+ 恋々音 + ジレジレ期(革命中)
行ってきまーす、という柴崎の声を耳にしてから30分ほど経ってから、その日が公休日の郁は重い瞼を開け、そろそろ起きるかなぁ!と布団を抜け出す。
眠っていた郁に気を使って、片方だけ開いていたカーテンをさっと全開にして、空気の入れ替えも兼ねてガラス窓を開けた。
ふわぁぁーっ。
優しい風がすうっと入ってくる。まだ少し空気は冷たいが、綺麗な青空が広がって日差しが眩しい。絵に描いたような快晴に寝起きな郁の気分が上がる。
「お出掛け日和、だなぁ」
深呼吸するように新鮮な空気を吸い込み、独り言を声にした。
出勤の者はもうとうに出かけたはずだが、今日は随分寮内外が賑やかな気がする。
「ああそうか、新人隊員は一斉に休みなんだ」
新人の教育期間中は平日5日出勤で週末休みになっている。今日は土曜日なので、ちょうど彼らと公休が重なって随分人が多いように感じたわけだ。
せっかくの天気だし、このところ任務に追われて休みらしい休みを取った気がしてなかったので、賑やかであろう基地からの近場を避けて出掛けようかと食堂に向かいながらその日のプランを練った。
朝食後簡単に部屋を掃除した後、Tシャツにウォームアップを纏って階下へと降りた。ランニングのついでに読書もできたらな、と思い小さなリュックには本とレジャーシートを詰めて。
ロビーまで来ると、男子寮側から室内着姿の堂上が現れた。
「おはようございます、堂上教官」
「ああおはよう」
朝から教官の顔が見れるとは思ってなかったので、ちょっとラッキーだな、と郁は嬉しく思う。この人が好きだなぁ、と自覚したときから、業務外でのちょっとしたやりとりが郁に小さな幸せを与えてくれる。まるで学生時代に、『あ、今日は何々先輩に会えた』みたいな、憧れのような恋のようなものが心の中にきゅん、と芽生えるのだ。
「教官は朝刊ですか?」
普段は事務所に届く新聞を読んでいるが、公休日はこうしてロビーにきて新聞を読むことが多いのを知っていた。
「まあな、お前はまたあそこへ走りに行くのか?」
「いえ、土曜日だから家族連れが多いし、近所だと新人に遭遇しそうなので、逆方向に行ってみようかと」
「逆方向?野川の方か」
「はい」
堂上は新聞ラックから目当てらしき銘柄のものを外すと郁の目の前に差し出した。
「先生の警備中心でいろいろ鈍っているからちょうどいい、俺も行くからお前それ読んでろ」
「ええっ!?」
そ、それは一緒に走るってことですか?今日は一緒に過ごすって事ですか?!と問う間も無く、堂上は踵を返して再び男子寮へ消えた。
新聞読んで待ってろ、という意図らしいが、思わぬ嬉しい展開に郁はにやけてしまいそうな顔を渡された新聞を広げて必死で取り繕う。誰が見ている訳でもないだろうけど。
教官と一緒に走りに行く、とか、初めてだ。
恥ずかしいけど、公休日なのに一緒に過ごせる事が嬉しくて。当麻先生の警備、頑張ってたご褒美かな?と予想しなかった展開を神様に感謝した。
◆◆◆
線路の反対側にある公園まではあまり出向くことはなかったが、緑豊かなその公園はたいして基地から遠くなく、それでいて東京に居るとは思えないほど、静寂の中に鳥のさえずりが響い渡り木々の奏でる音が新緑を一層と輝かせていた。すぐ側に幹線道路が走っている事が嘘のように穏やかな世界が広がる。
「哨戒でしょっちゅう目の前を通っているのに、来ることはなかったな」
市街を軽く走って移動している時は当然無言だったが、公園の小さな入口で足を止めずに待機して郁に「このまま公園内を流すか?」と聞いた。
数キロ走ってきて身体がほぐれたところだから、もう少し走りたい。郁は、はいっ、と返して笑顔で答えた。
なんか・・・嬉しいな。
ここ数ヶ月のハードスケジュールもさながら、緊迫した状況が続く中、殆ど堂上とバディを組んでいたので一緒にいる時間は長かった。もちろん任務ではあった、稲嶺邸での警備は、当麻先生に普通の執筆生活を送って欲しかったから、固い空気にならないように自分たちも少し警備時間を楽しむ様にしていた。当麻の潜伏がバレて再び基地に戻ってきた事で、概ね通常勤務に戻った為、特殊部隊の班長と部下という緊迫した関係でしか無く、素の堂上に触れるのは久々な気がした。
思わぬ展開で、公休を一緒に過ごすことになったのももちろん嬉しい。でもそれ以上に、自然に上官とは違った表情を堂上が見せてくれる事が、何よりも嬉しくて。
そんな表情を知っているのが、自分だけだったらいいなぁ、と小さな期待をしてしまう。過ぎた期待をしたら、玉砕したときに辛いって解っていながらも、どこかで求めている自分がいる。恋する女は都合良く考えてしまって、狡い。
