+ thanks day,Mar +   「陽の前月の後」 つしまのらねこさまからの頂き物 : 「Having you」(歳の差あり堂郁)設定のホワイトデイ三次SS 

 

 

 

次のシフトが配られて日々の雑務をこなすうちにあっという間に一月がたった。

3月14日、出勤したあたしの机の上にはバラバラと飴だのチョコだのが置いてあった。

「・・ナンデスカコレ」

デパートの地下のお菓子の量り売りコーナーでしか見た覚えのない棒つきキャンディーの束は・・一応花束のつもり、だったり?

首をかしげたあたしにくすくす笑う声がする。

「バレンタインのお返しでしょ」

「はあ・・・・」

何もないか、あるならもうちょっとちゃんとした包み紙の物を漠然と想像していた。

あたしのただでさえ散らかった机の上は子供がおもちゃをぶちまけたような有り様だ。

このままでは仕事にならないのは確実だ。

いつか使うかもと取っておいたビニール袋に机の上のお菓子たちを集めて行くと折角空いたスペースにぽんと青と白の包装が置かれた。

「返す」

真顔で言ったのは手塚で、見覚えのあるロゴは某有名菓子店のものだ。

「え、てかそんな高いもの返されても困るっ!」

千円はするんじゃないかというそれを片手にあたしが慌てて手塚を見ると手塚は何でだ?と首をかしげた。

「三倍返しが相場なんだろ?」

「それは本命の場合だから!!ってかあんた一々義理チョコにまで三倍返ししたの!?」

「ああ道理で・・・・」

ちょっと回想したのは今朝配って回ったお返しを貰った女のリアクションなんだろう。

「あんたそんなんじゃ来年はいいカモにされるわよ」

忠告してやるとそれには如才なく心配ないと答えがあった。

「来年からは受け取らないことにした。結構面倒だったしな」

面倒ってよりあんたの金銭感覚どうなってるんだ。

このお坊っちゃまめ!!

「貰っとくけどね!ありがたく!」

義理チョコで思わぬ高級品を釣り上げてちょっと戸惑ったけどまあよしとしてあたしはそれもビニール袋に収めた。

「手塚ほど高級じゃないけどこれも受け取ってくれる?」

小牧教官が出してきたのは小さな薄い包みであたしは首をかしげた。

「何ですか?」

お菓子にしては軽いし薄いし袋も固くはない。

袋ごと振るとかさかさ軽い音がした。

「髪留め。毬江が選んだから多分似合うと思うよ」

「あー、なんか気を使わせちゃったみたいですみません」

あたしが軽く頭を下げると小牧教官はいいよ、と笑った。

「なかなか夫婦で出掛ける機会ってあるようでなかったし楽しかったから。ありがとう」

お礼を貰ってその事にさらにお礼を言われるとか。

流石小牧教官、この気遣いったら!

「後でお礼言っときますね、図書館で会った時に」

「うん、なんか笠原さんと会うの楽しみにしてるみたいだから宜しく」

軽く頭を下げて机の上を片付けるとあたしはちらりと堂上教官を見た。

けど、それに気づいたのかそうでないのか、教官はノーリアクションだった。

お返しを期待して渡した訳じゃないからまあいいか。

暫くお菓子は買わなくて済みそうなビニール袋は引き出しに納めて仕事に取りかかった。





特に大きなトラブルもなく仕事は終わった。

提出した日報をチェックしながら教官はあたしの名前を呼ぶ。

「笠原」

「はいっ・・何ですか?どこがおかしかったですか?間違ってますかっ!?」

コツコツとボールペンの先が日報の端を叩いているのを覗き込むと溜め息をつかれた。

「お前は・・人が呼んだらまずそれを心配するのか」

「え。だってあたしうっかりだし」

「・・・・今日の分には問題はない」

ちょっと間があったのはあたしの発言が否定できなかったらしい。

「じゃあ何ですか?」

首をかしげると教官は座ったままの位置から暫く黙ってあたしを見上げた。

それから視線を落としかけて慌てたようにフイとそっぽを向いた。

そのちょっと動揺したような素振りが珍しくて目を丸くする。

「・・ボタンはきちんと上まで閉めろ」

ぼそっと言われて、え、と見下ろすと襟元が開いていた。ボタンを一つ開けていた分前屈みになったあたしのシャツは、丁度教官の頭の位置からだと胸元が見えるくらいの余裕が・・・。

