+ おくさまは18歳 21 +  パラレルSS/にゃみさまのターン

 

 

 

 

 

「え、笠原ちゃん帰るのー?残念だなあ」

こっそり帰ろうと思っていたのにさっきの男に捕まってしまった。
そもそも目立つ3人なのだ。こっそりなんて無理な話だ。
「今度はもっと喋ろうねー」
まだ絡んでくる男たちに郁はあたふたする。
「笠原は忙しいのよ?陸上部のエースって知ってるでしょう?」
柴崎がにっこりと笑みを浮かべながら言った。笑っているのに冷気が漂っていて、男たちはたじたじだ。
「いい加減にしとけよ、お前ら」
手塚も怒った顔で言った。
「なんだよぉ。ちょっと喋りたかっただけじゃん。二人してなんでそんなに怒るんだよぉ」
「お前ら三人いったい何なんだー」
酔った男たちは愚痴を言いながらも二人の迫力には勝てなかったらしい。すごすごと退散していった。




「彼氏がいるってことにしとけば良かったのかなあ」
柴崎と手塚しかいないのをいいことに、郁は帰り道でも散々弱音を吐いた。
「でもさー、その彼氏について突っ込まれたらボロ出さない自信ないんだもんー」
ちなみに先日堂上と気まずくなっていた時に相談に乗ってくれた子たちには、「彼氏はいるけど機密が関係している。突っ込まれたら困るからいないってことにしておいて」と柴崎がうまい嘘を言ってくれた。
「もう、どれだけ嘘ついてるのか自分でもわけわかんないよー」
「はいはい、あんたには荷が重いわよねえ」
柴崎が適当に相槌を打つ。
「だいたいさ、なんであたしが男の子に絡まれたりするわけよ~」
「お前、飲んでもないのに酔っ払いみたいになってんぞ」
手塚が呆れた声を出すが、郁は聞いていない。
「ねえ、手塚はどう思う?なんでこんなことになってんの?」
「俺にわかるか。たまたま物好きが増えたんじゃないのか」
手塚の真面目な言葉に柴崎は大げさな反応を示す。
「んまあ、手塚はまだなーんにもわかってないわけ。相変わらず鈍いわねえ」
「何がだよ」
「やーねー。これだから朴念仁は」
「何だその奥歯に物の挟まったような言い方は」
「教えたくなーい」
柴崎は手塚にふんとそっぽを向いてみせる。
いつものろけるなって言われるけど、これだっていちゃついてるように見えるんだけどなあ。なんてことは言ったらいけないような気がするので口には出さない。

「あーもう、わけわかんない」
郁はため息をついた。
「嘘つくの疲れるよー」
「愛のため、でしょ?」
柴崎は郁の背を軽く叩く。そんな風にはっきり言われると少し恥ずかしい。
「そうなんだけどさ」
郁は下を向いてぶつぶつと呟く。
と、前をよく見ていなかったせいか、すれ違う人とぶつかってしまった。
「すみません」
言いながら体が傾く。
「おい」
隣にいた手塚が抱きかかえるようにして郁を支えた。
「あ、ありがとう」
「ちゃんと前見ろよ」
「う、うん」
柴崎にいいようにされてるとき以外の手塚は割とかっこいいよなあ。郁は手塚の顔をまじまじと見つめる。

「郁!」
ぼーっとしていたら急にぐいと手を引かれて、郁は弾かれたように声の方向を見た。同時にたくましい腕に抱き寄せるようにされる。
「篤さん!」
思いがけず顔が見られてうれしい。
「来てくれたんだね!」
そう喜ぶのに、堂上はなんだか怖い顔をしている。―――もしかして篤さん怒ってる?
「何してたんだ?」
そう聞かれて郁はきょとんとした顔をした。何してたって、知ってるとおり懇親会に行ってただけなんだけど。知ってて迎えに来てくれたんじゃないの?
「笠原がこけそうになったから支えただけですよ、手塚は。何も心配するようなことありませんから」
郁の代わりに柴崎が平然と答え、手塚は直立不動でひたすらうんうんと首を振る。
「……そうか、すまない」
堂上は二人に向かって少し頭を下げた。けれど、郁を抱く強い腕はそのままだ。
「か、笠原のことはおっしゃるとおりきちんとフォローしておきましたから!」
手塚は焦ったように付け加える。堂上はそれにただ頷いた。
「二人ともすまなかったな。帰るぞ、郁」
有無を言わせぬように郁の手を引く堂上に、郁は二人に向かって手を振りながらも慌てて歩き出した。





