+ おくさまは18歳 15 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

友人とゆっくりご飯なんて久しぶりだ。
その晩一緒に大学近くのファミレスに向かったのは、郁と柴崎の他に女子ばかり4人だった。そういえば高校を卒業して堂上と結婚してからというもの、女の子ばかりでわいわい遊んだことなどなかった。

女ばかりが集まると当然男の子の話になる。
二人の子にはもう既に彼氏がいて、まず話はその二人への追究から始まった。高校時代にもこんなことがあったが、堂上と出会うまではただうらやましいなあと聞いているだけだった。だが堂上と気まずくなっている今となっては、友人ののろけ話を聞くのは複雑だ。わかるなあとこっそり思う反面、堂上の顔を思い出しては胸が痛くなる。
「柴崎さんは彼氏いないの?あの背の高い手塚くん、だっけ。仲いいよねー」
「あー、あいつはただの腐れ縁?お互いなーんにも思ってないし」
「えー、お似合いなのにもったいないー」
柴崎と手塚の関係については郁も疑問に思うところではある。いつもはぐらかされてばかりでまともに聞けたことはなかったが、二人の間にただならぬものを感じることはあるのだ。

「で、笠原さんは?彼氏いないの?」
「えっ……」
急に聞かれて、郁は思わず答えに詰まる。柴崎と手塚のことを考えていて、まさか自分の方に話が回ってくると思わなかったのだ。
「あ、えと、あのね……」
口ごもっていると、目の前の友人はにこりと笑った。
「お、赤くなっちゃってー。その反応はいるね。どんな人?どこで知り合ったの?」
「えっと、年上で……、高校の時に出会って……」
否定してしまえば良かったのに、どこまで話してもいいのだろうと迷いつつもついつい本当のことを話してしまう。
「年上って社会人だったりするー?」
「変則的な仕事についてる人でなかなか会えないんだって。機密がどうこうとかいう話らしいから、あんまりその人について突っ込まないであげてくれる?」
柴崎がうまく助け舟を出してくれて、郁はほっと胸を撫で下ろす。と同時に足を軽く蹴られ「うまくやんなさいよ」と囁かれる。
「へー、あんまり会えないんだ。淋しいね」
「あ、うん、そうなの」
「でもさー、社会人なんでしょ?なんか大人の関係って感じで憧れるー」
友人は目を輝かせて言った。社会人と付き合っているなんて、さぞかし素敵なことに思えるのだろう。

