+ 乱されて。 +    上官部下期間

 

 

 

 

見上げた空の日差しが眩しい。 

 

 梅雨の中休みの野外訓練となり、郁はいつも以上に張り切って臨んだ。『解散』の号令を聞いたあと、沸騰しそうなほどの熱で高潮した頭と頬を冷ます為に、真っしぐらに外水道に向かう。 

先輩たちの列の最後につき、蛇口から溢れる水流を頭のてっぺんから直接ジャーっと浴びる。 

 

 ふわあぁぁ、来るわー! 

 

 急速に火照りが落ち着き、頭が冴えたところで大事なことに気がついた。 

あたし馬鹿だタオル置いてきた! 

 

 うわーどうしよう?と考えても既に髪はびしょびしょ。とりあえず手のひらに髪を包み込み、絞れるだけ手で絞ろうと試みる。てっぺんやサイドはなんとかなりそうだが、後ろ髪に滴る水はタラタラと郁の訓練服を濡らした。 

タオルを放置していたベンチに向かうべく踵を返したところで、ボンっと真新しいタオルが飛んできて条件反射で手を出し受け取る。 

「ここはシャワー室じゃない!頭から水被るな、どアホウ」 

「被るでしょう!熱中症になるよりいいじゃないですか!」 

「そういう問題じゃ…っていうかお前女だろう?!」 

投げられたタオルは既に郁に絡んだ水と汗で濡れてしまった為、もういい!とばかりに遠慮なく拭かせてもらいながら、怒号を浴びせる目の前の上官の様子をタオルの合間から伺う。たっぷりと眉間のシワを携えて郁の正面に立っていた。 

 

 と思うのもつかの間、目の前の上官の腕がすっと伸びてきて郁の頭をタオルごとわしゃわしゃと乱す。 

「って、あたし犬でも子どもでもありませんよ!」 

運動部入ってたら普通じゃないですか、とぶつぶつタオルの下で呟く。郁の反論にも動じず、堂上はそのままタオルドライを続けた。 

「んなびしょびしょ垂らしたまま庁舎に入られたら迷惑だろうが」 

「水も滴るいい女、って言うじゃないですか」 

「お前の行動はどう見ても、男連中と変わらん。何がいい女だ」 

こういえばああいう、と次から次へと口答えが出てくるかな、と続けようとしたときに、手の中にあったはずのタオルはすっと郁の手に掠われて、瞬時に二人の視線が合った。 

 

 うわっ、顔が近いっ。 

 

ポンポンと上官の言葉に口答えしたのは、郁の心の中に芽生えた感情が飛び出さないようにするためだ。 

 

 尊敬する気持ちはある、王子様同様追いかけたい背中を持つ人だと思っていたら、その王子様と重なった。『今の堂上をみてやって』と聡い上官に言われて『鬼教官・鬼班長』以外の部分に目が行くようになった。 

--------背はちょっと低いけど、端正とも言える顔立ち。そこに浮かぶ笑顔にお目にかかれることは皆無に近いけれど、真面目で仕事も出来るエリート上官、という意味では男としての魅力は十分だ。それはきっと一般的な評価。 

堂上の怒号にも、冷静な言葉にも、与えてくれる掌の温もりにも、その行動と言葉の裏には大きな意味があることをもう今の自分は知っている。 

だから憧れや尊敬を超えた、この感情が大きくなるのが怖い。 

 

 被された堂上のタオルの下で。 

わしゃわしゃと髪を乱されている間、郁の心も乱されていたとか気づかれていないだろうか?あたし、堂上教官に今までと同じように普通にできている? 

どんな風に言葉を交わすのが普通の関係だったのかが、迷子になりそう。 

火照った顔ですら、炎天下の訓練のせいなのか、堂上のせいなのか、わからなくなりそう。 

--------芽生えたものが「好きだ」という感情だなんて、認めたくない。認めてしまったら、あたし---------女になってしまう。 

 

 自分に求められているのは、きっと『戦闘職種の大女で熊殺し』の笠原郁であろうに。 

そう思ったら、女の心を覘かせた自分が嫌になった。惨めになった。だから堂上の手からそれを奪い取った。 

「た、タオル、洗って返しますから、このままでいいですよね!あたしのは教官が使ってくださいっ!」 

目を逸らしたまま、顔をみられないようにしてベンチへダッシュする。自分のタオルを掴むと、近くまで戻りながら堂上に近づく前にポーンと放り投げた。 

胸元に届いたタオルを堂上は条件反射でキャッチして叫ぶ。 

「貴様、上官にタオル投げるかボケ!」 

「失礼しましたっ!」 

これ以上傍にいたら、跳ね上がった心臓の鼓動も、乱れた気持ちも見透かされちゃう、と堂上の元へ近づく事をせずに更衣室へと向かった。 

 

 

 

 思わぬ形で好きな人とのタオル交換となったことで浮き足立つ自分が恥ずかしい。 

--------堂上教官のタオル、どの香りの柔軟剤を使おうかな? 

日々の寮生活の中で柔軟剤をその日の気分で変えてみるのも小さな楽しみの一つだったりする。 

華美ではなく、さりげなく使えるものにしたいと思いつつ、堂上が好きな香りは何だろう?って借りたタオルに顔を預けながらそっと考える。これくらいの女子力なら、許されるよね?と恋する乙女心を隠しながら。 

 

 

 

 

fin 

(from 20140701)

 

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