「……俺は堂上三正に嫌われたのか……?」
二人の後姿を見送りながら、手塚は脱力したように呟いた。
「はいはい、あんたが堂上さんのこと好きなのはよくわかったから」
柴崎は呆れたように小さく笑う。
「心配しなくていいわよ。ちゃんとフォローしておくから」
「……信じてくださるだろうか……」
「あたしが言うんだから大丈夫に決まってるでしょ。そうね、好きな子がいるとでも言っておくわ」
柴崎がさらりと言うと、手塚は驚いたように後ろへ一歩退いた。
「お、お前……それはどういう意味だ……」
「どういうって、嘘も方便って言うでしょ。それとも何?何か他の意味があるの?」
慌てる手塚に対して、柴崎は眉ひとつ動かさなかった。
「い、いや……」
手塚は口ごもるしかない。
それにしても、と柴崎はさっさと話を堂上のことに戻した。
「まったく年上の余裕とかないのかしらねぇ。笠原ばっかりが悪いわけじゃないんだから、ちょっと釘さしておこうかしら」
「お前、何する気だ」
手塚は訝しげな顔になる。
「笠原をかわいくしたのは誰だってね。あんなおぼこかった子をあそこまでにするなんてどんだけよって話よ」
「はぁ……意味がわからん……」
「ま、あんたにはわかんないでしょうね」
柴崎はやはり教える気などなさそうだ。手塚は不本意そうに黙り込んだ。







「篤さん、ねえそんなに引っ張らないで!」
郁の手を強く引いて早足で歩く堂上に郁は音を上げた。
「何をそんなに怒ってるの……?」
伺う声は涙混じりだ。
堂上は一瞬足を止めかけたが、手の力を弱めただけでやはり歩くのを止めない。
そこから少し歩いて、堂上がようやく立ち止まったのは人気のない路地だった。
「篤さん?」
恐々と呼びかける郁を目の前の壁にぐっと押し付ける。
「ん……んん……」
郁を待っていたのは息もできないような激しいキスだった。
二人きりの場所ではないのに、堂上は折れんばかりに抱きしめてただ郁の唇を貪る。
こんなところで、と郁は何とか抵抗しようとした。
ここは大学ともそう距離が離れていない。そんなこと堂上だってわかっているはずだ。なのにどうして急にこんなことをするんだろう。
そんなことを考えているのに、やはり堂上とのキスは気持ちがいい。段々力が抜けてきて、もう何をする気も起こらなくなってしまう。

と、我に帰ったように堂上はキスをやめた。
ああまだ続けて欲しかったななんて思う自分はどうかしている。
「……すまん……」
堂上は郁から少し距離を取って、頭を垂れた。
「怖かったか……?」
郁を見つめる瞳はどこか揺れている。
「うん」
郁は正直に頷いた。
「なんでそんなに怒ってたの?」
「……お前が手塚に抱きかかえられてるの見て頭に血が上った。……すまん」

だが、手塚のことはきっかけにすぎない。
堂上の心はこのところ不安に支配されている。郁のことを信じていないわけではないが、きれいになった郁が他の男とどうにかなるのではないかと心配でたまらないのだ。だから、強引にでも郁が自分のものだと確認したかった。

「やだなあ、ほんとにこけそうだったところを助けてくれただけだよ」
郁はほんのりと笑った。
「篤さん、最近嫉妬深いよね」
そういう郁は嬉しそうだ。その表情を見て堂上も少し気持ちが和らぐのを感じた。
「ああ、悪かったな。嫉妬深くて」
開き直って言ってみる。
「そうだよ、手塚に嫉妬って相当だよ?」
「でも、手塚だって男だろうが」
「何言ってんの。そりゃ男だけどさ、手塚は明らかに柴崎のことが好きじゃん。何度か会って気付かなかった?」
「……そうなのか?」
「ホントに気付いてなかったんだ。それにたぶん柴崎も手塚のこと悪く思ってないはずだよ。……柴崎には聞けないけどね」
「……そうか……。けどお互い好きなら、何で付き合ってないんだ?」
「そんなのあたしに聞かれても知らないよー。あ、二人にはこの話内緒ね」
思いがけない話に堂上は笑った。堂上の緊張の糸が切れたのがわかったのだろう、郁も堂上に腕を絡めてくる。
「あたしは篤さんしか見てないんだから嫉妬なんかしないでね」
「ああ」
まっすぐに言う郁に堂上は頷く。けれど、と思う。郁は自分が魅力的になったことに気付いていない。だから不安は完全にはなくならない。
「帰ったら……」
「何?」
郁は首を傾げて聞いた。堂上は真っ直ぐに郁を見つめる。
「……思い切り愛しても、いいか?」
突然の言葉に郁は目を丸くする。
「もう!いつも思いっきりじゃない!」
顔を赤くして、郁は堂上の背を叩いた。





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