+ 5. 見せつけるため + キスの目的×5題 from 「陽の前月の後」 つしまのらねこさま
年がら年中口実を作っては飲み会をしているのがこの職場である。
花見だ昇進祝いだ歓迎会だ暑気払いだ月見だ忘年会だ新年会だと、ざっと数えただけでも年間七八回、それに大きな抗争の後だったり行事の後だったりが加わって、ほぼ毎月ペース。
あとは班単位の懇親会や隊長の気分まで入れれば月に二三度は飲み会にかまけている計算になる。
明らかに多すぎるだろう。
俺は一人ごちる。
ここはいつもの店で、今日の日付で早くから予約が入ってたんですよ、と顔馴染みの店員が俺に笑いかけた。
「退院されたそうですね、良かったですねぇ」
店の手配をいつもしていた俺が暫く姿を現さなかったものだから心配していたらしい。
特殊部隊のなかでは若手に分類される。適当に飲めて食えて騒いでも許容してくれる店は基地の近くには余りない。というか、あまりの弾けっぷりに会計のときに微妙な顔をされる店をどんどん弾いていったらここしか残らなかったというのが正しいか。
いい加減幹事からは卒業したいものだが、顔馴染みになるほど入り浸っていたのかと思うと少し複雑だ。
「今日は幹事じゃないんですが、何かあったら遠慮なく言ってください」
頭を下げるといいんですよ、と柔らかく笑われる。
「こっちだって慣れっこですし、お得意様ですからねぇ。ごゆっくりどうぞ」
「はあい!いつもありがとうございます」
後ろから着いて入ってきた笠原が満面の笑みで答えるのにも軽く会釈して店員は引っ込んだ。
どうせ会場は座敷だ。
これだけ通っていれば案内の必要もない。
座敷に上がって定位置の下座に近い席を確保する。
「教官ももう少し愛想よくすればいいのに」
「仕事でもないのに勘弁しろ」
「あの人感じがいいですよねぇ、さすがプロ!」
朝方見事な切り替えを見せた笠原は今はプライベートモードらしい。
今までの飲み会では見たことがないようなちょっと長めの丈の服を着ていて動く度にふわりと揺れる裾が目を引く。
「お前、今日かわいいな」
周りに聞こえないように小声で言うと、真っ赤になった。
「だって、今日は教官の退院のお祝いだって言うから」
もごもご言って器用な上目遣いで見てくる。
「今そんな顔すんな。一次会で潰れなかったら二人でどこか行くか?」
ぽんぽん、と頭を撫でる。
そう、確かに俺は舞い上がっていた。
そこが飲み会の会場で、同僚のおっさんどもが山のようにいる場だということをその時点ではすっかり失念していた。
これを失態と言わず何という。
懇親会名目だから、と緒形副隊長から短い挨拶があって、隊長が促されてグラスを持って立ち上がる。
「事件からの全員の復帰に乾杯!」
一言だけ叫ぶと水のようにグラスを干す。
「今日は無礼講だ、あとは好きにやれ」
その一言にその場の空気がグッと砕ける。わいわいと机ごとに話始めたのを見て俺が腰を浮かすと、手塚が片手でそれを制した。
「二正は、そのまま。俺が」
乾杯のあとはすぐにオーダーが重なる。いつもその場を見ながら適当に追加していた俺の役割は俺が不在の間手塚がこなしていたらしい。
その場に立ち上がるとざっと室内を見回して丁度揚げ物を持ってきた店員に追加分を適当にオーダーする。
いちいち挙手を求めても混乱するだけで、余りが出たところで誰かが飲むのだから厳密に数をとる必要はない。
オーダーをまあ妥当なところだなと思いながら聞く。
手塚がちょっと不憫だ。
「手塚、こんな時まで優秀にならなくていいぞ」
手塚は四面四角に会釈した。
「大したことじゃありませんから。もう、慣れましたし」
揚げ物の大皿を配っていた笠原が戻ってきて隣に座る。
「教官は一人で何でも抱えすぎなんですよー」
いっただっきまーす、と手を合わせると自分の分を取り分けて食べるのに専念する笠原の服の裾が胡座をかいた俺の膝の辺りにふわふわと当たる。
こいつもさっき店員が入ってくるなり当然のように大皿を運んでいった。
こういった場面での部下の成長を喜んでいいのかと思うと、微妙だ。嬉しい気持ちはあるが、上官が喜ぶべき場面とも思えない。
溜め息をつく俺に小牧が寛ぎながら言った。
「まあ、部下が優秀だと上官は楽だよね?」
「ああ、そうだな」
言って笑うと笠原はもちろん、手塚までもが嬉しそうな顔になる。
お前ら可愛すぎだろう。幾つだ!?