ぎゃあと悲鳴をあげて後ずさると胸元を押さえた。

「セクハラですよ!!酷い!!」

「お前がうかつにそんな格好で前屈みになるからだろうが!!」

「見ましたね!?今あたしの胸見ましたよね教官!!」

「バカ言うな!見る気なら忠告なんかするわけがないだろうが!!」

「ってやっぱり見たんじゃないですかー!!」

「下着がチラッと見えただけだ!!」

勢いで言った後ではっとして口元を片手で覆うと教官はそっぽを向いた。

見られたんじゃん!!

やだやだー!!

ない胸なのにこれ以上減ったらどうしてくれる?!

「・・見られて困るならきちんと隠しておけ」

ばつが悪そうに説教のように言うと沈黙が落ちる。

胸ないのを見られた、と思うとへこむけど、教官が悪いわけじゃない。

覗いて嬉しいほどの谷間もないしね・・て自分に追い討ちかけてどうする、あたし。

ふぅ、と溜め息をつくとあたしは話題をもとに戻した。

「で、なんでしょーか」

ちょっとやさぐれた風になったのはもう仕方がない。

「お前、このあと用事はあるのか」

「いえ別に特には」

強いていうなら帰ってご飯とお風呂程度だ。

「ちょっと駅前まで付き合え」

駅前?

はあ、と曖昧に頷くと行くぞ、と教官は立ち上がった。





駅前まであたしを連れ出した教官のオーダーは「お前くらいの年の女が好きなものは何だ」という実に曖昧なものだった。

「バレンタインのお返しですか?遅すぎませんか??」

じろりと睨むと困ったような顔で頭を下げた。

「見当つかなくて困ってる。助けてくれ」

頼む、と両手を合わせられた。

教官よりも優位に立てることなんてなかったし、こんな風に「お願い」されるなんて天変地異の前触れかもしれない。

「教官が頭を下げて頼むんなら頼まれてやろうじゃないですか。おっさんのセンスじゃ貰う方も可哀想だし!」

「いちいち引っ掛かる言い方するなお前は」

「だって教官がおっさんなのは事実ですもんねー」

誰かあたしと変わらないくらいの年の女から告白でもされて・・そのお返しなんだろう。

そう思うとココロが痛む。

いいな、と思ったのを強引に誰だろう、とすり替えてあたしは小さなため息と一緒に飲み込んだ。

「で、予算は?」

まっすぐ教官を見据えて聞くと歯切れの悪い答が帰ってきた。

「・・いくらくらいが妥当なんだろうな」

スパッと金額を答えてくれれば絞りやすいのに。

「じゃあ何を貰ったんですか?本気ですか義理ですか?相手の年齢はあたしと同じくらいとして服の好みとか趣味とかわかりますか?」

いらっとして少しでもヒントになりそうなものを聞き出そうとすると教官の側の答えはやっぱり歯切れが悪い。

「小洒落た箱入りのチョコだった」

わざわざ相手を呼び出して渡す用のバレンタインのチョコに洒落た箱入りじゃないのがあるか!

