+ Delay in Love 8 +      堂郁上官部下期間(稲嶺誘拐後あたり)  ◆激しく原作逸脱注意+オリキャラあり◆

 

 

 

 

 

郁が関東図書基地を去ってから、半年が過ぎようとしていた。

偶然だったのだが、郁が去ってからすぐに関西からの研修で特殊部隊員が二人来ることになっていたので、その二人が堂上班に当てられた。
班員が5名となったことで、バディを組んで任務に着くときは必然的に堂上は事務仕事となり、ますます隊長達に書類を押し付けられるようになった。


「笠原さんが異動してから、もうすぐ半年になるんだね。連絡はとってないの?」
小牧がパソコンに向かう堂上の背中に訊いた。
「いや」
「ふうん」
直属の上官と部下という関係で無くなった以上、連絡する理由がなかった。しいていうならたった一度だけ体を重ねた関係だというだけか?
それもあいつに、まるで無かったことのように振る舞われた。きちんを話をすべきだったし、したかったのに、確かにあの時は自分のおかした行動をどう説明すればいいのか解ってなかったのもあり、聞きたくない風のあいつに無理強いをしなかった。

あいつが俺の前から立ち去ってから、初めてあの時の自分の感情を理解した。
居なくなることを惜しいと思った。それまでの俺はあいつがこの場所に立つことを諦めて茨城に戻ればいいと思っていたはずだったのに。

お前は俺を追いかけてここに来て、俺を越えていくんじゃなかったのか?

ならば王子様じゃなくて俺を追いかけてこい。俺の手の届くところで精一杯羽根を広げて、突っ走ってみろ。俺が必ずフォローしてやるから。

そんな気持ちで特殊部隊隊員だと認めたつもりだった。
あの夜の笠原は、それを廻りが思っている以上に嬉しそうにしていた。
どちらも酒に酔っていたとはいえ『クソ教官』と『ミソ隊員』があの時女の顔を覘かせて--------男の顔をしてしまった。
あいつの言う王子様は俺の中には既に居ない。だが求められることを嬉しく思って、いつか王子様ではない俺を求めてくれることを欲しながら笠原と共にいるのも悪くないと思い始めての事だった。



『側に居て欲しかった』のは部下のあいつなのか、女のあいつのかは今でも解っていない。だがあいつが居なくなってから俺の目の前にある道は酷く物寂しく、色褪せたものだった。
あいつは俺に何も求めず、一人で勝手に去っていったのがあの時は許せなかった。だがいなくなってみて、俺の日常はこんなにつまらないものだったのかと人生を憂いだ。

そんなにあいつの存在が大きくなっているとは思わず・・・それに気づいたのが今頃だなんて、ほんとチャンチャラおかしいとはこういう事を言うんだな、と自分を失笑したものだ。

「お前は何か聞いてるのか?」
「いいや、別に連絡はないよ。でも同じ関東図書基地所属の準基地に務めてるんだ。本気でアンテナを張れば多少の事はわかってくるよ」
「何を知ってる?」
責めるように俺に投げかけをしてくる小牧に少し腹が立って、思わず席を立ち本気で睨み付けた。
「彼女が何も言わずにここを立ち去った理由が解っただけ。彼女の気持ちは解らないけどね」
「理由は何だ!?」
「・・・お前、思い当たる節が無いの?彼女がここからも、お前からも離れたかった理由」
小牧の口調は冷静な声色でありながら、はっきりと俺に冷ややかな意志を持っていた。堂上は掴みかけた小牧のシャツを離し、くそっ、と小さくなじりながら事務室を後にした。






◆◇◆





ちらりと腕時計を見てもうすぐ終業だ、と郁は一息ついてから大きくなったお腹を撫でた。
稲嶺の「本を守る仕事と子育てを両立させてくれる」という言葉に甘えて逃げるように武蔵野を離れ、地方の準基地に異動してから半年。
女性初の特殊部隊員だったあたしが突然業務部配属になって異動してきたことで、最初はちょっとした噂にはなったが、業務部の上官にあたる人は女性で出産経験者でもあるベテランだったおかげで、猟奇の目で見られることはすぐに無くなった。