心の中でだけ突っ込んでいたらそのままズバリ小牧に指摘された。
「ほんとに可愛い部下だよね、二人とも」
くつくつ笑われる。それには答えず俺は手元のビールをあおった。
お前の退院祝だからな、と注がれたものはひとまず全部承けて飲み干した。久々の飲酒になるが元々酒には強いからこの程度で酔うことはない。
先輩方も潰すつもりはないらしく、一杯ずつ承けると二三話しては散っていった。
気になると言えば企んでいる風な様子が窺えないのが一番引っ掛かるところではある。朝の仕打ちからして何か仕込みがあるのかと思っていたが心配しすぎていたらしい。
宴もたけなわ、といった頃には
コースメニューもひとまず飯物までは出たからあとはデザートくらいで、笠原が動き回る必要もなくなる。そもそも男所帯なのでデザートなんかほとんど残される。勿体無いからいらないと店側にも伝わっていてせいぜい時期の果物がたまに出る程度だ。
酒のオーダーは暫く前に焼酎と日本酒なんかのボトル系を纏めて頼んである。あとは各自で割って勝手にだらだら飲むだろう。
ヒラヒラと裾を遊ばせながら配膳しているのをずっと視線で追っていたら小牧に笑われた。
「気になるのはわかるけどさ、ちょっと追いかけすぎ」
むすっとした顔でそれを聞きながら追いかけた先では笠原が進藤一正に絡まれているのが見える。
あのおっさんは、と毒づくが笠原が照れたような顔で盛大に何か言い返して背中に張り手を入れるとあっさり潰れた。
酔っぱらいか。
酔っぱらいなら放置だな。
手元のグラスをあおる。中身は大分前から日本酒にシフトしている。
酒に弱い笠原は二次会代わりに抜け出してのお出掛けを楽しみにしているらしく氷の溶けきったサワー一杯で頑張っていた。
健気すぎる。
なんて可愛い奴。
どこに連れていってやるかな。
飲めないならカフェバーかカラオケか。時間帯が遅いと意外と選択肢がない。
隣からくつくつ笑う声がして思考から引き戻される。
「班長、にやけすぎ」
「放っとけ。何年掛かったと思ってる」
「まあねー、長かったよねぇ。ほんとに」
しみじみと呟く小牧に一瞥をくれた。無意識のレベルで視線が笠原を探す。
「やっと纏まったかってほっとしてる人は多いよ。良かったねえ、はーんちょ」
むさい野郎の中で今日の笠原の服の明るい色は目立つ。
隊長のいる辺りで何やら座り込んで話している。
ここまで切れ切れに聞こえてくる声のトーンが先程よりも高い。
飲まされてるんじゃないだろうな。
ちょっと眉をひそめていると名指しで呼ばれた。
「堂上、ちょっと来い!」
いってらっしゃい、と手を振る小牧を残して奥に向かえば明らかに笠原の顔が赤い。
「なんですか」
ニヤニヤ笑っている隊長の横に座っていた酔っぱらいに抱きつかれた。
「きょおかーん!」
「どうした、何飲んだんだお前」
明らかに酔っている笠原が指差したのは一つのグラス。
「たいちょおが、オレンジジュースくれましたっ」
隣に座った俺に凭れて敬礼する。
「敬礼はせんでいい敬礼はっ!」
柔らかい袖の生地が捲れて二の腕どころか肩まで見えかけたのを慌てて押さえ込む。
グラスに残っているのは、色だけ見ればオレンジジュースだが、どうせスクリュードライバーだとかいうオチなんだろう。
「一気飲みか、もしかして!?」
「だってぇ、喉乾いてたんれすよぅ」
舌ったらずな口調でグリグリと頭を押し付けてくる。
猫かお前は!!
座った状態ですらぐらぐら揺れる笠原を支えながら隊長を睨み付けた。
「どういうことですか!」
「笠原が喉が乾いたって言うから飲ませたんだよ」
「よりにもよってこんなキツい酒飲ませることないでしょうが!!」
「ほとんど飲んでないって言うからかわいそうでなあ」
のらりくらりとかわされる。
明らかにこれを狙ったオーダーとしか思えなかったがひとまずは笠原の回収が先だ。
「笠原がご迷惑をお掛けしたようで失礼しましたっ」
いくぞ、と声を掛けて立たせようとしたら笠原はその場にへたりこんだ。
「きょおかん、あたし、迷惑ですかぁ?」
一時的に大迷惑だ!!
