+ サクラサク +   おくさまは18歳 番外編(パラレル)

 

 

 

 

「くくっ・・・・にしても、面接で本当にアレを言うとは思わなかったなぁ、郁ちゃん」
「・・・るさいっ、もうその事には触れるなっ」

面接官として受験者の正面に座っていたときは必死でこらえていたが、郁がありがとうございました、と深々と頭を下げて退出した後、小牧の上戸はしばらく止まらなかった。
その後の後続の受験者の面接までにはなんとか冷静さを取り戻したが、いざ終了してあの時の郁の志望動機と熱弁ぶりを思い出したら、また上戸が蘇ってきたらしい。

堂上郁となって関東図書基地内の官舎に住んで3年強。
表向きは『堂上篤の妹』という事で通してきたが、今日の面接には『堂上篤の妻』である事と夫との出会いをよく知っている面接担当の隊員が数名いた。もちろん郁が知らない面接官もいたが。
「郁ちゃんとしては、志望動機に嘘はつきたくなかったんだろうね」
小牧は親友の妻としてのつきあいも長くなった郁の心情を理解して代弁した。堂上にしてみれば、そんな事お前に言われんでもわかってるわ!って所だろう。
だが苦虫を潰したような表情を浮かべた時の眉間の皺の深さは変わらない。
「まあ一次試験を通過している段階で、この後郁が落とされることはないだろうからな。だけど、配属希望は業務部で出せと言ったぞ」
「希望が通るとは限らないでしょ、そこは俺たちの判断するところじゃないよ」
わかっている。
大学生活も陸上のトップアスリートとして過ごしてきた郁の身体能力から言えば、限りなく防衛部に配属になりそうな逸材だ。
次期錬成教官としていえば、その判断が正しいだろう。
「心配なら、やっぱり自分の手元に置いた方がいいんじゃないの?いっそ防衛部じゃなくてさ」

実はかねてから登用を検討されていた女子の特殊部隊隊員候補に郁の名が早くも上がっていることは聞いていた。
「身内のひいき目で言ってるんじゃねえぞ」
と少し前の飲み会の時に玄田に言われたのだ、はっきりと。

「娘っこの実力じゃあ、業務部か防衛部かと言われたら防衛部だろう。だが、お前の鍛え方次第では特殊部隊でやっていけるんじゃねぇかと思ってる。だけどそれには旦那としてのお前が決意を固めてもらわないと困る」
玄田の言いたいことはわかる。今までの郁は図書基地内では『堂上篤の妹』で世間的には『トップアスリートの笠原郁』だった。それを守るのに協力してくれたのが特殊部隊の先輩達だった、いろんな意味で。
だが、春になって入隊すれば『堂上篤の妻』である以上に『新入隊員の堂上郁』でなくてはならない。
そしてあわよくばその素質と実力が認められた場合には『命を預け合う同僚』になるわけだから。

『命を預け合う』

郁にとってはもしかしたら『堂上篤の妻』になることよりも『図書隊員』になることの方がウエイトが高かったかもしれない。
出会ったあの後からその思いを胸の中で大事に育ててきたのだ、図書基地内に住み、図書隊員と接して、改めて図書隊員がどんな立場であるかも理解しながら。
理解して、納得して、それでも『図書隊員』になることを選んだのだから、堂上には『来るな』とは言えなかった。
4年前に結婚してくれと自分が迫ったが、YESと決断したのは郁だ。どんなに反対されても、自分で選んだ道だから後悔しないし責任は自分でとると覚悟を決めて堂上の元へ飛び込んできた。
折れることのない、彼女の意志を、決断の強さを誰よりも判っているから、改めて『図書隊員になる』と強い目で言われたとき、反対はしなかった。

ならば。
公私ともに『命を預け合う』仲間にするためには、俺はきちんと育てなくてはならない。生半可な気持ちで指導する方もされる方も接してはだめだ。
堂上は注がれた日本酒を一気に煽り、玄田の顔を正面から見据えて覚悟を伝えた。






◆◇◆





サクラサク。
合格の通知が正式に郁の元に届いた日は、お祝いだといって近くのステーキハウスへ連れて行った。
郁もお酒を窘める歳は過ぎていたので、乾杯用には軽めのスパークリングワインを選んでやった。

「きゅーってくるけど美味しいね、これ」
最初の数口でお酒に弱い郁はほろ酔い気分になりそうだった。
「口当たりの割りには意外と強いからな、一杯だけにしておけよ」
「はーい」
郁ちゃんなら合格するだろうよ、と特殊部隊の先輩達は基地内で会ったときに言ってくれたけど、やはり正式通知が来たらホッとしてその場でぽろぽろ泣いてしまった。
「だって『図書隊員になる』は『篤さんのお嫁さんになる』よりも先だったんだもん」
と満面の笑みで言う。


