+ 過ぎゆく夢 後編 +  郁入隊前時期(原作捏造設定)   原作沿いの隙間なお話しとは違います。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 


遅くなっても渡そうとクリスマスプレゼントを用意していたのに、なかなか会うことが叶わなかった。
約束しても良化隊の襲撃があれば、その時間に行くことができない。特別警備体制だったり、年末年始で人が少なかったりでいつの間にか年を越して、互いにあけおめの挨拶をメールですませることしかしなかった。
郁に図書隊の事に興味を持ってほしくなくて、自分の仕事の事はあまり語らなかったし、郁も聞かなかった。ただ一度、特殊部隊ってどういうところですか?と聞かれた時、業務部員と防衛部員の両方の性質を兼ね備えていることを話した程度で。


郁の試験が終わったころ、また会うことが叶った。
丸一日空くことはないのか?彼女に聞いたら、すこし時間が経ってから、この日なら、という日にちを指定された。堂上は次のシフトの日程だったので公休もしくは有給の希望を入れた。
それはデートだという意味を彼女はわかっているのだろうか?と疑問に思いつつ、行きたいところはないかと尋ねた。
『一日あるんだったら、遊園地とか水族館とかでもいいんですか?』と聞かれたのですぐに『好きなところに連れて行ってやる』と返した。
『じゃあ水族館がいいです』と言われて、その日の待ち合わせは池袋にした。


彼女はまた少し待ち合わせ時間を過ぎてから息を切らせてやってきた。
ふんわりとしたスカートを翻しながら走ってくる姿をみて、堂上は心底焦った。
「お、おそくなってすみませんっ」
「スカートで走ってくるな、馬鹿」
「だって!」
遅れたから、とそれだけを気にしてきたのだろうが、レギンスを履いているとはいえ短めのフレアスカートがひらひらと舞えば当然の様に男共の好奇の目が彼女に集中する。
「堂上さんを、待たせたく、なかったから」
息を切らせながらそう答える。前の時と同じように目下にある柔らかい髪にぽんと掌を落とす。こうしてやることで、自分の思いが彼女に伝わるような気がして。
「・・・せっかく可愛い格好できたのに、服も髪もくしゃくしゃになっちまうぞ」
「え、あたし、可愛いですか?!あまりスカートとか履かないから、すっごく不安で・・・、迷ってたら予定の電車に乗り遅れちゃって」
「似合ってるから安心しろ」
そんな言葉を面と向かって彼女に告げた自分の方が恥ずかしくなって、呆然としていた彼女の手を無言で握り、行くぞ、と目的地へ向かった。


水族館なんぞに来たのはどれくらい前だったのか思い出せない。
そこへ来たのは初めてらしく、彼女は目を丸くして水槽にぺたりと張り付き感嘆の言葉を吐く。うわぁ、とか可愛い、とか、くるくる表情が変わって正直水槽の中の魚を見るより彼女を見ている方が楽しかった。
繋いだ手を離すことなく隣に並んでいると、時折視線を感じるのか、照れくさそうに俯く。
「・・・なんか、楽しいですけど、いろいろ恥ずかしいです・・・」
いいのかな、と呟く彼女にもう目一杯自分が惹かれていることは認めざる終えない。

守りたいと、あの時思った少女は、普通の愛らしい大人になって隣に立っている。
自らの手中に収めてしまうことは、なんら問題の無いことのだと思えた----------彼女が、同じ気持ちで、ここに来てくれているなら。


どこまでも自分は『助けてくれた図書隊員さん』でしか無かったように思えたが、今はどうなのだろうか?
デートをしているのだと、彼女は理解してくれているのだろうか。
5つも年上なのに、何故か今は彼女に対して余裕がない。これが、惚れた弱みなのかもしれない。


