+ Delay in Love 9 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

「笠原の事覚えてます?」
閲覧室業務に入っていたとき、突然柴崎にそう訊かれた。
「覚えていないはずないだろう」
「じゃあ堂上教官は笠原に何かした覚えはあります?」
「どういう意味だ?」
「それはあたしが訊きたいです、堂上教官」
「笠原がどうかしたのかと訊いている!」
「笠原とは殆ど連絡とってません。というかたまに来るメールには、元気だよと業務部での事しか書かれてません」
笠原がいなくなってから、柴崎も必要以上に特殊部隊庁舎に来ることも無くなり、自然と寮ですれ違っても会釈をする程度にしか接してなかった。
これ以上ここで話すわけにはいかない内容になりそうだとお互いが判断して、課業後に外で会うことにした。


賑やかな居酒屋のカウンターに二人で並んで座り、酒を飲んだ。
乾杯はしたが、正直酒の味がわからない位、苛立ちと不安に苛まれていた。
笠原の事を忘れるわけがない。寧ろ夢にまでしょっちゅう現れた、それは怒鳴っている自分だったり、笑っているあいつだったり、泣いているあいつだったり。
「あの子にメールしても、数回に一度くらいしか返事は来ません、それも当たり障りのない事ばっかり。業務部に就いているらしく、レファレンスの話題やら、地元の動物園に1人で行ってみた、なんて話ですよ」
相当お一人様慣れしてるみたいですよ。たまにカマ掛けて格好いい男子は居ないのか?って聞けば、みんな親切だよって。

「そもそもおかしいと思いませんか?あたしからも逃げるように準基地に行ったんですよ、あの子。あたしと話したくなくて武蔵野の最後の出勤日前日にホテルに泊まったり。とにかく今回の件は頑なで何も話してくれないんです」

おかしいのは最初から判っている。
そもそもあいつが異動したがった本当の理由を誰も知らないのだから。隊長に迫ってみて、どうやらこの妙な異動は稲嶺司令の内示だという事だけは判った。だが、いくらなんでも司令に直接異動理由を聞くわけには行かなかった。
「司令に訊けばよかったじゃないですか、何故聞かないですか?」
「一隊員の異動希望だぞ。笠原が通したのか司令が通したのかは知らんが、そもそも司令が直々に一士の内示を出すなんておかしな話だ。仮に直接会って聞けたとしても、本当の答えが引き出せるとは思えん」
「じゃあ教官にとっては笠原はもうどうでもいいんですか?」
「------------」

何もしないまま、何も聞かないまま半年が過ぎた。
俺が何もしなかったことに対して、小牧は憤りを感じていたようだった。
自分の気持ちを見誤ったことは認める。どんな形であれ、たぶん笠原は俺にとって必要だった。大事な部下で、大事な女だった。
それが判ったのは笠原が俺の元を去ってからだった。
王子様だと大いなる誤解をされながらも、追ってきてくれたことは嬉しくもあり苦々しくもあった。
だが、それは自分だと言えない以上、あいつが俺の元を去っても、俺には追いかける資格はないと思った。

俺はもう、あいつがずっと心の支えにしてきた王子様ではないから。

「堂上教官が気にしているのって何です?地位?立場?それともプライドですか?笠原はいつだって全力で教官にぶつかっていませんでしたか?」
それをどうして受け止めなかったんですか?
「・・・王子様の事が好きなんだと言われた」
『あの人のことが好きなんです』とあいつは間違っていた俺のことが好きだと言った。お前の追いかけていたのは間違っていた俺で、そいつじゃなくて今の俺を見ろ、と言うことが出来たら。
だがそれは自分だったと認めなかった。間違った俺を上官の俺が否定している、追いかけてきて、会いたいとまで熱望していたあいつを落ち込ませたくなかったという、ただそのお節介な気持ちが俺をがんじがらめにしていた。

「教官、笠原の事好きですか?」
唐突で実直な一言に、堂上は言葉を失った。
「あたしもまだ、あの子に会ってないんです。でも近々会いに行こうと思ってるんです。あの子の今置かれている状況を確認するために。そして確認したらどうすべきなのかな、って考えてるんです」
「お前は何か知ってるのか?」
「本人は何もいいませんよ、でも少しアンテナを伸ばせば、知らない土地の事だって多少の情報は入ってきますよ」
実はまだ公表できない事ではあるが、他基地へのアンテナの張れる立場に柴崎はあった。

「あの子の事、本当に知りたいと思ってますか?そのためなら今の立場、捨てることできますか?」

最近思っていた、俺は何のために本を守っているのかと。
本を守ることを誇りに思っている事は変わらない。だがこうして育て上げた部下に逃げられ、その部下がいない今の特殊部隊での日常に正直なんの魅力も感じてない自分がいるのがわかったからだ。
「・・・図書隊員を辞める覚悟と言うことか?」
「違いますよ。あの子の為ににそれくらいの覚悟が教官にあるのか、確かめておきたかったんです。準基地で笠原に会う前に」
柴崎の一言が胸に刺さった。
本当にあいつを必要としていたのならもっと早く会いに行けばよかったんだ、準基地に。
そうすればあいつがなぜ武蔵野を、俺の元を離れたのか判ったかもしれなかったのに。

笠原が俺の元から逃げた事で、拒絶されたんだろうと思っていた。あんな風にあいつを抱いた俺には会いに行く資格は無いんだろうと、思いこんでいた。

「柴崎、お前の公休いつだ?」

 

 

 

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(from 20130504)