+ おくさまは18歳 28 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

 

結局、4人揃って電車で数駅移動した、ターミナル駅からほど近い居酒屋にいた。
「・・・なんで未成年3人連れて、居酒屋なんだ?」
そうしてくれと言った柴崎に向かって堂上がぼそっと呟いた。
「あら、ちゃんとしたあたしなりの考えがあるんですよ、堂上さん」
柴崎の言うのはこうだ。
堂上には今日の事情の色々を郁も訊きたいはずだし、ちゃんと話し合いをした方が良い、という。
自分たち二人も普段から郁の事をフォローしているのだから、事情を聞く権利があるはずだ、と同行を当然と言った。そして「笠原もあたしたちも、それなりに注目度があるので、駅は変えた方が良いですよね」ということで、場所は数駅、不穏な空気のまま移動させられた。極めつけは「カフェとかって結構隣の人に聞き耳建てられちゃうんですよ、一人でお茶している人もいますしね、だから居酒屋の方が騒がしくてかえって良いんですよ」という訳だ。

こいつは未成年で飲みに来たりしている訳じゃない様なのに、なんでそんなこと知ってるんだ!

と堂上は心の中で突っ込んだが、やぶ蛇になりそうなので言わないことにした。
にしても、電車の中でも郁と柴崎の今日のスタイルは注目度抜群だった。

夕方の電車は学生やら社会人やら買い物帰りの主婦やらでいろいろな人が雑多に乗りこんでいる。モデルの様な長くて綺麗な脚を晒して、少し幼めな顔立ちをした郁と、黒髪の美人と隣に立つ背の高く顔の見栄えも良い学生。そして鍛えた体つきこそ目立つ服装ではないが精悍な顔立ちをした堂上だ。しかもそれほど混雑している訳でもないから、密着して郁の姿を隠すわけにも行かず、だからますます注目される。

通りかかった女子学生が「あの人、雑誌のモデルとか?」と隣の友人に話しかけているのが聞こえたほど。そのささやきに堂上は苦虫を潰したような顔つきをしながら電車に揺られていたのだ。

「笠原ーぁ、ちゃんと訊くべき事は訊いた方が良いわよー」
うん、と郁は小さく頷いてから、目の前のジンジャエールを口にしてから話し始めた。
「篤さん、どうして学校に?しかも、な、なんか・・・ストーカーみたいに・・・」
しばし黙っていたが、ちゃんと郁の目をみて話し始めた。
「・・・お前を学校まで迎えに行くときは、少し早めにでかけて、大学図書館を覗いてたんだよ」
最初は本当にそれだけだった。
時間があったというのもあるが、普通の大学生活を垣間見てやろう、という軽い気持ちから、大学構内をぶらぶらしたり、資料などの種類もみたかったので大学図書館にも立ち寄っていた。
まだ社会人になって二年目だから、それほど違和感なく大学にも居られのもある。

「図書館内の談話室に行ったときに、そこにいた奴らが郁の話をしてたんだ」
陸上部の一年の笠原って知ってるか?という所から始まり、美脚で笑顔が可愛いという話も聞こえてきた。「合宿の時は、なんだか元気はつらつな女だなぁって思ってたけどさ、最近見かけるとすげぇ女っぽいんだよな、時々綺麗に化粧もしてるしな」
そんな言葉が聞こえてきたら、いてもたってもいられないなってきた。

「いや、でもそれまでは、普通に学内で時間潰してただけだぞ」
「じゃあ、いつからストーカー?」
「ストーカーは酷いだろ?」
「事実じゃん!」
あたし、柴崎を狙うへんな男かと思ってさ!だから追っかけて問い詰めてやろうと思ったの。
郁はむすっとしながら、そう答えた。
それを聞いた堂上はそれまでは少し悪びれた風で話していたのに、急に仏頂面が酷くなった。
「・・・お前・・・、そうやってむやみやたらに男を追いかけるなって言っただろう?」
この返しには郁も困った。
そうだった、図書館で窃盗犯を捕まえたときに、篤さんに釘を刺されていたんだった。
「・・・篤さんだったんだから問題ないじゃん・・・」
子どもみたいに口をとがらせて反論するしか、郁には手段が無かった。
それを聞いて、堂上はビールを一杯煽った。1人でビールを飲むのは何だ、と思ったが、居酒屋に来て1人も酒を飲まないのもおかしな話だ、と柴崎に飲むように強制されたのだ。だから構わず飲んでやる。
「・・・俺じゃなかったらどうするんだ?!」
「篤さんじゃなくても捕まえられるし、手塚もいたし!」
「捕まえた瞬間、攻撃されたらどうするんだ?!」
そんな事あるだろうか?
「たしかに、無いとは言えないよな、笠原」
そこで初めて手塚が口を開いた。
お前の自慢の脚で、その辺の男なら十分追いついて捕まえられる。だが、追いつけるだけで、お前には武道の心得など無いだろう?それじゃあ相手に少し心得があったり、力が強かったりしたら、逆に体格差で追い込まれる可能性もあるんじゃないか?と。

