+ おくさまは18歳 22 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

大学の前期試験目前となって、陸上部の練習も自主トレだけになった。郁は堂上と一緒に早朝に走っているので、放課後には走らずに図書基地に戻ってきて勉強していた。

「なんで学校の図書館で勉強しないの?」
司書講座は無かったが、食堂で待ち合わせして一緒にランチを取っていた柴崎が郁に訊いた。
「うん、試験勉強なら武蔵野の図書館でもできるだろう、って篤さんが」
どんだけ郁を自分の近くに置いておきたいんだ、あの男は。
「んー、なんかあったら困るだろう?って言うんだけどさぁ、図書館で勉強するだけで何があるっていうのか、不思議なんだよねぇ。まあ、武蔵野まで戻って来てれば遅くまで図書館利用できるからいいかな、って」
確かに大学の図書館は5時過ぎには閉館してしまうので、講義の後だとあまり時間がなかったりする。
「でもたまにね、館内業務に就いているときは、顔を見に来てくれたりするから良いんだー」
郁は定食の唐揚げを口に放り込みながら、嬉しそうな表情を見せた。
「まあ・・・あんたが良いならいいのか・・・」

柴崎には話さなかったが、こうなるのには前置きがあった。

試験一週間前から自主トレのみになる話を、郁は食後にお茶を飲みながら、片手にビールを手にしている堂上に話した。
「だから、早朝30分のランニングは欠かしたくないの、篤さん付き合ってくれる?」
「ああわかった」
堂上は即答で了解してくれた。
「で・・・ね、あ、あの・・・」
「ん?」
「そ、その・・・寝坊したくないからね・・・?」
「なんだ?」
「・・・よ、夜は、普通に寝たいの!」
郁は俯きながら、頬を真っ赤になって叫んだ。今まで堂上から求めれて、断った事はない。一緒に住んでいるので言わなくても察してくれているようだが、生理になったときは「女の子の日が来たの・・・」と小さく呟いて知らせた程度だ。
こ、こういうのって、どうやって、その、したりしなかったり決めるものなの?
って、誰かに訊きたかったのだが・・・
答えが見つからないまま今日にいたってしまい、結局こんな言い方になってしまったのだが・・・。
「普通に、っていうのはこうする事じゃないのか?」
堂上はそう言うと悪戯っぽい笑顔を浮かべて、郁の後頭部に手をかけて引き寄せた。抵抗の言葉を出す間もなく、唇を塞がれ、貪られた。
「ん・・・っ、あ・・・ぁ、だ・・・ら・・」
だからこうじゃなくてっ、と言いたいのだが、息も絶え絶えで言葉にならない。堂上のTシャツにしがみついて自らの体が崩れ落ちないようにするのが精一杯だった。
絡め取られた舌が奏でる音が耳を伝って体が熱くなる。しばらく続き、やがてちゅっ、とわざと吃音を立てて触れられてからようやく郁の唇は解放された。
「わかった、しばらくお預けされてやる」
篤さんいじわるっ、という代わりに、郁は堂上の胸元を拳でぽんっ、と叩いた。





そして、テストが終わるまでの自主トレデートと、「お預け」の代わりに堂上からは「なるべく早く図書基地に戻ってきて、試験勉強は武蔵野図書館ですること」を提案された。
学校の図書館じゃだめなのかな?と郁は思ったが、その前に自分のお願いをきいてもらっているから、と了承することにした。
まあいいや、仕事している旦那様をみれるのも嬉しいし、と郁の頭の中は凄く短絡的だった。




武蔵野第一図書館は平日は19時まで開館している。
実際、閉館までそこで勉強すると夕飯作りが遅くなってしまうのだが、堂上が「俺がなるべく定時で上がって夕飯は作るから勉強してきて良いぞ」と言われた。
旦那様が帰宅している、ってわかっていて勉強しているのも何だけど…図書館の方が集中できるから遠慮無くそうさせてもらった。

図書館から官舎の帰り道で、前に堂上の上官だった中田三監の奥さんとばったりあった。
「学校の帰り?」
「いえ、前期試験前なので図書館で勉強してきたんです」
兄妹で二人暮らしじゃあ、ご飯作りとかどうしてるの?などと、以前あったときにも訊かれた。
「試験期間終わるまでは、夕飯作ってくれる、ってあつっ・・・兄が言ってくれたので」
「そう、じゃあ男の人なのに、料理も出来るのね、堂上三正は」
「はい、官舎に住んでからやりはじめたのですが・・・覚えが早いみたいで・・・上手ですよ?」
事実、あたしよりも要領が良くて上手だ。篤さんの料理は美味しいし。
「そういえば今はイケメン料理人とかテレビで人気だしねー。今どきの男の人は料理ぐらいするものなのねー、ポイントが高いわねぇ」
近くのデパートのものらしき紙袋をぶらさげた中田夫人は郁の横に並び歩きながらそんな風に話してきた。ポイント高いってなんだろう?と不思議だったが、あまり長話になるのも困るので、あえて訊かなかった。
「そういえば、堂上三正はお付き合いされている方がいるの?」
「え、あ・・・」
ど、どうしよう?!いる、って言うべき?いや、勝手に言って誰とか突っ込まれたら・・・隊の関係者だし、大学の友達みたいに適当に、って言うわけにはいかない・・・
郁の脳内はちょっとしたパニックだった。こういう事って、想定しておくべきだったの?そんな事まで篤さんと打合せとかしてないし・・・
「あ、兄の彼女とか・・・会ったことがないので、よくわからないです・・・」
「そう、お二人仲が良さそうなのに、彼女の話がでないんじゃぁ、やっぱり堂上三正はフリーかしらねぇ。真面目そうだし、浮いた話も聞かないしねぇ・・・」
うわっ、さすが官舎にいる奥さんだ。隊内の噂まで知っている物なんだぁ、と郁は感心した。心臓をバクバクさせながら、二人で歩いているうちに、官舎の階段の所までたどり着いた。