入場券と買うときは「俺が誘ったから」と押し切ったが、最後にあるおみやげグッズコーナーでもまたもめた。
「せっかくの記念だから買ってやる」と何度もいうのに、彼女は首を縦には振らない。
「記念だから、自分で買いたいんですっ」
可愛いー!と飛びついたぬいぐるみの値段をみて少し思案をしていたが、強引に手から取り上げて買い物かごにぽんと収めた。
「じゃあ!」
思い付いた、とばかりに堂上を見据えて郁は提案した。
「あたしが堂上さんにも記念のおみやげ買います、それでおあいこですよね?」
おあいこ、ってなんの勝負だ?と思ったが、このあたりが折れ処だろう。
「ああわかった、何か一つ、選んできてくれ。ただし、あんまりファンシーだと嫌がらせと捉えて捨てるからな」
「ひどい!」
じゃあ真剣に選んできますっ、と気合いたっぷりで再びショップに入っていった。その間に預かったぬいぐるみをレジで精算してラッピングをしてもらった。


彼女が選んできた物をレジで精算した後、お腹空いたな、と昼食の店を探した。
レストラン街で食べたい物を選べと促し、何でも良いですと言いたそうにしていたのをあえて「夜は俺が選ぶから、昼は選んでくれ」と告げた。
その一言で夜までずっと一緒に過ごす、という意図は伝わっただろうか?
じゃあ、と彼女がしばらく練り歩いて飛び込んだ店は、イタリア料理店だった。
「ありきたりですみません」
「いや、意外と一人だと入らないからちょうど良い」
ランチのメニューの二種類がボリューム的にも良さそうだったので、一つずつ頼むことにした。

「あ、この魚介のパスタ美味しい」
「チキンソテーのトマトソースもいけるぞ」
「一口、食べてみます?」
ごく普通に、美味しい物をシェアしようと彼女は告げた。店員に取り皿を頼んで、それぞれの料理を少し取り分けて交換した。
「ふふっ、両方のランチが味わえてよかった。堂上さん、ワインとか頼まなくてよかったんですか?」
「ああ、夜のお楽しみにする」
ふーん、やっぱりお酒好きなんですね、男の人は。こうして俺と過ごすのは凄く新鮮で楽しいと郁は語った。いつも授業と練習と寮とで顔をあわせるメンバーは変わらないから、だと。
その分家族とか兄弟みたいな面もありますけど、仲間でありながらライバルでもあるんです、この先は就職ですしね、と陸上を続けることの大変さも少し覘かせてくれた。

ランチ代はどうしても、と彼女がごねるので、譲ってご馳走になることにした。
「俺はあとで珈琲をご馳走してもらったら十分だったんだけどな」
ごちそうさまでした、と礼を述べた後にそう言うと、彼女は「ここで出させてくれなかったら、帰っちゃうつもりでした」と告げた。
「・・・帰りたかったのか?」
「え、あ、そういうわけじゃなくて・・・」
少しシュンっとなりながら言葉を継いだ。
「堂上さんは大人で、社会人ですけど、全部出して貰うとか・・・何もかも世話になってるみたいで、嫌だったんです」
だって出会ったときからずっと、と小さく呟くのが耳に届いた。
彼女は、こうしてデートしていても「俺に世話になっている」と思っているのだろうか。
「・・・俺が笠原さんと過ごすのが楽しいから。ただそれだけだ」
世話をしたい訳じゃない、と伝えたかったのだが、わかって貰えただろうか?




◆◆◆




再び彼女の手をとって、定番だったがプラネタリウムにも足を伸ばした。
「星座はちょっと詳しいですよ?部活の帰りに星空眺めるの、大好きだったんです」
と嬉しそうに話しながら、見やすそうな席に座ってゆったりと背もたれを倒す。

タイミング良く、座って数分もしないうちに場内の照明が落とされ投影が始まった。黙って隣に座る彼女の掌に自分の手を乗せた。手に触れることには慣れたのか、抵抗する様子はなかったのでそのまま指をとって絡めた。その時ビクリと身体が振動した様子だったが、優しくきゅっと握ると自然に返してくれたように感じた。

