+ おくさまは18歳 34 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

かばんの中から携帯を取り出し着信を見ると、登録されてない番号からの電話だった。



いろいろな思いが瞬時に重なったが、ずっと鳴っているのも二人に失礼だから、とりあえず電話に出た。
「はい・・・」
「・・・堂上郁さんの携帯ですか?」

しっかりとしてすこし嗄れた低い男の人の声だった。しかもそんな風に呼ばれる相手から電話がかかってきたのは初めてだ。もしや・・・・・・
「そうです」
郁の電話の出方で何か感じたのか、柴崎と手塚は少し怪訝そうな表情を郁に向けた。
「ライブラリータスクフォースの玄田と言います。実は堂上三正が今日の抗争で負傷して治療の為に病院に運ばれました、急ぎ向かうことはできますか?」

いま、何て?

「あのっ!・・・」
病院って?負傷って?だ、だれが?あ、ああ・・・?
玄田と名乗った人の言ったことを整理して、いろいろ聞きたいのに、うまく言葉がまとまらず紡ぎ出せない。急激に悪寒が郁を襲ったように、携帯を持つ手が震え始めた。

「笠原?」
みるみる間に顔面蒼白になっていく郁をみて、電話中ではあったが柴崎は声を掛けた。そして軽く肩を揺するが、焦点が合って無くて反応がはっきりしない。
それを見て何か悟ったのか、手塚は郁の手から携帯電話を取り上げて電話に出た。

「電話代わりました、笠原と堂上三正の友人です」
すべてを話してくれていい、という意を込めて、手塚は堂上の友人だとも告げた。
「郁さんは大丈夫か?」
「はい、もう1人の友人がついてますから」
「病院に来るように伝えてくれるか?」
「ええ、自分達も同行します」
そういって手塚は柴崎の方を向く。柴崎は震えている郁を抱きかかえるようにしているが、きちんと意識は電話のやりとりの方を気にしていたらしく、軽く頷いた。






「・・・・・・玄田さん、って確か隊長さんだと思う」
図書基地関係者の中で、堂上と郁の結婚の事を知っているのは図書特殊部隊の玄田隊長と副隊長、同期の小牧さんだけだと聞いていた。

「篤さん、どんな状態だって言ってた?」
電車に揺られながら、郁は手塚に訊いた。
「いや、詳しい事は病院に行ってからと言われた」
銃弾で負傷し、現在は集中治療室だ、と実は言われたのだが、それは郁には伝えなかった。素直で感情型の郁だから、泣きわめいてしまうかもしれない、と思ったのだ。
だが、意外にもそういった反応はせず、ただただ震えていた。涙を流す寸前でこらえながら。

「・・・・・・あ、あたし・・・わかっているようで、わかってなかった」

何故3日間も拗ねていたんだろう?
彼の仕事は、いつも生死に共にある。わかっているつもりだったのに、自分の気持ちばかりを主張してこんな風に過ごしてしまった。


誰よりも大事な人なのに。
誰よりもあたしの事を大事にしてくれる人なのに。


わかっていたのに、わかってなかった。年齢の事と立場の違いばかりを気にしてた。社会人の旦那様に対して学生のあたし。子どもだと馬鹿にされて当然だったのかもしれない。
決して多くはなかったが、結婚後にも何度か深夜の襲撃で飛び起きて出かけて行ったこともあった。

あらかじめ襲撃を予測することもあるらしく、急遽深夜シフトに代わって抗争に立ち向かって、朝方くたくたになって帰宅したこともあった。

そんな姿だって知っているのに。

たまたまここ1ヶ月ぐらい、そんな事もなかったせいもある。篤さんが特殊部隊にいるということはその抗争の前線にいると言うことだ。そして自分が目指すかもしれない図書基地は、たとえ業務部に就こうとも、良化隊との抗争の渦中にいる可能性を有している、ということだ。

