+ 眼差し 3 +  結婚期

 

 

 

 

新入隊員に内示が出る前日に、堂上班は全員隊長室へ呼び出された。


「例の特殊部隊候補者の4人な、全員引き入れる許可を取った。そこで堂上と小牧をそれぞれ班長に立たせる。
笠原は堂上班、手塚は小牧班だ。それに畑中、谷島が堂上班、星野、井坂が小牧班。それと、女子隊員である谷島と井坂の指導は、笠原と手塚がやれ。以上だ」
「はい」
4人の返事がそろった。


翌日正式な辞令を経て、4人が特殊部隊事務所にやってきた。
全く知らない顔ではないが、新人がそれぞれ自己紹介をし、挨拶を交わした後に班毎に今日の業務についてのミーティングを行った。
「えーと-------堂上三正?でよろしいですか?」
谷島が郁に訊いた。
「特殊部隊内では笠原呼びだから、笠原三正でいいだろう、いいか?」
「はい」
郁の代わりに堂上が決めて答えた。
「それから谷島、俺の事はきちんと堂上一正と呼べ。教官呼びはやめろ」
「はい、わかりました」
郁はそれを訊いて、内心ホッとしていた。
自分の目の前で、他の人が「堂上教官」って呼ぶ...
未だに柴崎も呼んでるけど、やっぱり凄く違和感があるのと...少し心が痛い。
そして、教育隊の新人からは自分も「堂上教官」と呼ばれていたため、少し混乱する。よかった、篤さんが先に気遣ってくれて。



早速、郁は谷島とバディを組んで館内警備に就いた。
「よろしくお願いします、笠原三正」
「こちらこそ」
谷島はあらためて、郁に向き合って深々と頭を下げた。
「その呼ばれ方、慣れないから照れるね、あたし後輩とかいままでいなかったから、そんな風にいわれてことないし」
「え、違う方がいいですか?」
「いや、いいよ。でも、じゃあ、業務が終わったら別のにして?」
「笠原先輩?堂上先輩の方が良いですか?」
「いや、それも」
うひゃ、先輩とかって、学生時代は普通に呼ばれてたのに、もう何年も呼ばれてないから、なんか変だ。
「い、郁の方がいいかな」
「じゃあ郁先輩、郁さん、ですか?」
「う、うん、その辺で」
「了解しました」
谷島はにっこり笑って綺麗な敬礼をしてみせた。新人なのに礼儀も正しくキチンをわきまえが解っている子だな、と郁は思った。
そして二人そろって巡回に歩き出した。無言で警備するのは図書館の場の雰囲気を固くするので、軽い程度の雑談を交わしたりしながら巡回することになっている。

「笠原三正って、新人教官されているときは凄く厳しくて怖いイメージだったのに、本当は可愛らしい方なんですね」
「え、そ、そう?」
あまり本人の方も向かないようにしながら、郁が答える。
「堂上一正が笠原三正の事をすごく大事にされているの、解りますね、素敵です」
いや、あの...
面と向かって、いや向いてないけど、そんな風に言われるとはつゆも思わず、郁はたじろいだ。
しかも、堂上に恋い焦がれているという噂のある子だ。郁の頭の中に驚きと疑問符が並ぶ。
だかそんな郁の様子には気づかないのか、谷島はちゃんと周囲に目線を置きながらも、にこやかに話しを続けていた。

可愛いっていうのは、谷島みたいな子のことだよ。
容姿は女の子らしいけどしっかりした印象で、防衛部だといわれても少し違和感があるような、でも当然選ばれただけの実力は兼ね備えているらしい。
郁はそんな谷島に思いもしなかった事を言われて、なんか調子が狂うな、そう思いながら巡回を続けた。





◇◇◇





堂上班の班員で郁の後輩となった彼女は、特殊部隊に配属になる前に聞いていた噂からくる印象とはずいぶん違っていた。

「笠原三正は女性隊員みんなの憧れですよ」
そんな事まで面と向かっていう素直さなので、なんとなく憎めず...むしろかわいい後輩だと思えた。
なので、郁と谷島はすぐにうち解けていった。
本当に彼女が堂上に恋い焦がれているなら、自分にこんな風に接してくるだろうか?
嫉妬するような視線をぶつけられたことも、言葉や行動を向けられたこともない。
素直で頑張り屋の「いい子」だと思う。
優秀ぶった風でもなく、自分の解らない事や失敗には素直に頭を下げて教えを請う。

