+ おくさまは18歳 32 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

「篤さん、あたしに何か隠していることない?」



郁の問いかけは極めてストレートだった。
部屋の灯りをつけて、ダイニングテーブルにぼうっと座っていた郁を見ると、頬にうっすら涙の後が残っていた。

泣いたのか。俺が泣かせたのか。

ストレートに隠し事はないかと聞かれて、すぐにこの前の見合いの事だとわかった。
人の口に戸は立てられない、というが、特殊部隊内の人間にも見合いすることは知られていた訳だし、冷静に考えればこうなる事は時間の問題だったな、と今なら思えた。

だが言えなかった。
仕事の一環みたいなものだ、と言っても、結婚している人間が見合いするということは妻にも相手にも失礼な訳で。
それを言えない状況だった、にしてもやはり見合いなんぞすべきじゃなかった。相手の顔を中田三監の奥さんの顔を立てて、なんていい顔した自分が悪かった。
それ以上に、俺が世話になったとか、顔を立てなくてはとか、そんな事を言い訳して見合いをさせてくれ、とは郁に言えなかったのだ。
当然「あたしがいるのに何で見合いなんかするの?!」と怒ると思ったし、理解して貰える訳がないと思っていた。恋人が見合いする、って言ったっていやだろうし、ましてや夫が見合いするなんて聞いたら、郁はきっと実家に帰る、とか離婚する、とか言い出すだろうと勝手に決めつけていた。

「・・・ある。すまない、郁」

それが俺がやっと紡ぎ出した一言だった、俯きながら。

「・・・なんで」
俺が郁をちゃんと見れないのに、郁は俺にきちんと向き合った。
「なんでちゃんと話してくれなかったの?!あたしが怒るから?!」
俺を捉えようとする郁の瞳からぽろぽろ涙が落ち始めた。
「結婚しているのに見合いさせられる、って、あたしが奥さんだって言えない奥さんだからでしょ?」
奥さんだって言えない状況で結婚しているのは、あたしの事情だから、と郁はずっとそのことに負い目を感じているの事を堂上はわかっていた。
学生結婚を強いたのは俺だ。だから郁が卑屈になることは無いんだ、という思いから余計な心配させることは言わないでおこう、と思った。

-----------守っているつもりで、郁を傷つけたのは俺か。

「あたしじゃない人が・・・、結婚してますって堂々と言える人が奥さんだったらこんな事にはならない、ってわかってるよ。だからちゃんと篤さんの立場に、きっといろいろある事は解っているつもりだったのに」
話をするときは相手の目を見て、という親の教えをきちんと守ってきた郁だったが、とうとう俯いてしまった。溢れる涙がぽたぽたとテーブルにこぼれ落ちる。
「・・・今回の事は俺が全面的に悪い」
そう漏らして、郁が座る椅子の横に立った。
頭をそっと抱き寄せようとしたとき-----------
「今それ要らない!」
軽く、ではあった、堂上を左手で突き放した。本当に軽く、だったから突き飛ばされた訳ではなかったが、そうされた事と郁が口にした一言が衝撃的だった。
「あたし・・・、篤さんがお見合いしたことに怒ってるんじゃないよ。篤さん、いつもどこかであたしの事、子ども扱いしてるよね?あたし、篤さんに守って貰うために結婚したんじゃないよ。すぐには無理だし、もしかしたら何年経っても無理かもしれないけど、隣に立って一生一緒に歩きたい、篤さんを支えたい、って。そう思わせてくれたから結婚したのに!」
「・・・・・・お前だって俺に話してないこと、あるよな?」
売り言葉に買い言葉、ではないけど、予想外に郁に強くいわれて、抱き寄せる事も拒絶されて、ショックで少し頭に血が上った。

「福井三正に告白されたんだろう?」
「・・・好きな人がいるから、ってきちんと断った、それだけだよ」
以前から福井が郁を気に入っている様子だったのはわかってた。元々大学と陸上が忙しくて図書隊の人間と接点を持つ機会もほとんど無かったので、あとで福井の事は郁に言っておけばいいだろうと油断していたのもあった。
断るだろうし、それで後腐れがなく向こうが納得したなら問題はない。
だが、自分の同僚で先輩だ。これからも接点がゼロではないなら、どんな状況で断ったのか、相手がどういう反応だったのか、きちんと聞いておきたかった。

「福井さんからはそれ以上何も無いし、顔を合わせてもいないよ。何を心配しているか知らないけど、ちゃんとわかってくれたと思う」
「・・・福井三正がお前の事を諦めたかどうかなんて、ちゃんと聞いて見なきゃわからんだろう」
だからこそ、それとなく聞いて見れるように、どんな話をしたのか聞きたかったのだ、郁の口から。