震える手を柴崎が両手で包んでくれた。

「あたしや手塚だって、図書隊はそういうところで、図書隊員はそういう職種だ、って頭でわかっていても、実際にその目で見るまではちゃんと理解できないわよ」
だから、自分を責めるのをやめなさい。

「柴崎・・・・・・」

その一言で郁はこらえていた涙をすうっと一粒だけ落とした。







武蔵野までの電車がこんなに長く感じたことは無かった。
駅に着いて、図書基地と反対の出口へ向かう。救急搬送の病院まではすぐだ。


一般外来は終わっていたが、面会者入り口が開いていた。柴崎はそこを選び、救急受付に飛び込んだ。
「関東図書基地の堂上篤さんはどこですか?」
「救急搬送ですか?」
「ええ、身内の者です」

郁の代わりに、柴崎が的確に場所を聞いてきてくれた。
たまたま二人と一緒の時で、助かった・・・・・・
あたし一人だったら、泣き叫んでしまったか、呆然としてここまで来れるかどうかも、怪しかっただろう。







手塚が支えてくれようとしたが、大丈夫だよ、と小さく言って院内を小走りで移動した。
ICUの前に着くと、戦闘服のままの人が二人立っていた。
「郁ちゃん」
郁が声を掛ける前に、相手がそう呼んでくれた。堂上の班長の進藤だった。そしてもう一人、少し進藤班長より歳は上に見える背の高い人が。
「あ、篤さんは!?」
息が整わないまま、郁は問い正した。
「ど、どんな状態なんですか?篤さんは!?」
「郁ちゃん、大丈夫だから落ち着いて」
ここまで必死に我慢してきた涙が大きな瞳からこぼれ落ちそうだった。


手術室の前に立ちつくしていたが、落ち着いて話そう、と横にあったICU控え室に連れてこられた。
「こっちは副隊長の緒形一正だ。俺は狙撃手だから、堂上は別の班と合流していた。それで副隊長が堂上と救急車で来た」
進藤はそういって郁に紹介しながら、状況説明をした。その後を緒形が引き継いだ。
「・・・・・・こんなことになってしまい申し訳ない、郁さん」
「いえ・・・・・」
仕方がないことだ。副隊長さんに謝って貰うことじゃない・・・・・。
「跳弾、って奴だ。良化隊は二手に分かれて侵入してきたと踏んだのだが、実際には三手いたんだ」
その三手目に気づいたのが、堂上が応援で入った班だった。
「応援が着くまで待つように指示してたが、到着する前に良化隊側が撃ってきたらしい」
しかも他の隊員を狙っていたのに気づいて、押し倒すように堂上が上に重なり、銃撃はよけられたが、数発の内の1つが鉄骨に当たって跳ね返ってきて、防弾チョッキの下にえぐるように入ったらしい。

「傷は、おそらく大して深くも無いだろうし、背中だから内臓にも行ってないと思う。だが三手目の良化隊の銃撃が激しくて近寄れなくて、堂上を回収するのがだいぶ遅れて--------」
出血が酷かったんだよ。
「だから、救急車で搬送途中に意識が無くなって・・・・・・」
意識が、無いって・・・?!
「命に別状は無いと思うが、輸血が必要かもしれない」

輸血!
あたしは、篤さんとは血液型が違う----------

「堂上さん何型なの?」
柴崎は郁に聞いた。
「あたし、篤さんとは違うの・・・・・・」
その時進藤の顔が少し曇った。
「堂上はA型だ」
「俺Aです」
手塚がすぐに応答した。
「看護婦さんに聞いてくる」
そういって緒形は長いすから立ち上がって、控え室を出て行った。
その後ろ姿を言葉も発せられないまま、郁はぼーっと見送った。

これは現実なんだ。あたしの夫は、銃弾に倒れて意識不明なんだ。と改めて事実が郁を襲ってきた。


 

 

 

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(from 20121220)