運動能力がずば抜けているか、というと、実はそうでもなかった。
自主トレーニングはきちんとしているらしく、特殊部隊の訓練には遅れてもついてきてやり遂げていた。
その辺は防衛部から配属になった井坂士長の方が上だった。


「ああ堂上、明日はお前の班も小牧の班も通常勤務で翌日公休だから、新人の歓迎会な」
緒形が朝礼終了時に声かけてきた。
「場所はいつもの居酒屋に予約入れたが、いつもの幹事が夜勤だから、今回は久々にお前が幹事だぞ、堂上」
「...またですか?」
俺は何年たっても下働きか?と堂上はそんな表情で眉間の皺を寄せた。
「あつ、あ..ど、堂上一正、あたしと手塚で幹事やりますから!」
その様子を見て、郁はあわてて申し出た。
確かに昨年特殊部隊配属になった郁と手塚にとって初の後輩2人がこのところの飲み会幹事を任されていた。
いくら面倒見のいい堂上が適任だとはいえ、一正だ。ここはきちんと次の下っ端なあたしと手塚がきっちりとやらなくては!!
そんな風に思い立ったのだが、堂上にぽんぽん、と頭に掌を乗せられてなだめられた。
「いや、いいんだ。お前達もずっと教官職で忙しかっただろう?その慰労も込めてだからな」
そう言って堂上は郁の頭をポンとし、髪を軽くくしゃっとしながら笑っていた。
そういえば事務所でこんなやりとりするのも久しぶりだ。

「やっぱり素敵ですね」
思わず谷島がくすりと微笑みながらつぶやいた。
「あ?」
そんな様子を間近ではみたことがない、防衛部出身の畑中が怪訝な声をあげた。
「まあこんなの、ここじゃ日常の光景だからな。早く慣れろよ」
班に新人がいてもお構いなしのバカップルぶり健在に、緒形は二人の新人の肩を軽く叩きながら忠告を入れた。

「ほら、今日は一日書庫業務だ、行くぞ、お前らもだ」
堂上は郁にそう促した後、二人の班員にも声とかけて事務室を出た。







◇◇◇






防衛部出身の畑中と、新入隊員で特殊部隊入りをした谷島を加えての4人でのリクエスト書庫業務だ。
同じく新人で特殊部隊配属になった、郁とは違い、きちんと「特殊部隊」に目標をもって配属となった2人だから、配属当時の郁と比べても優秀だ。
それでも、当然のことながら、小牧と手塚とで堂上班を組んでたときとは、少々勝手が違って、少し勘が狂う、そんな感じだった。

あの頃の教官達は、あたしの事をみて、もっと違和感っていうか...いやはや大変だと感じたんだろうな。少しどころか大いに勘が狂う、いやはや、単なる迷惑な隊員だったな、郁はそんな風に昔を思い出した。
新人2人は配属決定前の書庫業務作業である程度は覚えたようだが、それでもわからないときは、新人二人で聞きあって解決しているようだ。

「なんだか、懐かしいです」
「そうだな。当時のお前よりはずっと二人は優秀だけどな」
「自分でそう思ってたのに、なんか他人に言われると納得しにくいです。堂上教官」
郁はちょこっと頬を膨らました。
「...お前の『教官呼び』はなおらんだろうな」
「あ、はい、すみません、ダメですよね?」
「お前が混乱しなければいいさ、だが谷島には禁止したからなぁ」
お前も教官呼びされることもあるから、混乱すると思って禁止しただけだがな。
だが郁は堂上の事を入隊当初からずっと「教官」呼びだから、回りも気にしてない。
「なるべく気をつけますね、堂上一正?」
「...お前はどっちでもいい、気にするな」
また大好きな掌がポンと頭に乗った。ずっと離れて仕事していたから...今日は大盤振る舞いかな?篤さん。
そんな風にこっそりと思って郁は心の中で苦笑した。








◇◇◇






翌日の特殊部隊新入隊員歓迎会 兼 新人教育教官慰労会。
表向きはなんだって、飲み会であればいい、という輩が殆どの特殊部隊飲み会。
しかも、夜勤任務の班以外は、ほぼ全員が参加という優秀ぶりだ。