彼女のくるくると変わる表情から目が離せない。
美味しそうに食べる姿。全身で楽しいと伝わってくる素直さ。何もかも世話になっているのは嫌だと、告げる謙虚さ。年上で社会人なのだから、もっと甘えてもいいだろうと思うのに、それを良しと思わない気持ちも新鮮に思えた。
何よりも、俺自身が。
彼女といることは、楽しいと、幸せだと感じて自然と笑顔が綻ぶとか・・・ここ数年、なかったように思う。彼女の存在が知らぬ間に被っていた社会の殻を溶かしてくれそうな気がしていた。
----------癒される、とはこういう事かもしれない。
彼女ともっと過ごしたい、そして自分の物にしたいと思うのは、正常な大人の男の正直な欲望だ。
俺は『彼女を助けた図書隊員という一人の大人』ではなく、男の堂上篤でいたい。本気でそう思い始めた。

だが、彼女にとって、俺はなんだろうか?




◆◆◆




プラネタリウムは予想以上に良かったと語る彼女。
「本物の満天も、いつかみたいなぁ」
じゃあこんど行こう、と口にするのは簡単だった、男が女を誘うお決まりの言葉だから。だが、本気で彼女が欲しいと自覚した今の自分がその甘い言葉を告げるのは狡い気がした。

水族館とプラネタリウムという、王道のデートコースを終えて、のんびりと駅の方へと並んで歩いた。
「何時までに戻る?」
寮の門限は10時だと聞いていたが、彼女の都合を聞いてから次を決めようと思った。
「そうですね、この前と同じ8時位に駅を出れば、一人で帰れるかな」
「今日は寮まで送っていく」
「いや、それはダメです、堂上さんが遅くなっちゃいますし!」
「迷惑か?」
「いえ、そうじゃありませんけど!」
そこまで拒絶する理由がわからない。
「ただ・・・ほんと、世話になってばかりいるのが心苦しいだけです・・・ただ、それだけで」
「じゃあ俺が長く笠原さんと一緒にいたいからだと解れ、と言ったら?」
そこまではっきり伝えたら、彼女は恥ずかしそうに俯いて、コクリと無言で頷いた。




◆◆◆




辛い物も行けるというので、夕飯は新大久保の韓国料理店がならぶ界隈まで移動した。
韓国焼肉店をチョイスして2人ともビールを頼んだ。
「前より少しビールには慣れたんですけど、たくさん飲むと酔っぱらっちゃうんです」
といっても、陸上部の正式な打ち上げ会とかはアルコール禁止なんです。お酒好きな先輩とかはかわいそうですけど、まあアスリートだからみんなそれほど飲む習慣がないし、と言うので、他の男の前で酔いつぶれたりすることは無いんだとわかって密かに安堵した。どれだけ心配なんだ、俺は、とそんな思考に走った自分が少し恥ずかしかった。

食も飲みも進み、だいぶ食欲も落ち着いた頃、彼女はあのね、と話し始めた。
「あたし、来年から司書講座も選択するんです。そして、図書隊員を目指そうと思ってるんです」
堂上さんが、あのとき、あたしと、あの本を助けてくれたように、あたしも本と本が好きな人達を守りたいって思うようになって。

---------彼女が嬉しそうに語る未来の夢をきいて、俺は愕然とした。

俺は彼女になんてとんでもない夢を与えてしまったのだろう。
彼女を助けた後、半年近く査問にあったことなどは一言も話してない。だから彼女はあの時の自分の行為が間違いだらけだった事を知らない。
それを伝えることなく、こうして好意をもって接してしまったのは俺だ。

俺が、俺の存在が本当の図書隊の現実を教えてやることなく、図書隊を身近に感じ、彼女に持たせてはならない夢を与え続けてしまったとしたら---------。
あまりのショックに、そのまま彼女が語る好きな本への思いや希望は、堂上の耳を通り抜けて何一つ俺の中に留まることはなかった。


