+ thanks day,Feb + 「陽の前月の後」 つしまのらねこさまからの頂き物 : 「Having you」(歳の差あり堂郁)設定のバレンタイン三次SS
赤いハートマークが至るところで目につく町を歩きながらあたしは悩んでいた。
もうすぐバレンタインデーだ。
土日は関係ない特殊部隊の勤務シフトが配られてからあたしは悩み続けていたと言ってもいい。
当日は出勤で、特に出張が入っている班もない。いつも通りに休みの班もあるけど。
これは・・・・期待されてる、だろうか。
五十人からいる特殊部隊の中で女はあたし一人、慣例を聞こうにも聞けそうな先輩はいない。
何事も最初が肝なのよ、とニヤニヤ笑った柴崎は業務部には慣例があるもの、とあたしの悩みを聞く素振りすらなかった。
お世話になってる先輩達からはあたしに聞こえるように期待する声もあったし、ここでスルーした日には何を言われるかわかったもんじゃない。
普通は上官に相談すればいいんだろうけど、相談したとしても必要ないの一言で却下されるのが目に見えている。
町中が浮き足立っている雰囲気で女の子たちが楽しそうに買い物をしている、その中に混じりたい気持ちもある。何より折角一年に一度のイベントなのに全く何もしないのは勿体ない。
一回り以上年上のお堅いのが持ち味の教官にそのあたりの気持ちを上手く伝えられるとは思えない。
浮かれるなとか無駄だとか説教貰うなんて冗談じゃない。
今年もし何もしなかったら来年以降突然始めるのも不自然になる。だから、何かするなら入隊年度の今年がチャンスなんだった。
まあ今年やってみて不評なら何か適当な理由をつけて来年以降はやめればいいんだし。
あたしが勝手にやる分には何も言わないよね、と結論を出してうきうきとそのコーナーを目指した。
全員に何かを買うとして・・と、華やかに飾り付けられたバレンタインのコーナーを眺めてあたしはその案を即却下した。
義理チョコで個別に五十人分なんて確保できない。
一個三百円として・・ざっくり一万五千円?
無理無理、却下。
同じ隊にいたとしても直接話したのが何度かという程度の先輩だって多いのだ。わざわざお礼をするほどじゃないだろう。
ちゃんとしたのを渡すならお世話になった口実のある人だけでいいや。
となると班員三人と・・隊長副隊長、くらいかな?
でも緒形副隊長は当日は確か休みで・・美味しいチョコでも牛のように食べてしまうのがわかっている隊長に用意するなんて愚の骨頂だ。安い袋詰めのお得パックで充分だろう。それなら全員に行き渡るくらい買う余裕もあるし。
上官二人には何かとお世話になってるし、多分受け取ってはくれる、だろう。
年齢的にも四十代になっている二人の上官にはあんまり安い物や可愛いばかりの物は渡せない。
この辺が妥当かな、と手を伸ばしたのは落ち着いたココア色のパッケージの普段なら絶対買わないような金額のトリュフのセットだ。
渡せるのかな、と思って浮かんだのは堂上教官だった。
なんかこういうの嫌がりそうだけど・・・・。
迷い始めると決心が鈍るから、と思いきって掴んだ高級チョコを二つかごに入れる。後は適当に選んだのが一つ。
手塚はまあほっといてもいくらでも貰うだろうからこの辺でいいやという安易なチョイスだ。
もし渡せなかったら部屋で食べればいいんだし、とココロの隅で結構哀しい計算もしながらレジに向かった。
当日はいつもより早く寮を出た。
といっても多分教官たちはもう出勤している時間だ。
「おはようございます!」
挨拶をするとあーとかうーとか歯切れの悪い返事が帰ってきた。
どうかしたのかな、と思いながらお茶菓子のコーナーにまっすぐ向かう。
あたしの方にこれ見よがしに視線が集まる。チラチラ気にしているのはやっぱり結構期待されていたらしかった。ちゃんと用意していたことに少しだけ胸を撫で下ろす。
近場で買ってきたお徳用チョコ詰め合わせの袋をバリバリ開けると菓子鉢にざらざら流し込んだ。
「今日はバレンタインデーなんでチョコの差し入れです!欲しい方はどうぞ!」
あたしが言うなり様子をうかがっていた先輩たちがわっと群がった。
「何だよ、徳用チョコかよ」
「日頃の感謝のキモチはどうした笠原ぁ」
「あたし一人で全員分用意するなら特別予算請求しますよ!文句あるなら食べなきゃいいじゃないですか!」
不満タラタラの先輩たちに噛みつき返したけどもう貰えればいいやというレベルらしくて皆それなりにほくほくと嬉しそうにチョコを摘まんでは散っていく。
ペットのエサやりじゃないんだから。
公園で撒いたパンくずに群がる鳩のようなその光景はある意味微笑ましい。
その様子にちょっと笑いながら手塚のデスクに近寄った。
「はい、バレンタイン」
あたしの差し出した包みに手塚はうんざりした顔をする。
