+ 気持ちのゆくえ + 「サクラノハナガサクコロニ」の しましまうさぎさまからの頂き物
※ のりのりの書きかけSSを宿題として素敵な続きをかいてくださいました
「堂上班を解散する」
2週間後には新入隊員を迎えての教育期間が始まろうとしているある日の班長会議。
いつもの光景にみえる隊長のツルの一声だが、「気分だ」ではなさそうだ。
堂上と小牧は、4年ぶりに錬成教官の主力メンバーになる予定で、その間手塚と郁は他班に合流して通常勤務にあたる。通常勤務といっても、新人の訓練期間は当然人手不足となるので、現役隊員たちの訓練時間は減り、巡回と閲覧室勤務が増えるのだが。
「うちの末っ子達も今年で4年目だ。そろそろ育ての親元を離れて違った世界から物事を見るのもいいだろう。」
手塚や郁が一時的に他班シフトに組み込まれることはよくあることだ。それでなくても堂上班は「便利」に使われるため、班毎通常勤務から外れることも多いし、堂上や小牧が出張や会議に出向くこともあれば、利用者受けのよい郁が業務部に借り出されることもある。
それでも「堂上班」であるからこそ、直属の上官は堂上であり、有事のときは狙撃シフトを除いて堂上の元に集う。
末っ子の二人は他班に在っても、きちんと仕事をこなしてくる。それだけの隊員に育て上げたし、育った。
だが、自分は堂上班だという意識は常に持っている。堂上班という「我が家」があるからこそ、他班に合流したときは堂上が恥ずかしくないように務めなければ、という意識も生まれる。
「班長で無くなるからといって、降格するわけじゃないぞ、堂上」
そんなことはわかっている。降格されるような失態をやらかした覚えはない。
だが、言葉になることはなかった。
「新・堂上班をどうするかは、新入隊員の見極めも含めて、教育期間終了までには決定する。暫定的に手塚と笠原は進藤班、堂上と小牧は当面緒形に付いておけ」
玄田はそれだけ言い捨てて、さっさと会議室を戻っていった。後は緒形に任せた、という風体らしい。
「急にシフト変更になるものもいるが了解してくれ」
緒形はそう言いながら新しいシフト表を配る。
「俺は堂上に代わってじゃじゃ馬姫のお守りかぁ~」
イヒヒと笑いながら意味深に進藤がぼやく。
「進藤三監のお手を煩わせないよう、よく本人に言い聞かせておきますので、よろしくお願いします」
これ以上、からかいの手を入れられないうちに先手を打って上官に挨拶とした。
そして仏頂面のまま、シフト表を手にして会議室を出た。
◇◇◇
とうとう来たか。
事務室へ向かいながら通りかかった廊下の窓にふと目を向けた。
まだ班員達は訓練中の時間だった。
個性もバランスも役割も兼ね備えた上で郁と手塚が特殊部隊所属になったときに組まれた班編制ではあったが、上手くまわっていたと思う、自分で言うのもなんだが。
班員の見目と女子隊員がいるという意味でも、特殊な任務もこなしてきた班だ。
だがそれぞれが実力をつけ昇進していけば、いずれこういう時も来るとは解っていた。
解っていたが、目を背けていたのかもしれない。
手塚はともかく、笠原が...郁が、自らの直属の部下という立場では無くなるその時から。
訓練後、昼食を取る前に事務室に集まるようにいわれた。
「ずいぶん急なんだね」
口にしようと思っていた一言だったが、あまりの突然さに言葉が出なかった郁に代わって小牧がつぶやいた。
「...まあ、二人ともどこに行かせても問題ない」
いや、むしろ進藤三監じゃあ、手塚が苦労するかもしれないなぁ、と小牧が笑った。
「手塚は進藤三監と笠原の両方のフォローかもな」
「ちょっと教官!それはあたしが手塚にフォローしてもらうこと前提ですか?!」
「大丈夫だ、お前は堂上一正の面子をつぶさないように、うっかりだけなんとかしろ」
手塚はしれっと郁に言い捨てた。
こんなやりとりはいつもの事だ。郁と手塚との間では間合いがわかっている。
それも....もうこんな風には聞けなくなるのか。
「それより、教官達が緒形副隊長の下、って言う方が大変そうです」
それでなくても年度末ですし...雑用が激しく多そうですよね?!