という突っ込みをしたところで無駄だろう。この分だといくらくらいのものかなんてわかっていないらしい。

何度か尋ねて「あたしと同年代の」「本が好きな」「さっぱりした性格の」女だということは聞き出した。時間もないのに一々歯切れが悪くてイライラする。

「・・よくわかんないけど、本好きならブックカバーかカード入れ辺りでどうですか?安直ですけど」

多分図書館の利用者か関係者なんだろう。教官と接点がある世代の離れた人というと自然とそのくらいに絞れてくる。

「図書館の利用者で自分の本をあんまり持ってないならカード入れの方が無難かもしれません。普段使いできる小物でいいと思いますけど」

図書館の関係者にしても利用者にしても貸出カードを持っていないとは考えにくいから、そう伝えると教官は少しだけ考えてわかったと頷いた。

皮小物だと専門店か雑貨屋だろう。

専門店はあたしの世代にはまだ敷居が高い。

「本命用なら専門店があっちにあります。義理のお返しなら千円くらいでこの辺のお店にある分でいいと思いますけど」

お茶を濁された回答の代わりに選択肢を示すと顔を向けたのは雑貨屋の方だった。

ざっくりそこまではアドバイスをしたけどここから先は結構趣味が別れてくる。

四十半ばのおっさん一人じゃ入りにくい店でもあたしが一緒ならそれほど敷居も高くないだろう。

後はご自分でどうぞ、と突き放して店内に入ってすぐに別れた。

ちょっとだけ渋い顔でわかった、と頷いた教官はおっかなびっくり手に取りながらももうそれ以上はあたしにアドバイスを求めてこなかった。

きっとその子だってただの部下にチョイスされたものなんか貰いたくないだろう。

あれこれ言いはしたけど、お返しで貰った物なら何でも嬉しいに違いない。

好きな人が選んでくれた、それだけできっと宝物になるだろうに。

何を迷っているのかは見たくなかったからあたしも適当な棚の小物を何となく見て回る。

あ、これ合皮なんだ。本物の手入れには自信がないけど合皮なら気軽に持てる。

買おうかな、とちらりと見たけど値段に負けた。

ついでにちょっとで買うものじゃないなぁ。





暫く店内をぶらぶらしているうちに教官の買い物は終わったらしい。

「遅くなったし飯食って帰るか。付き合わせた詫びに奢ってやる」

腕時計で確認したら門限まではまだ余裕があるけど食堂は帰ったらギリギリの時間だ。

「じゃあ遠慮なく!」

「好きな店選んでいいぞ」

やったぁ、と普段柴崎と一緒だと絶対に行かない焼肉のバイキングをチョイスしたらはっきり苦笑された。

量だけがっつり、のつもりだったけど案外いいお肉が出てくることに満足しながらパクついていると向かいで教官が呆れた顔でビールを傾けている。

「よく食うなお前」

「食べ放題なんですよ?元とらなくてどうするんですか!」

「・・そりゃ道理だが」

呆れられたらしい。

むっとして口を尖らせる。

「教官こそビールばっかり飲んでるとお腹が出てきますよ?」

いいお年なんですから、とからかうと眉間に皺が寄る。

僅かな反撃は成功したらしい。

「遅い時間にそんなに食ってたら太るぞ」

今度はあたしが渋い顔だ。

「そんなことわかってますー!」

何時ものように言い合いながら食後のシャーベットまで堪能した頃あたしはふと思い付いて聞いた。

「・・教官、プレゼント渡す時間ないんじゃないですか?」

お返しなら今日だろう。

「いや、別に今日じゃなくていい」

じゃあなんで今日選びにきたんだか。

「公休ならゆっくり見て回れたのに」

「休みの日にお前を呼び出すわけにはいかんだろうが」

「・・別に、プレゼント選びくらい付き合いますよ?」

「お前に彼氏でもいたらそいつに悪い」

「そんな人がいたら今ごろデートでもしてますー」

悪いか?!

