+ おくさまは18歳 8 +   パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

5月の連休中はシフトの都合で堂上の公休は1日しかなかった。
しかもその日は郁の方が他校との合同練習日だったので、夫婦水入らずで過ごすことはかなわなかった。

授業と陸上の練習と家庭と。そして合間には司書課程もあるし、レポートや実習やらもあって、とにかく忙しかった。
その忙しさには慣れてきたけど、朝晩の食事位しか二人で過ごす時間がなかったのが辛かった。

「俺はほぼ定時上がりで仕事してんだから、自由になる時間は多いんだ。気にするな」
堂上は忙しい郁に本当によく気を遣ってくれていた。
「今度の土曜日は練習か?」
「うん、午前中だけ」
「じゃあ、迎えに行ってやるから、午後はどこか出かけよう」
「いいの!?」
予想もしていなかった堂上の言葉に、郁の表情はぱぁっと明るくなる。
も、もしかして、久しぶりのデート!!

結婚してから、二人で買い物に出かけたり、外ご飯をすることはあったけど、どこかへ行く、というのは全然無かった。
時間が合わない事も理由だが、やっぱり人目が一番気になっていた。

郁は堂上の様子を器用な上目遣いで伺うと、優しい顔をみせてくれた。
「図書隊関係者に会わないようなところへ行けば平気だろう。兄妹で出かけちゃだめ、って訳じゃないしな?」
「うん」

なんだか急に結婚前に堂上が高校の門まで迎えに来てくれた時の事が郁の脳裏に蘇った。
「笠原に彼氏ってあり得ない!彼女の間違いじゃないの?」なんて友達にからかわれて大変だったけど、自分にはもったいないくらいかっこいい年上の彼氏をみんながよかったね、と言ってくれてすごく嬉しかった。
当然大学の友達に「夫だ」とは言えないけど、わずかな時間でも郁のために費やしてくれる堂上の気持ちが一番嬉しい。
「篤さん、ありがとう!大好き!」
いろいろ思い出したら恥ずかしいぐらい嬉しくなって、郁は堂上に抱きついた。





     *     *     *






司書講座で柴崎に会ったとき後、食堂で昼食をつつきながら堂上が今度の練習後に迎えに来てくれる話しをした。
「どこがいいとおもう?バレないデート先...」
「バレない...って学内では堂上さんの事、どうなってるの?」
知っているのは陸上部の監督だけで、その根回しで学内ではすべての登録関係が「笠原郁」になっている。
卒業証書関係や資格だけは、最終的に堂上郁にしてもらうことで話しがついている。
「まあ図書隊内よりは気を遣う必要はないだろうけど、笠原は目立つから」

大学内で笠原郁でいるのは、正直ホッとする。
堂上郁、という名前にまだ慣れないだけなんだけど...っていうか、未だに「堂上」っていう響きにドキドキしちゃうんだもん。

それにしても・・・柴崎は、一人脳内で郁の状況を推考した。
18歳で結婚までしている女が、この初々しさってどうなの?
しかもよくよく訊くと、出会ってから結婚まで半年も掛かってないというんだから驚きだ。
あの男、どれだけ郁にメロメロなんだ!!


まして当の郁本人は注目の的であるということも気づいてない。今だって食堂内で通りかかる学生が必ずといってよいほどチラチラとこちらに目線を送りながら通り過ぎているのだ。
まあ、あたしも目立つけどね。
それにしても、旦那サマの話しをする郁の、その放つ乙女の表情ったら...まさに愛されてる新婚オーラ全開なのだ。
こんな表情、本当は誰にも見せたくないはず。
堂上が郁の事を大切にしていることは、会ってみてすぐにわかったが、純情無垢なこの娘を大学で野放しにしておくのは相当心配なはずだ。
「笠原、堂上さんの連絡先教えて。それからあたしの連絡先も彼に教えておきなさい」
「なんで?」
「いいから」
うん、と携帯を取り出し電話帳をいじり始めた。






     *     *     *







郁との約束は12時半だったが、少し早めに出向いてグランドで走る姿を遠くから眺めていた。
陸上のことはよくわからないが、郁の走る姿は軽くしなやかで--------綺麗だった。スタートする前に立つ姿の美しさ、走り始めてからの脚の運び。
陸上界では「笠原郁」という名はそれなりに通っている、というのはなるほど納得だ。

自分と結婚したことで、将来の実業団入りも諦めたのか?と訊いたがそうではないという。
「だって、大学卒業したら、あたし篤さんの子ども産みたいもん」
理由はそれだけじゃないんだけどね、とまだ高校生だった郁から飛び出した発言には驚かされたが、もともと陸上は大学までと決めていたの、と言っていた。
だからこそ、華麗に走る郁を瞼に焼き付けておきたい、堂上は心からそう思った。


練習の後、門のところで学生の出入りをぼんやり見ながら郁を待った。
時計をのぞき込むと約束の時間から10分ほど過ぎていた。こんな風に茨城の高校の前で郁を待っていたときのことを思い出す。あのときは制服の女子高生だったので少し照れもあったが、今は大学生で・・・俺の妻だ。図書基地から離れたここなら、郁の手を取っても問題ない。

パタパタパタパタ
全力で掛けてくる女の姿を見つけると自分の頬が緩むのがわかった。
「・・・お待たせしましたっ」
「・・・走って来なくていいといっただろう」
「だって、早く会いたかったから」
まだ息を切らせたままの郁が微笑む。ああ、こいつには敵わない。一緒に寝食を共にしてもなお、早く会いたいと言ってくれる妻の愛しさ。
郁が肩に掛けていたスポーツバックを自分の肩に移し、ようやく手を取る。
郁はひどく驚いたようで、あわててこちらを見た。
「あ、篤さん、手!!」
「たまにはいいだろう」
図書隊員のいないところぐらい、こうしてやりたい。
「誰かに兄妹って話したのか?」
「ううん、誰にも何も話してない、柴崎以外は」
「じゃあ黙ってこうしておけ」
それが嬉しかったのか、郁も手をぎゅっと握りかえしてきた。
それを合図にお互いの瞳を見つめる。ああ、やっとこうできる…
「行くか」
「うん、お腹すいたな」
「お前のリクエストでいいぞ」
「んー、じゃあ駅前にあるイタリア料理でいい?行ってみたかったんだ」
「そのあと行きたいところも考えとけよ」
大学から最寄りの駅までの道で、クラスメイトが彼氏と一緒に歩いている姿を見かけると、何となく切なくなった。あたしも一度くらい、こうして学校帰りに彼氏とデートしてみたかったなぁ、とそのときは叶わない夢だと思っていた。
兄妹だ、と公言してしまったら、大学でもこんな風にはできなくなるかもしれない。
でも今だけ。
まだ、誰もあたしたちの事を知らないうちだけでも…ささやかな幸せを感じたい。

「篤さん、遊園地行きたい」
「今からか?」
「うん、都心にあるやつ」
せっかくだから、デートみたいな事したい。
「十分デートだろ」
「えへへ」
満面の笑みの郁は本当に可愛い。今すぐ抱きしめたい衝動にかられた位だ。茨城の書店で行くと出会った後、どんな困難があろうがこの娘を手に入れたい、そう思ったあのときの自分に従って本当に良かった、と堂上はこの上ない幸せを感じていた。

 

 

 

 

 

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(from 20120920)