「堂上さん、もしかして飲み過ぎました?」
そんな訳はない。元々酒は強い方だったが、特殊部隊に移ってからは酒豪の先輩ばかりで随分鍛え上げられたから、ジョッキ3杯くらいでは酔わない。
「いや、寄ってない。それより寒くはないか?」
俺が物思いに沈んでいたせいで彼女に気を遣わせた。1日楽しく過ごせたのに、ここで笑顔を失うのは間違っている。
「平気です。さっきもらったプレゼントとぬいぐるみ、大事にしますね」
郁はホントに嬉しそうに微笑んだ。渡したプレゼントは以前に購入しておいた、クリスマスプレゼントのお礼で手袋が入っていた。
代わりに堂上は、水族館で彼女が買ってくれたグッズを貰った。食事の時に空けても良いか?と聞いて空けてみたら、いるかのキャラクターの書かれたマグカップだった。「これ思い切りファンシーだよな?」とわざと詰め寄ったら「わーっだってお揃いのでいいのかこれしか無くて」とすんなり白状したときは、なんとも愛らしかった。お揃い、というところが、女の子らしいなとその時は照れながらも黙って渋い顔をしてありがとう、と言った。「はずかしかったら、部屋とかにしまって置いてください」という照れくさそうに笑った顔はきっと忘れることはない。


彼女の指示のまま最寄りの駅まで同行して、寮まで送った。
電車の中も、寮への道のりも手を繋いだままだったが、2人が語る言葉は少なかった。というよりは、俺がずっと黙ってしまったからだろう、彼女も押し黙ったまま外を流れる景色を眺めていた。

「今日は本当に、ありがとうございました」
あと百メートルも無いから、と寮の近くのコンビニのところで彼女は俺の手をゆっくりと離した。
そのまま向き合って、彼女の顔をじっと見つめた。ほんの少し俺より高い位置にある小さな顔。俺はきっと怪訝な顔をしてたのだろう、困ったような笑顔を彼女が浮かべてのをみて慌てて不機嫌な表情を直した。
「・・・楽しかったです。まるでデートみたいで、本当に嬉しかった、です」
たくさんご馳走になってしまって、ありがとうございました、と社会人の男に世話になってばかりだという事を最後まで気にして丁寧に頭をさげる。

彼女に罪はない。むしろ、間違っていたのは俺の方だったのだから。

思い直して、またその柔らかい髪に手を伸ばした。あの時も、今も、忘れる事のない彼女の感触。
「俺も、本当に楽しかった。こんな風に過ごしたのはほんと久しぶりだった、ありがとう」
心からそう思えた。本当に幸せと喜びを感じた時間だった。もしかしたら、こんな気持は二度と芽生えることはないかもしれない、と心の中で思いながら精一杯の笑顔を向けた、きっと似合わないだろうが。

「じゃあ、また」
別れがたい思いを抱えながらも、彼女は寮へと向かおうと背を向け始めたとき、再び腕を掴んで引き寄せ抱きしめた----------強く。

「・・・本当にありがとう、元気で、がんばって」

それが、彼女の甘い切ない匂いを感じた最後の瞬間だった。




◆◆◆




彼女に間違った夢を与えてしまった-----------。

基地へ戻る堂上の頭の中はそれで一杯だった。
陸上で大学へ行った彼女はてっきりアスリートの道を歩むのかと思っていた。もしくは、教職を取っていると言ってたから、教師を目指すのだろうと。

あの時、間違った行動を起こした俺が、彼女に間違った図書隊への憧れを与えてしまい、彼女の進むべき道を歪めてしまった。
俺が彼女と接点をもったことが悪かったのか。
俺を、俺たちの仕事は、すべての本を守り、人を守る職業だと激しく誤解をさせてしまったのか。

俺は、ただ、一人勝手に君を助けただけだ。ただ、あのときそうしたかったから。それは間違いだとわかっていながら。そして間違っていた俺を切り捨ててここまでやってきたのに。
それでもあの時の俺は、彼女を間違った夢へ導いてしまった。