さすがの郁も、手塚に正論をぶつけられて黙り込んでしまった。

「・・・手塚は武道習ってるの?」
「まあな」
知らなかった、そんなこと。だけど手塚は図書隊を、そして防衛部の先の特殊部隊を狙っているからこそ、堂上を見習っているというのだから、それくらいの事は当然なんだ、と郁は初めて気づいた。
あたしだって、業務部とか防衛部とか、そんな事まだ何も考えてないけど!大好きな本を守る仕事だから図書隊に入りたいと思っている。だけど、そんな事考え始めたのは篤さんと出会ってからで・・・。まずは司書資格を取ることが先だ、って事しか頭になかったから、武道の心得とか考えても見なかった・・・。

堂上を追求していたはずなのに、ひょんな事から自分の図書隊に対しての気持ちが、軽い物だったと知らされたみたいで酷く落ち込み始めた。

その様子に気づいたのか、隣に座る堂上が郁の頭をぽんぽんっとしてから、優しく撫で始めた。
「・・・どうして急に落ち込んだ?」
「え・・・あ・・・、篤さんとの約束も破ったし・・・、手塚ってすごいな、って思ったし・・・」
いろいろな事が郁の頭の中に入り込んできて、少し混乱気味だった。
だけど、こうして堂上に触られていると・・・気持ちが和んでくる。あたし、ストーカーな篤さんに怒ってたのに。

「・・・まだ怒ってるのに・・・」
「スマン・・・」
「・・・あたしの事信用してないの?」
「違う、ただお前の噂を耳にしたから、急に心配になって、様子をみたかっただけだ」
弁解しながらも堂上は撫でる手を止めない。それって狡い!
そんな風にされたら、許してしまいそうになる。

「ああもう!あたしも飲んでも良いですか?堂上さん。強いお酒頂戴!」
「ちょ!柴崎!」
「冗談よ。ここで飲んだら、店の人にも、保護者の堂上さんにも悪いから」
でも、あんた達のベタ甘、目の前で見せつけられる身にもなってよね!

そんな風に言われたら、堂上も郁も何も言い返せない。
ね、手塚?
という意で、柴崎は手塚をみたら、確かに見てられない、といった風で少し顔を背けながらなぜか赤くなっていた。

「お酒は堂上家でたっぷり飲ませて貰うことにするから、それまで貸しを貯めておくわー」
その一言は何故か魔女のささやきに聞こえた。




そのまま4人で適当に居酒屋料理を食べて、店を出たところで2人とは別れた。手塚はちゃんと柴崎を送っていくだろう。電車の方向が違うので、2人が別の路線の駅へ向かうのを見送ってから歩き出した。堂上はすぐに郁の手を取ったが、郁の方から振り払った。

「・・・まだ許す、ってあたし言ってない」
「・・・どうしたら許してくれるか?」
堂上は立ち止まって訊いた、ちゃんと郁の目を見つめて。
漆黒の瞳。吸い込まれるような眼差し。そんな風に見られたら・・・
「あたしの事信頼して。確かに、追いかけたのはダメだった、反省するから」
それは堂上に心配を掛ける行動だから。
「もう、ストーカーみたいな事しないで」
「わかった、しない」
「それから・・・」
学校に来てたら、ちゃんとメールして。
「だってね、学校で一緒に図書館とか行けたら・・・ちょっと学生デートみたいな気分になれるもん」
そう言って、今度は郁の方から堂上の手を握った。

「でも兄だから手は繋げないぞ?」
「ん、いいの」
今は学校からも、図書基地からも離れているからいいでしょ?そう言って堂上の隣に立ちながら器用な上目遣いで瞳を向けた。
視線が絡みあるように2人の気持ちもようやく絡み合う。近づけたくなる唇に堂上が指一本で触れて止めた。
「家に帰るまでお預けだな」
「ん」
触れてしまったら、きっとそれだけでは済まなくなる、たぶんお互いがそう思った。

「そういえば・・・あと半月で一年経つ、って知ってた?」
「当然だ」
運命の様な出会いをしたあの日。
その日からお互いに囚われて・・・突っ走ってきた結果、今の二人がある。
どちらかというと、二人で歩む人生は始まったばかりに近いんだよな。

ちょっとした心配や嫉妬で自分がしてきたことも馬鹿馬鹿しくも思えた。だが上手い言葉を紡げない俺に取っては、郁の正直な気持ちを聴ける機会にもなった。こんな風にどこかで本音を晒して本当の二人になっていくのかもしれない。
「・・・何、考えてた?」
郁が横を歩く堂上の様子を伺うべく器用な上目遣いで覗き込む。
「この一年の事、かな?」
「あたしも。こんな風になるなんて、思ってなかったけど・・・後悔はしてないし・・・」
幸せだよ。
郁は恥ずかしそうに最後の一言を呟いて、ぎゅっと握った手を強くした。
「ああ、俺もだ」
雑踏の中で郁だけに聞こえるように、空いた手で耳元の髪を軽く梳いてから囁いた。

2人は早く帰宅しようね、という意味を込めて、少し足早に駅へと向かった。

 

 

 

 

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(from 20121129)