+ 3. 黙らせるため +    キスの目的×5題    from 「一番星」 まりんさま

 

 

 

 

 

 

初夏のある晩、ひとつの吉報が堂上夫妻の元に訪れた。

 

「おっなんだ結婚するのか」

 

電話の相手は旧友だろうか。

珍しく堂上の声が弾んでいるように思う。

 

郁は先ほど淹れたカモミールティーを結婚祝いに友人一同から贈られた老舗ブランドのペアグラスに大きめの氷とともに注ぎ入れた。

口当たりが良く、どっしりとした重圧感のそのグラスを堂上はとても気に入ってるようだった。

時にはウィスキーを時にはビールを、また最近はアイスカモミールティーを好んで飲む。

 

通話を終えたタイミングでリビングテーブルにアイスカモミールティーを並べ、ソファーに座る夫の隣に腰をおろした。

 

「カミツレか。いただきます」

美味しそうに喉を潤す堂上に郁は自然と口元を緩めた。

 

「誰か結婚するの?」

「高校の悪友。結婚式に来てた小栗、わかるか?」

「えーっと顔はあんまり…確か消防士さんじゃなかった?ガタイよかった記憶はある!」

「そう、そいつ。相手が郁と同い年らしくて一緒に飯食いにいかないかって」

「わっ行きたい!」

「次の公休日いいか?」

「もちろん!」

 

 

堂上の図書隊以外の友人に会うのは実は結婚式が初めてだった。

自分達の結婚直前の友人とのいわゆる結婚お祝い会には、一人で参加することが殆どで同伴というのも初めてだ。

その予定は郁にとって初めて夫の友人と会うという一大イベントにのし上がった。

 

 

 

 

 

 

約束の時間から遡るとそろそろ自宅を出発したい頃だと、着替えに篭った妻を呼びに寝室に入った。

 

「郁?そろそろ出たいんだが…準備…っておい、なにやってんだ!」

「篤さ~~ん!どうしよう!何着ていいかわかんないーーっ」

 

半泣き状態で縋るように見てくる郁は下着姿で、ベッドにはとっかえひっかえにされた服が散乱していた。

「おいおい、普段着でいいんだぞ」

「え?だ…だって…篤さんのお友達とごはんとか初めてだし…その…奥さんだし…」

 

あー、と堂上は全てを察した。

要するに自分の友人と初めて食事をするのに新妻として恥ずかしくない格好にしたかった、というあたりか。ベッドに散乱している服はどれもよそ行きの服ばかりだ。

 

「なにもフレンチ食べに行くわけじゃないんだから」とため息まじりにいつも郁が着ている服をパパッと手渡した。

 

「え~…これぇ?」

余りにも普段着のチョイスに郁も不服そうだ。

「…貴様俺のセンスにケチつける気か?」

「だってぇ、デニムって…」

「ただの居酒屋だぞ?それに俺は好きなんだよ、郁のデニム姿」

「へ?」

思いがけない堂上の褒め言葉に虚を付かれ体がザワッと火照る。

「お前は足がスラッと長いから細みのデニムが似合う」

ぶっきらぼうに言葉を重ねる堂上も若干恥ずかしいのか郁の方を見ようとしない。

「あ…ありがと…」

体だけじゃなく顔も火照らせながらも嬉しそうにはにかんだ。

「ほれ、このデニムにこの間買ったレース編みの…あれでいいんじゃないか」

「あ!」

 

インディゴの細みデニムに、ドット柄ラッセルレース編みのホワイトの半袖トップス。靴は大きめリボンがあしらってあるシロパイソン柄のフラットシューズ。

デニムだけどカジュアル過ぎず、品もいい。なんせ堂上との格好にも合っている。

『手堅いセンス』(小牧談)は健在だ。

 

「…可愛いじゃん…」

姿見の前で自画自賛する郁をプッと笑いながら「玄関で待ってるぞ」と堂上は先に寝室を後にした。

 

 

 

堂上達が店に入ると、すでに小栗と婚約者は席についていた。

 

「遅れてすまん」

「何言ってんだ、時間通りだろ相変わらずお前は時間に厳しいな」

そう言って人懐こく笑う小栗は消防士なだけあってなかなかに体躯もいい。

「郁ちゃん久しぶりだね」

「こんにちは!ご無沙汰しています」

「堂上、こちらが俺のお嫁さん」

小栗は目尻を下げて婚約者の肩を抱いて紹介する。結婚を控えてるだけあってラブラブだ。

「初めまして、浅田遥と申します。恭ちゃんからいつも堂上さんのお話聞いてますのでお会いできて嬉しいです」

ニッコリと優しく微笑む遥は、色白なとても女性らしい印象を受ける。

 