「じゃあ郁ちゃんまたね、試験勉強頑張って」
「ありがとうございます、おやすみなさい」
郁は先に階段をあがった中田夫人を深々と頭をさげて見送った。そしてふう、とため息をついてから自分も階段を上り始めた。





「帰りに、中田三監の奥さん、と一緒になったんだー」
堂上の作ったかに玉と中華スープと焼き魚、の夕飯を満喫しながら、郁は話しかけた。
中田三監は以前堂上が所属していた防衛部の部長だ。
「そのときね、篤さんに彼女がいるのか?って訊かれて・・・」
その質問に堂上の顔が曇りだし、眉間に皺が寄り始めた。
「郁はなんて答えたんだ?」
「ん、あ、とっさにどうすればいいかわからなくて」
本当にその時は困ってしまって、夏なのに冷や汗をかいたのだ。
「とりあえず『会ったことがないからわからない』って言っておいた・・・」
それも複雑だな、とそのとき堂上は思った。
彼女がいる、といってしまって隊の誰かの耳にはいれば、どこの誰だと突っ込まれるのは必至で。
かといって、彼女がいない、と言うことで言い寄られるのも面倒だ。まあ、好きな奴がいる、と言って断ればいいと思ってはいるが。彼女がいないと嘯いても、好きな奴がいると言うのは問題にはならないだろうと思う。
実際、俺には愛しの妻がいるしな。
「それでいいんじゃないか、まあ」
「もう、誰になんて言ったんだか、だんだんわからなくなってきそうで・・・」
最悪、図書隊では郁との結婚の事がばれても構わないんだけどな、と口に出すわけにも行かず、堂上は郁の頭に手を置いてぽんぽん、と優しくしてやった。
堂上姓と笠原姓のままの兄妹、ぐらいは問題ないだろう、と思って柴崎達には最初から自分は堂上を名乗った。
訊けば、同居の兄がいて、社会人の彼氏がいるけどそれは内緒ね、っていう事になっているらしい。兄として学校のそばに顔をだしているから、彼氏は謎めいた人にしておきたいんだー、などと以前郁がおもしろそうに言ってたのを思い出した。

「俺のわがままに付き合わせてすまん」
急に堂上が謝りだしたので郁は驚いた。
「なんで謝ってるの?」
「陸上を続けながら大学生活を楽しみたかっただろうに」
なんで今更そんなことをいうの、この人は!
その一言を聞いた郁の顔が歪み始めた。
「なんで篤さんだけが悪いの?!あたしを助けたこと、後悔してるの?!」
「違う、そんなことはない!」
堂上は郁の叫びに即答で返した。
「・・・お前の描いていた未来を変えてしまったのは俺だから」
「あたし、好きな人と結婚して幸せになるのだって描いてた夢だよ!それが思ってたより早く実現しただけだもん!」
手にしていた箸を置いて、郁は堂上の目を真剣に見つめて訴えた。後悔なんてしたことない。
「篤さんの奥さんが、本当にあたしで良かったのかな、とかは何度も思ったよ。あたし、ほんとお母さんが全部やってくれてたから何も出来ないし、世間知らずだし。でもあたしの旦那さまは篤さんがいいの」
こんなに愛しい人は他にはいない。今まで「好きな人」と思った男子への気持ちとはまるで違う。
そしてあたしの事をこんなに愛してくれる人だって・・・篤さんしかいない。
「俺も郁がいい。郁しかいらない」
なんの為に査問期間を耐えて、水戸まで足繁く通ったと思ってるんだ。
「・・・あたしが頭悪いから、図書隊でどう言えば良くて、学校でどう言えばいいか、混乱してるだけ」
とりあえず、堂上の彼女の事をきかれたら「紹介されたり会ったりしたこと無いからわからない」で通せばいいとわかったからいい。
そんな風に瞳を潤ませながら言う郁が可愛くて、堂上は思わず席を立ち、郁の傍らで柔らかい頭を抱きしめた。
「困ったことがあったら、今回みたいにちゃんと言えよ」
それだけでいいから。
「うん、わかった」
抱きしめられた頭を動かし、絡まった腕からゆっくり外して堂上の瞳を上向きで見つめる。愛しい人の顔が近づく気配に郁は瞼を閉じた。
「篤さん・・・、焼き魚の味がするよ」
「二重においしかっただろ?」
そういって、顔を見合わせ二人は苦笑いをした。





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(from 20121108)