+ おくさまは18歳 6 +   パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 


図書基地内に堂上と住み始めて、約一ヶ月。
大学生活と陸上、図書基地内の官舎住まい、そして堂上の妻。
どれも一度に新しいことがやってきたので、郁のとまどいはこの上なかった。もともと器用に立ち回れる方じゃない。でも、夫は勤務以外の時はすべてにおいて、郁を優先してくれていた。
無理強いはせず、郁ができるペースをちゃんと見守ってくれている。
それが何よりも嬉しい。

大変だったのはそれだけではなく、その幸せを守るためについている嘘を貫くことだ。

日曜日は大会がなければ陸上の練習は休み。
だが特殊部隊員の堂上はシフト制だから、休みが合うことはほとんど無い。
ちょっと寂しいな、と思うけど、その分主婦の仕事がこなせる。

日頃、堂上は「俺は定時であがれるし、職場まですぐだから時間が取れるんだ」と言って家事をそつなくこなしてくれる。休みの日にはスーパーまで買い物に行ってくれたりもする。
「・・・本当は一緒に行きたいのに・・・」
拗ねてみたこともあったが、じゃあ夕飯は一緒に作ろう、と窘められてしまった。


お布団もシーツも干したし。
柴崎と手塚とは閲覧室入り口で11時に待ち合わせをした。
堂上の昼休憩にあわせて、一緒に食事に付き合ってもらえるように頼んでおいた。
早く準備できたから、先に閲覧室行こうかな。
せっかく図書館の近くに住んでるんだし、いままで忙しかったので、ゆっくり蔵書をみてまわったこともなかったし。

郁はそう決めると、クローゼットをあけて着ていく服を悩み始めた。




閲覧室には何度か来たけど、いままでは借りてきた本を返したり、予約していた本を受け取るだけの時間しか取れなかった。
「・・・凄い、本の数・・・」

関東図書基地のお膝元の図書館だとわかっていたが、奥へ入ると、本当にその蔵書の数は凄くて圧倒された。大学の図書館も大きくて驚いたけど、規模が全然違った。
「篤さん、こんな数の蔵書のレファレンスとかしているんだよね・・・」
特殊部隊員になった堂上は、防衛員としての仕事だけでなく、閲覧室業務もすると聞いていた。改めて、両方に秀でているという夫の優秀さを目のあたりした気がした。

広すぎて堂上がどこにいるかはわからなかったけど、気にせず本をゆっくり見て回ることにした。
専門書も多くそろっているようだが、やっぱり借りるなら読み物がいいな、と新作書籍の方へ向かった。

しばらく本棚を眺めていたら、どこからか聞き慣れた低い声が静かに聞こえてきた。
「・・・・・・・・お探しのタイトルは初版限定版の特別装丁のものですが、現在武蔵野図書館では取扱がありませんので、他館からの取り寄せとなります・・・」
聞き間違えるはずがない、堂上の声だ。利用者に書籍の案内をしているらしかった。
「じゃあ、後で他の本と一緒に予約します」
そういって利用者らしき人はその場を後にしたようだ。


堂上に声を掛けられるかな?そう思って声の方へ数歩ふみだしたときだった。
「・・・さすがねぇ。一年間防衛畑だったのに、閲覧室業務も完璧なのね、防衛部にいても勉強は怠らなかった、ってことかしらね」
少し甘えたような女の人の声が、その声の先から聞こえてきた。
郁はその瞬間、足を動かすのを躊躇したが、もう数歩近づいてみた。

見慣れた頼もしい背中を持つ男の腕に、その甘い声の主らしき女性の腕が絡みついた。
「そういう自分にストイックな所、昔も今も変わらないのね、堂上くん」
堂上より背の低いきれいな女性の横顔が見えた。堂上の間近で上目使いに目線を送る女らしい仕草。
「やめろ馬鹿」
堂上は掴まれていない手で女を振りほどこうとした。その時。


ドサッ。
本が床に落ちる音がした。同時にその音のした方向へ堂上と業務部の女が振り向いた。
「あ・・・、あの・・・、ごめんなさいっ」
驚いた郁は、落とした本を拾うこともできず、くるりと踵を返しその場から逃げ出した。
「郁!!」
堂上に名前を呼ばれたことはわかっていたが、どうしていいかわからず、そのまま玄関まで走った。堂上はすぐに女の腕を振り払い、郁を追ったが、犯人を追うわけでもないのに、全力で走るわけにも行かず、玄関のところまで小走りに追ってきたときには既に郁の姿は館内にはなかった。


「笠原?!」
聞き覚えのある声に呼び止められて、初めて柴崎達をすれ違った事に気づいた。振り向いた瞳からは涙が両頬を伝っていた。
「ごめんっ、し、柴崎・・・。あつ・・・、あっちゃん、今日は、忙しいみたいで・・・」
あたしも、急用思い出した、ごめんっ。
そう言い逃れようとしたときに、手塚に腕を掴まれた。
「・・・落ち着けよ、笠原」
・・・捕まった・・・ああ。郁は、すぐさま観念した。・・・やばい、この二人には・・・ごまかせない予感がする。
でもって、この二人・・・なんか以心伝心みたいに疎通できてて・・・でも付き合ってないって言ってたよね?!

そんな疑問を持ちつつも、郁はあきらめて、二人と共に構内をゆっくり歩き始めた。

 

 

 

 

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(from 20120913)