郁は最初少しショックだったようだが、いつもの班内のたわいないやりとりをしているうちに、少し落ち着いてきたらしい。
「まあそれは元々覚悟してたから、どうせすぐに教育隊だしね」
小牧は苦笑する。
「直属でなくても上官には変わりないんだから、何かあったら相談してね」
無言の堂上の代わりに二人の部下に声を掛け、それぞれの肩にぽん、と手をおいて励ました。
◇◇◇
班編制が変わったことでいままでとどれくらい業務内容に違いがあったか、というと実はそれほどでもなかった。
元堂上班は特殊部隊の中でも便利屋的位置づけにあったため、通常の業務とは逸脱した事もあるし、班員が別々に行動することも普通にあったからだ。
そして堂上と小牧が教育隊の指導に行っている間は、郁と手塚は他班に合流したシフトだったから、そう言う意味でも特別大変や困難な事が怒るわけでもなかった。
どちらかといえば、堂上と郁にとってはプライベートの方が問題があった。
今まで基本同じ日に公休を取っていたのが、バラバラになる。
それだけでデートする機会が極端に減った。
「そりゃ、ほかのカップルはみんなそうなんだからさ」
今までが恵まれすぎていた、っていうことは郁も十分承知していた。
月に2度、合うかどうかわからないような公休だけでは、一緒に居ることが普通だと思っていた二人には辛いものだった。
せめて、課業後にご飯食べたり位できたらなぁと思うけど、教育隊が始まると定時であがれることはほとんど無い。
それでなくても堂上は課業後に事務仕事をこなさなくてはならないのがデフォルトになっている感がある。
仕方ないよ。
そうわかっているけど、それだけでは割り切れない何かが。
----------------郁の心に深く沈み込んだ。
そんな郁の気持ちを察してくれたのか、堂上は以前よりもマメにメールをくれるようになった。
業務中に声を聞く機会すらほとんど無くなった。些細なことだったがそれも郁にとっては辛かった。
いっそ、長期出張だと思えばいいのかな?
とも考えたが、出張はいついつになれば堂上が帰ってくる!っていうエサがぶら下げられていたものだ。
今の唯一のエサは一緒の公休。それも月2回か1回、1日あるかないか。
正直泣きそうだった。
「それは一番きつそうだよね、二人にとってはさ」
「なんだ藪から棒に」
「いい機会なんじゃないの?いろいろ考える」
小牧が遠回しにいわんとしていることはわかっている。
二人で居る時間を確保したいのであれば、一緒に住めばいい、つまり結婚しろということだ。
だがあいつはそんな事まで考えてないだろう?まだ入隊4年目だ。
「馬鹿ねぇ、だからみんな基地の近くに部屋借りるのよぉ」
柴崎にそう言われるまで、隊員同士のカップルがそうすることの意味に気がつかなかった。
お互いにシフト制の職場で寮生活。だから寮に居ながらもわざわざ部屋を借りたりするのだと。
そんな場所があったら、公休が一緒じゃなくても夜だけでもご飯を食べたり、顔をみたり、まあその・・・キスしたりも存分に出来るわけだ。
だけどそれってでも女の方から提案することでもないよね...恥ずかしすぎるよ、ととても言い出せそうにない自分には無理な事だとすぐさま畳んで脳内から抹消した。
『自分だけもやもやしてるって思わない方がいいんじゃない?ちゃんと素直に伝えなさーい』
もやもやしていないとは言わないけど、逢えない分だけ以前よりもまめにメールとかでやり取りしていると思う。お疲れ様でした、とか夕飯はちゃんと食べましたか?とかたわいのない事ばかりだけど。
教官の様子が判るのは嬉しいけど、それでも会いたい気持ちが満足することは叶わなかった。
◇◇◇
「会いたい」
