+ 憂さ晴らし 2 +

 

 

 

 

酔っぱらって憂さを晴らしたい、という郁の要望にあわせて、今夜の堂上班の飲み会会場は堂上が厳選した。
囮作戦は描いた展開のようにスムーズに解決したが、誰よりも一番嫌な思いをしたのは郁なのだ。
しかも、その当事者でなければわからない心の痛みは、郁がオトコマエだからといって、すんなり消えるわけではない。
むしろ心はその辺の女子より十分乙女だ。
何よりも郁の要望に答えてやりたかった。


食べ物がおいしいところ、そして、上手に酔わせてやらなければならない、だから、サワーにしろカクテルにしろ、使うお酒は安酒じゃない店がいい。そう思いながら堂上が探した、手作り創作料理の飲み屋だった。

「教官が予約して下さったんですね、ありがとうございます」
郁が目の前にならんだ料理をお腹すいたー、と次々に取り皿によそい、満面の笑みを浮かべている。
「ごめんね笠原さん、少ししかつきあえないけど」
小牧が、最初の一杯だけにするよ、と言ってオーダーした生ビールジョッキを握りながら話す。
「いいんです、小牧教官は、毬江ちゃんにちゃんと報告に行かないと!」
郁の方は、口当たりのよい桃のサワーを特別に小さめのグラスに作ってもらった。なにせ、ちびちび飲むから、途中で氷がどけて、訳がわからない味になっちゃうのだから。
それを半分ほど飲んだだけて、すでにほろ酔いな風体だ。


「あたしも笠原の憂さ晴らしに一晩中つきあってあげたいところなんだけど...」
明日は他館出張で朝が早いのよねー、だから早めに切り上げないと、なんて言いながら、いつもより少しハイペースで柴崎は飲んでいた。
「大丈夫だよぉ、教官も手塚もいるしさ!無理言ってごめんね」
「いいのよ、私も来たかったんだから。でも手塚はだめよー」
「な、なんで?!」
「あたしが帰るときに送らせるに決まってるでしょ」
飲み会の後あたし一人で帰るなんてやっかい事になりかねないでしょ、当然のように柴崎がいう。
手塚は、どうせ俺には何かいう権利はないんだろう、とあきらめ顔だ。

そして一時間ほどで3人が抜けて、結局堂上と郁の二人飲みになった。
「まだ早いから、隊長か副隊長でも来てもらうか?」
まだ庁舎にいるかもしれないしな。そう堂上が言い出した。
「た、隊長がきたら、憂さ晴らしじゃなくて、憂さ晴らされちゃいます!!」
どうせあたしはからかわれるだけなんですから!
「そうだな、じゃあ二人だけど楽しまないとだな」
そういって、別の味のサワーを小グラスでオーダーしてくれた。



楽しむために、仕事の話以外にしましょう、と、お題目をつけた。
そうなるとお互い、なんだか質問コーナーのようになってしまった。学生時代はどんなスポーツをしていたのか?とか、どの科目が得意でどれが苦手だったとか。
昔話に花が咲いているうちに、当然のように、昔の恋愛話になった。

「教官はかっこいいからぁ、学生時代からー、モテモテなのれしょうねー」
郁はちょっといい感じにほろ酔いになってきた、と自分でもわかった。でも、それが楽しい。そうか、酔って楽しい、ってこんな感じなのかな?
堂上との話しも楽しい。たわいない内容ばかりだけど、もっと話しがしたい、聞きたい。
そして・・・気になる人の事は、もっともっと知りたい。

教官、どんな女の人が好きなのかなぁ・・・

そう思うが、本人を目の前にしてそんなこと聞けない。でもあたし、今日は酔っぱらってるしなぁ。今なら、お前酔っぱらって訳わかんないこと言ってたぞ、とかでごまかせないかなぁ。

そんな気持ちが、郁のいつもより饒舌にしていた。
「あたしは自分から告白して、いつも玉砕専門ですぅ、って話ししましたけどぉ、教官は玉砕したことあるんですかぁ?」
「・・・いや」
俺はたいがい、告白されてつきあってたな。淡々と堂上が答えた。
「つきあいはじめるとき、って相手のことが大好きだった、とかなんれすかぁ?」
「・・・嫌いじゃなかったが、だいたいつきあい始めてから好きになったんだろうな」
「じゃあ、きょーかんは、ずうっと思い焦がれて恋愛成就した、っていうのはないんれすねー」
堂上は唐突に手榴弾を投げられた気分になった。高校生の時のお前の背中に思い焦がれていた、なんて、言えるか!しかも本人に!

「お前は、思い焦がれているやつがいるのか?」
誰かに?
もう会うことのかなわない王子様にか?
未だにか?