「郁ちゃんは慣れた?堂上との結婚生活」

「はい、共働きは大変ですけど篤さんが家事を分担してくれるんで」

「堂上が!?」

「堂上さん優しいんですね!」

「うるさいな。それでも郁に負担の比重は傾いてるから、感謝してる」

  「篤さん…」

いつものように頭にポンポンと手を弾ませる堂上は至極優しい顔をしている。

「おー、それが噂に聞くベタ甘かー!」

「なんだそれ」

「堂上が五歳下の若い嫁とラブラブだって地元で噂だぜ」

「まぁ否定はせんがな」

アハハハハハと普段の堂上では珍しい軽口も聞けるほどに旧友との再会を楽しんでいるらしい。

その話題を境に男女別に会話をすることになった。

 

「郁ちゃんって呼んでもいいかな?」

「うん、もちろん!同い年だもんね」

「郁ちゃんは新婚まだ間もないんだよね?お料理とかどう?」

「あー、流石に三ヶ月毎日料理してると下手でも慣れるっていうか…」

「苦手なの?」

「ずっと寮ぐらしだったし料理に縁なかったんだ」

「じゃあ大変だね」

「ん、でも篤さんも料理してくれるし」

「わぁ出来た旦那様だね!」

「遥ちゃんは?料理、するの?」

「ずっと家庭科部だったからお料理やお裁縫は得意なの」

「わっ尊敬ー!あたしずっと陸上の超体育会系だよーっ」

 

笑いながら幸せそうに話す遥はとても可愛い。

小栗の為に毎日それはそれはさぞかし美味しい手料理に腕を振るうのだろう。

 

「郁ちゃんが羨ましいな」

「え?私?」

「だって仕事でも堂上さんと一緒でしょう?ほら、有事の際も一緒にいれるから。私は…恭ちゃんの帰りをずっと家で待つだけだから」

 

ーーー守られる女。

きっと遥はそういう女なんだと思う。

華奢で柴崎くらいの背丈でヒラヒラワンピースがよく似合う。

愛する男のために料理をつくり洗濯をしてアイロンをかける。部屋は常に整頓されお菓子は手作りの、絵に描いたような良妻。

そう、あたしとは正反対なーーー

 

 

「郁ちゃんってスタイルいいね!デニム凄く似合ってる。ほっそいし足長くていいなぁ」

遥の言葉が堂上に言われた言葉を思い出させた。

すると自然に頬は緩み赤く染まる。

それは分かり易かったらしく遥に突っ込まれた。

「もしかして堂上さんにも同じこと言われた?」

「へ?な…なんで?」

「郁ちゃん分かり易くて!愛されてるのね、堂上さんに」

「そんなことないよ!どっちかというとあたしのほうが…」

「うふふ、そんなところが愛される秘訣なのかな」

「そんな…遥ちゃんこそラブラブじゃない」

「ふふ、もうすぐ結婚できるから」

 

自分も結婚前はこんな風に幸せいっぱいの顔をしていたのかな、と遥を見て思う。

今も幸せだけど、奥さんとしたら全然駄目だと思う。

毎日の仕事に家事。両立はなかなかに難しい。

お母さんのようには到底できない。

昨日も寝落ちちゃって篤さんがカッターシャツアイロンあててくれてたし…。

 

遥との会話は同い年ならではの共通点や五歳差恋愛、結婚式のことなど話は尽きなかった。

でも、楽しいけどちょっと心ここに在らずで、心の奥底に落ち込む自分がいるのがわかる。

それを遥に、小栗に、さらには堂上に気づかれないように郁は目一杯はしゃいだ。

 

 

その後小栗達と別れ帰路に着いたのは寮でいう消灯時間の少し前ぐらいだった。

 

「今日は付き合ってくれてありがとうな」

繋ぐ手に僅かに力を込めて堂上は郁に微笑んだ。

「ううん、楽しかった!ああやって篤さんのお友達と家族ぐるみでおつきあいとか嬉しいし」

「そう言ってくれるとありがたい。小栗は気が合う奴だからこれからもずっと付き合っていきたいんだ」

「わぁー、なんかその台詞小牧教官が聞いたらヤキモチ焼きそう!」

「はぁ?なんでだよ!気色悪いこというな!」

「あー、照れてる」

「照れとらんわ!小牧はあれだ、別格だ」

ブーッと郁か吹き出すと堂上も照れたように笑う。

「ぷぷ…小牧教官喜ぶよ!それ!ていうか篤さん酔ってるよね!?」

「酔っとらん」

「酔ってるよー」

「ふーっ」

「ぎゃ!お酒くさ!」

笑いじゃれ合いながらながら基地までの道のりを歩く。

 