事情があって結婚はできないけど、子どもを産み1人で育てたい。そう言ったら稲嶺司令が温情をかけてくださってここへ来た、と。
ここへ来た本当の理由は稲嶺しか知らない。だから、なるべく誰にも知られないでギリギリまで働きたい。そんな郁を暖かく受け入れてくれた上官の笹間一正にはすべてを話した、子どもの本当の父親の事以外は。

独り身では本来入居は出来ないが、郁は子どもを産み育てるという事で、最初から官舎住まいにしてもらえた。
食事は時々寮に食べに行くこともあったが、異動したときから官舎に住んでいたので、まわりの人は郁の事を当然既婚者だと思われていたようだ。
官舎は図書隊員同士の夫婦ばかりじゃないので、旦那さんらしき人を見かけないという事はあまり風潮されなかったし、本当にお腹が大きくなるまでは妊娠していたことすら廻りに悟られなかった。
「え、笠原さん妊娠してたの?!」
と言われたのは、業務部の制服を妊婦用に変えてからの事だ。お腹目立ってなかったし、普通に仕事してるから全然気がつかなかったよ、でも何かあったら遠慮無く言ってね、と暖かい声を同僚に掛けてもらえたことはすごく嬉しかった。

公休日は家事をして、妊婦検診に出かけて、帰りにベビーグッズの通販本をもらってくる。
上官の笹間だけはシングルマザーだと知っているので、妊娠や出産に纏わるいろんな事や、準備した方がいいものなどを教えてくれて、頼もしい先輩を越えて第2の母の様に慕っていた。

「なんで結婚しなかったの?って訊いたら行けなかったのよね」
たまたま公休日が重なって、郁の様子を見に来てくれた笹間がお茶を飲みながら郁に訊いた。
「・・・好きだと言ったことも、言われたこともなかったんです、たぶん」
もしかしたら、記憶の無いあの夜、堂上は愛の言葉を紡いでくれたのかもしれない。自分も好きだと言ってしまったかもしれない。
でも、酔っていたあの夜以外に、そんな言葉を交わしたことは一度もなかった。
褒めてくれたのは、抱きしめてくれたのは、上官としてだけだった、最後の時を除いては。

「一番はあの人の足枷にだけはなりたくなかったんです。だから何も知らないの」
「本当にそれでいいの?笠原。あんた一人の問題じゃないんだよ?」
特殊部隊を辞めたことで、すでに恩を仇で返しているのに、これ以上苦しめたくないから、これで良かったと今でも思っている。
「ええ、唯一気がかりなのは、生まれてきても父親に会わせられないことだけです。まあ出産が終わったら女磨いて、コブ付きでも結婚してくれる人探します」
笑いながら大きくなったお腹を撫でながら、郁は心からの言葉を笹間に伝えた。
これでよかったんだ。
田舎だけど、ここの人達はみんな優しいし。
特殊部隊から逃げてきた曰く付きの妊婦なのに、上官も同僚も男性達も直接自分に何か言ってくることはない。

「でも出産だけは怖いです。産めますかね?あたし」
「あんたが産めないー、って思っても子どもはきっと勝手に出てくるものよ、もう窮屈だから早く出たいって」
「ならいいんだけど」
「出産だけは十人十色だからね、しかも経験してたって毎回違うし」
さすが3人も子どもを産んでいる人の言葉は重みが違うなぁと感心する。

「産休、どうするの?」
「んーと、絶対安静って言われるまでは働こうかなって思うんです」
産休中も給与は出るけど満額じゃない。なにせ1人の稼ぎで子どもを育てるんだから、出来る限りお金は稼いでおきたい。
「最初の産着類は新しい方がいいだろうけど、少し大きくなれば、官舎のママさんたちのお古をもらえるわよ」
あたしが声かけしてあげるから、とこの人は本当に頼もしい。
「こっちに異動してから、全然街中とか見てないんじゃないの?もう県民なんだからさ、たまには地元も見てきたら?」
「そうですね、産休で時間ができたら少し出てみようかな?」
「あ、携帯は必ず持って行きなさいよ、産気づいたらすぐ電話ね」
「まだ気が早いですよ、まだ産み月まで2ヶ月もあるし」
女性同士とはいえ、上官とこんな風に過ごせる準基地の雰囲気が何よりも嬉しくて、図書隊員のまま産み育てることを叶えてくれた稲嶺に、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

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(from20130502)