+ おくさまは18歳 11 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

もうなんなのかしら、これは。
喫茶室のテーブルで4人は向かいあっていた。奥の席に堂上と郁、向かいに柴崎と手塚が座っていて、堂上が図書隊の仕事――特に特殊部隊の――について話してくれて手塚はそれに聞き入っている。
それはもちろん問題ないのだが、時折堂上と郁は互いを見つめて微笑みあう。二人は何気なくやっているつもりなのだろうが、見ているこちらには堪らない光景だ。たぶんこれはテーブルの下で手まで繋がっていることだろう。鈍い手塚は何も気付いていないらしいが。
「じゃあ今年から堂上三正は特殊部隊に抜擢されたのですね」
「ああ、そうだな」
「選ばれた理由は何だとお考えですか」
手塚の目は真剣だ。そのことに堂上は苦笑した。自分は確かに優秀と言われる部類に入るのかも知れないが、特殊部隊の先輩たちに比べればまだまだだということは自覚している。たとえあんなおちゃらけた人間ばかりの部隊でも、有事の際の判断力や行動力には目を見張るものがあるのだ。
「努力、かな」
真面目に人一倍の努力をした自負はある。自分にはそうやってこれからも励んでいくことを求められているのだろう。
「今でもまだすごく頑張ってるもんね」
郁が口を挟んだ。堂上は何も言わないが、郁がいない公休日などに堂上が自主訓練をしていることは知っている。それでも郁が帰る夕方には食事の用意などしてくれているのだから、なんて素敵な旦那様なんだろうと思う。
堂上は一瞬驚いたように郁を見つめ、それから柔らかい髪をふわりと撫でた。



「あの子の本名は堂上郁よ。でも兄妹じゃないの。意味わかる?」
郁と別れるなり、柴崎は口を開いた。
「……は?まさか、だろ?」
「そのまさかなのよ。笠原が結婚してるなんて信じられないわよね?」
手塚は驚いたように目を見開いたままだ。
「理由があって兄妹のフリしてんのよ。そう思って見たらあんなに仲いいのも合点がいくわよね。あれで必死で隠してるつもりなんだから、まったくあきれるってもんよ」
柴崎は郁から聞いた堂上との出会いとこれまでの経緯を簡潔に話して聞かせる。
「あんなエリートが見計らい権限使っちゃうなんて、どんだけよって話よね」
「……ああ、意外だよな」
手塚はまだ頭が混乱している様子だ。
「でも手塚?」
柴崎はにっこりと笑って手塚に向き直った。その表情に手塚はうろたえたような顔を見せる。
「な、なんだよ」
「あんた、今日で堂上さんに憧れちゃったでしょ」
「う……」
「笠原たちもだったけど、あんたのお目々キラキラも見ものだったわよぉ」
また会えるといいわね。澄ました顔で言われて、手塚はがっくりと肩を落とした。




「お、堂上帰ってきたか」
特殊部隊事務室に戻った堂上に声をかけたのはやはり進藤だった。
「今お前の妹の話してたところだ」
堂上は苦虫を噛み潰したような顔になった。小牧が横に来て、堂上の肩を叩く。
「俺たちもちらっと見たんだがかわいい子だな」
「一緒にいた子もすっげえ美人だった」
「まだ18なんだって?」
口々に言うのは書庫業務にあたっていた班の連中だ。どうやら閲覧室に上がってきたときに見られたらしい。
「そんなに嫌そうな顔すんな。あれか、お前妹がそんなにかわいいのか?」
こんな風に話題にされるから、特殊部隊の連中に郁のことを見られたくなかったのだ。ここで、俺の妻ですと言えたらどんなにいいだろう。
「……いえ、別に……」
堂上はふて腐れたように答えた。それをどう捉えたのか進藤はますますニヤニヤ笑う。
「こいつがさー、紹介して欲しいってよ」
そう言って指差されたのは堂上より二つ年上の先輩だ。
「遊びに来たらいいって言っといたから、来てくれるかもなー。堂上、お前ももう一回そう伝えといてくれ」
進藤は機嫌が良さそうだ。
誰がこんな男ばかりのところに郁を連れてくるようなマネをするものか。そう思うが、うまい断り文句が見つからない。
「お前らー、いい加減業務に戻れ。奥多摩行くまでに今ある書類ぐらい片付けろよー」
緒形がのんびりとした声を出した。それを合図に皆が自分の席に戻る。緒形は何事もなかったように机の上の書類にまた目を戻したが、堂上の事を気遣ってくれたのだろうことがわかる。
「すぐ忘れるって」
小牧が小声で言って、また堂上の肩をぽんと叩いた。





「おかえりー」
官舎に戻ると、郁はニコニコ顔で待っていた。そのことに堂上の表情も緩む。
「ただいま」
堂上が答えると、郁はいつものように堂上の頬にキスをする。

「今日はね、篤さんの仕事してる姿見られて嬉しかったー」
夕食のテーブルにつくなり郁は言った。ご機嫌の理由はそれらしい。
「篤さんは?なんかちょっと疲れてる?」
「ああ。ちょっとな」
帰り際にまた、妹を紹介しろとせっつかれた。適当に流して帰ったが、意外にもそれなりに真剣に言っているらしい。
「でも郁の顔見たら疲れなんて吹き飛ぶな」
あまり楽しくない気分で帰ってきたが、顔に出した覚えはないのに気付いてくれることが嬉しい。
「えへへ、そんなこと言ってくれるなんて照れるなー」
赤くなった顔を隠すように郁はからあげを頬張った。結婚したての頃からあげでは大失敗をしたが、その頃より少しは料理も上手くなっている。
「上手くなったな」
堂上もその時のことを思い出したらしく、からあげを一つ摘み上げて眺める。
「じゃあさ、差し入れにはからあげ持っていこうか」
郁はまたにこにこと言った。
「上官さん、いい人だね。持っていったら皆喜んでくれると思う?」
「……」
郁が特殊部隊に顔を出せば、また今日のようなことになるのは間違いない。自分だけならともかく、郁が質問攻めにあったりすればうっかりボロを出しかねない。郁に興味を持つものも増えるかも知れない。
だが、郁の笑顔と好意を否定したくはなかった。
「そりゃ喜ぶだろうけどな。ただ急な業務が入って事務室にほとんど誰もいないこともあるし、折角用意したのに無駄になったらもったいない」
お前も忙しいんだし無理するな。そう付け加えると、郁は少し残念そうな顔をした。
「奥さんらしいことできると思ったのになあ」
あくまで“奥さん”にこだわる郁に堂上はふっと笑う。
「上官たちの奥さんだってそんなことしてくれる人いないぞ。それにお前は『妹』なんだしな」
「あ、そっか」
郁は間抜けな声を出して口元を押さえる。
「でも、やっぱりそういうことしてみたかったなあ」
夢見るような口調に堂上は苦笑する。

お前は俺の大事な女だ。他の男どもに囲まれるようなマネをさせてたまるか。





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(from 20121001)