その一言が言えない。
素直に言ってしまえば、堂上のことだ、たとえ少々無理をしてでも、郁に会ってくれる。それが分かっているから、郁は余計に言い出せなかった。
そして、以前はたびたびあった、堂上からの呼び出しは、ここ数日なかった。新しい班になって、教育隊が始まり、堂上の負担が格段に増えたような気がするのは、郁の気のせいだけではあるまい。
「仕事、忙しそうだし」
ここで無理を言って負担を増やしたくない。
「好きな女のワガママなんて、男にとっては嬉しいもんよ」
柴崎はそう言って笑うけれど、わがままだと分かっているのに、教官には言えない。
◇◇◇
郁は、もやもやした気持ちを抱えたままだったが、仕事ぶりは、いっそ見事だった。
自分が失敗すれば、これまで育ててくれた堂上班に傷がつく。つまりは、班長だった堂上に迷惑がかかる。所詮はこの程度だったのだと。それだけはあってはならなかった。ここまで育ててくれた堂上に何も返せないから、堂上の隣で同じ景色は見れないから、せめて、仕事では褒められるように、さすが堂上が育てただけのことはある――こう言われるように、精一杯頑張ろう。そういう思いだった。
その評判は、すぐ堂上の耳にも入る。班が違うだけで、同じ特殊部隊内だ。
そして、ことあるごとに言われる。「笠原をあそこまで育てたお前って、やっぱりすごいよな」
誇らしく思うと同時に、何故かやりきれない自分がいた。
確かに、図書隊のなんたるかを叩き込んだのは自分だ。自分の身は自分で守れるように、徹底的に絞り上げた。だが、と思う。それは多分に私情が入っていた。初めの頃は特に。
自分の気持ちを自覚してからは、そして想い合う仲になってからは、特に公私の区別はつけていたつもりだったが、全く私情が入っていなかったかと言われれば、それは嘘だ。
だから実は、自分は、郁を郁の実力の半分も使えてなかったのではないか。
「よその班長の方が、よっぽどうまく笠原さんを使うよ」…いつかの小牧の言葉が蘇る。
進藤に褒められて嬉しそうな郁を見るたびに、その笑顔が自分に向けられないことを悔しく思う自分がいた。
「やっぱり、堂上班は解散してよかったのかもな」
小牧が部屋に訪ねてきて2人で飲んでいた時、ふと堂上の口をついて出た。
「…それって、どういう意味?」
小牧が少々咎めるように聞く。
「いや、他意はない。手塚はともかく、笠原も今まで以上に頑張ってるみたいだから、あいつらのためには、これでよかったのかなって」
「本気でそう思ってる?」
「ああ、部下たちの成長を嬉しく思ってるよ」
嘘だ。郁の成長を素直に喜べない。そんな自分に愕然とする。
こんなに心の狭い人間だったのか、俺は。
郁を自分が育てたという自負は、早くも崩れた。あいつはもともと出来たのだ。ただ、たまたま花開くのが遅かっただけだ。
誰が使っても、仕事ができるやつになったに違いない。俺が育てたからってわけじゃないんだ…。その事実を認識すればするほど、割り切れない思いが募る。
犬のように懐いていると揶揄された部下が、自分のそばにいない。それだけのことが、こんなにも不安にさせる。
「堂上は意外とわかりやすいからなあ」
にやにやと小牧は堂上を見る。
「なっ…!」
「まあ、嬉しくないわけじゃあないんだろうけどさ。でも、嫌なんだろ。笠原さんが、自分以外の手で育てられるのが」
「……」
「図星?…別にもう、上官を言い訳にしなくていい立場を手に入れたんだから、仕事から離れて、もっとプライベートで素直になりなよ」
そう言われて、そうだな、などと素直になれるのなら、こんなに思い悩んだりしない。
そこは、年上で上官だという立場が邪魔をする。
「面倒くさいよね、お前も」
