+ Delay in Love 12 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

大きな皿にパンを並べてテーブルに置いたが、誰もが食事をする気分ではなかった。
郁が堂上の分の紅茶を改めて入れようと立ち上がろうとすると、あたしがするから、と柴崎が郁を制した。

「笠原」
「わざわざこんな遠くまでありがとうございました、業務部で元気にやってます」
座ったままだったので、頭を軽くさげながら元上官が様子を見に来てくれたことに社交辞令の言葉を述べたが堂上の斜め下を見るようにして、堂上の目線を避けた。
「・・・俺の子だよな?」
「違います」
「否定してもちゃんと調べれば判ることだ」
遺伝子検査ができる今は、女の言葉だけで相手を断定できない。
やはり堂上教官と柴崎相手にここまで来て嘘を突き通すことは無理だと観念して本当のことを口にした。
「・・・あたしが体を許したのは、教官が最初で最後です」
たぶん。
「覚えていないのか?」
お前が俺に言った言葉も、俺がお前にしたことも。

「あたし・・・あのとき何を言いました・・・?」
男と女が肌を重ねるときに、自分は何を囁いたのか?そして何か愛し合う言葉を言われたのか?
それが最初で最後の経験だった郁には、どんな言葉を伝えてそんな関係になったのかがわからないし、想像もつかなかった。
「お前は・・・置いていかないでくれ、と何度も呟いてた。俺はお前をもう置いていかないし、側にいろと伝えた。だが翌朝、お前は気にしないで欲しいといった。きちんと話をしてあの時の言葉を覚えているのか確かめようとしたが、お前は俺を忘れたいために避けているように思えた。だからそれ以上聞くことができなかった」

まさか一夜の契りが郁の運命をこんな風に変えていたとは。
なぜ話してくれなかったのか、と責めてしまいそうだが、知らなかったですむ事ではない。

「笠原、武蔵野に帰ろう」
「嫌です・・・教官に責任取って欲しいなんて、これっぽっちも思ってません」
郁の目はちゃんと堂上を見ていた。それは本気を伝える目だった。
「・・・堂上教官がこの子の父親なのは認めます。もし可能なら、認知してくださったらきっと生まれてくる子も悦びます、父親不存在と書かずに済みますから。だけど堂上教官と結婚はしないし、武蔵野には帰りません。あたし、ここで1人で産んで1人で育てるって決めてるんです」
「ダメだ。お前俺のことを何だと思ってる?」
「・・・元上官です。そしてこの子の父親。それ以上でもそれ以下でもないです」
堂上教官の経歴に傷をつける必要はないから、それは郁の心の中だけで吐露された。

何を守ろうとして笠原は頑なに俺を拒むのか。

間違った正義の味方風情で独断行動に出た事すらあるのだ。苦い水も飲んだ。仲間を危険に晒さぬよう同じ轍は踏まないと決めた。でもそれはプライドでも何でもない。いつって傷だらけのまま這いつくばる覚悟はできているのに、今更何を気にするというのか。

「産む決心をしたのはあたしです、育てる決心も。全て一人で決めました。・・・だから覚悟は出来てます、半年前から。自分のしたことには自分で責任を取りたいんです。でもそれ、子どもを産むって責任だけじゃない・・・だってあたしがこの子を産みたい、って気持に責任を取りたいだけです」
どんな経緯でも自分のお腹に宿った生命を亡かった事になんてできない。
教官に迷惑掛けたくない、だけど産みたい、っていうあたし一人の我が儘に責任を取りたいだけ。

最初みたときは豆粒みたいだった。
だけど見えないところでどんどん成長して、やがて自分の体のサイズを超えて大きくなってるよ、って主張してくる赤ちゃん。一人で準基地にやってきてから、毎日話しかけていたのはお腹の中の赤ちゃんだった。

今日はこんな子どもたちが読み聞かせに来てくれたんだよ、とか、アイカちゃんちの赤ちゃんも同じ頃に生まれるんだって、友達になれるといいね、とか。
重い本は下の書棚にあるから、出し入れするときしゃがまないといけないから、つい『よっこいしょ』って言っちゃうんだよね、とか。
お腹の中の子どもと築く未来は、どの子どもよりも明るいものにしてあげたいから、楽しいこといっぱい考えて話しかけて過ごしてきた。

「会いに来て下さったこと、嬉しかったです・・・。二人とも元気そうで良かった。
----------でも、もう無理ですから、帰ってください!!笠原は元気にしてた、ってみんなに伝えてくれればいいです!子どもが無事生まれたら連絡します。・・・もし認知してくださるお気持ちがあれば、父親の欄に名前を書いていただければ、もうそれで十分ですから!」
最後は泣きながら堂上に叫んでいた。

武蔵野を出る前から決心していたことだから。

堂上とは結婚しない。
武蔵野には戻らない。
そう、例えば堂上が他の誰かと結婚して、幸せな家庭でも築いてくれていたならば。
その頃戻るのであれば、あたしが子連れでも誰も堂上との子どもだとは思わないだろう。そんな事でも無ければ戻る気はない。

「じゃあ俺の気持ちはどうなる?」
予想もしなかった堂上の一言に郁は頑なに背けていた顔を上げた。
「お前が好きで、お前と結婚したいと俺がずっと思ってたとしたら、お前はどうするんだ?」
ずっと思ってた、って何を?!
部下として可愛がってもらった事実はあっても、堂上にそれ以上の気持ちがあるなんて微塵も思わなかった。
だいたい女にあらずとレッテルを貼られていた山猿な自分には、恋愛なんてほど遠いことだと思っていたのに?