サラダバーもステーキもたらふく食べて、食後のデザートとコーヒーを嗜む時間になったとき、堂上は郁に話がある、と改めていった。
部屋に戻ってから、とも思ったのだが、冷静に聞いて欲しかったので、外の人目がある場所の方がいいと判断した。

「郁」
「なあに?」
「お前、教育期間中俺と離れて寮生活できるか?」
突然の堂上の言葉に、郁はフォークに刺していたケーキのかけらを落としそうになった。
見開かれた目は驚きを隠してはいなかったが、堂上が真剣に将来の話をしている、と判って郁は姿勢を正した。
「前にも話してはおいたが、俺は正式に次期の錬成教官を担当する事になった。郁も図書隊員としての採用が決まった。つまり俺はお前の教官になるわけだ」
「うん」
いろいろな事に聡い方ではないが、図書基地内で歳を重ねてきたから教育隊がどんなに厳しく訓練されているかを郁は自分の目で見て知っていた。
「俺の隊になるかどうかまではわからんが、立場上、夫が妻の錬成教官になる事で、お前自身はともかく周りからどんな目で見られるか判らない。公私混同を俺たちが全くしないとしても、周りはそう言う目では見ない」
「・・・」
「だから、少なくても正式な配属が決まるまでは『笠原郁』に戻って俺と離れたほうがお前の為だと思う」
郁は堂上の言葉に黙って思案をした。
堂上の言うことは正論だと思う。公私混同をしない自信はある。それは堂上についても、可愛がってくれている特殊部隊の先輩達についてもだ。
だけど『妻』だという肩書きは、郁達の努力を曲げてしまう可能性が高い、いや多分、曲がってしまうだろうと郁自身も思えた。

「篤さんの言いたいことは判った。錬成期間中だけでいいんだよね?」
「ああ」
それ以上は俺が耐えられん、とは口には出さずに最後は笑顔を向けた。
「うんわかった」
郁もそれにつられて笑顔で返事した。
「錬成期間中だけ我慢すればいいんだし、独身気分を味わえる、って思うことにするね」
えへへ、と笑って残りのスイーツを口に運んで咀嚼した。
「何か、寮生活がちょっと楽しみになってきたよ。考えたら柴崎も手塚も一緒だし3ヶ月間でも寮で同期の友達とか作れそうだし」
郁にそう言われて、ああそうか、寮生活をすれば郁には新たな友人や味方ができるかもしれないのだ、特殊部隊の先輩達とは別に。
「あ、堂上教官も寮生活したらどうですか?」
「バカ。官舎があるのにそれは認めてもらえんだろう」
郁を1人寮に放り込むのは、また違う意味で虫除けが必要そうで心配なのだが、それは柴崎や先輩達に上手く頼むしかない。
「なんか楽しいことしか考えてないみたいだけど、教育隊はきついぞ」
「わかってますっ、たぶん」
「それから一時的に『笠原郁』に戻っても・・・俺のことを忘れるなよ」
「ばっ、忘れる訳ないじゃん、篤さんの事!」
寂しいとかは考えないようにしているのに!と口を尖らせた。
「ならいい」
郁が皿の上のスイーツを綺麗に食べ終えたところを確認して、堂上も最後のコーヒーを啜った。そしてレシートの挟まれたプレートを手にした。

「今から俺の事を忘れないように、たくさん頭にも体にもすり込んでおくからな」
軽くニヤリと笑みを向けた後、郁の手を掴んでレジへを急いだ。
「え、ちょっ!?」
あ、あした普通に学校もあるし、篤さんも仕事じゃん!!
心の中でそう叫んだ。レストランの中で叫ばなかったことを成長した証だと思って欲しい。
「じゃ、手加減はするから」
「いやそう言う問題じゃぁ・・・」

教育期間中の3ヶ月、あたしより篤さんの方が我慢できないんじゃぁ・・・って思ったこともその場で堂上には言えなかったので、郁は後で柴崎に会ったときにその一言を漏らしてしまったのは余談だ。
「ああそうね。ついでに『いろいろがばれないように寮ではあたしと同室になるように手を回しておいて下さいね』って堂上さんに言っておいて」
と柴崎が郁に伝言したのも余談だ。





◆◇◆





「郁ちゃんがもし特殊部隊に配属になったら『堂上一士』とか呼ぶのめんどせーよなぁ」
「じゃあ『堂上妻』?」
「それもダイレクト過ぎるだろう、って表で呼べないだろう」
「じゃあ旧姓?」
それも今更だしなぁ、あいつら何年も経ってるだろ、結婚して。
「じゃあやっぱり『郁』呼びだな」


こうして、堂上郁で入隊後に正式配属が決まった後は、あちこちで『郁』『郁』と呼ばれて堂上が眉間の皺をさらに深くしたとかしないとか?!




fin
(from 20130207)