+ Delay in Love 5 +       堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

時期的な物ではあったが、図書館内でのイベントや催し物が続く予定があり、特殊部隊も業務部のサポートに比重がかけられていたため、訓練に就くことも通常より少なかった。

昼食から書庫作業に戻ると、明後日から催される特別展示のサンプルを取りに行ってくれと頼まれて、関係者用エレベーターまで足を運んだ。
そのエレベーターホールに見慣れた車いすを見かけて、郁は少しだけ嬉しくなった。
「稲嶺司令」
「ああ笠原さんでしたか」
稲嶺司令に会うのはあの事件以来だ。偶然だとはいえ司令に会うのは今日が最後かも知れない。今日だけはあたしのサービスに応じて欲しい。
「よかったら、車椅子を押させてもらえないでしょうか?」
「ええ、じゃあ今日はお願いしましょうか? 」
稲嶺は和かに郁の申し出に応じてくれた。まだ新入隊員だったころ、しかも基地司令だと気がつかずあたしが押しつけがましく車いす利用者の介助を申し出たら「利用者にはサービスを選ぶ権利がある」と教えてくれたやりとりを、司令は覚えているのかな?

到着したエレベーターの開延長ボタンを押してからゆっくり車椅子を中に入れた。郁は司令室のあるフロアのボタンを選び静かに動き出したエレベーターが再び停止するのを待った。
稲嶺司令をこうして守っさたことがあたしの特殊部隊での最後の大仕事だったな、などと感傷に耽りながら。

扉が開き、車椅子を進ませたとき稲嶺の膝にかけられていたひざ掛けがはらりと落ちた。郁は慌てて落ちた布を拾い上げたようとして屈んだ際にパンツの後ろポケットからひらりと退職願が落ちたのを、稲嶺は見逃さなかった。





◆◇◆





稲嶺司令を司令室まで誘導した後、そのまま部屋のソファーに座るよう促された。退職願を見られてしまった郁はそのままいう通りに腰を下ろした。

その後自机で稲嶺が2本の内線をかけるのを郁は黙って見ていた。1本はお茶を頼むという電話、もう1本は1時間ほどあたしを借りたいと特殊部隊に連絡していたんだと思う。電話を受けたのは隊長だろうか、副隊長だろうか、と他人事のようにぼんやり思った。

「私には是非あなたの胸の内を正直に聞かせて下さい。何しろあなたは玄田三監が選んだ図書基地初の女性特殊部隊隊員なのだから」

確かに前にここにきたのは特殊部隊に配属の辞令を受けたときだった。
新入隊員からの特殊部隊入り、しかも女性初の、という肩書きがその時から郁にはついてまわった。
なぜあたしが特殊部隊員なんだろう、と何度も思ったのと同時に、やっぱり新人では、やっぱり女性では無理と言われたくなくて必死に訓練にしがみついた。
求められたのは防衛員としての能力だけではなく図書館内業務の知識や実力もだったので、それはもう必死で噛みついて、しがみついていった、堂上教官に。

稲嶺司令を守ったことで、やっとあたしは特殊部隊員のスタートラインに立てたのに。
それがこんな風に終わるとは思っても見なかった。
何度もそれで泣いたけど、あたしに与えられた運命だと思うことにした。
あのとき、あの書店で王子様に助けて貰ったのも運命で、王子様を追って図書隊に入ったのも自分で掴んだ運命だった。

堂上教官に出会って、噛みついて、しがみついて、そしてずっとその背中を追いかけたいとまで思うようになったのも運命ならば。
あたしの中に新しい命が芽生えたのもそうなんだろうと。
運命はやってくるのもかもしれないけど選ぶ物でもある。あたしは自分の為に命をむざむざ殺すことを選びたくない。
だから今、ここを去ろうするのもあたしに与えられた運命で。

1人で育てるのは無理難題だと判っているけど、あえてそれに向かっていきたい。運命だとしても自分の力で切り開いていきたい。

「こんな結果になってしまって、特殊部隊員に認めてくださった稲嶺司令にも玄田隊長にも申し訳無いことをしたと思っています」
本来なら隊長に出すつもりだった退職願を、最上の上官である稲嶺司令の前に頭を下げて差し出した。見られてしまっているのだから、ここで出しても同じだろうと思って。

「一人前の図書隊員になって、大好きな本を守るのが夢でした。だけど他に守りたいものができて、それは今のままでは守れないんです」
まっすぐと司令の目をみて話をした。もう迷う段階ではないのだから。
「実家に戻られて結婚でもするのですか?」
「いいえ」
実家に戻るつもりはないし、そもそも図書隊に入隊しているすら反対されて絶縁状態に近いのに妊娠しました、なんて言えない。親には新しい場所に移り住んだら転職したとでもはがきを書けばいいと思っていた。
「図書隊に入れただけでも幸せでした。短い間でしたが、司令をお守りすることもできました。あたしにはそれで十分です。恩返しが足りないのは承知していますが退職願を受け取っていただけますか」

そこまで口にしたとき急に吐き気が襲ってきた。思わずハンカチを取り出し口元を押さえる。脂汗のような嫌な汗も噴き出てきて曇る顔を見せたくなくて思わす横を向いてしまった。

「笠原さん・・・もしかして妊娠してますか?」

 

 

 

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(from 20130426)