「それこそ、篤さん、あたしの事も福井三正の事も信用してないじゃん、見合いの事を隠すのだって、どうせ子どもだから大人の事情はわからないって思ったんでしょ!」
一言、思ってた事を吐きだしたら止まらなくなっていた。
「心配だから、って大学に様子見に来たのもそう、福井さんの事だってそう、あたし1人でちゃんとがんばってるよ。篤さんにそこまで心配して貰うほど子どもじゃないのに!お酒も飲めないし、選挙も行けないけど、それでもいいっていうから奥さんになったんだよ!どんなに頑張っても歳だけは追いつけないのに・・・」
そう、年齢だけは、どんなに努力しても堂上には追いつけない。大人の人達に囲まれて仕事する篤さんとほとんど学生としか接しない生活をするあたしじゃ、社会人の人達からみれば子どもなのはわかっているけど。

せめて奥さんの時は、夫婦の時は並んでいたかった。なんでも話せるフェアな関係になりたいと思っていた。守ってもらうんじゃなくて。

堂上は何も言わず黙って聞いていた。ひとしきり叫んだところで、郁は頬を紅潮させながら、椅子から立った。
「もういい。今からご飯じゃ遅くなるから、コンビニ弁当買ってくる、少し1人にして」
「お、おい、郁!」
そう宣言して財布だけ持つと、するりと堂上の横を抜けて、そのまま玄関から郁はダッシュで立ち去った。


コンビニに行く、ときちんと行き先を告げて行ったのだから、戻ってくる気はあるんだろう。家出まではしようと思ってないらしいから、本当はすぐに追いかけて捕まえるべきなのに、情けないが足が動かなかった。

郁の言うとおりだ。
郁を守らなくては、という事ばかりに頭がいってた、と思う。

見合いの事は理解できないだろうし、不快な思いをさせたくない、という一心だった。ちょうど郁が試合の遠征で不在なら、わざわざ言うこともない、と勝手に決めつけた。
福井の事も、どんな風なやりとりをして断ったのか知っておきたい、と思ったのは自分のエゴだ。
郁が自分で解決した、それで、それ以降福井は何もアクションしてこないから、郁はわかってくれたと思ったのだろう。
子ども扱い、なんてしているつもりは無かった。ただ、愛する女を守る、ということを俺は履き違えていただけだった。







「コンビニに行く」

それが郁がその場から離れる理由としては、精一杯の一言だった。だって他に行くところ何て無い。
東京で図書基地内の官舎暮らし。
堂上との官舎での生活を第一にしてきたから、実は柴崎の下宿先すら行ったことがない。
家出する、っていっても、水戸と違って行くあて頼る先もない。

もしかしたら堂上が追いかけてくるかもしれない。瞬発力は郁の方があるけど、基礎体力が違う。ずっと走って追いかけられたら、追いつかれるだろう。
そう思って図書基地の外までずっと走った。

通用門から出たところで立ち止まって振り向いたが、追いかけてくる様子がなかったので、ゆっくりと息を整えながら歩き始めた。
とぼとぼとコンビニに向かう途中にある、小さな公園に入って、1人ベンチに腰掛けた。
夕日がまぶしかったので、それに背を向けるようにして。

初めて大げんかして、初めて家を飛び出した・・・・・・
泣きたい気分だったが、不思議ともう涙はでなかった。

信頼されてないのかな、あたし。
堂上が大学に偵察に来た事もそうだし、福井の事をきちんと解決したのに、まだそれについて聞きたいという事も。それは守られてるって事なの?

あたしはそうじゃないと思ってる。

だけど堂上からしたら、守ってるつもりなんだろう。
それはあたしが奥さんだけど、まだ子どもだから。18歳だから。

・・・・・・子どもだって産めるのに。そういうコトだってしてるのに。

どんなに頑張っても年齢だけは変えられない。
篤さんの良い奥さんになりたくて一生懸命頑張ってきた。もともと器用じゃないから料理だって家事だって上手なわけじゃないけど、あたしなりに。

・・・・・・正直、ちょっと奥さんがんばるの、疲れたかもしれない。

柴崎やクラスの友人の事をふと思った。
みんな学生らしく、サークルやら友達やらとご飯食べに行ったり、たまには夜遊びしたり、またはアルバイトしたり、しているんだろうな。

自分で選んだ道だから、後悔はしてないし、奥さんやめたいと思っているわけではない。当然実家に帰りたいとか離婚したいとかは全然思ってない。

ただ--------------
「好きだ」って気持ちだけじゃなく、もちろん躯だけじゃなく、もっと深いところであたしを信じて欲しいし、篤さんを信じたい----------

それは口うるさい母と、寡黙だけど何よりも母と兄ちゃん達やあたしの気持ちを一番に考えてくれる父のように。

-------------篤さんは、若いけど父さんが認めてくれた男性だから。
初めて思いが叶った人と愛し愛されて、離れたくなかっただけじゃない。

こいつなら郁を預けても良いと思った、と、郁が卒業する前日に父さんは気持ちを話してくれた。

この人なら付いていってもいいとあたしは思った。

篤さんが好きな気持ちは変わらない。本当に信じていない訳じゃない。
だけど、篤の思いに少し疲れてしまった今は、もう少し拗ねさせて欲しい---------
郁は夕日に背を向けたまま、その場で少しだけ泣いた。泣き終わったら、コンビニでお弁当買ってちゃんと帰ろう、と決意しながら。




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(from 20121213)