+ 眼差しの先に +  (結婚期:「眼差し」の番外編SS)

 

 

 

良化隊との抗争で負傷した部下の谷島とその婚約者との食事を終え、堂上と郁は官舎への帰路に付いた。
夜中の抗争に病院への付き添い後、帰宅して仮眠をとったが、夕方からまたこうして出かけているので、正直眠い。

駅からの道を久しぶりに手を繋いで二人で歩く。
今日は本当に、いろいろあった。

初めての部下の負傷。
彼女の婚約者の登場と、彼女が新人で特殊部隊入りをしている理由。
そして、郁は一番気にしていた、彼女が堂上に向けていた熱い眼差しの理由。


事情がわかれば、なんてことはない、と最初から思えたかもしれない。
トップシークレットだったとはいえ、新入りが堂上に横恋慕している、なんて噂が流れてたのに。
格好いいだけでなく、大人の男らしさも兼ね備えている旦那様には、今回の谷島の件以前にもいくつもそんな噂がついて回ってた。
妻という立場があっても、堂上の自分に対する気持ちを信じていても------浮き立つ不安を払拭することができないのだ。

「ねえ...」
「ん」

篤さんは谷島の眼差しに気づいてた?それをどう思ってたの?

たったそれだけの言葉が紡げない。
郁は黙ったまま俯き歩きつづけた。ただ、一つだけ郁にできたことは、繋がれた手をぎゅっと握ることだけだった。

「お前にも言えない事情があった...でもお前が気にしていることは、俺なりに気づいてた。スマン」
堂上はその歩みを止めて郁の顔を見た。その視線に気づいて、郁は器用な上目遣いで堂上の顔を見つめた。
わかってる。
わかってるけど、言って欲しかった、というのはわがまま?
誰かが誰かを好きになる気持ち自体は止められない。それはあたしの誤解だったけど。
でも一緒に生活をして、愛し愛されているとわかっているのに、何ヶ月も不安を感じていた。

「...やっぱり言って欲しかった」
公私混同なのはわかってるけど。
「...不安だったの」
堂上は答える代わりに、郁を引き寄せ腕の中に抱きしめた。
「何でも一つ、お前の言うことをきく」
堂上は郁の耳元でそう囁いた。郁は軽く堂上の肩に頭を乗せるようにして暫く考えた。そして意を決して堂上の耳元へ自分の口を近づけた。
「...篤さんを補充したい。今夜は...いっぱい愛して」
郁の恥ずかしそうに、でもはっきりと想いを口にしてくれたその姿に堂上の想いも一層募った。
「大丈夫なのか?」
「...篤さんが欲しいから」
公道だとわかっていたが、俯く郁の顎をとり軽く口づけた。
「じゃあ早く帰ろう」
堂上は優しくそう言うと再び郁と手を繋ぎ、歩く速度を上げた。






◇◇◇






「郁さーん、準備できましたー」
台所では女性の声が賑やかに響いていた。リビングで本を読みながらくつろいでいるはずの堂上の眉間に皺が寄る。
「じゃあこれも切ってー」
郁の楽しそうな声も耳に届いた。本に夢中になっていればいいのだろうが...落ち着かない。

二人の女性班員の間に、どんな話しが出たのか?夏も終わる頃から、公休日には時々、こういった光景が繰り広げられる。
『本当は篤さんの方が上手なんだけど』などといいながら、郁が谷島に料理の手ほどきをしているのだ。
なにせ、同じ班なのだから、予定はいくらでも合わせられる。
九州に戻って、官舎暮らしをするときのために、と郁が一肌脱いだらしい。

貴重な公休ぐらい、二人でゆっくりしたいだろう?

この光景が何度か続いた後に、堂上は郁に苦情を申し入れしたが、『月に2-3回だよ?それに谷島が向こうに戻るまでの間だけじゃん。篤さんのケチンボっ』と返された。
ケチンボってなんだ!子どもかお前!

『-----じゃあ、公休前日だけは連れてくるなよ!』
結局、それが堂上にとっては精一杯の抵抗となった。





fin

(from 20120825)

 

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