これ以上ここにいればきっとまだ何か企んでいるのに巻き込まれるのは間違いない。
だがそんなことを笠原本人に言えるわけもなく俺は黙った。
その僅かな間に笠原は泣き崩れる。
「あたしやっぱり迷惑なんれすねー」
「おいおい堂上、お前お姫様泣かせてどうする気だ」
「そんな奴には俺らの娘っ子はやれねぇなあ」
わいわい囃す外野が煩い。
「いや違うから、ほら、機嫌なおして向こうに帰るぞ」
焦って抱えようとすると笠原は暴れた。
「いーやーれーすー!!仲直りのちゅーしてくれないと戻りません!!」
「誰の入れ知恵だ!」
軽くひきつるのが自分でもわかった。
とても笠原の発想と思えなくて聞くとそれには素直に返事があった。
「進藤一正がぁ、仲直りの時はちゅーするもんらって、言ってましたぁ!」
野次馬のなかにいた進藤一正は俺が睨んでも蛙の面に小便で、サムズアップに片目を瞑って良いこと言うだろ俺アピールをしてくる。
違うだろう。
いや違わないけどなんか違う!!
この衆人環視の下でしてもいない喧嘩の仲直りのキスとかできるか!
頭を抱えると笠原が追い討ちをかける。
「きょおかんは、嫌なんれすか・・?」
俺の中で何かがキレた。
長年追いかけた恋人に上目遣いの涙目でキスを迫られて断れる男なんている訳がない。
例えそれが興味津々の上官どもに囲まれたこの状況であっても、だ!!
「笠原、目ぇ瞑れ」
笠原が目を閉じる。
俺は手近なグラスをあおると、笠原を抱き寄せて、口移しで飲ませた。
早く落ちろ、と思いながらそのまま唇を重ねて数十秒。
んーとかむーとか言っていたのがやがて寝息に変わったのがわかってから柔らかな唇から離れる。
はじめの頃は冷やかして口笛なんて吹いていた輩もいい加減黙りこんだ頃合いだ。
寝落ちた笠原を抱き込むようにして
「満足ですか!」
と一言吠えた。
「あー、ま、『指導』はほどほどにな」
暫くしてから漏らしたのは進藤一正だ。
「誰のせいですか誰の!」
言い返しながらも寝落ちた笠原の顔だけは見られないように肩にもたせ掛けるようにして抱える。
「独り占めしたいのはまあわかるが、ほどほどにしとけよ」
隊長がニヤニヤ笑う。
どうせあんたの仕込みなんだろうが!
とは思ったが、どうせ言うだけ無駄だ。
笠原のプライベートで見せる女の顔だけはこいつらに見せなくて済んだことを良しとするしかない。
ほどほど飲んだし引き上げるにはいいタイミングだ。
これ以上ここにいたら矛先が俺に向くのは火を見るよりも明らかだった。
「笠原が潰れたんでお先に失礼します」
睨み付けるようにそう言って笠原のカバンと二人分のコートを回収すると座敷を出る。
小牧の笑顔に仕込みだったことを確信したが、頑なに目線を伏せていた手塚がひたすら憐れだった。
襖を閉めて自分の分の靴を履いて、笠原の靴をどうするかと思っていたら馴染みの店員がビニル袋を持ってきてくれた。
手際よく靴を入れると少し迷ったような間があって。
「お付き合い、されてたんですねぇ」
見られていたのか、と項垂れる。
回りを見回す余裕は確かになかった。おっさん連中だけだからとたかをくくっていたが、部外者とはいえ顔見知りに見られていたというのは案外ダメージがでかい。
「道理で、ここ暫く元気がない様子だったんですね」
その言葉にそいつを睨み付ける。
笠原の顔を隠すようにコートを掛けていてよかった。
ちらりと笠原の方を伺ってそいつは苦く笑った。
「心配しなくても諦めますよ。馴れてますから。これからもどうぞご贔屓に」
タクシー呼びますか、と気を回されたが断ってコートを着込み、笠原を背負う。荷物は纏めて片手にぶら下げた。
上がり口でもたついている間に襖の向こうからヤるかヤらないかの二択で半強制的に賭けが始まっているのが聞こえた。
「ありがとうございました」
店の入り口まで見送ってくれた店員が小さくお幸せに、と付け加えたのは聞かなかったふりをして帰り道を辿る。
右に折れればホテルがあるのは知っているがこんな状態で連れ込めるか、と心の中で悪態をつきながら。
囮捜査以降笠原の人気はうなぎ登りだ。
所有の印をつけておきたい俺の気持ちが伝わるとも思えない。
笠原に群がる有象無象どもを蹴散らすのに効果的なのはよくわかるが、笠原がそれに同意するとも思えない。もちろん俺にもそういう趣味はない。
どうしたもんかな、とついた溜め息は思ったよりも深かった。
fin
(from 20140609)
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