「・・・おもいこがれる、ていうか、あこがれる背中、があるんです・・・」
二つの背中。それは郁の中で重なるようで重ならない。届くようで届かない背中。
それは永遠に、無理なのか。
陸上にはゴールがあった。ゴールが見えていたから、瞬発力で一気に駆けてきた。

 

追いつけないから、がんばってまた駆けていくんだけど・・・
ときどき、こうして挫折することがある。
自分は弱い、とほんとに思う。痴漢行為をされた事だって、覚悟の上だったし、仕事できる人間には割り切れて当然だと思う。自分は情けない、未だに気を緩めると犯人の薄ら笑いと触感がよみがえる。

ああだめっ。
下降志向はだめだ!二人で飲むなんて機会、めったにないんだから、教官の恋愛観きいちゃおうかな?
なんて思ったのが間違いだった。過去の話しなんてきいたって、めげるだけだった。

なんで気がつかないかな、あたし。教官の話しはこれ以上聞けない、聞かない。

「いいんれす、私の話は」
急に話を変えた。にしてもなんて無粋な方向転換の仕方だ、あたし。
「い、いえ・・・あ、ほら毬江ちゃんっ、てずうっと小牧教官に思い焦がれていたわけじゃないですか!」
小学生の時からですよ?!
7年?8年?ご近所だっていうから、もしかして初恋からずうっと小牧教官一筋なんですかね?
いいなあ、そんなに長く恋い焦がれてて、成就するんですよぉ。

「そんなにずうっと、恋焦がれていて思いが叶ったら、どれくらい幸せなんだろうー?」
うふふー、と笑みを浮かべて郁が独りごちで語る。
「犯人、釣り上げることができて、本当によかったです」
ほろ酔い口調だった郁が、醒めたようにきっぱりと言い放った。

あんなにがんばって恋を成就させた毬江ちゃんに卑劣なことするなんて許せないですもん!
小牧教官、いまごろ報告して、たくさん抱きしめてあげたりしているのかなぁ。
さっきはオトコマエな発言をしていた、と思ったら、今度は聞いている方が想像して恥ずかしくなるような乙女な一言がでてきた。

「・・・.好きな人に抱きしめてもらったら、気持ち悪かった事も、思い出したくないような事も、忘れられるのかなぁ・・・」
抱きしめられる幸せで一杯になって・・・

そうして、ほろ酔い気分を超えて、いよいよ寝オチの流れがごとく、郁はテーブルに肘をついて自分の頭を乗せて俯せていた。
ああ、これでこいつは落ちるな、堂上は二重のため息をついた。

 

寝オチは想定内だから、構わんのだが・・・
そんなこと、彼氏でもない男と二人で飲みに来て言うのか?!
あり得ないほど隙だらけの発言だった。
そして寝オチだ。

---------お前、それは誰がどう聞いても抱きしめて忘れさせて欲しい、って言っているようにしか聞こえんぞ。

 

 

茨城の書店で出会った、凛とした背中を持つ彼女が、王子様への思いを面接で語ったときは女子学生だった。
自分の教育隊に入り、間違った理想を追いかけてきた彼女に図書隊を諦めて欲しい気持ちで絞り上げたときは女子新入隊員だった。
特殊部隊に抜擢され、俺の元にいる事を選ぶならと、傷つかないように死なないように鍛え、育てあげたときはうっかり成分たっぷりの篤い思いを胸に抱いたままの部下だった。

そして今は訓練でも劣らない、査問にも耐えて、手塚彗の話しもきちんと判断できる、頼もしい部下だ。
その部下が、時々女の顔をのぞかせるのはなぜか。

俺がそれを望んでいるのか?
お前が望んでいるのか?
いや、あいつが望んでいるのは王子様だ。もう、二度と会うことがないはずの過去の自分。

もし、お前が望んでいるなら、俺はそれに答えるつもりがあるのか?
お前が焦がれているのは見計らいをしたあいつだけなのか?

 

俺は、長いこと・・・彼女の背中に焦がれていたんじゃないのか?
今、それはすぐ手に届くところにあるのに、なぜ手を伸ばさないのか?



なぜかふと、小牧の事を思い出した。
あいつはずっと毬江ちゃんに焦がれられていたことをずっと知っていた。
最初は、彼女にとって俺はあこがれのお兄ちゃんだからね、と決めつけていたのだろう。

彼女はいつから女になったのか。

あいつはいつから彼女を女だと思ったのか。

彼女からすれば、自分はずっと女として小牧の事を見てきた、と背筋を伸ばして言いそうだ、そう思った。
小牧が気づかなかっただけ、いや、どこかで気づいただろうが、気づいてはいけないと思って、他の女とつきあっていただろう。
その間、ずっと小牧は毬江を傷つけてきたのだ、もちろん、直接ではないが。


だからこそ、今、小牧は毬江を何よりも大事にしている。
今まで気づかないふりで傷つけていたことを癒すように。

知らないふりをしている、気づかないふりをしていることはなんて残酷なのか?

自分が王子様だということ隠し続けていることは、彼女を、郁を傷つけ続けている行為に等しいのかもしれない。
彼女を傷つけることは、俺の本意なのか?

第一、恋いこがれた背中を持っていた彼女は、自分が焦がれている以上に凛としていた。
そして見計らいの時にあった彼女となんらぶれることなく、オトコマエなのに誰よりも女だった。

自分にとって、理想の女なんじゃないのか?
俺はなぜ手を伸ばすこととためらっているのだろう?



簡単な事だ。
堂上が郁の王子様だった、とわかったときに
「今の教官はあのときの王子様とは違うんですね、幻滅しました」
と斬られることが怖いのだ。
あのときの自分を良しとは思っていない。だから自分を律して今の自分になった。あの三正は俺であって俺ではないんだ。

王子様だと言わないことで、自分の手元に置いておける、いてくれる、それを壊したくないだけなのかもしれない。

「いつまでも、上官だ、部下だ、じゃ手元には置いておけないんだよ」
いつだか、部屋で飲んでいるときに、そう小牧に言われたことを思い出して嘲笑った。

 




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(from 20120605)