----------今、俺に出来ることは、彼女を断ち切ることだけだと思った。


帰寮する道で、彼女からメールが届いた。
「そろそろ寮に戻られましたか?今日は本当にありがとうございました。堂上さんみたいな図書隊員になれるようにがんばりますね」
その一言にとどめを刺された。
「こちらこそ、本当に楽しかった。ありがとう、おやすみなさい」

最後に送った一言は、ありきたりの挨拶でしかなかった。


そして、堂上は彼女の連絡先を呼び出し、着信拒否の設定番号に入れて、メールアドレスを削除した。
その後、自分のメールアドレスを少しだけ変えて、必要な人間にだけメルアド変更の通知をした。


もう、彼女とは会わない、会えない、会うことはない----------きっと一生。
俺が彼女を拒絶することで、俺に騙されたとでも思って嫌ってくれれば。きっと俺のことも忘れ、図書隊の事も諦めるだろう。




◆◆◆




あの時からどれくらい季節が流れただろうか。
彼女の事は、一度も忘れたことはない。だが、思い出すこともないようにと仕事に没頭した。休日もどっさりと借りてきた本を読みあさって知識を植え付け、時折トレーニングルームに入り浸り、無心で身体を鍛えた。思いだしてしまいそうな時は、ひとり酒に溺れた。酔って深く眠ってしまえば、彼女の夢を見ることもないから、と。


メールはもちろん届くことはなかった。着信の方は拒否しているから通じることは無いが、彼女がかけてくれた履歴だけが丁寧に残っていた。最初のうちは日に複数回だったがが、そのうち週に一度、月に一度となり、いつしか掛かってくることは無くなった。
彼女から見れば、詐欺師のように酷い男だと思う。だがそれでいいと思った。思わざる終えなかった。

間違った夢と理想を抱えて、こんな危険な処に飛び込んできて欲しくない。
あんな、酷い男がいるところなんて、絶対に行かない、と思って諦めてくれれば幸いだと本気で思った。
命を掛けて、守っている物は、愛する国でも人でもない、紙切れでできた本でしかない。そんな組織は必要なのかと、何度も部外者からいわれたことがある。
だけど、理念をもっているからこそ、好きな言葉を綴る自由、読む自由を失ってはならないとおもって、図書隊にいる。それを恥じたことはない。

だが、彼女は。
俺が守って、いつしか愛した彼女だけは、そのことに命を掛けて欲しくないのだ。
ずっと、怒ったり笑ったりしながら、好きな物を好きだと、可愛い物は可愛いと、そんな風に感じながら、手を汚すことなく幸せになって欲しい---------それを遠くで祈ることしか今はできないが。


もう、きっと、彼女は俺のことを「クソ男!」と思っているだろうな。いや、思ってくれいたらそれでいい。
俺は、あの時の愛らしいマグカップと一緒に、ずっとあの笑顔を、あの柔らかい髪の感触を、そっと仕舞い込んでおく。きっとそれは一生-------------




◆◆◆




「来期は錬成教官だからお前も座っとけ」
そう言われて、しぶしぶ来年の新入隊員の面接の末席に座らされた。
彼女は俺に酷い仕打ちをうけたことで、絶対に図書隊は諦めただろうと思いこんでいたから、よもや奇天烈な展開が待っているとは予想もしなかった。



次は・・・、と面接室に入ってくる受験者のデータをめくって血の気が引いた。
「153番、笠原郁です」

女子唯一の防衛部希望者だということで、面接官の間でも注目されていた、らしい。当日に参加するように言われた堂上と小牧を除いて。
しかも驚いたことに、彼女は志望動機としてあの時の見計らい図書宣言によって、助けてもらったことで、自分もあの人のように本を守りたいと、思いの儘を熱烈に語った。
もちろん名前を語られることはなかったが、その場に居た誰もが彼女のいう「あの人」が堂上だということを知っていた。