「お前は覚えていなかったのかもしれないが、俺はちゃんと覚えている。酔った勢いだけじゃなくてお互いが惹かれていたんだ、そう気がついたんだ。だからあの日から部下だけじゃないお前と少しずつ気持を重ねていけるかと思っていたんだ。お前のお腹の中の子どもは愛しあった結果だろう?」
「・・・あたし、愛を囁きましたか?」
「ああ。お前はちゃんと俺が好きだと言ってくれた。だからあの夜そうなったんだ、そして子どもが生まれるんだ、堂々と結婚して何が悪い?」
「だって部下ですよ?できちゃった婚ですよ?堂上教官がそんなで良いわけ無い!」
「俺が良いと言ってるのに、お前は嫌なのか」
「嫌です!教官にしがみつきたくないんです!」
「お前の言葉を借りるなら、今お前の妊娠の事実を知って、お前の言うとおり認知だけで戻る方がよっぽど俺の評価はがた落ちな気がするがな」
「!」

出産間近だと柴崎と堂上教官に知られた段階で、もうそれは状況が大きく変わってしまったという事なのか。

「でもあたし、武蔵野には帰れません、帰りたくありません」
戻っても特殊部隊員としては働けないし、いまさらこんな体で晒し者になりたくない。
「・・・わかった、少し考える。だが結婚はする、絶対にだ」
「子どものためだけなら嫌です」
「俺とお前のためだ」
堂上の腕が伸びて、腰と後頭部を取られた。どちらも引き寄せられて体が近づいたかと思ったら唇を囚われていた。し、柴崎が見ているのに!
と思うが、ホールドされているので身動きが取れない。
「ふ・・ぅん・・・・・!」
唇を強く押し付けられて、抗議の声も息もできなかった。






◆◇◆






「・・・堂上教官が本気なのはわかりましたよ」
目の前で繰り広げられていたキスシーンを黙って見守っていた柴崎がさすがに声をあげた。
「でも笠原本人がこの先どうしたいのかがあたしにとっては一番ですから」
「柴崎」
敵に回すととんでもない女だが、やはり柴崎はあたしの親友なんだな、と郁はそれが嬉しくて涙ぐんだ。

お腹も空いただろうから腹ごしらえをしながら話をしよう、とテーブルに置かれたままのパンを取り皿へと適当に移動して、柴崎はおかわりの紅茶をいれてくれた。
「そうだケーキも買ってきたからその分の隙間は残しときなさい」
柴崎の言葉に郁は頷いた。話しの中味は深刻なのに、こうして言葉のやり取りをしていると、武蔵野に戻ったみたいで郁は切なかった。


一通りお腹を満服にさせたあと、郁はぽつりぽつりと思いを語り始めた。

「あたし武蔵野を離れてから、堂上教官の事も特殊部隊の事も『良い夢だった』って思うようにずっとしてきたんです。もう二度と戻らない覚悟をしてましたから」
生まれてくる子に取って身内はあたしだけなのだから、危険が伴う職種にはもう就けない。だから何もかも夢だったと言い聞かせた。

その夢からこぼれてきたのがこの子。

「王子様に『あなたを追いかけて本を守る仕事に就くことができました』と報告する夢も、堂上教官に追いつきたいと思っていた夢も叶えられないけど、ここでこの子と一緒に本を愛でて守っていければいいと、本気で思ってます」
それが今のあたしにとっての新しい夢。
あたしの中で芽生え始めていたかもしれない堂上への恋心は泡となって消えたのだ。消したのだ、必死に。
「だから、今教官に好きだと言われても、あたしには解らないんです」
やっと仄かに芽生えた堂上への気持が消えかかった処で堂上と再会してしまった。
堂上の子どもを身ごもるという事実と共に再び目の前に現れた堂上に、消したはずの気持ちが、また何かを形成しようとしていた。
「でも俺の子どもだ」
「はい。でもこの子と共に生きるのはあたしです」
「その側に俺がいるのは駄目なのか?」
「・・・わかりません」

堂上の未来を閉ざしたくなくて逃げてきたのに、郁とこの子の側に居たいといわれても、どうすればいいかわからない。
「・・・この子が解るようになったら、父親は堂上教官だって教えますから、それでは駄目ですか?」
「駄目だ。俺はお前と居たいんだ。半年、お前を忘れたことは無い・・・」

もっと早くここに来れば良かった。もしかしてあの日の事を悔やんで、傷ついて逃げだしたのかとも考えた。傷つけたのは俺なのに追いかけて良いのかとも悩んだ。
何にしても、俺がグズグズを思いを押しとどめようとしてたのが悪い。
今の俺はきっとものすごく格好が悪いだろう。そんなのクソ食らえだ。

「どんなに格好悪くてもこれだけは譲れない。俺はお前と結婚する、結婚してください、笠原郁さん」



 

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(from 20130510)