今日はきっと特別。
神様がくれた、ご褒美だから。
郁の前を走り始めた堂上の背中を追うようにしながら、再びランニングのスピードを上げ始めた。
小さな公園なので道路を渡って反対側にも広がる公園まで足を伸ばしてから、再び野川沿いの公園へ戻ってきた。
「遊具とか何にもない分だけこっちの方が静かですね」
「そうだな」
十数キロ分流したので、二人は芝生広場で足を止め、水分補給をしたあと、並んで座り込んだ。
どちらも言葉を口にすること無く、木々のざわめきや鳥の声に聞き耳をたてる。
さわさわと風が吹くたびに木々が揺れ、ささくれだった気持ちがほろほろとこぼれ落ちていくようで。耳を風の音と光と、緑に触れてこの中に溶けこんでしまったように、こうして堂上の隣に座っていることが自然に感じられて。
あああ、あたし、幸せだ、今。
どきどきを鼓動するのはさっきまで走っていたせいにして、呼吸を整えながらチラリと隣の人の顔をみる。浅黒い丹精な顔立ち。クールだとは思うけど、厳しい表情ではなくて。
「どうした?もう少し走るか?」
「え、いやっ、今日は本気で走りに来ているわけじゃないので!少し走ったら本でも読もうかなっ、とか思って。あ、さっき買ったおにぎり!」
背負ってきた小さなリュックに入っているのは、先日図書館で借りた本とレジャーシートと数個のおにぎり。途中のコンビニで水分と一緒に調達したものを取り出す。
「もう腹減ったのか」
「っていうかここで食べたら美味しいだろうな!って」
「そうだな」
優しく笑う堂上に一つ手渡してから自分の分も封を開ける。開放感のある芝生で、綺麗に広がる薄青い空の元で食べれば、普通のコンビニおにぎりが格段と美味しく感じる。
「確かに美味い」
おにぎりを取り出した郁に、最初はもう食べるのか?って怪訝そうな顔をした堂上が結局数口で平らげてしまったのをみて、郁の頬も緩んだ。教官だって、食べてるじゃん。
おにぎりを2個ずつ平らげると、結局持参したシートを敷くこともなく、どちらともなく新芽が伸び始めた芝生に寝転んで目を閉じる。日が頂点近くまで登っているので、木漏れ日が眩しい。
「あー、気持ちいいー」
郁はそう口にして、文字通り大の字になってみる。窮屈な日々から抜けだした開放感を満喫するために。手塚が見たらきっと「お前一応女なんだから大の字とかなってるなよ」とでも言われそうだ、と郁は想像して小さく苦笑する。目を閉じて、まるで無の境地にでも入るような気持ちで心を鎮めた。
さわさわさわさわ。
心地よさで眠ってしまいそう、と思ってた時に額にそっとタオルが触れてぽんぽんっと軽く叩かれた。
「-------汗くらい拭いておけ」
隣に転がっていると思っていた堂上が身を起こして自分の額に手を伸ばしてきた事に驚いて堂上の手首を掴んで飛び起きる。
視線が重なってこの人が郁をじっと見つめていたのだと気付く。急に高まる鼓動。柔らかいのにまっすぐな漆黒の瞳から目を逸らせない。
「すまん、起こしたか。休みの日だ、ゆっくり寝転がってていい、俺が見てるから」
「見られてたら寝れませんよ!っていうか何で見てる必要が?」
「・・・お前な、こんなところで本気で寝てみろ。誰かに何かされない保証があるか?」
「いやだってあたしですよ?素人相手なら十分に・・・」
「プロでも本気で寝てたら、相手の上を行く反応も応戦もできんだろ、アホか」
確かに本気で寝こけていたら、まあそうだけど。っていうかその前になんで襲われる前提?良化隊がここまで?!
「なわけないだろう」
苦笑されて、額にデコピンが飛んできた。
「もう少し妙齢の女の自覚もて。それでも転がりたいなら---------」
とん、と肩を優しく押されてなされるままに再び芝生に横たわる。驚きで目を見開くと堂上の顔が覆いかぶさるように少し近づく。え、と戸惑ううちに、笑ったかと思えば隣に同じように寝転がって、郁の手を握った。
「こうして眠っていれば用心棒がいる、ってわかるだろう。顔にタオルくらい掛けておけよ」
いや、寝る前提じゃなくても!っていうか、教官に手を繋がれたままとかで眠れそうにないですっ!
心臓の鼓動も郁の戸惑いも、木々を揺らす風の音にかき消される。ああもういい。このまま二人でこの緑の中に溶け込んでしまいたいから。そんな不埒なことを考えている顔をみられないように、指示通りタオルを掛けて二人繋がったまま初夏の風と日差しを身に受けて、神様今日だけは、と一時の幸せに酔いしれた。
fin
(from 20140501)
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