全員の面接が終わり、皆に冷やかされる前にさっさとその部屋を退出して、あわてて受験者の控室へを向かった。

数人がまだ残ってはいたが、すでにそこには彼女の姿はなかった。
堂上は間に合うかと受験生が帰路につく流れに沿って通用門の方へと走った。


見つけた。------------その凛とした後ろ姿ですぐに彼女だとわかった。


「笠原」
なるべく目立たうように呼んだつもりだったが、やはり受験生の注目を浴びた。俺の声に彼女は立ち止まり、しばらく振り向かなかった。そんな彼女の腕を掴み、、来た方とも向かう方とも違う脇の小道の方へと引き連れた。

人気の無いところ来て掴んだ腕を離す。相変わらず彼女の腕は細かった。
先ほどの面接で顔を見た時も思ったが、以前より少しやつれたようにみえるのは気のせいだったのだろうか。笑顔も無く、苦い顔をして彼女は俯いていた。
「・・・先程は、面接ありがとうございました。お元気そうで、何よりです・・・」
少し顔をあげ感情の無い機械的な声で、彼女の方が口火をきった。だが、その瞳は俺を映していなかった。

「なぜ来た?」
2年ぶりの再会だというのに、口から出た言葉はそんな味気ないものだった。
「・・・言いました、あの時の、あの人みたいに本を守りたいって。それだけです」
俺が此処にいることは知っていたのだから、いつか顔を合わせることもあると覚悟はしてただろう。だが面接官だとは思ってなかったはずだ。今日、ここで会うとは。
まだ、今なら間に合う。辞退して欲しい。だが、女子唯一の防衛部希望者として受験者の中でも注目も的であったし、面接の合否でいえば問題はなさそうだった。

------------此処へ来てほしくないから、突き放したのに。

堂上の人生の中で、彼女をあの時切り捨てたことは査問を受けたことよりも辛かった。それでも、彼女が傷つくこと無く幸せな人生を送ってくれるなら、ただそう思うだけだった。
目の前で彼女が現実を知り、身も心も傷つく姿をみたくない。俺の願いはたったひとつ、それだけだったのに、それすら叶わないのか。


「王子様を、超えるんです」
しばらく沈黙が続いた後に彼女が紡ぎだした言葉に耳を疑った。王子様、ってなんだ!?
「いつか見た夢は・・・・・・もう忘れました。今見ている夢は、本を守る人になりたい、ただそれだけです。失礼します」
最後に顔を上げた時、彼女の強い瞳と目があった。強く潤んだ目をしながら、深く頭を下げ、踵を返して国体級の俊足で駆けていってしまった。




◆◆◆




「追いかけたんだろう?彼女を」
特殊部隊の事務所に戻ると、隣の席に座る小牧に声を掛けられた。
「いや」
この面接以前に彼女と接点があったことは基地内の誰も知らない。


「覚えてないだろう」
忘れた、と言っていた。彼女を助けた図書隊員はもういないんだ、それでいい、と彼女がそう思っているのなら。この瞬間から、彼女は俺にとってもあの時の少女でも、愛しいと思った女でもない。
「そうだよな。覚えていたら本人を目の前にしてあの人みたいに本を守りたいとか、ちょっと乙女チックな事言わないよな、面接で」
「どうせ扱くのだから、覚えていない方がちょうどいい。甘えられたら敵わん」
「厳しいね」
「当然だ」

生半可な気持ちでは務まらない、命をかけて本を守るのだから。
またこの先、彼女の涙をみ見る事になるのかと思うと、胸が痛い。だが。


俺自身が夢を見ている場合じゃない。
帰寮したら未練がましく戸棚の片隅においていた、イルカ柄のマグカップはダンボールの中に仕舞い込もう、そう決めた。


そして来春、鬼教官とドロップキック女隊員として対峙する時が来る---------------






fin

(from 20131005)

 

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