+ 雨とカミツレと + 2015カミツレデート記念日SS 恋人期
降雨のため少し早く終了した午前中の訓練の後、郁は隊員食堂での昼食を終えて、特殊部隊事務室で窓の外を眺めながら残りの休憩時間をつぶしていた。
―――雨、強くなってきたなぁ。
東京の冬は晴天続きの寒空が多いのに、珍しく冷たい雨と凍るようなグレーの空。今日が公休でなくて残念だな、と思う気持ちとせっかくの公休が冷たい雨だったらガッカリだから今日じゃなくてよかったのかも、と思う気持ちが交差する。
午後は『待機』扱いのため手塚と二人で備品点検という地味な作業が待っている。直属の上官二名はデスクワークに勤しむはずだ。
一年前の今ごろ、堂上と二人カフェでカミツレのお茶を楽しんでいた。そして、当麻先生の事で呼び戻され・・・
今となっては懐かしいな、と一人ほくそ笑む。あの時はこれは単なる案内なのかデートなのか、とどきどきしていてそんな余裕は全くなかったけど。
あの時の状況と、今の堂上との関係を思うと不思議な気もする。もしかしたらあの日に、と思うと回り道をした気もするし、あの日があってそして今があるのかもしれない、とも思う。
郁の方が食堂に出向いたのは遅かったはずなのに、堂上達はまだ事務室に戻ってきてはいなかった。休憩時間内だからどこで何をしていようが自由なのだが、なんとなくほんのわずかなプライベートタイムにも顔が見れないのが淋しい、と思ってしまった。
―――雨のせい、かな。
寒空が、郁の心にそう感じさせたのかも知れない。小さく溜息をついて、またぼんやりと雨の図書基地を眺めていると、ふんわりと独特な香りが郁の鼻を掠めた。
これ・・・・・・
香りのする方に振り向くと、いつの間にか堂上がマグカップを両手それぞれにもって立っていた。
「ど、どうじょうきょ・・・か、ん?カミツレ?」
「ティーバッグだが許せ」
堂上は郁の愛用しているマグカップを軽く差し出すように上にあげた。
「え、あ、ありがとうございます!」
窓枠にコトリと置かれた湯気の立つカップを手にして、郁はゆっくりと唇を寄せる。煎れたてで熱いだろうと慎重にマグを傾け、カミツレの香りも楽しむ。
「美味しい」
「ああ」
外を眺める郁の隣に立ち、堂上も一口カミツレのお茶を味わう。互いに立ったまま、目の前に見える雨に霞む風景の先に何を想っているのか。
「夜、飯でも食いに行くか、定時に上がって」
去年のように、洒落たカフェで飲むカミツレではないし、ハーブをあつらえた料理も無いが、あの日あの時を特別に想う気持ちは互いに持っていると、堂上の言葉から感じて嬉しくなった。
「はい!午後も頑張ります」
「今日は一段と冷えるから、ちゃんと着込んでから倉庫に行けよ。寒くて風邪引いた、っていうキャンセルは無しだ」
ほれ、というように堂上は上着のポケットから携帯用カイロを取り出して郁に差し出した。せ、世話焼かれてる、と言うべきか、世話掛けてる、と言うべきか。
「おかげさまで、今のところインフルエンザも寄りつきませんし、大丈夫ですよ」
特殊部隊の事務室だって、庁舎自体が古いせいか決して暖かくはない。しかも省エネなご時世だ、座って仕事している人間は男性でも冷えるだろう。だから教官が持ってて下さい、の意味で強がってみせた。
「彼氏の言うことは素直にきくもんだ、それとも上官権限のならきくのか?」
「うぇっ、あ、そ、そんなことないですっ」
さっきまで彼氏モードで一緒にカミツレ飲んでたのに、いきなり上官に切り替わるのか、と未だにそのスイッチのオンオフ加減に恋愛初心者の郁は慣れない。
慌てる郁を見てクスリと笑うと、堂上は手にしていたカイロを郁の上着のポケットに無理矢理押し込んだ。
「お尻に入れてやろうと思ったが、セクハラと言われると困るからな」
ど、どこにカイロ入れたっていいじゃないですか!と反論したかったけど、実際お尻のポケットに入れておくのが効果的だとも思う。
「じ、自分でやりますそれくらい、ありがたく頂戴しますっ!堂上教官も私よりお年ですから冷えには充分注意してくださいね!」
「おまっ、言ったな」
軽い拳骨が落ちてきた、と思ったらそのまま髪をぐしゃぐしゃにかき回されて。
―――夜、楽しみにしてる、励めよ。
引き寄せられた耳元に、低く色っぽい堂上の声が響いて郁はその場でぽわん、と真っ赤になった。
fin
(from 20160115)
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