+ 鶯谷で――何をする? +   パラレルSS「鶯谷で恋をした」の小話。現段階まで発表しているSSより未来設定になります

 

 

 

 

  フリーのSEとして独立してもうすぐ5年、いくつかのホテルを経営するオーナー業に本腰をいれてからは7年になるか――――三十代の青年実業家、堂上篤は、親友兼経営コンサルタント会社の会計士である小牧幹久から受け取った月次の収支資料をパラパラと捲って目を通す。経営者としてのキャリアはもう少し長いが、最初の頃はそれを目の前に出されてもろくに読むこともせず、「赤字ですか?」とだけ聞いたのを思いだした。祖父から譲り受けたホテルの経営――といってもラブホテルだったし、赤字になるようなら売ろう、と思っていただけだったな、と。

 

いつの間にか、これが本業になっていて、月半ばには、こうしてコンサル会社が持参する三つのホテルの収支報告書をチェックして今後の資金運用について打ち合わせることになっている。幼少期からの腐れ縁、つまり同級生からの経営者と会計士の関係へと変化しても、素の彼らは何ら変わりが無い、と互いに思っている。

 

「――何薄笑いしてんの、気持ち悪」

小牧はそのラブホテルの事務室で、顧客である堂上が収支報告三通に目を通す姿を毎月ぼんやりと眺めている。あれ、珈琲マシーンのメーカー変えたの?と味で分かるぐらいには、長年通っているということだ。いつもどおり眉間に皺を寄せて資料を確認している顧客殿の表情を窺ってたら、急に口元を緩めたのに驚き、率直な感想が漏れた。

「いや、収支報告なんて、昔はお前らに任せっぱなしで放り出してたな、って思い出した」

「てっきり愛しの彼女の事でも考えてるのかと思ったよ」

「もったいないからお前の前でなんか思い出さないさ」

「はいはいご馳走様」

思えば真面目一辺倒で、武道とコンピューターにしか興味を持たなかった堂上が、数棟もラブホテルを経営して利益を出してる、ってことの方がびっくりだよ、と正直思う。ラブホなんて暴力団の資金源になっているところもあるくらいだ、下手打たなきゃ儲けは十分にあるが、何しろ改修改修の嵐にものすごく金がかかる。この業界で、真っ当な銀行の融資を取り付けられる事の方が凄いんだがな、しかもその若さで。

 

収支はぼちぼち。概ね伸びているが、経常利益が前年割れのラブホが一棟ある。

「改修費の自己資金比率はもう少しあげておきたいところだが――なあ小牧」

「なんだ」

「『セックスしないと出られない部屋』って知ってるか?」

「っ、はあ?!」

口に含んでいた珈琲を吹き出しそうになったのをすんでの所でこらえた。

「お前が何がいいたいのか分からないんだけど」

「いや、リニューアルのテコ入れまではもう少し時間がかかるから、そこはいろんな企画をやってるんだがな」

詳細は知らないが、それ自体は経営コンサルトとしては承知している。女性に人気の『大人のおもちゃ』通販サイトとのコラボ企画とかなんやらで新しい層の固定客を取りたいとかあーだこーだと、確か。小牧自身は経営はともかく運営の方には口を出してはいない。

「期間限定企画で、そういうのを作ってみたらどうかと」

今度こそ珈琲を吹いた。汚ったないなー、と堂上は白い目で小牧を見たが……、誰のせいだ誰の!と言いたい。

「っていうか、そもそもセックスするためにラブホに来るんじゃ無いのかよ」

正しく言えばラブホはセックスの有無で出れないんじゃなくて、金の決済の有無で出れるか出れないかが決まるわけで。

「100%そうだとは限らん。セックス出来たらいいな、って思って来る奴も居るかもしれ…」「いやそこは入る前に合意してきて欲しいところでしょうが」

強姦騒動は勘弁して欲しい。

「だからそういう企画部屋あったら、ちょっと二次元イベントみたいでだな」

「じゃあ百歩譲ってその企画、どうやってセックスしたかどうか確かめるんだよ、まさかお前盗撮は…」

「流石にそれは無い」

そりゃそうだ。この業界、そいういうホテルがあるとよく噂が立つが、本気で商売しているところこそ盗撮カメラには逆に気を遣っている。経営側がつけるのでなく、客が設置していくという恐ろしい可能性もあるからだ。

「じゃあ……」

「自己申告制でも良いと思うんだが、なんかそこを上手くだな……」

「上手くって?何セックスの回数でポイントカードとか?」

「そのセックスに男女それぞれが点数つけるとか、双方がアンケートに答えると、セックスの趣味嗜好が占いみたいに出てくるとか。部屋に入って扉が閉まった瞬間に照明がいったん消えて『この部屋はセックスしないと出られない部屋です』っていう恐目のアナウンスが流れるだけでも盛り上がらないか?」

「あーーーー」

なんだそのドラクエの冒険みたいな展開は!!

しかもその先の展開が読めて、小牧は無言になる。あー、あれだ、部屋にiPadおいといて、それに答えていくとっていうシステムっていうかお遊びプログラムみたいなの――

言うのはタダだが、やるのも――堂上の場合は自分でプログラミングしちゃうので、タダだったりする事から――非、現実的な企画が意外と現実になったりするなんとも恐ろしい.....!

「または、あれだ。企画参加のときに、くじ引きみたいなの引いて『高校教師とJK』の設定とか『義兄と妹』の設定とか渡して、禁断の関係でセックスしないと出れませんって言われるってのは――」

「リアルそういう関係だったらヤバいだろうそれ!」

「…………そうだな」

ラブラブカップルよりも訳ありの方が多い――そんなラブホもある。だって此処は鶯谷だ。

堂上もそのことにやっと気づく。

「そういう企画はさ、女性目線からの意見も聞いた方が良いと思うから、おとなしく笠原さんが戻って来てから相談してみたら?」

まあ、彼女の経験が役に立つとは思えないけど、少なくても女性目線でヤバイってのは回避してくれるだろうたぶん。堂上の愛しの彼女の帰郷は、次の連休かな。

 

「収支報告のサイン頼むよ。特に問題ないでしょ」

「ああ、融資絡みの銀行にだけ出しておいてくれ」

「了解。やっぱさ、お前プランナー雇った方が良いんじゃ無いの?」

「――検討しておく」

お前頭良くてクールなのに、時々トンデモナイよな……、と長年付き合ってても改めて実感しながら帰社する小牧だった。

(俺、この話玄田社長に報告すべきなんだろうか……)

 

 

 

fin

(from 20180703)

 

 

 

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「セックスしないと出られない部屋」をラブホで妄想してたらこの二人が出てきたwwアホかwwって思いつつ。