+ おくさまは18歳 36 +  パラレルSS/のりのりのターン

 

 

 

 

母の寿子と二人で堂上の病室へ戻ると、堂上の母がベッド横の椅子に腰掛けていた。

「郁ちゃん、・・・まあ、おかあさん」
そういって義母は立ち上がって郁の母に丁寧に会釈をした。
「どうですか、堂上さんは」
「先ほど当直先生が来て、チェックしていってくれましたけど、バイタルその他は安定しているから、あとは意識が回復すれば問題ないだろうって」
「そうですが、それなら安心しました」
よかったわね、郁。というように寿子が郁の顔をみた。
呆然とした顔つきの中にも、少し安堵が広がった様子がうかがえた。

「そこまで聞けば、あたし達は安心だから・・・」
堂上の父と静佳さんは一度家に戻ったらしい。どうしても外せない仕事と大学の講義があるとかで。
「今日は夜勤だからもう少し居ようかとおもったけど、おかあさんが来て下さったから大丈夫よね、郁ちゃん」
「・・・はい・・・でも・・・」
篤さんの意識が戻るかどうかを見届けなくていいのかな?お義母さん達は。そんな疑問が心に浮かぶ。
「篤には郁ちゃんが居るでしょ。それで十分なのよ」
命に別状がない、って解ればね。あたしたちはいつでもまた来られるから。
そう言って郁の背中とぽんぽん、と軽く叩いてくれた。それが大丈夫だから、安心しなさい、ってあやしてもらっているように感じた。

じゃあ、と会釈して堂上の母は病室を出ようとすると、寿子が「玄関までご一緒しますから」と言い、郁の顔を一度見た。うんわかった、と首を縦に振ると、そのまま二人は静かに病室を後にした。


静寂に包まれた病室で、郁は篤の顔をみる。点滴が繋がれた腕と酸素マスクが、眠っているのとは違うことを認識させられる。だが、昨晩見たときよりは、顔色が回復しているのだろうか・・・穏やかに眠るようにも見えた。


「篤さん-----------」

郁は病室で初めて名前を声に出した。呼んだのは一度きりだったが、心の中でずっとその名を繰り返していた。そして、もう一つ「ごめんなさい」とも。

篤さんの仕事は本を守ることで----------普段は図書館業務があったり、見回りしたり、という姿しか目にすることは無かった。本当は有事となれば生死と背中合わせな仕事をしているんだ、と言うことを解っているようで解ってなかった。堂上の目の前にある現実に、郁はあえて目を背けていたのかもしれない。
前に、柴崎と手塚と4人で居酒屋に行ったとき、手塚は図書隊はそういう組織だという事をきちんと理解していて、司書講座の勉強だけでなく体も鍛えていると言っていた。
あたし自身はまだどんな風に本を守っていくのかはわからないけど、少なくても今、図書隊員の妻だいう事実だけはきちんと解っていなければならない。

だから、例え口論になっても、篤さんを仕事に送り出すときは、絶対に笑顔で、心はいつも篤さんと一緒にある事をちゃんと伝えなきゃならない、と思う。こんなことは考えたくないけど、その時の笑顔が最期の可能性はゼロではないのだから。


「篤さん・・・篤さん・・・ごめんね。好きなの、大好き・・・・・・」
だから、早く優しい笑顔を見せて。


郁の呼びかけに呼応したのか。
堂上の手がわずかに動いた、手を持ち上げて郁に伸びてくるように。

「あ、篤さんっ?!」
すかさずその手を取り、両手で包んだ。暖かい、ちゃんと暖かい。篤さん、早く目を覚まして。そんな想いを込めて握った。

そしてゆっくりと、堂上の瞳が傍らに立つ郁の姿をぼんやりととらえ始めた。
「・・・・・・・・く・・・」
まだ酸素マスクをしているので、口元がわずかに動いた気もしたが、何も聞こえない。
声を聞こうと顔を近づけたときには、堂上ははっきりと郁の顔を見つめていた。

「篤さん・・・・・・おはよう」
「い・・・・・く・・・」
名前を呼んでくれているのは解ったが、伝わってないと思ったのだろう。郁に握れていない手を動かして酸素マスクを外そうとするので、少しだけなら、と郁が変わってマスクを外した。


「・・・郁」
「篤さん・・・」
良かった、という想いと、ごめんなさい、ずっと、という想いが一緒で言葉が紡げない。

「・・・弾に当たった瞬間から、郁の事ばかり、考えてた・・・」
郁に心配かける、郁を悲しませる、と。悲しい顔をさせるために結婚したんじゃないのに。郁の笑顔をずっと見ていたくて自分の元にと望んだのに。

二人の気持ちを何度も確かめ合って、何度も郁の両親を、家族を説得してやっと結ばれた。

だけど18歳の郁を自分が無茶して郁の家族から奪ってきたような、少し申し訳ないような気持ちもあったことは否定できない。だから郁は大事な伴侶だと思っていながらも、保護者としても守って行かなくては、という思いが強かった。嫉妬か過保護か、自分でも解らなくなるくらい、郁を守らなくては、という思いに取り憑かれていたのだと思う。

二人で一緒に少しずつ夫婦になっていこう、と言いながらも、どこかで郁を格下のように扱ってきたのかもしれない。
だから、些細なことで思い通りにならなかった事が悔しかった。そんな事で拗ねてしまった。
例え5歳年下でも、郁は俺の隣に並ぶ妻だ。だからこれからは----------

「また・・・郁の隣に、立って良いか?」
突然思いもしない言葉を向けられて郁の瞳が見開かれた。
「・・・何言ってるの・・・ずっと立っててくれなきゃ困るよ
あたし・・・・・・もう、篤さんの居ない人生なんて考えられないから」

まだ18歳だけど・・・・・・もう18歳だから。
選挙権もないし、お酒も飲めない。
今は隣に居ながらも、実は篤さんに守ってもらっている、って解っている。
だけど、本当に大人として認めてもらえる時までに、あたしも篤さんと、何かを守れるような人間になっていたい。そのために、今できることと、これからすべきことをちゃんと考えたい。
不器用だから、完璧な奥さんは無理だけど、篤さんがこれでいい、っていってくれるような奥さんにはなりたい。だからもう、今回みたいに長く拗ねたりしない。


「先生呼んでくるから、待ってて」
軽く首を盾に動かした堂上をみてから、郁は酸素マスクを一旦戻した。
図書基地にも目が覚めた、って電話しないとな。しっかりしろ、あたし。
そう思いながら、頬を伝った涙を手の甲でぬぐった。

 

 

 

 

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(from 20121227)