+ 戦場のプロポーズ +   (時期不定・だけどジレジレ期)

 

 

 



年度末に向けて関東図書基地内は、年末年始、新年度開始に次いであわただしい時期の定番だ。
通常勤務でも、堂上班班長には何かしら書類仕事が存在、もしくは発生し(=どこからか回ってくるという意味だ)、結局定時から2~3時間は事務室にいることが当たり前になっていた。


今日だけは、いや、毎週木曜日だけは早めに切り上げて帰寮したい。
今だけ、観たい連続ドラマがあった。


適当なところで残業は切り上げ、帰寮する前に食堂に向かった。
一度戻ってくつろいでしまうと食堂は終わってしまいそうだったからだ。
食堂内は談笑する声より、食堂のおばちゃん達が食器を片付ける音の方が響いている時間だった。
サービス残業が日々の予定のデフォルトになってきているからこそ、夕食は基地内の食堂でとりたい。
外食続きだとどこへ行くか迷うし、コンビニ弁当が続くのも体が資本の戦闘職種としては避けたい状況だ。


帰寮後に、すぐビールに手をかけることもあるが、今日は先に風呂をすませてからにしよう。
冷蔵庫の扉をあけビールの在庫確認をし、風呂の後、そのままロビーで購入することを決めた。


一通りの片付けをすませ、ようやく堂上は缶ビールにありついた。
そしてテレビの電源をいれて、やっとベッドの縁を背にして、腰を下ろした。
普段から積極的にテレビを見るタイプではなく、ニュース番組をデフォルトに、そのとき話題のスポーツ番組を眺める程度だ。
これといって観たい物がないときは、いっそ映画などのDVDをかけてしまうことが多い。


だがその日は堂上が楽しみにしている当麻蔵人原作の連続ドラマの放映日だった。
人気の原作小説のドラマ化、というものはよくあるが、今回は特殊なスタイルでドラマ放映後に、追いかけるようにして小説の方が上下巻で発売されるというものだったので、ストーリー的には完全な新作である。


大物作家の当麻蔵人が映像化することを前提に書き下ろした日本と朝鮮半島とを舞台とした諜報物で、スケールが大きい事も見所の1つだ。後2話ほどで最終回、ちょうどクライマックスに向かいつつあった。
今回の任務の為に国籍を超えてバディを組むことになった男女の諜報部員が侵入捜査に失敗して脱出を試みる。


最初は任務とはいえ、お互いの能力と人格を認められず絶えずぶつかり合っていた二人だったが、生死を賭けた厳しい任務を遂行している内に信頼を結ぶようになった、という所だろうか。
しかもやりとりはそれぞれの母国語と英語が混ざっているので、意思疎通がうまくいかないのもツボだった。


脱出の為に他の諜報部員が段取りした内容を伝えなければならなのに、旨く伝わらない。
このままでは二人とも犬死だ。だからあたしが囮になって....
自分の身体能力と運だけを信じて突っ走ろうとする女諜報部員をバディである男が静止する。
腕を強くつかまれたが、振り払おうとする女。また言葉で主張しようとするが、当然伝わらない。


そのとき、見かねた男がつかんだ腕を引き寄せ、反対の掌で女の頭を下へ引き寄せた。
間一髪で銃弾が掠めた。頭を振り回されたかと思って抗議しようとした女の唇を男は強引にその場で塞いだ。


「アホゥ、当たるな.........お前とは結婚を考えているんだ」


男は唇を離した後に、女に向かって母国語で宣言していた。通じたのか、女は真っ赤になって俯いたままだ。
それまでラブシーンに該当するような展開は、全然無かった。女の事を信頼しているという描写は垣間見られたが、確か初回放映で同僚の彼女がいる設定だったはず、しかも美人で聡明な。


銃弾の嵐の中、なぜか二人は再び唇を重ねた。深く、長く、貪り合うように。女の方が慣れない感じのキスシーンに仕上がっていたのは演技なんだろうか。それを観て堂上は思わず苦笑した。


『どんな光景も最後まで一緒に見ます!』


戦場でそんな風に宣言した自分の部下を思い出した。
あいつの方が、よっぽど男前だということか。
当麻蔵人のドラマの中では、女も男前だったし、男もいざという所で男前だった。
わずか1週間強の任務期間でこの女の一生は俺の物だ、と決めてしまった男諜報員。


「俺は.......どうだろうな」
そうテレビに向かって呟いた。生死を賭けた戦いの中で生まれたプロポーズこそ、男の本音かもしれん。生きることにしか考えてはならない、そんな絶望的な状況だからこそ。そう思ったら、勢いで言うのもありか。


「俺も、もっと追い込まれた方がいいのかもな」
もしかしたら、思わぬスピード展開になるかもしれない。そう自嘲しながらもう1本缶ビールを開けた。
自分の、誰よりも男前なのに乙女思考な部下のとびきりの笑顔を思い出しながら。

 

 



fin

 

(from 20120609)

 

 

 

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