あぁ、幸せだなあたしは。

でも幸せだからって、心の中で落ち込む自分のことをチャラにできるわけじゃない。

もっと、しっかりしなくちゃ…

 

 

 

 

 

 

家に戻り、堂上はお風呂を沸かしに郁は寝間着を取りに寝室へ向かった。

 

「うわ…そうだった…」

ベッドの上に散乱する服や鞄。

服を無造作に掴み引き寄せると無性に悲しくなってきた。

散乱する服が自分に余裕がないことを物語っているようで堪らない。

 

結婚して三ヶ月。

結婚する前から不安はあったけど仕事と家事の両立は想像以上に大変だった。

掃除も洗濯も寮ぐらしだったから手慣れたものだと思っていたがこれが何かと慣れるのに時間がかかった。

ひとりがふたりになったと実感した瞬間だ。お互いのクセや習慣を摺り合わせ、戸惑いと幸せを同時に感じながらようやく慣れてきたところだ。

そして郁の家事の中で一番のウェイトを占めるのが料理だ。

料理教室に通うこともままならず、大学時代からずっと寮ぐらしのためお弁当すら作ったことがない郁に朝晩のご飯の支度は難関を極めた。

最初の頃は簡単に作れる洋食のオンパレード。それでも最近はようやく和食でも少し手の込んだものを作れるようになってきた。

そんな郁にとって堂上の存在はとても大きかった。料理だけでなく、洗濯も掃除もアイロンも全て分担してくれる。そして例え失敗しても決して怒らない堂上に心から感謝している。

結婚当初は良妻でいようとすることを意識する余り空回りも多々あった。自分の母親と比べて落ち込むことを繰り返した。

その度に堂上は『郁は家政婦じゃない』『ひとりでやろうとするな』『ふたりでやれば楽しいし早く終わるだろ』そんな堂上の言葉に何度も何度も助けられてきた。

 

それでもーーー

根底にある良妻になれない自分の引け目はたまに顔を出す。

それが久しぶりに今、顔を出した。

 

 

「郁?風呂沸いたぞ」

寝室の引き戸をガラッと開けて堂上が顔を覗かせた。

 

「ーーおい、泣いてんのか!?」

ベッドの上で散乱した服を抱き締めながら郁は肩を震わせていた。

堂上の素っ頓狂な声に返事をするように嗚咽を繰り返した。

 

堂上は郁に聞かれないようにひとつため息をついた。

ギシッとベッドに腰をかけ郁の頭を撫でる。

「…どうした?」

嗚咽しながら蚊の鳴くような声で郁は答えた。

「なんでも、ない。じ…自分の余裕の無さ、とか不甲斐なさ、を実感…しただ…け…」ヒックヒックと肩を揺らす。

「なんで不甲斐ないんだ」

「だ…だって…あたしちゃんと奥さん、出来てな、い…きのーも、篤さんにアイロンかけさせちゃった…し…」

「別にどっちがやったっていいだろうが。ふたりのことなんだから」

「それに…この前の、ブ…ブリの照り焼き…辛かったもん…」

「そうか?俺には上等に美味かったぞ」

「きょ…今日だって、あ、篤さんが出掛けに…せ、洗濯物、片付けてくれたし…」

 

 

郁はこう見えて古風な女だ。

お義母さんの完璧な良妻賢母ぶりを見て育ったせいか、それが正解だと思ってしまっている。

その男によって良妻の意味合いは変わってくると思うんだがな…

固定観念にガチガチになっていてそれはいまだ崩せていない。

 

 

「あのなぁいつも言ってるけど、ふたりのことなんだからふたりでやればいいだろ?」

「でも、それじゃあ…いい奥さんじゃな…い」

 

でも、だから、だって、郁の不安の現れは言葉になってでてくる。

正直その言葉は聞き飽きた。

マイナスループに入りかけ、尚且つ聞く耳を持たない郁に小さな苛立ちを覚えた。

泣きながら自分を責める言葉を繰り返す郁を遮るように、頭を鷲掴みにし些か強引に振り向かせた。

 

「………っ!」

涙で濡れた唇に自分の唇を強く押し重ねる。

舌は入れずに力強く重ねるだけ。ん…っと郁が身動きするのを最後に郁の下唇をハムッと甘噛みし唇を離した。

 

「もう黙れ」

 

