+ 入院デート +   恋人期  別冊1堂上入院中のひとこま

 

 

 

 

 

当麻事件で生死の境をさまよった堂上は未だベッドの上の人だ。

肺炎の方は完治しているが、なにせ銃創を負った足はすぐに動かせるものではない。

足以外はすこぶる元気なので、退屈この上ない。まあ、こんな経験は初めてではないので、紛らわし方は知っているはずだ。

だが、今回は過去に経験してきた入院生活とはずいぶん事情が違う。

何年も待ち続けていた、愛しい女を手に入れて、一人で過ごす時間の長さに、恋人への想いが募らないはずがない。

 

 

「郁、休みの日は何してるんだ?」

今まで公休の過ごし方なんてを尋ねられたことも無かったのに、急に堂上が話を切り出した。

 

「何って...普通です。洗濯して掃除して、日用品の買い出しとか行って------それでも時間が空いたら部屋で本読むか、図書館行くか、ですけど?」

もう何年も、用事のない公休日なんてそんな過ごし方だ。読書以外には取り立てて趣味といわれるようなものもない。

「じゃあ俺の頼みを聞いてくれるか?」

「いいですよ」

改まってなんだろう?お遣いとかかな?などと郁はぼんやり思う。

 

堂上は急に郁の腕を引っ張りつつ、自分の顔を郁の耳元へ近づけた。

病室には二人きりなのに...内緒話?疑問に思いつつ促されるままに耳を寄せた。

「公休日は、何もなければ一四○○にはここへ来い」

吐息がかかるような小声で囁かれて、ドキっと胸が鳴った。うわっ、こういうの、な、慣れない!!

「な、な、何か用事でもあるんですか?」

腕を掴まれて引き寄せられたままなので、堂上の顔が近い。

 

「郁と一緒にいたい」

少しでも長く、それは口には出さなかったが。

郁は慣れない上に、一緒にいたいなどと言われて、ポフンと、顔を真っ赤にした。

その様子がおかしくて、もう少し弄ってやりたい気持ちになった。

「お前の顔を見ていたい」

「い、いつも、見せに来てます...よ?」

残業になることの無いよう、このところの郁は必死で課業時間内に業務をこなして、日報も書くのだ。

堂上の手は、郁の片方の腕をつかんだまま、もう片方は柔らかな薄茶色の郁の髪へ伸ばされた。

頬先から耳の後ろへ、髪を掬いながら優しく撫でていた。

 

「...まだ足りない」

た、足りないって、何が?!逆にどうすれば足りるの?!

撫でられている髪が、くすぐったいやら、気持ちがいいやら、の上に、そんな風に言われて郁は困り果てる。

超恋愛初心者なのに!!

 

「え、あ、あたしの写真が欲しいとかですか?」

精一杯パニックになりながら考えた郁が回答してみる。

「アホか貴様」

いつも拳骨付きで言われる台詞も、今日は拳骨も無い上に恐ろしく甘い声で怒られた。うわぁぁ...。

「いいから面会開始時間にきて、ここで本読んでろ。なんなら昼寝しても構わん」

ちょ!昼寝って...!

「そんなの無理です!」

「なんなら、俺はリハビリに行っているときはベッド貸してやるから」

「そんな失礼な事しませんよ!」

さすがの郁も、そこまで言われて赤くしていた頬をぷうっと膨らます。

照れたり拗ねたり、忙しい奴だな、まあ、そんな事は何年も前から知っていたけどな、そんな風に思いながら堂上は笑った。

 

退屈な病院生活だというのもある。

だが、それ以上に、こんなにお前のそばから離れていることがキツいなんて、予想の斜め上もいいトコだ。

 

意識を取り戻して、状況をきいてから、お前が報告に―――告白に来るまでの苛立ちばかりが募った時間。

手に入れて、俺の物だとやっと実感できて―――その心の充足感でお前の事ばかり考える時間。

情恋に蓋をする必要が無くなったとたん、お前の俺だけに見せる、その表情と仕草に、もっと、もっとだという焦燥感が募る。

 

