+ 酒中花 +  みなとさま「図書館の夢」(Jewelにて掲載)の三次SS  

 

 

 

 

「よし終わった」
郁は桃が学校から貰ってきた数枚の手紙に目を通して、来月の親子参加イベントの出欠を書いた。休みが取れるように手帳にも記入しなきゃ、と鞄を取りに行こうと椅子から立ち上がったとき、ピンポンッと古臭いドアベルの音が鳴った。

誰だろう・・・

こんな時間に。桃はもうとっくのとうに眠りについている時間だ。基地内の官舎だからやたらに不審者はいないと思うが…何しろ妙齢の女と小学生の2人暮らしだ。基地関係者だとしても、来訪されて歓迎出来る時間じゃない。

もしかして教官かな・・・?

一瞬それも頭をよぎったが、仮に堂上が突然来るとしたらメールか電話の一つもよこすだろうと思う。それに今夜は特殊部隊の飲み会のはずで…だとすれば、逆にこんなに早い時間にお開きになるはずがない、と聞いている(郁は最後まで参加した事がないので、本当の所は知らないのだ)。

もう一度ベルが鳴る。あまり何度も鳴らされたら近所迷惑だ。
郁はドアに近づき、覗き穴から訪ね人を確かめようとした時、あちらもドア越しの郁の気配に気がついたらしく、聞き覚えのある低い声が聞こえた。

「郁」

堂上教官!
慌てて郁はドアノブの鍵を開けて、チェーンにも手をかけた。
相手は音で様子がわかったのか、外したと同時にドアが開けられた。

「郁・・・いいか?」

そう吐き出された言葉とともにアルコールの匂いが漂った。郁はだまって頷くと、堂上は中に入り後ろ手でドアと鍵を閉めた。
郁がどうして急に?と訊こうとする前に堂上が口火を切った。

「・・・無性にお前に会いたくなった。ダメか?」

堂上がどれ位酔っているのか、隊の飲み会は一次会しか行った事がないし、桃が来てからは偶然金曜日に飲み会がある時には桃同伴で参加する位だ。飲み会の雰囲気は好きだがお酒に弱いので積極的に行く事もないから、堂上がどれくらい飲める人なのかわからないが、酒に強いと周りから聞いている。
今夜は会えないだろうと思っていた好きな人が突然会いに来てくれて、目の前で熱い眼差しを向けられている。
嬉しくないはずがない。

「ダメな訳ないです・・・」

嬉しいけどあまりにも真剣に見つめられてドキドキしている自分が急に恥ずかしくなって俯きかげんで答えた。
ゆっくりと上目遣いで目の前の堂上の様子を伺うと、熱い眼差しなら嬉しいそうな優しい顔に変わった。堂上は素早く靴脱ぎ部屋に上がるとその腕を郁の背中に回した。

「・・・すまん、酒臭いよな」

抱きしめられて真近で謝られた吐息は確かに酒が匂うが、何故か堂上のそれは嫌ではなかった。顎に手をかけられ、そのまま唇を奪われた。激しく絡められる舌とアルコール混じりの吐息に本気で酔いそうだった。

与えられるキスに酔って自力で立ってられなくなる前に、郁も堂上の首の後ろへと腕を伸ばして抱きついた。
続けられるキスと熱い吐息が2人の体温をどんどん上げていく。

ようやく唇が解放されて、堂上と目があった。
「桃は?」
「寝てます、明日も学校だからいつもの時間に」
そうか、と微笑むと郁をもう一度柔らかく抱きしめた。
抱き心地が・・・抱かれ心地が何よりも二人は嬉しかった。どんな教官でも・・・思いもしない時にこうして会えることがこんなに嬉しいとは思わなかった。
しばらくお互いがそれぞれの肩先に顔を埋めるようにしていた後、郁が口を開いた。