どうせ彼氏なんて生まれてこの方いたことなんてないですよーだ、と膨れると拗ねるなと頭を撫でられた。

丸っきり子供扱いで。

「教官こそ告白、されたならちゃんと今日のうちに返事しとかないと振られちゃいますよ?」

子供扱いがちょっとだけ悔しい。

その誰かもあたしと同じような扱いをされてたりするんだろうか。

「子供のような年の女を相手にするほど困ってない」

わあ、ハッキリ言い切った。

と、驚きながらも心のどこかが痛む。

まあね、教官は四十代の大人の男だし、二十代の女が恋愛対象外と言われてもあんまり意外じゃないけど。

「それ、本人に言っちゃダメですよ?女の子が告白する時は相手が幾つでも年下でも年上でも本気なんですから」

言うと少し驚いた顔が帰ってくる。

「・・お前もそうなのか?」

そうもなにも一般論だ。

あたしが、というのは一瞬考えたけど現実味に乏しかった。

「あたしには王子様が居ますからねー」

はぐらかすつもりで言うと教官の眉間に一瞬皺が寄って、すぐに戻った。

「・・顔も覚えていない男なんだろ、どうせ」

「なななななんでそれをっ!?」

「本気で探してるなら今頃見つかっててもおかしくないだろうが」

そう、それはその通り。

「どーせ顔覚え悪いですよ!」

「お前が悪いのは記憶力全般だろ」

ぐうの音もでないほど厳しい突っ込みにあたしはテーブルに突っ伏した。

「いいんです!!いつか見つけてお礼を言うってあたしのささやかな希望なんですから!!」

開き直ると教官は苦笑した。

「わかったわかった、見つかるといいな」

ポンポンとあたしの頭の上で掌が踊る。

また子供扱いだ。





「教官が好きなタイプってどんな人なんですか?」

帰り道ほてほてと並んで歩きながら何の気なしに呟くと教官はチラリとあたしを見て溜め息をついた。

「そんなの聞いてどうする」

「いやー、柴崎辺りに売ったら高く売れるかなーって」

「そんなこと言うような奴になんで答えてやらなきゃならんのだ」

見慣れた眉間に皺を寄せた顔でそれだけ言うと教官は寮に向かう速さを訓練速度に変えた。

「や。ちょっと!置いてかないで下さいよ!!」

本気で置いていくつもりがなかったのはその言葉に少しだけ速度が落ちたことでわかる。

「夜道で女一人置いてくとか酷くないですか!?」

こういうことを言いそうなのはあたしじゃなくて柴崎だけど。

文句を言って膨れると教官は目を細めてあたしのことを見返した。

「ああ、悪かったな。これやるから機嫌直せ」

ぽいっと放り投げられたのはさっき連れていったお店の包装紙だ。

プレゼント用のリボンが可愛く揺れている。

「え、これ、だって・・誰かにあげるんじゃなかったんですか!?」

「今日返さないと意味がないんだろ?」

そんなことも確かに言った、ような気はする。

「だって・・あたしがあげたのはお礼のチョコですよ・・?」

「なら今返したのは頑張ったなのご褒美だ」

え、具体的にあたし何かしたっけ?本気で首をかしげていると教官の掌があたしの頭をグシャグシャとかき混ぜた。

「男ばっかりのむさい中でよく頑張ってるよ、お前は」

髪がグシャグシャになるじゃないですか、と文句を言ってその手から逃げた。



部屋に帰って柴崎の前であける勇気は無かったからベッドに持ち込んでこっそり確認したら中身はキーケースだった。

淡い色のシンプルな合皮のキーケース。

・・仕事で持ち歩くロッカーの鍵なんかを持ち歩くのに丁度いい。

今まで使っていた子供っぽいキャラクターのキーホルダーから寮の部屋の鍵とロッカーやなんかの鍵を移すと全部がすっきり収まった。

頑張ったご褒美だ、とは言ってたけど明らかに特別扱いだ。

・・・・意外と優しいんだよね。

でも彼女がいるような話も聞かないし、勿論結婚もしてないのは・・・・なんでなんだろう?

教官を好きな誰か、ならきっと図書隊の中だけでも一人や二人じゃなくているはずだ。それは容易に想像がつく。

だけど。

教官が好きになるような人ってどんな人なのかな。

きっと・・・。

想像してみたけどそれは上手くいかなかった。まるで見当がつかない。

だけど綺麗で守りたくなるような人、なんだろう。

あたしとは真逆の女らしいひと。

男の人はそんな人が好きだって言うし。

今日の発言からしてもあたしが恋愛対象になることはあり得ない。そう考えるとどこか哀しかった。

いやいや、あたしの方こそこんな口煩いばっかりのおっさんは願い下げだ。

確かに面倒見はいいし気を配るのも上手いし尊敬できる上官だけど・・それだけだもんね。



その思考がどこか自分に言い聞かせる雰囲気だったことには全力で気が付かない振りをした。

だって、あり得ない。

苦手なだけだった鬼教官は実は結構いい人だった。直の上官だし、何だかんだで細かくフォローもしてもらっているから、どんな人なのかなんてもう勿論わかっている。

実はいい人で、あたしは王子様と同じくらいその背中を目指している。単純に年の差とかだけじゃなくてとてもじゃないけど簡単に越えられるとは思えない目標。

『尊敬できる上官、だけど・・?』

その先に続くあたしの感情を認めるのはまだその時のあたしには怖かったんだった。

だから、その事だけは極力考えないようにしながらあたしは貰った「ご褒美」を握りしめて眠りについた。 


 

 

fin

(from 20150307) 

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