+ 願い事、叶えて +  月夜をお散歩 の にゃみさま5万ヒットお祝い&堂郁フライング同盟 寄贈SS 

 

 

 

 

午前中の訓練の後、急いでシャワーと着替えを終えて隊員食堂へ向かう。
午後は堂上班全員閲覧室業務だ.
利用者の前に出るのだから、身だしなみは気にしなければならない。
化粧まで手を掛けるとなると、すべてを1時間で終えるのは嵐のような作業だった。


食堂を一瞥すると、班の上官と同僚はすでに食事を半ばまで終えている状態だった。
「遅いぞ」
手塚は目線だけ上げて声を掛けた。
「お、女はいろいろ大変なの!」
その隣に腰を掛けて、急いで食事を始める。


そんないつものやりとりを上戸の上官は微笑みながら眺めている。
もう一人の上官は渋い顔だ。
「...髪ぐらいちゃんと乾かしてこい、風邪引くぞ」
「もう夏前ですよ?!このくらいすぐ乾きますし、風邪なんてひきませんよ!!」
濡れた髪のままでうろうろするな、って言ってるんだ、と堂上は心の中でつぶやく。
「あいかわず、班長は心配性だね」
「そうですよ、心配ばかりしていると、はげちゃいますよ、教官」
郁は食後のお茶をすすっていた小牧にすぐさま同意した。
「...お前に言われたくないわ、アホ」
誰が心配掛けてるんだ、まったく。





◆◆◆




背の高い二人がいると助かるわー。
とか言われて、郁と手塚は閲覧室業務をしながら利用者から預かった七夕の短冊をくくりつけるように、柴崎に頼まれた。

長い脚立を利用するときは、必ず一人は足下を押さえることになっている。
「結構あるな」
「そうだね、あたしのも入ってるから、落ちないようにちゃんと飾り付けてよね」
「お前のはお決まりの『検閲が無くなりますよう』に、だろ」

たしかに、それは毎年書いている。
「今年は2枚書いたんだもん」
「ずるいだろ、それ」
「いいのー!!仕事用とプライベート用!!」
検閲が無くなるまで、きっとそれはずっと書き続ける。だから、今年はご褒美で自分の願い事を書いてもいいかな、と思った。


笹に飾る位置を変えるために、脚立を移動させながら3分の2程度が飾り付けられた頃、手塚がまた柴崎に所用を押しつけられた。
まったくいいように使われるよ、とめずらしく手塚がぼやいた後
「笠原、絶対一人で乗るなよ、すぐ戻るから待ってろ」
そう郁に釘を刺して、柴崎の後に続いた。


「はいはい」
いくら自分でもこの脚立は相当高いことはわかっている。必ず二人組での使用が決めてられていた。
利用者がいる時間帯だし、一人で乗るなんてことしない。だけど...
「ここでぼーっと立って待つのもなぁ...」
今度は郁の方がぼやいた。


「どうした」
「堂上教官」
レファレンスを終えて利用者から離れた堂上がこちらへ向かってきた。
「短冊飾りが途中なのですが、手塚が柴崎に連れていかれちゃって...」
「じゃあ俺がやろう」
堂上は郁に脚立を押さえているように指示し、登ろうとした。
「あ、教官、私が登りますから、下で押さえてください」
「お前が登ってうっかり落ちたらどうするんだ」
「落ちませんよ!!それに私の方が高いですから!!」
「...アホか。脚立の上の5センチ程度、たいして変わらん」


下にいる郁から数枚ずつ渡される短冊の中に、見慣れた筆跡をみつけてしばし作業の手を止めた。

『大切な人の側に、ずっといられますように』

堂上は何事もなかったかのように、また短冊を括り付け始めた。


「ありがとうございました」
「ああ」
すべての短冊を飾り付け、堂上が降りきった脚立を畳んだ。
運ぶときは二人がかりで持たなくては危険だ。

「教官はお願い事、何書いたんですか?」
郁は少しおもしろそうな顔をして堂上を覗き込む。
堂上はその様子に気づいて眉間に皺を寄せた。

「....個人情報だ。お前は何を書いたんだ?」
「あたしのも内緒です」


堂上と郁は、お互い黙って脚立の前後に手を掛けて運びだそうとしたとき、館内に悲鳴が響いた。





◆◆◆





「だ、だれか....あたしのかばんが!!」
女性利用者の声が館内に響いた。

声が聞こえた先がざわめき立つ。そのとき視界の隅に玄関へと走るキャップをかぶった男の影が映る。


「笠原!」
「はい!」


返事と同時に郁は動く影の方へ全力で向かった。
幸い、堂上と郁がいた場所は吹抜のロビーで玄関に近い。
郁はすばやく、逃げる男の腕を掴んだ。


掴んだ腕を自分に引き寄せて確保しようとしたとき、男の掌で何かが光った。

「......つぅ.......」

郁のブラウスに一筋の朱がにじんだ。

相手が郁を攻撃して立ち止まっている間に、堂上が追いついて、素早くナイフを蹴り上げた。
続いた動きで相手を殴り、確保した。

「笠原!!」
犯人は追いかけ駆けつけた防衛員に渡し、堂上はすぐさま郁に駆け寄る。

「すみません....かすっただけですから、たいしたことありません」
「だめだ、すぐ医務室へ連れて行く」
「平気です、一人で...」
「言うこときけ!!」
堂上が本気で心配している事が伝わって来た。
躊躇無く自らの白いハンカチを郁の腕の巻いた。


そして堂上に抱えられるように医務室へ連れて行かれた。
医師の手当の間にちらっと横目で堂上の様子を伺うと、腕を組んだまま眉間にしわを寄せじっとこちらを見ていた。


ああ、また教官、怒らせちゃったな...