小牧は呆れてビールをあおった。
◇◇◇
その日、良化隊の襲撃は図書館の閉館後だった。
通常業務時間外の緊急招集は、抗争の規模によって、何段階かに分けられている。
今回は、抗争の規模としては小規模の部類に入るので、呼び出される隊員たちもそう多くない。
シフトの都合により、堂上は、今回招集されたメンバーに入っており、郁に招集はなかった。
「一緒に戦えたらよかったのに」
郁は思う。
班が違うから、隣には立てないけれど、それでも、一緒の場にいられるだけでよかったのに。
無事を祈るだけなんて、いやだ。
せめても、と、ロビーまで出て行くと、ちょうど、堂上が出かけるところだった。
「堂上教官!」
思わず呼びかける。
堂上も郁に気づいて、一瞬、笑顔を見せる。
「どうした?」
「あ、あの、無事でいてください!」
とっさに何と言っていいかわからず、月並みなことしか言えない。
それでも、必死な気持ちは伝わったらしく、堂上の手が、久し振りに郁の頭の上に乗る。
「大丈夫だ。心配ない。…こうしてお前が来てくれたしな」
それじゃ、行ってくる。
優しい眼差しを郁に向けて、堂上は抗争の場に出ていく。
郁は、堂上の姿が見えなくなっても、その方向を見つめていた。
◇◇◇
小規模な抗争なら、小1時間もすれば終わるはずだ。
そう思って、郁はそのままロビーで堂上の帰りを待つことにした。
久しぶりに頭の上に乗った手が嬉しかった。
もっと触って欲しい。…もっと触りたい。
自分のもやもやの原因に気づく。
外が騒がしくなり、抗争に出ていた隊員たちが帰ってきた。
郁の姿を認めた何人かが、口々に言う。
「堂上ももうすぐ帰ってくるぜ」
皆が異口同音に言うので、そんなに、自分は人待ち顔をしているのかと思う。
そう思うと恥ずかしかったが、今は誰よりも堂上に会いたかった。
共用ロビーに人影がまばらになった頃、ようやく、堂上の姿が見えた。
「教官!ご無事のお帰り、お待ちしておりましたっ」
敬礼しつつ言うと、堂上も敬礼を返しながら、苦笑している。
苦笑の意味がわからず、郁は少々困惑する。
「教官?」
待ってたの、呆れたりとかしてないよね?
「するか、アホウ」
相変わらずダダ漏れだったようで、軽く拳骨が落ちる。
「部下として迎えてくれるのも嬉しいが、ここは、恋人として迎えて欲しいもんだな」
「あ…。教官、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
そして、堂上はそのまま郁を、抱きしめた。
「あのっ、ここ、ロビー…」
「見たい奴には見せておけばいい」
堂上にしては珍しい物言いに、郁は、いつもと違う熱を感じた。
だからだろうか。
「あの…、あたし、今夜、外泊行けます、よ?」
思わず言ってしまった。
抱きしめていた体を離して、堂上が郁の顔を凝視している。
言ってしまってから、しまった、女の方から提案するようなことではなかったか、と後悔する。
が、堂上はそのことについては何も言及せず、
「10分後にロビーな」
それだけ言い置いて、部屋へ消えた。
◇◇◇
ふと、郁が目覚めると、すぐ隣に人の気配を感じた。
まだまだ周りは暗い。
はっきりしない頭を軽く振って、ここがどこだか思い出す。
そうだ、あのあと、すぐにこのホテルへ来て・・・。
さっきまでの熱の余韻が、体に残っている。
郁は、隣で眠る、堂上の顔を見つめた。
教官の寝顔を見れるなんて、結構レアかも。
いつもは、郁の方が疲れ果てて、先に寝てしまう。
今回もいつものように、眠ってしまったはずだったのだが、なぜか、目覚めた。
眠ってしまうのももったいないとか思ったかしら。
自分で自分が可笑しい。
教官と一緒にいられることがこんなに嬉しいだなんて。
