が差す方角にさりげなく目を向けて見張りの良化隊員の位置を確認した。


基地の外に出てしばらくしたところでわざと立ち止まり、良化隊員にも見せびらかすように笠原の髪を触り眼鏡を丁寧に広げて両手で掛けてやる。そして最後に甘い彼氏の顔で「似合うな」と囁くと目を大きく見開いた後、ぱぁぁっと顔を真っ赤にして俯いた。その恥じらう姿のどこが山猿だ!と当時笠原をそう呼んだ輩に言ってやりたい程の愛らしさにこちらの方が悪いことでも仕掛けている気分にさせられた。
その事に気づかれないように、また温い手を取ってポケットに突っ込む。
そして今度はゆっくりと、良化隊員に見せるつけるようにして駅へと向かった。




駅の改札口を1人ずつ通るとき以外、片時も手を離さなかった。
Uターンしてホームへの階段を上ろうとする際にさりげなく改札方向に目を向け、尾行の有無を確認する。
恐らく2名程度はまだ良化隊員がついて来ているかと思うが、一隊員のデートにまでどこまでついてくる気やら、だ。こうなればたっぷりと『バカップル』のデートを楽しむしかない、稲嶺邸に辿りつくまでの数時間の。

ホームで電車を待つ間に笠原の耳許に唇を寄せてそっとささやく。
「そんなに俯いてばかりいると偽装カップルだとばれるぞ」
ええっ?!と声にこそしなかったがそんな表情で俺のこと見つめる。
「・・・すみません」
「バカ、誰も責めてない。もっと嬉しそうにしてろ」
う、嬉しそうって言われてもどうすれば...?という心の声がだだ漏れだ。
「一緒にいて幸せだ、とでも思えばいいんじゃないか?」
また耳許で囁いてやる。わざと笠原にしか聞こえない距離まで接近したシチュエーションが恋人達の戯言のようにもみえるだろう。
「は、はい・・・ソウデスネ・・・」
たどたどしく頬を染める笠原の愛らしさで蜜月な恋人同士だと見せつける、見張りの良化隊員にも廻りの連中にも。
手を繋ぐ行為にも心ときめかせ、恥ずかしさでいっぱいになりながらも俺に少女の微笑みを向けてくれるこいつは俺の物だと判るように。



立川で途中下車をして、二人寄り添ったまま改札へ向かう人の流れに身をまかせた。
そのままコンコースへ出て、今度はわざと廻りに聞こえるように話しかけた。
「郁、映画と食事、どっちにする?」
へ?と一瞬驚いた顔をするが、俺のわざとらしい大きめな声で気づいたのか、すぐさま俺に笑顔で答えた。
「お腹ぺこぺこだから、ランチがいいです」
「じゃあこの前のカフェレストランでいいか?」
「はい」
少し長めに通路で見つめ合ってから、かつてカミツレのお茶を案内しろ、といって連れて行かれたレストランへと向かった。




普通に店に入り、ランチメニューからそれぞれ違ったメニューを選んだ。
せっかくあの時の店にきたのだから、という想いで二人とも食後はカモミールティをオーダーする。
「さすがに見張りは帰ったようきがするな、まだもう少し油断はできないが」
俺はわざと出入り口が見える方の椅子に座って外の様子を伺いながら郁に伝えてやった。
「そうですか、ならよかった」
ホッとした面持ちで俺に笑顔をむけた。時間はまだ大丈夫かな?とつぶやきながら腕時計を眺めてから口を開いた。
「思いがけず、本当のデートみたいになっちゃいましたね。また教官と一緒にここに来れるとは思いませんでした」
「そうか?俺は気に入ったからまた来るつもりはあったぞ」
思いがけず、じゃない。
当麻先生の件であの日以来ずっと厳戒態勢を強いられている。
シフトは通常業務をこなしている振りをしながら要人警護もする。訓練もゼロではない。おまけに遠出の外出も自粛状態だ。

こんな事なら、あの日緊急召集の電話が鳴っても笠原との関係を一歩前に進めておくべきだったかと悔やむ--------

あの日、突然の召集に動揺する郁の手を掴みながら、上官として安心させるのではなく、男としてお前を守りたい、そんな気持ちもありながら図書基地へと戻った。
上官だ部下だという立場を越えて、常に隣に立つのが自分でありたいと、それを伝えたい気持ちであの日にお茶を案内させたのに。
緊急召集を言い訳にせず好きだと伝えていれば、今頃こんなに焦りを感じることなく、いつでもこいつを抱きしめてやれたのに。


だが、こいつの恋愛能力では緊急召集前に俺の気持ちをを冷静に受け止めてことはできないだろうと判っていた。
だからとっくの昔に壊されていた箱の蓋に、仕方なく仮囲いをした。だが仮囲いはこいつが壊しに来るのではなく、俺の方で結んだシートの紐を解いてしまうことがあるのだ。例えば手を取ったときの真っ赤な頬だったり、無防備に見せつけられる愛らしい笑顔とか。


稲嶺邸の警備につくまでの間。
ランチタイムは休憩時間だ。その意味で今、お前が好きだと伝えることもできる。
カミツレのお茶を飲むためのデートはそう伝えたかったと口にすることも厭わない。


今、もし好きだという一言を口にしてしまったら。
こいつを本当にこの腕の中に捕まえてしまったら。
-------------------間違いなく俺の方が浮かれてしまうから。


だからこうして仮初めのデートを楽しむ。
『ベタ甘』だろうが『バカップル』であろうが、演技のようで本気なような、そんな甘いデートを楽しんでやらなきゃやってられん。


食事が来るまでの間、手持ちぶさたでテーブルに乗せられていた郁の白い手に目が留まって、思わずその手に自らの無骨な手を重ねた。
もう尾行もなくなったようだし、と偽装デートは終了だと思っていたらしい郁は口をぱくぱくさせながら俺に目線を向けた。
「まだデート中だ」
重ねた手をそのまま軽く握って自分の胸元へと引いて軽く唇を寄せた。触れるか触れないか程度で。
「ひゃっ」
それに驚いた様子で、だが場所を弁えて本当に小さな声で郁は叫んだ。
「郁、可愛い」
離さずにいた手をそのまま指を絡ませるように握った。笠原にしてみたら、本心か偽装かと悩んで頭が沸騰しそう、というところだと思う。
そんな様子すら可愛らしく、早く本当にそのすべてを自分の物にしたい欲求が心に滾っていく。


あとどれくらい、こんなデートができるのか。
いつまで、こんなデートをするのか。


もうすぐ厚いコートを脱ぎ、春の声が聞こえてきそうな季節だというのに、俺たちの春はいつになるんだろうな、と問いかけたい言葉をぐっと胸にしまった。





fin

(from 20130410)