+ 白紅(しろくれない) +   郁入隊前(堂上さん「見計らい」行使後)








図書大学校を卒業し、そのまま関東図書基地に配属となって半年後、それは起こった。


研修先の水戸図書基地近くの小さな書店で検閲に立ち向かった少女を助けるために「見計らい図書」宣言をしてしまってから、図書隊員としての自分の人生も想いも大きく変わった。
規律違反を追求する査問会は2ヶ月ほどで終わったが、寮生活で針のむしろになる居心地の悪さや、図書基地内での自分に対する風評はなかなか止まず、いつしか人と距離を置く事が普通になっていた。

同僚や同期と会話をしない訳ではなかったが、心のどこかで、自分は規律を破りの勝手な行動をする男だと見られているんだ、という意識が強く残り、休みも自室で本を読みふけったり、トレーニングルームに籠もったりして過ごすことが殆どだった。
たまの外出も身の回りの物を購入しに出かけて、帰りに1人気兼ねのない適当な定食屋に寄って夕飯を取って帰寮する、そんな隠居生活のような日々がずっと続いた。
友人や女と遊びに行く訳でもなく、何かに打ち込むわけでもなく、ただ図書基地内で与えられたシフトをこなし、帰寮して同室の奴を気にしながら、酒を飲むか、テレビをみるか、やはり本を読むかだ。






寒いな、と思ったら雪か。
3月になったというのに、まだ春の気配が感じられない東京。
今日は実家の親に呼ばれていて日中出かけていた。帰りに駅の改札側を通るときにふと目に止まった観光ツアーのチラシ。
『水戸の梅まつりといちご狩り』と銘打たれていた。
水戸か、確かに梅が有名らしいな。
その地で自分が行った事と同時に、あの時瞼の裏に焼き付いた少女の勇気ある行動とその凛とした背中。そして恐怖と戦いながら潤みかけていた瞳。脳裏に浮かんだところで自分に苦笑しつつも、ふとその梅まつりのチラシを一枚手にとってしまった、決してツアーに興味があったわけではないが。

白紅色な見事なまでの梅の花。
そんなに花に詳しいわけでもなく、愛でる趣味がある訳でもないが、何故かその花が心をとらえて離れなかった。

帰寮してそのチラシを横目でみながら少しネットで調べてみたら十分日帰りできる電車の時間と場所の検索ができた。
何が気になるのか、どうしてそうしたいのか、自分でもわからないままだが、公休の日に早起きしてその電車に揺られている自分がいた。


用事もないのにこんなところまで来て莫迦だな、と自嘲した。
駅周辺と県庁がある近くはずいぶん開けて立派だが、それを何キロか過ぎると普通の地方の町だなと思う。
観光客らしき自分の歳よりずいぶん大人な人達に混じって偕楽園行きのバスに乗ると、ぼんやりと窓外の通りを眺めた。

名所だけあって混雑はしていたが、園内は広かったので鑑賞のじゃまをされるような事にはならなかった。
白く咲く梅の花に混じる花弁の紅。まだ冷え冷えとする寒さと曇り空に白々しくも豪華な梅の競演を堪能し、また路線バスで駅へを戻る。そして駅の二つ手前のバス停で降りて、散歩だと言い訳しながらのんびりと駅へ向かって歩き始めた。


たしかこのあたりにあの時の本屋が。
そう思いつつ歩き続ければ、あの時のままの店の入り口が目に止まった。だが、入ることは当然せずに通り過ぎた。

そして少し先の角曲がった先にあると言ってた公立高校。そこがあの時の彼女の学校だと後で書店の店長が教えてくれていた。3月初めだと、そろそろ卒業シーズンか。


俺の瞼の裏に残るあの彼女はどうしているだろう。
名前もわからない、覚えているのはあの時の背中と制服、そして勇気を振り絞り良化隊に立ち向かったときの声と、抱き留めたときの不安そうな瞳。
柄にもなく少し想い出に浸っていたら偶然にも向こうから彼女と同じ制服姿の子が歩いてきた。

「大学に出す書類が足りない、って急にいうんだよ、先生。だから授業も無いのに学校行ってきたの!」
声の聞こえる方に顔をむけると、あの時の彼女と同じ学校の制服を纏った女子高生が携帯電話を片手に話ながらこちらへ向かってきた。

そしてその姿に思わず立ち止まって目を見開いた。

今すれ違ったのは、あの時の少女ではなかろうか?
女の子としては背が高く、スラリとして、凛とした背筋と...長くしなやかな足運び。
ずいぶん早い歩きで、すれ違って見たのは一瞬。

急に立ち止まった俺に、彼女は携帯の話を続けながら振り返りつつ俺を見つめた。

その褐色の瞳を捉えたか?と思ったが、彼女は目を合わせたもののそのまま早い足取りで通り過ぎていった。

彼女ではなかったのか?
呆然とした自分だけがそこに立つ。
気づかなかっただけか?
彼女の事を考えるあまり、自分がおかしくなったのか?


見間違えるはずはない。
だがそう言い切れる自信はどんどん融けて無くなってしまいそうだ。

大学に...?
高校三年生だったのか。

幻を見たかのような何かに俺は取らえられた。
いや、やはり人違いだったのだろう。そうじゃなかったとしても、そう思った方が良い。
何かに惹かれるように梅を見に来てこんな風にすれ違うなんて、その辺の三流ドラマでもあり得ん。

立ち止まった自分を嘲笑い、俺はまた駅へと歩き始めた。
春を待つ、その梅の匂いに触れて何かに惑わされたのかもしれない。





俺がそんな一日を過ごした事は、すれ違った彼女が知る事はない。
もし、どこかでもう一度一度出会うことがあっても、それを語ることはないだろう。
あの出会いの日は、ずっと瞼の裏と心の奥に鍵を掛けて閉じこめておくだけだ--------------。





fin










仏頂面パフォーマンスは、この時期ぐらいから堂上教官についたのかしらー、と思ったりしていて。
もともと、同期だ同僚だ、ってベタベタするタイプでもなさそうだし、堂上さんだったら、何かに誘われるように一度くらい、水戸にぼんやり日帰りひとり旅とかしたかなぁ、って以前から妄想してました。
まあ、郁ちゃんが水戸に居るのも3月までだろうし、茨城の海を見に行くよりは、梅でも見に行くかなぁ、という至極短絡的なSSS。

 

 

(from 20121004)