今のお前にそんな想いをぶつけたら、パニックだろうな。

そう考えたら、自分がどんだけ焦ってるんだと、なんだか可笑しくなった。

 

「すまん、からかいすぎた」

髪を剥いていた掌を頭の上に乗せ、ぽんぽん、っと跳ねさせた。

郁の表情が拗ねた顔から笑顔へと変わった。

 

「病院にお見舞いに来てできる事なんて限られているから...そんな長居するような真似、教官に迷惑になるんじゃぁ...」

そりゃ毎日、教官の顔は見たいですけど。

 

毎日会いたい、そう思って毎日来ようとしてくれるだけで、本当は満足すべきなんだけどな。

 

「退屈なのもあるが、この怪我じゃ、彼女とデート出かけることもできないんだ。だから、せめてここでデート気分を味わいたい」

「ここであたしが勝手に本を読んでたり、昼寝してるのがデートなんですか?」

それって教官楽しいですか?とでも言いたげに、郁は首をかしげる。

まだ、お前には、一秒でも長く恋人とを時を共有したい、一センチでも自分のそばに置いておきたい、そんな男の機微はまだわからんだろうな。

 

「本を読む時間まで取り上げたら悪いだろうが、ここで読んでいてくれれば、こうして俺はお前に触れることができる、好きなときにな」

触れてもらうのは気持ちがいい。

でも、それ、ドキドキして大変なんです!

そう言い出せず、郁はまた照れて俯いた。そして上目遣いで気になる恋人の表情を窺った。

「昼寝してれば、かわいい寝顔が独占できる」

かわいいとかって!!

彼氏、ってだけでも慣れないのに、かわいい、ってそんな聞き慣れない言葉!

「ここで一緒にビデオみたって、りっぱなデートになるだろう?」

「そ、ソウデスネ...」

 

お前はわかっていないと思うが、入院しているからこそ、こうして付き合い始めの蜜月を二人きりになれる部屋で過ごせるんだ。

互いが寮生活である以上、退院したらこんな風に触れる場所すら、不自由しそうだ。

―――尤も、その頃までに、進展していればいいんだがな。

 

 

「わかりました。公休の日はなるべく面会開始に合わせて来ますね」

「ああ、見舞いじゃなくて、デートだと思って来い」

「じゃあ、おしゃれしてこないと!」

「いや...それはいい」

「どうしてですか?」

デートと言われれば、女の子モードのおめかし必須だ、と思う郁の乙女心は尤もなのだが...

自分が動けないところで、おしゃれされても、何かと問題が...と思う堂上の気持ちは当然郁にはわからないだろう。

「おしゃれは外デートまでとっておけ」

「はあ...」

「かわいい服が昼寝で皺になったらもったいないだろう?」

「それって昼寝前提ですか?!」

ひどーい、と笑いながらポンポン、と郁が抗議の風姿で堂上の胸を軽くたたいた。

 

拗ねても、怒っても、お前は可愛いな。そんな想いがあふれかえって困る。正直こんなのは初めてだ、三十路にもなって今更だが。

「お茶入れてくれるか?郁」

「はい、何か頂き物ありますか?」

「冷蔵庫にあるんじゃないか?見てくれ」

 

郁は堂上から解放されて椅子を立った。

こぽこぽ、とポットからお湯が注がれる音と共に、カミツレの香りが部屋に広がった。

あのときからここまで、ずいぶん時間がかかった。それでも今がある。

 

「郁、公休じゃない日も顔見せろよ」

「もちろんです」

 

堂上教官の顔みれないと、なんか落ち着かないんです。習慣、みたいなものですかね?

 

恋人に会いたい気持ちも、お前にとっては習慣か?と郁の恐ろしく斜め上な感性に堂上は苦笑した。





fin

(from 20120804)

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