今回は、いつもより激しく求められた。
途中、感覚に気持ちがついていけなくなって、「待って」と頼んだが、「無理だ」の一言で片付けられた。
いつもは、経験の浅い自分に合わせてくれて、優しすぎるくらいなのに。
でも、今回は違った。
堂上の思いのたけを丸ごとぶつけてくるような。
郁はだたひたすらに翻弄されたが、それは、決して、嫌なものではなく。
むしろ、感情のままに甘えられているようで、その立場が嬉しかった。
「ん…」
ふと、堂上が身じろぎする。
手を伸ばして、まるで、誰かを探しているような…。
「きょうかん?」
郁が呼びかけると、目を開いた。
そして、郁を認めて、ほっとしたように、表情を緩めた。
「夢でも見ました?」
郁が聞くと、
「ん?ああ、そうかもしれない。…目が覚めたら、お前がいないような気がして…」
堂上はまだ夢うつつのような声で答える。
「あたしはどこにも行きませんよ」
「ああ、そうだな」
「だから、教官もどこにも行かないでください」
「当然だろ」
言いながら、堂上は郁を引き寄せる。
「…きょうかん」
「ん?」
「もっと一緒にいたいです」
「…それはこっちのセリフだ」
「え?」
堂上から、そんな言葉が聞けるとは思ってなかった。
「一緒にいたいとか、思ってるのは、あたしだけかと思ってました」
「アホウ、んなわけあるか」
堂上は、郁の背中に回した腕に一層力を込める。
「よかった」
郁は、その腕の力強さに安心したようにつぶやくと、そのまま瞼を閉じる。
「おい、郁?…眠っちまったか…」
堂上は、苦笑の色を浮かべつつ、再び眠りに落ちた。
◇◇◇
あの日は勢いで外泊を入れて、気持ちを確かめ合ったが、日常は、相変わらずのすれ違いだ。
それでも、仕事中はまだ良かった。
業務に集中していれば気は紛れる。
いっそ、寮に帰ってきてからの方が、気持ちを持て余す。
寮の部屋で柴崎といても、考えるのは堂上のことばかりで。
「やっぱり、部屋とか借りるべき?」
心の中だけにとどめておくつもりだったが、つい口から出たらしい。
柴崎が耳ざとく聞きつけて、にやにや笑いで近よってくる。
「ついに、言う決心がついたの?」
完璧におもしろがられているのはわかったが、こういうとき相談できるのも、柴崎しかいない。
「女の方からこんなこと言うと引かれるかなあ」
「――そんなわけ無いでしょ。あんたと堂上教官に限って。まあ、教官なら、もしかしたら…」
「もしかしたら?なに?」
「…これ以上は教えちゃうと反則だから。あたしの憶測でしかないしね。まあ、悪いようにはならないわよ。次のデートの時にでも、提案してみたら」
結果がよかったら、何かおごってよね。
柴崎は茶化すように言ったが、その実、誰よりも心配してくれていることを知っている。
「ありがとう柴崎。がんばってみる」
◇◇◇
その機会は案外早く訪れた。
ちょっとしたシフトの変更で、公休が重なったのだ。
「せっかくだから、出かけませんか?」
郁から提案するのも久しぶりだ。
「ああ、せっかくの休日だからな」
で、どこか行きたいところがあるのか?
聞かれて、考えておいた場所を答える。
「カミツレのお茶を飲みに行きませんか?」
当日は、いいお天気だった。
あの日、初めて2人で出かけた時のように、駅でお昼前に待ち合わせて、そのお店に向かった。
同じようにランチを食べて、お茶と一緒にデザートに注文してあったケーキセットをつつく。
「あたし、この間からずっと考えていたんです。教官ともっと一緒に居られる方法。…あの、こんなこと言うと、呆れられるかもしれないけど、2人で部屋を借りませんか?周りのみんなも結構やってるし」
どうですか?