いきなりのキスに郁はまるっこい瞳をより一層大きく開き、頬はうっすらと桜色に染まる。

堂上の言葉に導かれるようにコクンと頷いた。

 

「それ、聞き飽きた。あのな、お前がなんと言おうとな…」

 

そっと郁の頬をつるりと撫で、コツンと額を合わせた。

反射で片目を瞑ってしまったが至近距離に映る堂上の顔は少し照れた風に見えた。

 

「俺の嫁が一番だ」

 「……」

「……うん、頼むからリンゴみたいな顔して見つめてくんな。照れんだろ」

僅かに目線を逸らす堂上の頬も耳もうっすら赤い。

 

「お前はな、俺にとってはもう充分良妻なんだよ」

「…え?」

「例えば、あのグラス。俺は一言もあのグラスを気に入ってるって話してないのに郁はいつもあのグラス出してくれるだろ」

「え、だって…篤さんあのグラスでお酒飲むと美味しそうにしてるから…」

「ほら、な。そういう気遣いが俺は嬉しいんだ。今日の服装だって俺の嫁さんとして恥ずかしくなく…って悩んでくれたんだろ」

「…うん…」

「それに、俺の友達と家族ぐるみのつきあいとか嬉しいって言ってくれたのはすげー嬉しかった」

「篤さん…」

「今のままで充分できた嫁なんだよ」

「…篤さん…ありがとう…」

 

郁の目に留まる涙を親指で拭うと

ふっとふたりで同時に小さく笑い、堂上の唇が再び郁の唇に触れた。

 

啄ばむようにリップ音をたて何度か触れると優しい眼差しをしていた堂上の瞳が真剣な眼差しに変わる。

啄ばんでいたキスはその瞬間から激しいものへと様変わりした。

 

郁の口元にできた僅かな隙間に堂上の舌はするりと忍び込みお互いの舌を絡ませ合っていく。

激しく絡んだと思えばツー…と舌をなぞりあげゆるりと絡み合う。

なぞる仕草は堂上の癖のようで、くすぐったいそれは優しく愛撫されているようだ。

そんな堂上とのキスは言葉では伝えきれない愛情を伝え合うようで郁は好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ」

 

ゴトンと重い音を響かせリビングテーブルに置かれた堂上のお気に入りのグラス。その拍子にカランッと鈴のような優しい音色を響かせ氷が形を崩した。

 

「アイスカモミールティー?」

「あぁ。別名グッドナイトティーって言うんだろ?……なんだよその目は」

「え、だって篤さん覚えてたの?」

「覚えてるさ。初めてカミツレ飲みに連れていってくれた時に教えてくれたろ」

「そんな…昔のこと」

「あのな、お前と一緒にしてくれるな。俺は天性の記憶力もってんだよ」

「えへ~うっそ~っこの前醤油買うの忘れて帰ってきたじゃん」

堂上を指差しケラケラ笑っているとガシッとヘッドロックをしかけてきた。

「わっ!」

「……そうか今からセメントしたいか」

「キャー嘘ですごめんなさいギブ!ギブ!」

「俺の揚げ足とるなんざ100万年早いわ」

全く痛くないヘッドロックの腕を緩め郁の頭にポンッと手を弾ませた。

 

郁は程よく冷えたアイスカモミールティーを手にちょこんと堂上の肩にもたれ掛かった。

 

「…篤さん、ありがとう」

「ん?」

「あたし、篤さんにとっての良妻になれるように頑張るからね」

「ようやく理解してくれたか」

「え?」

「いや、励めよ」

「うん!」

「…飲まないのか?」

「んー、えへへ」

 

郁は最後の一口分をゴクリと飲み干したと思ったら、チュっと不意打ちに堂上の頬にキスを落としそのままソファから立ち上がった。

 

不意打ちのキスにポカンとしていると郁が核兵器並みの爆弾を投げてきた。

 

「えと…先にベッドで待ってるね…!」

顔を真っ赤にしてそそくさと寝室へ消えていく愛妻の姿に何も言えず只々見送る堂上の顔は郁に負けず真っ赤だった。

 

 

「うわ…なんだあれ…」

 

やっぱ俺の嫁、めちゃくちゃ可愛い…

 

そう堂上は誰にも見られることはないのに真っ赤な顔を手で隠しながらまた負けた…と嬉しそうに幸せを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

fin.

(from 20140606)

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のりのりさま

ブログ二周年おめでとうございます!いろいろと感謝の気持ちを込めて贈らせて頂きます。

力不足の贈り物になりますがご笑納いただけたら幸いです!

ありがとうございました(*^^*)

                                          まりん