+ おくさまは18歳 24 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

大学の定期テストが終わると、待ちに待った夏休みだ。

毎日ではないのだが、陸上の練習と大会があるので、アルバイトや旅行などにいそしむ普通の大学生とは少し違うが、大会前以外は半日の走り込みと筋トレ程度で調整している。
「あたし、夏休みだけでもアルバイトしようかなぁ」
試験が終わった日の夜、郁は堂上と食後のお茶を飲みながら呟いた。
「陸上の練習があるんだし、無理に働くことはないだろう?」
「うーん、でも一度もアルバイトしたことが無いまま、就職するっていうのもなぁって思ってね」
よっぽどの家でなければ、大概今どきの大学生は短期だとしてもアルバイトぐらいしている。だからコンビニに置いてあったアルバイトのフリーペーパーも貰ってきた。
「だって、篤さんの夏休みは9月だし、せっかくだからどこか行きたいなぁって思ってね」
それは堂上も考えていた。
結局、卒業と同時に結婚して郁と官舎に住むことを優先してしまったので、新婚旅行も行ってないのだ。このまま、無しではあんまりだ、とは堂上も思ってたのだが....
郁は郁なりに、旅行費用を貯めたい、と思ったのかもしれない。口にはしないがそう言うことはきちんと考えている。そんなところが真面目で可愛い。
「陸上で結果を出すことも大事だろう?いっそ家庭教師とかしたらどうだ?」
「酷っ。あたしに頭脳労働勧めるっていうのはからかってるのー?!」
「いいや」
司書講座だって堂上に特訓受けながら覚えているのに!とわざと頬を膨らませて、上目遣いで堂上を睨んだ。
「・・・そんな可愛い顔して睨んでも、俺をその気にさせるだけだぞ?」
テスト終了までちゃんとお預けされてやったんだからな。
「え、あ・・・・・・」
実はその約束をすっかり忘れていた。テスト期間が終わるって事は・・・・・。
BGM程度にしか付いてなかったテレビのスイッチを消された、と思ったら、堂上にお姫様抱っこで抱きかかえられた。
「・・・・・・約束は守ったぞ」
ううう・・・・と、声に成らない声色で郁は唸る・・・・
「・・・・・・お手柔らかにオネガイシマス・・・・・・」
そして、消え入りそうな声で囁いた。






翌日。

午前中の練習から図書基地に戻って、郁は図書館に向かった。試験勉強中は読書を我慢していたので、新しく何冊か借りて帰りたいと思ったのだ。あと、旅行の本もみたいしなぁ・・・
何処に行きたいか早めに考えておけよ、と堂上に言われていた。9月だったらまだ泳げるかな?沖縄とか・・・行きたいとかって無理かなぁ、など考えながら旅行ガイドの書棚の前に立っていた。
「郁ちゃん」
誰に小声で呼ばれて隣に立った人を見上げると、堂上の班長の進藤がニコリと郁を見下ろしていた。
「進藤班長。いつもお世話になっています」
あえて堂上が、とかあっちゃんが、とかは口にしなかった。やぶ蛇に成りそうで。
「学校のテスト終わったんだね」
「はい、やっと終わりました」
進藤はその時郁が手にしていた沖縄の観光ガイドに目を落とした。
「夏休みの旅行?」
「あ、はい。まだ行き先きめてないんですけど」
堂上の上官だからと笑顔で受け答えする。
「いつ行くの?」
「9月ぐらいかと」
「ああ、そういえば堂上の休暇も9月だな。まさか兄妹で?」
ええっ?!そ、そうか兄妹って!!
「いえっ、その、家族みんなで、です」
郁はあわてて否定した。そ、そうだ、夫婦だって家族だもん、嘘にはならないよね。
「そう、家族でなんて仲がいいんだなぁ、あ、ところで郁ちゃん」
どうやらココで話が変わりそうだ、郁は内心ホッと胸をなで下ろす。
「はい」
閲覧室内なのでやりとりはかなりこっそり声だ。
「今度うちで、班員が集まって焼肉パーティをするから、郁ちゃんもおいで」
「ありがとうございます、班員のみなさんって奥様と一緒に参加されるんですか?」
「いや、俺以外みんな独身」
「じゃ、じゃあ、お手伝いしないといけないですね!」
奥さん同士、とは言えないけど、せめて女性同士、官舎の方を仲良くしたい、そんな気持ちは以前から持っていたので、班長の奥様なら知り合いになっておいても良いと思った。
「ああ、うちの奥さんも郁ちゃんに会いたがってたし、手伝ってくれたらきっと喜ぶよ」
今度の班の公休日の前日だから、と言って、進藤は奥さんの携帯番号を教えてくれた。
直接連絡をとって打合せしてくれる?との事だった。
「はい、ありがとうございます」
郁がとびきりの笑顔でそう礼をいうと、進藤はニヤリと笑顔で返して返却図書作業へと戻っていった。