「教官、お風呂入ります?」
郁と桃の二人でお湯を使うときは二日に一度しか湯を替えないから、まだ追い炊きすれば十分入れる。
「・・・ああ、すぐ戻る」
堂上は少しだけ考えてからそう答えた。本当はずっとこうしていたくて、離れがたかったが、課業後に男臭い連中と酒を浴びるように飲んで汗もかいてきただろう。
このままでいい、と言ったら郁に悪い。

ようやく体を離して、堂上は上着とネクタイを郁に預けて風呂場へ向かった。




恋人同士になってから、二人で朝を迎えることもあるので、堂上の着替えはいくつか郁の家に置かれていた。
脱がれたスーツをハンガーに掛けて、堂上の着替えを寝室から取り出して戻ると、もう堂上はダイニングに出てきていた。
「教官早い・・・」
「湯に浸からなかったからな」
タオルで頭をごしごしと拭きながら話す堂上の姿をあらためて眺めると、下着こそ履いているが上半身は裸のままだ。
鍛え上げられた逞しい肢体が目に飛び込んできたら、急にいろいろな事を意識しはじめてしまい、郁の心臓は跳ね上がった。
「きょ、教官!新しいの持ってきましたから、着替えて下さいっ!」
目の前に着替えを差し出しながら、郁は堂上の躰からさりげなく顔を背ける。
「何いまさら恥ずかしがってるんだ」
まさかこんなに早く出てくるとは思わないから、脱衣所に着替えを置いておくつもりだった。
普段は桃もいるし、そんな姿で出てくることは一度もなかった。
恋人同士になったといっても、下着一枚で歩く堂上なんて見慣れているはずがない。
しかも官舎は脱衣所を出るとすぐダイニングなので...明かりが煌々と点いているのだ。

いくら男所帯の特殊部隊在籍だと言っても、ロッカーも別の部屋だし半裸姿の隊員を見ることなんてない。
裸体を目にするとかって言ったら・・・つまり・・・

頭の中で小パニックになっている郁の様子がおかしかったのか、クスリと笑って堂上は着替えを受け取った。
「ありがとう、着替えてくる」
そう言って郁の頭にぽんっと掌を落とした後、再び脱衣所へと戻った。

郁は真っ赤に染まっているであろう頬を抑えて必死でドキドキを沈めようとする。そうだ、飲んだ後にはお水だ、と冷蔵庫から冷えたペットボトルの水とグラスを用意して、ちょうど戻ってきた堂上に差し出だした。
ゴクリと喉を鳴らして、グラスの水を一気に飲み干す堂上の喉の動きすら何故かなまめかしく感じた。
そんな風に思ってしまった事を堂上に気づかれまいと、郁はあわてて言葉を紡いだ。

「・・・だいぶ飲んだんですか?」
「どうかな」

堂上自身、今日は普段のペースだったのか、ハイペースだったのかよくわからなかった。
付き合う前から郁の所に時々出入りしていたのは隊内では周知の事実だったから、今更だとは思ったが、酒の肴にされたのは事実だ。
堂々と官舎に寝泊まりできるな、とかそのまま官舎に居着いちゃえだとか。
先輩たちは簡単に言うが、郁は桃と一緒なんだから同棲の様になるのは普通の恋人同士と違って簡単ではない。

「・・・もしかして、先輩達にあたしのことからかわれたりしました?」

めずらしく気を回して郁が訊く。身内の不幸から始まったとはいえ、上官に何から何まで姉妹で面倒をみてもらっている上に、恋人になってもらえるなんて・・・と、郁はいつも俺との事を気にしていた。

「・・・お前の事をもっと可愛がってやれ、と言われてきた」
もちろんそうからかわれたからここへ来たんじゃない。


酒を飲むのは好きだし、強い方だと自負している。隊で飲むのも嫌いじゃない。
だが今日は飲めば飲むほど、無性に郁に会いたくなったのだ。
会いたくて、抱きしめたくて、喰い尽くしたい・・・郁という花を酔わせたい・・・俺の中で咲いて、俺に溺れさせたい。

