+ おくさまは18歳 29 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 


「お前が行くと決めたのなら口は出さん。だが、今ならまだ断れるぞ」
「いえ、もう決めましたので……」
「中田の奥さんはこうと決めたらなかなか動かんしな」
呆れたような口調は今までにも同じようなことがあったからに違いない。
「ええ、はっきり断る理由も言えないわけですしね」
堂上は自嘲気味に答えた。
堂上がいつも“妹”とばかり行動しているのは周知の事実である。
妹のことばかり心配している、シスコンだと言われても構わないと思っていた。けれど、そのことがこんな形で裏目に出てくるとは。
「だが、お前が義理を感じる必要はない。きっぱりと断れ。そうしてくれていいと中田も言ったんだろう」
「ええ、そうしようとは思っています。ありがとうございます」
頭を下げて堂上は隊長室を出た。





事務室に戻ると、先輩たちが待ち構えていた。
「堂上、お見合いかー」
進藤が先頭切って聞いてくる。
今朝、堂上は防衛部の中田三監に呼び出された。中田三監夫人は見合いの世話に熱心なことで有名だ。エリート部隊と言われる特殊部隊にはこのようなことが度々あって、先輩たちにはすぐにそれとわかったらしい。
堂上もその噂は耳にしていた。けれど、まさか自分にこんなことが起こるとは、夢にも思っていなかったのだ。
「今回は一番若いお前だとはな」
「けど、そろそろシスコンやめるいい機会になるんじゃないか」
「そうだ、郁ちゃん解放してやれー」
先輩たちが好き勝手言うのを苦い顔で聞く。小牧は気の毒そうな顔を向けてくるが、何かできるわけではない。

「これで福井も郁ちゃん口説けるかも知れないしな」
進藤が後方に向かってニタリと笑った。堂上が振り返ると、そこにいたのは福井三正だ。
「あ、いや、俺は……」
福井は気まずそうに口ごもった。
そういえば、と堂上は気付く。今までならこの手の会話に楽しそうに混じってきていた福井が、今日は黙ったままだったのだ。
進藤の家で焼肉パーティーをしたあの日、福井は明らかに郁に対して本気のアプローチをかけようとしていた。堂上があの場にいて睨みを利かせていたから何事もなかったものの、本当は何か行動を起こしたかったに違いない。
―――いや、もしかしたら、もう何かあったのか?
堂上の胸にちくりと棘が刺さった。けれど、平静を装って進藤たちの会話を聞く。

「どうした、福井」
「もしかしてフラれたのか?」
進藤がずばりと聞いた。
「あーいや、好きな人がいるからって言われちゃいましたよ」
福井はハハハと軽く笑った。
「そうか、隊長もお前に見合い話回してくれたら良かったのにな」
一人が福井の肩を叩く。
「ま、俺は自分で見つけますよ」
「だな、堂上じゃあるまいし」


福井や先輩たちの言葉を堂上は黙って聞いていた。郁と福井の間で、話は既に済んでいたらしい。
好きな人がいるから。
そう郁は言って断ったのだろうか。

堂上の言いつけどおり郁がそう言ってくれて良かったと思う。
けれど、堂上の胸の中は落ち着かなかった。
―――郁はなぜ話してくれなかったのだろうか。
何か聞かれて都合が悪いことがあったからではないのだとは思う。
けれど、以前中田夫人に堂上のことを聞かれて困ったと言う話が出たとき、困ったことがあったらちゃんと話せと郁には言った。郁もわかったと頷いてくれた。
そして、そうでなくても郁は大事なことは全部話してくれていると思っていた。
けれど、それは自分の思い込みだったのか。

郁が福井とどんな会話をしたのか聞いてみたい。そして、堂上になぜ話してくれなかったのかも―――





その後も堂上の見合いのことで話は盛り上がったが、堂上は釣書を見る気にもなれなかった。そもそも断ることは決まっていて、見る必要もないのだ。
見合いのことと福井のことと。
一日中もやもやとした気分のままで仕事をこなし、堂上は官舎までの道を戻った。
今日、郁は陸上部の練習がないと言っていた。きっと張り切って夕飯を作って待っていてくれるはずだ。
ドアを開けたときの郁の笑顔を想像する。
いつもならこんな日は心が弾むのに、今日は気が重くなるばかりだ。
福井とのことは気になるが、またいい機会を見つけて聞いてみるしかない。だが、郁は時々中田夫人に遭遇することがあると言っていた。お喋りらしい夫人にバラされる前に郁に話しておかなくてはならない。



実は堂上が見合いの話を断れなかったのには、特定の相手がいないということになっているからということ以外にも理由がある。
それは昨年郁を助けたことで受けた査問だ。
中田は防衛部長という存在で、当然堂上の直属の上官ではなかった。けれど、図書大で優秀だったこともあって、入隊時から目をかけてもらっていた。
そこに来てあったのがあの査問だ。中田は玄田と同じく原則派の重要人物の一人である。見計らいに関しては直接厳しい言葉も言われたが、原則派として行政派の攻撃の矢面に立ってくれていた。査問がなるべく早く終わるように尽力もしてくれていたと聞いている。
中田はそのことについて当然何か言うわけではない。けれど、堂上には原則派を揺るがせたという負い目がある。せめて、見合いに出て顔だけでも立てるべきだと思ったのだ。
もちろんはっきりと断るつもりではあるが―――玄田が義理を感じる必要はないと言ったのは、たぶんそのあたりを指している。

もうすぐあの出会いから一年になろうとしているが、郁に査問について話をしたことはない。
そして、これから先も決して言うまいと心に決めていた。
確かに査問は耐え難いものだった。けれど郁にはなんの責任もないことで、自分のせいで堂上が辛い目に合ったなどとは思って欲しくない。
だから、なぜ見合いの話を受けねばならないのかも言えない。
だが、郁はそれで納得してくれるだろうか。





「おかえりなさい!」
想像通り輝くような笑顔の郁に出迎えられた。そうして、いつもどおり頬にキスをされる。
唇にしろと言っているのに、郁は恥ずかしがってまだ頬にちゅっと触れるだけだ。そんなところまで郁のことが愛しくてしょうがないと思う。
だからこそ、大事すぎるからこそ、今はこんなに重い気分なのだ。

「篤さん、なんか疲れてる?」
「……ああ、ちょっとな」
いつもなら郁のところに帰ってくるだけで疲れも吹き飛ぶというのに。
堂上は胸のうちで溜息をつく。
「じゃあ、急いでご飯にしよ。もうほとんどできてるからね」
郁は慌ててキッチンに戻ろうとする。その背中に堂上は呼びかけた。
「あのな、郁」
「え?なあに?」
郁はきょとんとした幼い顔でこちらを振り向く。
「……あのな……」
堂上が言いかけると、郁は不思議そうにこちらを覗きこんでくる。
そうされてみて初めて、堂上は自分がどう話していいかわからないことに気付いた。見合いの話をすれば、郁は間違いなく動揺するだろう。けれど、なるべくなら郁を傷つけずに話をしたかった。
この澄んだ瞳を曇らせたくはない。
「いや、……いつもご飯作ってくれてありがとう」
咄嗟に堂上はそんな言葉で言い繕った。
「何言ってんの?篤さんが作ってくれることも多いのに」
こっちこそありがとうだよ。郁はそう言って、変わらない笑顔で笑った。







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(from 20121203)