「・・甘いものはちょっと・・」
「ま、ヒゴロの感謝のキモチだと思って受け取っとけば?」
放り出すように手塚の机に置くと手塚はそれ以上は何も言わなかった。
というか、先輩たちのお前だけ特別扱いかよ、という突っ込みにげんなりして矛を収めたというべきかもしれない。
「貰っとく」
ありがとうも何も無かったけどまあいいやとあたしは小牧教官の所に向かった。
「小牧教官、いつもお世話になってます」
どうぞ、と差し出すと
「俺ももらっていいの?」
と確認された。
「日頃の感謝の気持ちですから、遠慮なくどうぞ」
「ありがとう。笠原さんみたいな若い女性からこういうの貰えると思わなかったよ。嬉しいもんだね」
くすくす笑って受けとるとそのまま引き出しに納められた。
後で奥さんと食べるのかもしれない。
随分年下の奥さんがいる、ことくらいは知っている。そしてその奥さんを小牧教官が溺愛しているのはもう、よくわかっていた。
あっさり受け取ってくれたのはあたしも図書館の一利用者としての奥さんと面識があったからかもしれない。
明らかに義理チョコだしね。
「堂上教官も、どうぞ」
小牧教官は貰ってくれるだろうという公算の方が高かったけど読めないのは班長なんだった。
チョコの包みを差し出すと教官はチラリとあたしを見た。
「余計な気は遣わんでいい」
そう言うと手元の書類に目を落とす。
やっぱり、とちょっとだけ肩を落とす。
別に教官に是非とも貰ってほしくて気合いを入れた訳じゃないけど。
お世話になってるからって班員分だけ特別扱いしただけで。
だけど手塚も小牧教官にも渡してて一番お世話になってる堂上教官にだけ渡さないのもどうなんだ。
心のなかで呟いた声には意外なところから援護射撃が入った。
「何だよ堂上、カッコつけやがって」
「くれるってんだから貰っとけばいいだろうが」
やいのやいの囃し立てる先輩たちを堂上教官はじろりと睨んだ。
「ただの義理チョコは断る主義だ」
まあ確かに義理チョコっちゃ義理チョコだけど。
黙って貰ってくれればいいのに。
ちょっとだけ意地になる。
「日頃の感謝の気持ちを込めてって言ってるじゃないですか。教官くらいのお年になるとあたしみたいな若い女の子からチョコ貰える機会なんて貴重ですよ?」
ほらほら、と顔の前でその包みをちらつかせる。盛大に眉間に皺を寄せた教官は目の前のその包みを掴むとあたしを睨んだ。
「それが人に物を渡す態度か貴様!!浮かれてないで仕事の準備でもしろ!!」
反射で竦み上がってはい、と敬礼した。
バレンタインでチョコ渡して怒られたんじゃ割に合わない。
返せって噛みつこうかと思ったけど、教官はあたしの渡した包みを何気なく机の真正面に置いたから引ったくれるほど近くもない。
気持ち的には感謝がどうこうよりも怒られ損な気がする。
「なんで怒るかなぁ・・」
ブツブツ言いながら仕事の準備にかかった近くで小牧教官はぶはっ、と噴き出した。
「・・でもそれは受け取るんだ?」
「本人が日頃の迷惑料だって言ってるもん突き返せるか」
「そんなこと言ってませんー!日頃の感謝の気持ちです、って言ってるじゃないですか!」
「うるさい。お前は早くこんなもん渡さなくて済むように一人前の仕事をしろ!!」
そこまで言うなら返してよ、と思ったけど一番迷惑をかけているのが教官なのは間違いない。
渡せたことは良かった。
だけど。
「よかったですねぇ、義理でも迷惑料でもあたしからチョコがあって!」
皮肉の一つも言ってもきっと許されるに違いない。
「あ、足りなくなったら足下の袋にも入ってますから適当に補充してくださいね」
教官とのやり取りの間に菓子鉢の分が売り切れたらしく手ぶらで戻ってくるのが見えた先輩に声をかける。
そこからセルフかよ、とブーイングが起こった。
「・・せめて俺たちにも机に一個ずつ配るくらいの気配りはないのか!」
「だっから文句言うなら取らなきゃいいでしょ!あたしが自腹で買ってきたチョコ無償提供してるんですから!」
「俺は貰えるだけで充分だけどなぁ」
他班の一正がにやにや笑って堂上教官の方を見ている。
教官、別に甘いもの好きでもなさそうだしあたしの見てない所で横流しされてたりして。
ちらりとそんなことを考えたけどもういいや。
あたしの用意したチョコは教官のデスクのど真ん中に相変わらず鎮座している。
なし崩しっぽいけど一応受け取っては貰えたんだし。
もう果たすべき義理は果たした!
そしてあたしは渡したことに満足してそのイベントがその日だけでは完結しない事をすっかり忘れていたのだった。
thanks day,Mar へ続く
(from 20150303)
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