+ 図書館の夢 3 + 「みなみのこえ」みなとさま転載許可いただいたSS (オリキャラ注意:図書隊パラレル設定)
「今日はありがとうございました」
官舎まで送ってもらい郁が頭を下げたとき、桃が堂上の腕を掴んだ。
「堂上のお兄ちゃん、あたしに絵本読んで?」
「桃!?」
だけど桃はぐいぐい堂上を家の中に引っ張っていく。
「お兄ちゃんも図書隊だし、絵本読むの上手だよね?」
「……上手かどうかは」
読み聞かせは郁の方がうまいだろう。子ども会から引っ張りだこなのは有名な話だ。
「桃! 堂上教官が困ってるじゃないの!」
「俺は別に困ってないが、……いいか?」
最後のいいか、は郁に向けて放った言葉である。
家に上がっても、いいか?
郁には断る理由などない。何となく離れ難いと思っていたのは事実だ。
「あの……ご迷惑じゃなければ、お願いします」
桃がお風呂に入っている間、郁は堂上へコーヒーを出した。
「どうぞ、インスタントですけど」
「ああ、悪いな」
堂上が郁の家に来てコーヒーを飲んでいる。
何だかくすぐったい。
一度荷物を運ぶのを手伝ってもらっているから、初めてというわけではないが、住み始めてから堂上が家に上がるのは初めてなのだ。郁は何となく緊張してしまっていた。
「官舎は慣れたか?」
コーヒーを傾けながら聞かれて、郁はコクンと頷いた。
「掃除や洗濯とかは寮でもしてたし、官舎のみなさんも親切で……。料理は、その、まだまだですけど」
堂上がまたクッと笑ってコーヒーを置き、台の上のプリントを手に取る。
「一年生の宿題って採点もあるのか?」
郁が赤ペンを持って来た。
桃の宿題を保護者が採点したり、音読を聞いて印鑑を押したり、学校から言われてくるのだ。
だけどそういうことがないと桃の学校の様子がわからないから郁としては大変だが助かっている。それがきっかけで学校の話などを聞けるからだ。
「俺がしてやる」
おもしろそうに桃のプリントを採点し始めた。
しばらくして赤ペンを横に置く。
「つまらん。満点だ」
間違えていたら教えるつもりだったんだろう。郁が間違えたときはわかるまでずっと教えてくれるのだから。
「桃はいっつも丸ばっかりです。あたしと違って頭がいいから」
「本当だな」
「うわ、そこは否定するとこ!」
郁がむくれると堂上がおかしげに笑う。
ああもう、今日はやたらと心臓が跳ねる。
何だかずるい。笑顔を見せるだけであたしを動揺させるなんて。あたしお手軽すぎない?
「お兄ちゃん、こっちこっち」
お風呂からあがってきた桃が絵本を持って、堂上の腕を引っ張って和室に連れて行く。
「寝るとき、いつもお母さんが読んでくれたの。毎日郁ちゃんだけじゃ大変だもん。お兄ちゃんも時々読んで?」
「桃!?」
郁が慌てて注意しようとするが、堂上が手で郁を制した。
そして布団に横になった桃に優しく笑う。
「俺でいいなら」
「うん、ありがと!」
そして堂上はゆっくりとした声で桃に絵本を読んだ。
横に座って少し低い堂上の声を聞きながら、郁は声は似てないはずなのに不思議と母親のことを思い出していた。
「すみませんでした……」
桃が眠ってから堂上と郁は和室を後にし、二人でリビングにいた。
明日は公休だから睡眠時間の心配は要らないので堂上もすぐに帰る様子を見せない。
何だか郁は安心感があった。
官舎とはいえ、女だけの生活だ。窓の方で物音がするだけでビクンと体が恐怖で竦んだりする。桃を守らなければ、と体が勝手に戦闘モードになり家だというのにリラックスなど無縁だ。
だけど、今は体の強ばりが溶けていた。
堂上がいるだけで何も怯えることがない。
それだけ自分は堂上を信頼しているという事実に気づく。
「いや、これくらい何でもない。俺も楽しかった」
堂上の言葉は優しい。
両親が亡くなってから、郁が都合で早退したり有給を取ったりするのを堂上は何も言わず受け入れている。
その優しさに甘えている自分は図書隊にいてもいいのだろうか、とまた悩んで眠れないときがある。
できるだけ班の公休を桃が休みの週末に合わせてくれているのも知っていた。
……堂上教官の足を引っ張っている。
その事実は、郁の胸にズキズキとした鈍痛を常に残している。
ああ、あたしやっぱり少し困るかも。
この人の傍にいると安心して、そして……弱くなる。
「笠原……?」
堂上の手が郁の頬に伸びてきた。
そこでやっと自分が泣いていることに気づく。
「あ……」
ごめんなさい。
謝ろうとした。
だけど、できなかった。
堂上が郁を引き寄せて、抱きしめたからだ。
「気にするな」
耳元で囁かれる。
泣いて、いいから。
もっと頼っていい。俺が全部受け止める。
両親が亡くなったとき堂上の胸であれだけ泣いたのに、まだ涙は溢れてきた。
ずっと桃の保護者としてしっかりしなくちゃ、と張り詰めていた糸が予告もなくプチッと切れ、一気に気が緩んだ。
声が桃に聞こえないように堂上の肩に埋めるのを、堂上はただ受け入れている。
広い肩、大きな手は郁を簡単に包んでしまう。
温かいぬくもりにますます涙が止まらなくなる。
弱くなりたくないのに。
この人の前だとどうして ?
