+ Delay in Love 6 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

 

司令室で昔話を聞いた。
それは稲嶺司令の奥様の話で、司令と亡くなった奥様の間には子どもが出来なかったという。もともと懐妊しにくい体質だったらしいが初めての妊娠で流産を経験した事もあって、その後妊娠する事は叶わなかったという。

「妻のつわりの酷さは側でよく見ていましたから、子どもは居ませんでしたが様子は知ってるんです。妊娠したのに、何故結婚して出産されないのですか?」
核心を突かれて郁は黙ってしまった。
誰にも何も告げない、そう決めたはずなのに、司令の前では嘘を突き通せない--------なぜか郁はそう感じていた。

「・・・妊娠も結婚も望まれてませんから。そういう間柄じゃないですし。だけど授かった命を自分の都合で無かったことにはできないと思ったんです」
「妊娠は1人の責任じゃないんですよ?」
「解ってます」
解っている。本当はあたし1人が背負うべき事じゃない、なんて事。
そもそもあの日の事を無かったことにしたのは、それを望んだのはあたしだ。

でもこの事で、敬愛する上官の、出来損ないなあたしを一人前に育ててくれたあの人の進むべき道の邪魔をしたくない。部下としてだけじゃなく、プライベートでも足枷になるなんて死んでも嫌だ。
あたしの妊娠が基地内に知れ渡れば、堂上教官は部下に手を出して妊娠させた男になってしまう。付き合ってもいないのに、となればそれは大きく堂上の立場を危うくしてしまうから。
そんな風にみんなに知られたくないし、責任を取って欲しいと思ってない。だっていままでさんざん迷惑を掛けてきたのだろうから、あたしは。
今ここであたしが初の女性特殊部隊員、という立場から転落しても、きっとまた新しく任命される誰かがりっぱに務めてくれるだろうから、もういい---------。


「・・・本当のあなたはどうしたいのですか?」
核心をつく司令の一言にはっとなる。
本当のあたしの本心・・・
図書隊員を続けたい。
だけど与えられたこの命は産み育てたい。
1人で育てられるかどうかなんて判らない。引越先も再就職先も考えていない。妊婦とわかっていながら雇ってくれる処があるかどうかもわからない。
欲張りなあたしは、どちらも諦めたくないのが本音だった。
でもそれは無理だとわかっているから。夢は叶ったんだと、思いこんでお終いにするつもりだから。

「あなたは特殊部隊に必要な人だと今でも思っていますよ、笠原さん。でも宿った命を大切にもして欲しい、それは妻と私が叶えられなかった事でもあるからね。だからあなたに約束して欲しいんです、いつか必ずここへ戻ってくると」
そこから稲嶺司令の長い提案が始まった。






◆◇◆






「そんな話も希望も一言も聞いてません!」
バンっと隊長室の机を叩く音と意義が同時に響き渡った。
「まあ落ち着け堂上」
腑に落ちない異動命令だと玄田自身も思っている。やっと育て上げた女性特殊部隊員を何故いま特殊部隊から放出しなければならないのか、しかも遠い他館に。
そもそも定時異動の時期ではないこのタイミングで、郁だけ異動なんぞ普通はありえない。
「本人の希望・・・だろうな」
堂上が口に出来なかった事を玄田が言ってのけた。異動希望が通ることも異例だが、隊長も了承していない人事だとは・・・
「堂上。正式に辞令が来ているものは変えられん。だがちゃんと話せよ」
「わかってます」
敬礼をして郁の辞令を受け取った。

「笠原」
「はい」
自机に座っていた郁は堂上の呼びかけに立ち上がって答えた。
「異動辞令が出ている」
「はい」
動じない様子から郁自身は予測していた事だとはっきり判った。
「小会議室で話を聞く」
「・・・」
堂上は郁を待つことなくそのまま事務室を出た。
一度は堂上と向き合って話をしなくてはならないだろうとは思っていた。だからこうなることは覚悟してた。心と顔に厚い仮面をつけなければ、と郁は軽く両頬と叩きながら小会議室に向かう堂上の後を追った。

小会議室といっても、郁と堂上が二人で話すには広すぎる部屋だった。
失礼します、と声をかけ追いかけるように部屋に入れば、座れとすぐに促された。
「・・・特殊部隊に配属になってまだ1年も経たない。この異動は希望か?」
「はい」
あえて言葉少なく答えた。
「何故だ?」
訊かれると思っていた。
「前々から考えてました。自分は特殊部隊員としてどうなのかって。防衛員の任務も業務員の任務もどちらも中途半端だなって。あたし不器用ですから、どちらかに一度集中した方がいいんじゃないかなって」
何度も考えて頭にたたき込んだ言葉を口にした。そしてこれは稲嶺から与えられた知恵。
「出来損ないのあたしを、玄田隊長や堂上教官があたしを特殊部隊へ引っ張り上げてくれて嬉しかったです。でも道半ばで特殊部隊を去る私が、のうのうと武蔵野内の他業種についてたらみっともないですから。それにこのところ体調も良くなかったので、空気のきれいなところを勧められたんです」
あたしなら考えかねないな、って思ってくれてたら幸い--------。

「教官、これまで育ててくださったこと、本当に感謝してます」
これは本当。堂上教官がいなかったら、あたしはここまですらきっと来れなかった。
「だからもし許されるなら、必ずここに戻ってきます」
これも本当。だから堂々と堂上の目をみて訴える。叶うことならもう一度ここに---------あなたの隣に戻ってきたい。そんな都合よく行く訳がないのはわかっているけれど。
「・・・俺から逃げるんじゃないのか?」
「なんであたしが教官から逃げるんですか?」
答えずにあえて質問で返すことでお茶を濁した。だってあたし、教官から逃げるのだから。
「いや・・・」
堂上はそれ以上の言葉を口にしようとする前に自ら畳みかけた。
「元気になってあたしが戻ってくるの、待っててくれますか?」
「待たない」
「・・・ですよね」
そうだ、期待したらダメ。堂上は特殊部隊の中で先に進むべき人だから、待っててくれるはずもないし、待っていてくれなくていい。寧ろ忘れてくれた方が-------

「今まで本当にありがとうございました。引越の準備もあるので、午後は有給をとらせて下さい」
郁は立上り、深々と頭を下げた。涙が床に落ちそうだったが、ぐっとこらえて小会議室を後にした。

 

 

 

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(from 20130428)