堂上の反応を伺うと、何故か不服そうだ。
「別に呆れたりはしないが、部屋を借りるってのは、ちょっとな」
「ダメですか…」
郁は、目に見えて、シュンとする。
そんな郁を見て、堂上が慌てて言葉をつなぐ。
「たとえ、部屋を借りるにしても、どうせ、結局は寮に帰らなくちゃならないだろ。そうじゃなくて…」
堂上は、おもむろに上着の内ポケットから小箱を取り出す。
開けると中には指環。
「俺は、郁とずっと住む部屋が欲しい。2人が帰る部屋だ」
指環とその言葉で、その意味がわからないほど子供ではない。
堂上がそこまで考えてると思っていなかった郁は、思わず聞き返す。
「あたしなんかでいいんですか」
「お前以外に誰がいるんだ」
堂上の眉間に盛大に皺が寄る。
「だって…」
「俺は、将来を考えられないような女と付き合ってる覚えはない!」
声は抑え気味だが、強く言われて、郁はひゃっと首をすくめる。
「ただ、お前はまだ若いし、仕事も面白くなってきた頃だろう。…嫌なら、断ってくれてかまわん」
それ、かまわないっていう顔じゃないよね、と突っ込みたくなるような表情で、堂上はそっぽを向く。
慌てて、郁は答える。
「い、嫌じゃないです!」
「なら、この指環は受け取ってもらえるか?というか、受け取ってもらう」
ほとんど押し付けるように、堂上は郁の薬指にその指輪をはめた。
「教官、強引」
顔を赤らめながら、照れ隠しのように、郁がつぶやく。
「当然だろ。これくらいしないとお前がなかなか受け取らないから。…そうじゃないな。約束が欲しいのは、俺の方なんだ」
いささか、自嘲気味に、堂上が洩らす。
「え?そんなの、教官らしくないです。約束なんかなくたって、あたしは…あたしの気持ちは、いつも教官のそばにいますよ」
こういうことをさらっと言われて、全くこいつにはかなわないと思い知るのは、何度目だろうか。
堂上はそんなことを思いつつ、しかし、と言い募る。
「お前の気持ちを疑ってるわけじゃない。ただ、実際、もうすっかり一人前のお前を、女としてみている奴はたくさんいる。俺がいなくても、しっかり仕事もできるようになったし、俺より、似合いの奴がいつ出てくるかと気が気じゃないんだ」
「そんな。あたしが仕事できるようになったんだとしたら、それは、教官のおかげで、今だって、いつも教官の背中を追いかけているからです。いつも、あたしの前には、教官の背中があるんです。…一番褒めて欲しいのは、教官なんです」
堂上は目を見開いて、そのあと、真剣な眼差しになった。
「それじゃ、あらためて聞く。その指環を受け取って俺と結婚してくれるか」
「今さらです。もう、はめちゃったじゃないですか。返せと言われたって、返しませんから」
郁はそう言って、はにかんだ笑いを堂上に向けた。
◇◇◇
「ほう!あの2人まとまったのか!」
玄田は、目を丸くして、緒形からの報告を受ける。
郁と堂上が婚約したとのニュースは、図書隊内にまたたく間に広まった。
あの日、指環をつけて帰ってきた郁に、柴崎が問い質したのだ。郁が柴崎に約束通りおごる羽目になったのは、余談だが。
「まさか、これを狙って、堂上班を解散させたわけじゃありませんよね」
念の為に聞きますが、と、緒形は玄田に詰め寄った。
「そんなわけなかろう。そこは仕事と関係ないところだからな」
「…ならいいんですが」
「初めに言っただろう。親元を離れる時期だと。手塚はともかく、笠原は、ともすれば勢いだけで仕事をこなしていると思われがちだからな。常に堂上がフォローしているからだと。…まあ、実のところは、笠原をよく知らない奴のやっかみ半分の噂だがな」
実際、郁をよく知る特殊部隊内で、そんなことを言ったもんなら、袋叩きにあいかねない。
「でも、まあ、正当な評価を得た上に、私生活も充実するんだ、一石二鳥ってやつだな」
俺の提案は間違ってなかっただろう。
玄田は、得意げにそうつぶやくと、豪快に笑ったのだった。
Fin
(from 20130925)
web拍手
ハッピーエンドだとしても納め方はいろいろあるだろうな、って思うのですが、いい形に収まってますよねー!素敵ー!
さすがしましまうさぎさま!きっとあたしより甘いです!(#^.^#)
しましまうさぎさま、ありがとうございましたー!
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