+ 星のかけら +    2014七夕突発SS  注)「過ぎゆく夢」の堂郁パラレル設定となります / 上官部下期

 

 

 

 

 

 

 ────星のかけらを探しに行こう

 

 

 そんなフレーズの歌がラジオから聞こえてきた。

郁がラジオを聞くのは珍しい。テレビのチャンネルをポチポチ回しながらとチェックしたのだが、観たいと思える番組は一つもなく、むしろ煩わしいとさえ思えたので、あえてスマートフォンのラジオをぼんやり聞いていた。

そんな日は静かに本を読む、という選択もありだったのだが、同室の柴崎は急用で呼ばれたと言って一泊で実家へと帰ったので、今宵は一人ぼっちだった。

 

 探したくても、こんな天気じゃ無理だなぁ。

 

 ロマンチックな言い伝えがある七夕の夜は梅雨時期のど真ん中な事が多くて、本当に晴れた夜空を見上げることができない。

そして、閲覧室の大きな七夕飾りのついた笹に付けるから書いてね、と上官から渡された短冊は、書いたものの飾る勇気が持てずに手帳の間に挟まったままだ。

 

 ────だって、こんな事書いたとバレたらみんなには馬鹿にされるし、本人は・・・きっとこの上なく嫌がるに違いないから。

 

 もし、その願いが天の川の向こう岸で叶うのならば星空を見上げに行きたい。

だけど昼間から厚い雨雲に覆われている空が、今になって晴れ渡るような様子も見受けられないし、予報も出ていない。

 

 今となっては、もう叶うはずもない小さな小さな願望。

だってそれは、もう手痛く拒絶されているのだから。

 

 だから郁は、小さな想いを秘めて書いてしまった短冊を飾ることなく、数日後のお炊きあげの時にそっと持参して一緒に浄化してもらおう、と思っていた────未練を断ち切るために。

 

 

 

 

     ◆◆◆

 

 

 

 「そういえば笠原さんは、短冊に何書いたんだろうね?」

 知るか俺が。

普段ならそう言って即答で返していただろうに、何故か言葉が継げなかった。週に1~2度、何となく誰かの部屋に集まって飲むのは寮内ではごく普通の光景だ。それが堂上班男子飲み、となると自然と堂上の部屋が会場となる。

 「隊でまとめてから業務部に持っていったけど、笠原さんのは見かけなかった気がするんだよね」

 小牧が面白そうに話す。

 「なんだ、お前覗き見したのか?」

 「人聞きが悪いな。部下の願い事は把握して置いても良いと思うんだけどね」

 それは部下のプライベートなんじゃないか?と思ったのをあえて飲み込む。この手の話題はこれ以上広げない方が身のためだと、小牧との長い付き合いの中でそう勘が働いた。そして

 「まあ、本が自由に読める世界になりますように、とでも書いたんじゃないか?」

 ありきたりだが、正義感の強い部下なら書きそうだ、と思ったことを素直に口にした。

 「そういえば堂上は書いたの?」

 「いや」

 

 短冊にわざわざ書くような願い事なんぞ────無い。

部下達の無事を祈る、なんて性分に合わない。命は自らの手で守る、そのための鍛錬だ。

 

 願うべきは────大事に思う人の、幸せか。

 

 「星に願いを、なんてガラじゃない」

そう応えて、温くなった缶ビールを一気に飲み干した。

 

 

 

     ◆◆◆

 

 

 

 「あれ?」

 小牧は特殊部隊事務室の隅に落ちていた鮮やかな色紙を拾い上げる。見覚えのあるそれは、七夕飾り用に隊員に配った短冊用紙だった。七夕は昨日で終わったので、一括で預かり渡したはずの短冊がこんな所に残っているはずはないのに。女性の選択らしい、ピンクに短冊に書かれた願い事。

 

 『もう一度、王子様に会いたい』

 

 署名の無いその短冊は誰のものなのか、用紙を渡した小牧には判っていた。

 「王子、様?」

 郁が教育期間中に起こした見計らい図書宣言の時に聞いて以来のその呼称。当の堂上によって箝口令は布かれていたが、郁の様子から、それは堂上なのではないかと薄々判っているような気がしていたのだが、気のせいだったのだろうか?

 

 

 

 ない、無い。

確かに手帳に挟んであったはずで、七夕当日の昨日にはあった。

お炊きあげは未だだけど、願い事を書いた文字を見る人が見れば、自分だとバレてしまう。

出歩く先は限られているのだから、すぐ近くに在るはずなのだが・・・。いや、署名が無いからいっそ子どもの願い事と勘違いしてくれたら・・・・・・!

 

 ほぼ毎日顔をつきあわせているけれど、郁の王子様ではないその人は、かつての笑顔を見せてくれることはない。

まるで別人の様な振る舞いと表情。掛けられる言葉に、部下以上の何かがあるはずはなく、公私混同を決してしない上官であることを尊敬しつつも、時折思いだしたように切ない思いが心に浮かぶのは、自分が弱いせいだろうか。

 

 無くしてしまったものは仕方がない。どちらにしても、郁の願いが天に届くことはないし、どうせ数日後のお炊きあげで浄化されるかどうかという代物。夢見たバチがあたったというものだ。と、溜息をつきながら特殊部隊事務室へと入る。

 「お疲れ様でーす」

 人がまばらな事務室内には、数人の隊員と────小牧がいた。自分の席に着こうと近くまできたときに、ペコリと会釈する。笠原さん、と呼ばれて振り向けば、直ぐ横まで来ていた小牧が、はい、と郁の捜し物だった短冊を手渡した。落とし物じゃない?と一言添えられて。

 「願い事、みちゃったけど」

 あ。

 「いえ!落とした私が悪いんです、ありがとうございます」

 「笠原さんも、女の子だね」

 「そ、そんな事・・・・・・七夕の日の天気と同じで、可能性はゼロにみたいなもの、です」

 ガラじゃないですよね、あはは・・・。

手渡された短冊を、小牧の目の前でくしゃくしゃに丸めて傍のゴミ箱に捨てた。叶うはずもない願い事を書いたりするから、短冊を落としてしまうというような恥ずかしい目に合うのだ。

 

 「来年は図書隊員らしく、本が自由に読めますように、って書きますから」

 そこらの女の子みたいに、未練がましいのは性分じゃない。自分に期待されているのは、そんな事じゃない。そう言い聞かせるために、座ったばかりの自席から郁は立ち上がった。

 「コーヒー、入れてきます」

 誤魔化す為に渇いた笑顔を小牧に向けてから、郁は事務室を後にした。

 

 

 

 「笠原さんの、王子様か・・・・・・」

 意味ありげな溜息をつきながら、自分の同期同僚の顔を思い浮かべた。堂上と郁が入隊前にやりとりをしていた事は、双方とも、誰にも伝えていない事実だったので、小牧はまだそのことを知らない。

頑なに鬼教官であろうとする堂上と、出来の悪いただの部下だという思いしか持たない郁に何かを感じながらも、この二人はこれ以上遠く離れる事は無理なのではないかと、漠然と思う。

それは、何がというのではない。理屈ではない勘の部分に近い、小牧の感傷。

 

 来年は、違う願い事を見たい、と思わずにはいられない、と小牧は不器用な同僚と部下の行く末を思いながら机に向かい始めた。

 

 

 

 

 

fin

(from 20140707)

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