大人と言うのなら、確かに堂上は大人だ。仕事には真面目でしかも優秀、それでいてやさしくて、郁の気持ちをいつも最優先してくれる。自分にはもったいないくらいの立派な男の人だ。
だけど、あたしはそうじゃない。
郁は自分の肩が落ちていくのを感じた。
結婚までしたのに何にもわかっていなかった。でも堂上はきっとそんな郁のことをわかってくれていて、待ってくれていたのだ。郁が何の覚悟もできていないことを堂上は郁自身よりもよく知っていたに違いない。
なのに、あたしじゃだめなのなんて焦って、結果堂上を傷つけた。あの夜、堂上は痛いくらいの眼差しであたしを求めてくれていたのに。
「大人な関係だなんて、あたしが子供みたいだからそんな……」
言いながらぽろっと涙が零れた。ほとんど親しくしたこともない友人との初めての食事の席で泣くなんて、雰囲気ぶちこわしもいいところだ。
「ど、どうしたの……」
皆が大慌てするのがわかる。
「な、なんでもない!」
郁は涙をぐいと拭いながら言った。だが、一度溢れたものは止まらない。
「話して楽になれるなら話してくれていいんだよ?」
一人が言って、他の子もそれにうんうん頷く。
「もう泣いちゃったんだから何にもないって言っても気になるだけよ。話せることなら話してくれたほうが皆すっきりすると思うけど」
柴崎が郁にハンカチを差し出した。郁は有難く受け取って皆にありがとうと頭を下げる。
こんなこと、誰にも言えないと思っていた。でも、一人で抱えるのは郁には荷が重過ぎて、本当は誰かに聞いて欲しかったのだ。落ち着いて話せるように、郁は小さく息を吸い込む。
「この間、あの、その、そういうことする雰囲気になったんだけど……、途中で怖くなって、イヤって言って手を払いのけちゃって……」
自分から誘うようなことをしたことまではさすがに言い出せない。
「そうなんだ……」
友人たちが神妙な顔になる。
「すごく傷ついた顔してたのに、何にもできなくて……」
郁が続けると、柴崎が横から郁の背をやさしく撫でた。また涙に詰まって何も言えないでいると、皆も黙ったままでいる。
「でもあたし、わかるかも、笠原さんの気持ち」
一人が不意に口を開いた。高校時代からの彼氏ともうすぐ一年になるとのろけていた子だ。
「あたしも前はなんか怖くて。彼氏の部屋とか行ってもね、彼がそういうことしたいってわかってたんだけど、うまくはぐらかしたりして」
郁も皆も黙って話を聞いた。
「でもなんていうかな、そういうことってしなきゃいけないからするものじゃないでしょ?」
「あ……」
まさに郁が思いつめていたことだ。
「こんなこと言うの恥ずかしいんだけど」
彼女は照れたように笑って前置いた。
「あたしは彼のことが好きで、彼もあたしを求めてくれてそれってすごく幸せなことだなあって。いつのまにかそう思えるようになってきてね。変に力入れないで自然に任せてれば、笠原さんもきっとそう思えるようになるよ」
「初めてのことって怖いかも知れないけど、好きな人だもん、焦らなくて大丈夫だよ」
もう一人も言葉を添える。
「あんたのことだから変に思いつめてたんでしょ」
「うん」
柴崎の言うことに郁は素直に頷いた。
「あの人ならちゃんとわかってくれるって」
「うん」
皆が郁のほうをやさしく見つめてくれているのを見て、郁は気持ちがすっと楽になるのを感じた。
いつだったか、堂上が同僚の女の人と一緒にいるのを見て郁が逃げ出したとき、堂上はお前だけだと言ってくれた。そして郁は信じると言ったのだ。なのに、どうしてそれを忘れていたんだろう。
あたしは篤さんをただ信じていればいい。
「あたし、彼のことすごく好きなの」
気付くと、そんなことを口に出していた。
「やだー、急に何言ってんのー」
皆が一斉に顔を赤くする。
「あ、いや、あの……」
自分の言ったことを自覚して慌てる郁を見て、場が笑いに包まれた。先ほどまでの沈痛な空気が軽くなる。

「みんな、ありがとうね。なんか楽になった。あたし、ちゃんと向き合ってみる」
帰り際に言って、郁は皆と別れた。帰る方向が同じの柴崎だけが一緒だ。
「電話、するんでしょ」
二人になるなり柴崎が言う。
「え?そんな、まだ今は……」
頭の整理はまだついていない。
「今思ってることちゃっちゃと言っちゃいなさい。あんたみたいなタイプはね、色々考えてると余計訳わかんなくなっちゃうんだから」
「え、でも……」
「もーう、あたしが何日心配したと思ってんの!?」
何も言わなかったけど、柴崎心配してくれてたんだ。そう思ってうれしくなる。
と、その間に柴崎は自分の携帯電話をいじり始めた。
「あれ、どこ掛けてんの?」
「決まってんでしょ、あんたの篤さんよ」
「えー?なんで柴崎が番号知ってんの!?」
「前に教えてもらったでしょうが」
「え、そうだっけ。って、バカ、やめてよー!」
柴崎は耳に電話をあてて、澄ました顔だ。
「あ、こんばんはー。柴崎です。お久しぶりでーす」
堂上と電話がつながったらしい。郁がまわりで大騒ぎするのを柴崎は煩そうに手でいなす。
「ええ、あの子がなんか話があるみたいなんで替わりますねー」
「ちょっ、柴崎!」
郁は電話を受け取るまいと抵抗する。
「向こうにも聞こえてるわよ。ここでやっぱり話さないなんてなったら、もっと傷つけると思うけど?」
耳元で囁かれて、郁はぐっと言葉に詰まる。くそお、してやられた。そう思いながら電話を受け取る。

「……もしもし」
「もしもし、郁か?」
久しぶりに聞いたような堂上の声に心臓がはちきれんばかりになった。
ただ声を聞いただけなのに胸が詰まって、涙が零れそうになる。

――――ああ、あたし、この人が好きだ。

「篤さん!」
思うと同時に、郁は電話器に向かって叫んでいた。
「あたしが全部をもらって欲しいのは篤さんだけなの!篤さんじゃなきゃイヤなの!」

泣き声で言った言葉はただその時の精一杯の気持ちだった。

 

 

 

 


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(from 20121015)