しばらく涙も声も堂上に吸い込ませてから、郁はゆっくりと俯いたまま堂上の肩を押した。
「……す、すみません」
さすがに恥ずかしくなり顔を上げられない。
「謝るな」
堂上はまだ郁の頭を撫でる。
ダメだ。
郁は頭に乗せられたその手をぎゅっと掴む。
「あんまり甘やかさないでください……」
弱くなるから。
掴んだ堂上の手をぐいっと堂上の膝に押しつけた。
「甘えてないのに、そう言うか」
「十分過ぎるほど、甘えてます!」
郁は俯いたままブンブンと首を振る。
「もうこれ以上泣く場所を与えないでください! 二度と離せなくなっちゃうから!」
堂上が一瞬ビクッと体が揺れた気がした。
郁が掴んでいた手からそれが伝わった。
「……いい意味に解釈するぞ」
「は?」
意味がわからず郁が顔を上げる。
堂上の顔が赤くなっているような気がしてますます郁が驚く。
堂上はしばらく顔を横に向けていたが、一つ息を吸って郁を見つめた。
「弱っているお前につけ込むつもりはないが、一つだけ確認しておく」
「はい?」
「俺がここに来るのが迷惑じゃないんだな?」
「え? あ、はい。むしろ……」
郁が言葉をつなげなくて視線を逸らした。
「むしろ、何だ?」
堂上に聞かれて郁は逃げ場をなくす。
「あの……むしろ嬉しい、というか」
言った後、ギャー! と叫びたいくらい羞恥が襲い、顔が沸騰する。
やばい! 今の言葉やり直したい!
「そうか……じゃあ、遠慮しないからな」
遠慮しないって何!? どういうこと!?
郁が動揺するのを、堂上はおかしげに見ていた。
「たまには俺が料理してやる。俺もしたことはないがお前より絶対うまいはずだ」
「な、何を!」
郁は悔しくて言い返そうとするが、ポンポンと頭に手を乗せられ、怒りがストンと引っ込んだ。
堂上が立ち上がり、時計を見た。
「……そろそろ寮の門限だ」
不意に郁の顔が曇る。
残念だなあ、なんて考えているのがわかりやすく顔に出ていて、堂上が苦笑する。
バカ。これ以上二人きりでいたら何されるかわかってるのか?
こんな弱っている郁につけこむなんて絶対したくない。
だけどいつか……。
『外泊届けを出して来た』
と言うつもりだから、少しくらい覚悟しておけ。
堂上は郁の頭にポンと手を乗せた。
<みなとさん談>
(終)
いや、さすがに郁ちゃん今は弱ってるからさ、これ以上は堂上もできないでしょう。
夢の中ではここでコクったんだけどね。書きながら、うわ、まだコクっちゃダメじゃん、って思って堂上教官には申し訳ないけど変更。
以上、何だか得した気分でめざめた私の夢でした。大体こんな流れの夢だったけど当然流れに合うように途中加筆してます。
一応、続き書いてみました。よかったらどうぞ。
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