そんな欲望が堂上に襲いかかってきたのだった。

そんな欲求を押し殺していたせいか、小牧になんでそんなに難しい顔をして飲んでるんだ、とからかわれた。
一言も郁の名前を口にしていないのに、「そんなに会いたかったら今から行けばいいでしょ、どうせ外泊も出してるんだし」とけしかけられた。
普段の俺なら、そんな口車に乗ることはなかっただろうが、そのときは小牧の言葉を素直に受け入れて席を立った。


「だから今夜はお前の事を可愛がる」

そう宣言して、郁の顔をじっと見つめた。
「ええっ?ちょ、きょうかん?」
驚いて目を見開いた郁の瞳をとらえた後に、お姫様抱っこで抱き上げた。
「あ、あした、出勤日ですよ?きょ、きょうかん着替えないし!」
桃が寝ているのを忘れていないので、郁は小声で叫ぶ。
「朝、着替えに帰るからいい」
抱き上げられながら耳元で、そう囁かれそのまま耳朶を舐められた。
「ひゃっ・・・」
かろうじで声を抑えたが、堂上は容赦してくれなかった。

「今日は俺がしたいようにするから、声を出したくなかったら何か噛んどけ」

そう宣言されて郁はベッドに優しく投げ出された、刹那の間もなく堂上の躰が郁の躰に重なって一つの影になった。


あした、訓練じゃなくて良かった・・・
そう頭の端で一瞬考えたが、その後は考えることもできなくなる位堂上に愛し尽くされた。






◇ ◇ ◇






日差しが部屋に差し込める頃、桃は朝食の匂いに触発されてキッチンへと向かった。

「ああ、桃おはよう」
予想していた人と違う声色に桃は少し驚いたが、すぐ笑顔で返した。
「おはようお兄ちゃん、来てたんだ」
「ああ、飲み会があったから遅かったんだ」
作った目玉焼きを平皿にサーブしながら堂上が答えた。
「でも今日お仕事だよね?」
「だから少し早めに出る」
「そっか」
桃は顔を洗いに洗面台へと向かった。堂上の横を通った時に立ち止まり、
「・・・お兄ちゃんお酒の匂いがするよ」
「・・・そうか?」
水分はたっぷり取ったんだがな。
口元に手を当てて自分の吐いた息を嗅いでみる。まあ、自分でわかるぐらいであれば相当だが、あいにく自分ではわからない程度だった。
「レディのいる家にくるんだから、あんまり飲み過ぎてこないでね」
「・・・はいはい、お嬢様」
大人ぶった口の利き方をする桃が、郁とは対照的でまた可愛い。
「顔をあらったら郁を起こしてやってくれ、俺はもう行くから」
「うんわかった、ごはんありがと、お兄ちゃん」
「明日は公休だから、桃の好きなもの作ってやる、何がいい?」
「グラタン」
「わかった、楽しみにしとけ」
そう答えて桃の頭にぽんっ、と手をおいてやった。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「それも、郁ちゃんとあたしにしかしちゃだめだよ」
「ああわかってる」

ニコリと笑った桃に極上の笑顔を返してから、堂上は郁の部屋を後にした。




fin



<みなと様談>

「図書館の夢」の三次SSを「甘い時間」(リンクよりいけます)ののりのりさんがうっかり(笑)書いてくださいました。
はい、まずタイトルにヤラレタ私です。タイトル苦手なので尊敬!
そして、のりのりさんの甘いお話・・・元々、誰かに派生SSを書いてもらうとき、その人の色があって十分だし、当たり前だと思ってました。その雰囲気や文章のイメージの違いを楽しむのも好きだったからです。でもこのSSは私のイメージそのままです。桃ちゃんの可愛い背伸びした言葉とかもキュン(鳴るな、Aカップ!)。
服を彼女の家に置いておくってリアルでそれもドキドキしちゃいます。
のりのりさん、本当にありがとうございました!

 

(from 20121106)

 

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