「・・・・・・今日早速電話でご挨拶しただけなんだけど、すごい優しいくてさっぱりした話し方する奥さんだったよー」
郁が今日の午後にあった出来事を嬉しそうに話した。それとは裏腹に堂上の眉間に皺が寄り始めた。
「今度の公休前日、ってもう明後日なんだよね。買い出しを手伝って欲しい、って言われたんだけど、明後日は午後練習だから、明日待ち合わせしてスーパーに行く事になったんだぁ」
官舎の奥さんと知り合いになるの、って中田三監の奥さん以来なんだぁ、と嬉しそうに話す。隣は業務部に在籍している方の家なので接点もなく、挨拶しかしたことがない。
「そんなに嬉しいのか?」
「うん、だって、奥さんたちとお知り合いになるとか、ってさぁ・・・・・・」
篤さんの奥さんみたいでしょ?
「馬鹿。ホントに奥さんだろうが」
でも奥さんって言えないんだぞ?
「うん、わかってるよ」
ちゃんと兄がいつもお世話になってます、っていうもん、と笑う。それでも嬉しそうな郁の顔をみていると堂上の心配な心持ちすら和らいでいく。そして柔らかい頭にぽんぽん、っと掌を乗せるとさらに笑顔ですり寄ってきた。
「嬉しいのはわかるけど、張り切りすぎるなよ」
そう言うと郁の顎を軽くとって、ちゅっ、と口づけた。







班の焼肉パーティの当日。
先輩達が今日のイベントを楽しみにしている様子だったのと裏腹に堂上は夕方に向けてどんどんと眉間の皺を深くしていた。
「何、そんなに心配なの?」
内心バレバレだったのか?小牧は笑い出しそうなのを抑えつつ話しかけてきた。
「お前、分かり易すぎだよ」
「ああ、心配だよ」
お調子者で憎めない上官の進藤に、堂上は敵わない。

堂上は一度帰宅して私服に着替えた後、進藤の家へ1人で向かった。郁は手伝いがあるからと練習から戻ったら堂上を待たずに先に行くからと言っていた。
「いらっしゃーい、初めましてよね、堂上くん」
ドアベルを鳴らすと、すぐに進藤の妻が玄関で出迎えてくれた。妻の弥生です、と挨拶してくれて堂上も妹が先にお世話になっているようで、よろしくお願いします、と挨拶を返した。
「あ、あっちゃんいらっしゃい!」
ぱたぱたと台所とリビングを行き来していた郁も堂上に気づいてにこやかに微笑む。その極上の笑顔に堂上の仏頂面も自然とゆるむ。
「郁ちゃん、買い出しも手伝ってくれて、よく動いてくれるし、助かってるわー。素直で凄く可愛いらしい子で。郁ちゃんお年頃だからお兄さんも心配よねー」
堂上の内心を読んでいるのかのように弥生は堂上に語りかけながら、中へ入るように促した。