こんな風に医務室に連れてこられるのは何度目だろう?
特殊部隊配属になって3年目だというのに、班長である堂上に心配かけ続けている。
信頼される部下でありたい、そして堂上の元にずっといられたら...。


そんな自分の願いからどんどん遠ざかっていく気がした...。


願い事は所詮願い事。

だからこそ、自分のこの足で、自分の思う道を切り開いてきたけど。
がんばっては心配かけ、と堂々めぐりだ。
同時に、女の子らしさからもどんどん遠ざかっている。こんな事ばかりだから、あちこち生傷や打ち身が耐えない。


やっぱり、七夕の願い事はいつものだけにすればよかった。
堂上への恋心を自覚し始めて...ちょっと欲張った。ひとつぐらい、女の子らしい願い事してもいいかな、なんて。


包帯を巻く医師の手元を見つめながら堂上の眉間の皺の事を考えていたら、なんだか落ち込みが止まらなくなった。
だめだ、いまこれ以上考えたら。泣いてはいけないと思うのに、瞼の端に涙が溜まりはじめた。

「...先生、ありがとうございました。堂上教官、ご心配おかけしてすみませんでした。先に戻りますっ」

誰の顔を見ず、たたみかけるように一通りの言葉を述べた郁は、その場から抜け出すような速さで、医務室を出てそのまま駆けていった。

「お、おい笠原!!」
あの馬鹿!!
堂上は直感で郁が泣く、と思った。
泣きたいのはどっちだと思っているんだ!!

医師にお礼を言って、堂上も郁の後を追った。





◇◇◇





こんな怪我なんていつものこと。
堂上教官に心配や迷惑掛けるのだって、そう。



だが今日はなんだか激しく落ち込んだ。
就業中だ、情けないなんて思っている場合じゃない、わかっているけど、自分への自信のなさが、郁をマイナスループにどんどん追い込んだ。


人目につかない倉庫裏の茂みの側で、郁は膝を抱えた。
ああ、ブラウスも着替えなきゃ...
ひとしきり泣いて、乙女モードから早く脱出しないと。溢れる涙はうまく止められないから。
あと、少し、止まるまで...


そうして俯いていたら、隣に人の気配を感じた。
まさか。


どうじょう...きょうかん
声にならなかったが、心配掛けたのも堂上教官だが、こうして手を差しのべに来てくれるのも堂上教官だ。


堂上は黙って右手を郁に差し出した。
泣きブスだから顔は見られたくなかったけど...顔を上げてその手を握った。
腕を引かれて立ち上がると、そのまま堂上の鍛え上げた胸の中へ強く引き寄せられた。


「...頼むから傷つくな、傷つけるな...俺の一番大事な物を」

……今、堂上教官はなんて言った?
腕の中に強く包まれたから、うまく聞こえなかっただけだろうか?


「郁...お前が大事だ。誰よりも...何よりも、だ」

郁は驚きで顔を上げた。だが、聴いてろ、と言うように堂上は郁の後頭部に掌を添えて、自分の肩へ顔を預けさせた。
堂上の声が...今自分に大事なことを伝えようとしている。


「お前の大切な...大事な奴に、俺はなれないか?俺のそばに、ずっといるのは嫌か?」

ゆっくりと、でもたたみかけるような堂上の低い声が郁の耳元で響く。
ぞくりとする、その声は尊敬する上官のものではなく...1人の男のものだった。

『大切な人の側に...』
短冊に込めた恋心。ずっと、そばにいてもいいんですか?


「嫌じゃないです。教官の側にいたいです」
「部下だけじゃない...俺の女になれ、郁」
「…はい」

堂上は背中に回していた腕を解き、郁の両頬に掌を差し出す。泣きはらした瞳と漆黒の瞳が重なったあと、顔が近づく気配で郁は無意識に目を閉じた。
郁の柔らかい唇に堂上の乾いた唇がゆっくり重なった。強い言葉と裏腹なやさしいキス。

俺の女、と言われて心臓が飛び跳ねた。
そして初めてのキス。
このときからあたしは、あたしの人生で初めて好きな人のものになった。



fin?





おまけ / ある日の部屋飲み。



「そういえばさぁ、この前七夕の短冊飾りをやったんだけど、見慣れた筆跡で『大切な人が傷つかないように』っていう願い事があったんだよねー。
なんか意味深な願い事だなぁ、って気になってたんだけど」

ぶほっ。

ビール片手に居座り始めた小牧の一言で、堂上は缶ビールを零してしまった。

「で、その願い事は叶ったの?堂上」



今度こそ、fin☆

 

(from 20120707)