「なんたって、しばらく部隊の飲み会、ってなかったもんなぁ」
「そして今回は、華も多いしな!!」
「しかも番犬なしのな!!」
そう、隊員の最大の関心事はやはり二人の新人女性隊員だ。
「何せ娘っこ以来だからなぁ」
「じゃあ笠原は娘っこ卒業だな」
「もう、何言ってるんですか、いつまでも娘扱いはやめて下さいよ」
郁は幹事の堂上と小牧の手伝いでビール瓶をどんどんテーブルに並べていく。
「そうだな、笠原は『永遠のお姫様』ってとこか」
「何せ旦那が『永遠の王子様』だからな」
ひさびさの特殊部隊の悪ノリとはいえ、ひさびさに耳にする「王子様」は強烈だ。
「王子様言うと、篤さんが怒りますからっ」
「王子様って何ですか?郁さん」
一緒にビール瓶を並べていた谷島がすかさず聞いてきた。
「い、いや、あ、それは...」
当然郁はたじろぐ。今更新人にまで王子様話を広めたくはない...し、そんなコトしたら後で堂上に何をされるか!?きっと投げっぱなしジャーマンじゃすまない。
「谷島ぁー、それが聞きたかったら、後で俺たちの所へ飲みに来いよぉー、そうしたら教えてやるから」
すかさず、他班の先輩隊員が茶々をいれる。
「せ、先輩、今日はそんな簡単に大事な主役を渡せませんよ!」
郁は精一杯反撃に出た。その場に大きな笑いが広がった。




隊長の一声で乾杯し、一気に隊員達が目の前の酒類を飲み干し始めた。
その勢いは聞きしにまさるとはこのことだろう。
あっという間にほろ酔いな隊員達ができあがり、あちこちで歓声や冗談交じりの怒号が飛び交う。
それを予測していたのだろう。
酔っぱらいだらけになる前にちゃんと新入隊員には自己紹介をさせておいた。

防衛部出身の2人は元々顔見知りの先輩がいるし、で、ただ酒のつまみにガンガン注がれているのを必死に飲み干しているようだ。
その様子をみて、明日公休でよかったな、と思う小牧達がいた。
郁に続け、と配属になった女子2人は先輩後輩とはいえ、配属前訓練から一緒に行動していたからか、堂上や小牧と同じテーブルで隣同士で座って談笑していた。

「隊の雰囲気に慣れたみたいでよかったよ、二人とも」
小牧がそう話しかけて女子2人を気遣った。
「噂に聞いてたとおり、すごいハイペースな飲み会なのには驚きましたけど」
防衛部の酒豪だってこんなペースで飲まないですよー、と井坂は明るい口調で答えた。
「堂上夫妻の激甘劇場、も楽しみにしていたんですけど、まだお目に掛かったことがないんですよねー」
そんなものまで防衛部で噂になっているのか!
と、郁は早速後輩に撃沈された。

「私は時々拝見してますよー、あれが激甘劇場、なんですかねぇ?!とにかく素敵なご夫婦ですよね」
あれってどれ!?
普通に班で業務に就いているだけだと思うんだけど、いつ何が激甘なの?!
郁は、少々ほろ酔いながらもしっかりと悩んだ。

自分達夫婦の尺度が普通とは違うのだろうか?
いや、堂上は公私混同を嫌うし、それは付き合ってた頃からわかっていたから、隊のみんなには嫌悪感をもたれないようにきっちり分けてきたつもりだけど!
「笠原さんは相変わらずだね、問題ないよ、堂上夫妻にとっては普通だから」
まだだだ漏れだったのか?小牧がフォローの一言を郁に投げかけた。

「ところで2人は彼氏はいるの?」
班長としては是非とも聞いておかないと。シフトのこともあるしね、とさらりと小牧は核心を突いた。
その「彼氏」の一言に飲み騒いでいた先輩隊員達も、うっすらと静かになって聞き耳を立てる。

「はい、防衛部に」
そう先に答えたのは井坂だ。実は郁達と同期の防衛部員と付き合っている、と郁と手塚は知っていた。
だから、小牧も知っているのではないかと思う。

「私もいます、婚約者が」
レモンサワーに口をつけながら、にこりと笑って谷島はそう告白した。

こ、婚約者---------??

聞き耳立てていた連中も一瞬静まりかえる。そしてまるで合わせたようなおおーっという感嘆の声と、密かな落胆の声。
やっと入ってきた女性隊員が、みんなお手つきかよ!という声も。

郁の方は驚きで声もないまま、谷島の方をじっと見つめていた。

 

 


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(from 201208)