寮からの連中は既にビールで宴会は始まっていた。まあ、居酒屋でやる特殊部隊の宴会程のハイペースではないが、焼肉にはやっぱりビールだとばかりよく飲み食いする輩だった。
「郁ちゃんも座って」
「え、あの、まだ弥生さんの手伝いありますし、いいですよ、あたしは」
進藤班長に声を掛けられたが郁は遠慮して台所の方に居た。
「郁ちゃん練習帰りだからお腹空いているだろ?ここに座って座って」
進藤は自分の隣を空けて郁を呼んだ。郁としては旦那さまの上官からの誘いだから何度も断る訳にもいかない・・・・・・ちらっと堂上の顔色を伺う。仏頂面をしたまま、ビールグラスを傾けつつ、郁の方に目線を向けていた。
「・・・班長の隣じゃあうっかりビール注がれちゃうかもしれないから、こっちにおいで、郁ちゃん」
「いくら俺でも、番犬の前で未成年に飲ませねーだろう、小牧!」
その場に笑いが溢れた。堂上の隣に座っていた小牧がどうやら気を回して自分と堂上の間に来るように声を掛けてくれて、郁はちょっとホッとした。
「だって、進藤班長のお隣は弥生さんが座るじゃないですかー」
そういって郁は華麗に微笑んだ。よかった、と独り言で呟きながら隣の小牧に頭を軽く下げる。
「堂上のココの皺が酷くなったら困るからね」
小牧は隣に座った郁の耳元に口を寄せてそう囁いた。ありがとうございます、と郁も小声で呟いた。

「郁ちゃん、練習って何やってるの?」
「え、あ、陸上です」
「だから脚速いのかー、凄かったよなぁ、この前」
事務室で雑談をしているときに、郁の事が好みだと言ってた福井が焼肉をひっくり返しながら郁へと話しかけてきた。その後はあの時の捕り物の武勇伝やら郁の陸上の事で盛り上がり、すっかり話の中心に持ち上げられていた。

堂上にしてみれば郁が注目を浴びるのはおもしろくない。
妻を褒められるのは嬉しいはずなのだが、先輩の郁に対する本気度が垣間見えるのだから。進藤の事だからこうなる事も予測の上だろうと思う。現にニヤニヤしながら福井達と郁と、そして堂上の顔色を眺めている。
「で、郁ちゃん彼氏は居るの?」
話を重ねながら、とうとう福井は核心を付いた質問を郁に向けた。
「え・・・あ、あの・・・」
いくら恋愛の駆け引きなんてほとんど経験がない郁でもわかる。堂上の先輩は郁に興味を持っていることは。困った顔をして隣にいる堂上の顔を伺った。明らかに不機嫌きわまりない顔をしていた。
「おい福井、いくら何でも兄貴の前で『居ます』って言ったら色々問題があるだろう?」
未だ兄貴のお眼鏡にかなってない彼氏だったらマズイだろうが。
急に進藤は郁にあれこれ話題を向けていた班員たちに先制をかけた。
「あ、あたし・・・こんな、粗忽な大女で、女らしくも無いですから、そんなモテるような事なんてあり得ないですし!」
郁なりに不機嫌な堂上に気を遣って牽制をしたつもりだったのだが・・・端から見たら、またとんでもない事を言い始めた、と堂上も小牧も絶句した。
「郁」
落ち着け、という意味で郁の頭にぽんっと手を掛けた。
「福井三正も、あんまりからかわないでやってください、まだ高校卒業して数ヶ月の子どもですから」
と言いつつ、その子どもを妻にしているのだから・・・と頭の中を事実が掠めた、それは堂上だけではなかったらしく、小牧の肩が震え始め、笑いを押し殺すようなくっくっ・・・という声が聞こえてきた。
「ま、番犬のお兄様に認めて貰わないと先へは進めないって事だな、福井」
意味有りげにニヤリとして、引き笑いをしながら、班長はその場を収めた。

 

 

 

 

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(from 20121115)